黒歴史か、思い出か
あれから俺は思い付く限りのパスワードを片っ端から入力してみた。
だがどれもこれも弾かれてしまい行き詰まっていた。
——新しいアカウントを作るか?
いや、このアカウントこそが俺の青春であり、俺にとってのアスクロはこのアカウントそのものなんだ。
『eRavn』なんてアカウント名、今なら絶対つけない。
今アカウントを作り直してしまったらきっと無難で当たり障りのない名前をつけてしまう。
でも、それじゃだめなんだ。
俺は十年前の俺に会いに行くんだ。
顔面に黒歴史を張り付けるぐらいじゃないと当時の俺と向き合えない。
一旦手がかりを探そう。
俺は仮想ボタンのシャットダウンを押し、ゲームを一度終えることにした。
シャットダウンすると身体を包んでいた感覚が少しずつ変化していく。ウィー…と静かにファンが止まる音がして初めて、その感触が自分が横たわるベッドだと気づいた。
「さて……。」
ギアを外し、部屋の明るさに目を細める。
目を慣らしながら天井を見つめ考える。
俺はパスワードやログインIDを何かにメモを取っておくような律儀な性格ではない。
とりあえずデバイスが入っていた箱を漁ってみるか。
のそりとベッドから起き上がると床の段ボールに手を伸ばす。
少し埃っぽい。
ベッドの上に持ち上げるのはやめて、俺は床へ降りた。
箱を漁ってみると販売当時の説明書や保証書が綺麗なまま残っていた。
当時の同梱物は全て綺麗に揃っており、意外と十年前の自分はその辺はしっかりしていたようだ。
……だったらパスワードも残しておいてほしいものだ。
薄い説明書を一冊取り上げてパラパラと何の気なしに捲ってみる。
「ん……。」
ページの隙間から何かが落ちてきた。
写真……いや、プリクラだ。
落ちたプリクラを拾って表を見ると当時付き合っていた彼女と驚くほど幸せそうな俺が写っていた。
「こんなの撮ったっけ。ナルミ、元気にしてっかなぁ……。」
ポツリと呟くとしばらくプリクラをぼんやりと見つめ、当時のことを思い出す。
しばらく当時のことを思い出し、ぼんやりプリクラを眺めていると、次第に一つの文字列が頭をよぎってくる。
はじめはぼんやりとだったが一文字、また一文字とその文字列がはっきりと記憶の底から甦ってくるようだった。
「そうだ!これだ!」
俺はプリクラを床に置き、再びベッドの上でギアを装着し起動する。
間違いない。
あの頃の俺が多用してたパスワードが確かにあった。
むしろなんで今まで思い出せなかったんだ!
再び真っ暗な空間でログインパスワード入力の画面を目の前にする。
今度は迷いなく入力する。
『nrm0912』
ナルミの名前と誕生日。俺が当時多用していたパスワードだ。
「これでどうだ!」
決定キーを押すとワールドの読み込みが始まった。
ログインには成功したようだ。
だが当時の俺に伝えたい。
大事なパスワードに多用するほど大好きだったナルミだがキスすらすることなく別れるぞ。
おかげで三十過ぎても童貞のままだ。
だが、そんなほろ苦青春はもうどうでもいい。
この読み込みの先に待っているのは俺の本当の青春だ。
この胸の高鳴りが現実のものかゲームの仕様なのかは分からないが俺はまたここに帰ってこれたんだ。




