32 自分
アリスは海岸沿いを走った。走って、止まった。
「私は何者だろうか・・・。」
アリスは考える。それはアリスが昔から己に問い続けていたことだ。小さなころは己が周りの子供たちと何ら変わらないものだと思い、無邪気に笑っていれば何も苦しいことなどなかった。だか、成長していくにつれ、周りのひそひそ声、強風に乗せて聞こえてきたニコスマスの声、宇宙関連のもので埋め尽くされた部屋。何も気が付いていないときは部屋に関しても近所の老夫婦からの「宇宙が好きなのよね。」という言葉も無邪気にニコスマスはすごい宇宙の学者であるから孫の私にもそう思っているんだろうと思っていた。それが誤りであると気が付いたのは確か10歳あたりだっただろうか。アリスに宇宙という存在が迫ってくるのはテレサが宇宙を好きだというそれだけの理由だったのである。そのときの感情はもう覚えていない。ただ、自分はアリスなのか、それとも事故で死んだテレサの代わりなのか。成長し、自分はアリス・ステラ・オービットなのだと思っていてもその考えがふと頭をよぎるときがある。
「あれは・・・。」
そんなことを考え、前を向くとそこには古い小屋があった。かつてはサーフィンが好きな老人が住んでいたはずだ。アリスは海が好きだったのでよくそのじいさんとも話をしていた。すると、その小屋から若い男が出てくる。その風貌はどこかそのじいさんとそっくりであった。
「おーい!」
その青年は手を振って大声を出している。
「おーい!あんただよ!あんた。そこにいるお姉さん!」
「私か?」
「そうだよ、まずあんた以外にここに人はいないじゃん。」
「・・・そうだな。すまない。少し考え事をしていたんだ。」
「ふーん、じゃあ考え事してるのに声かけて悪かったな、じゃ!」
青年はそのままただ話し掛けただけで去ろうとした。
「待ってくれ!」
「なに?」
「その、君はなぜその小屋に?」
「あー、俺サーフィン教室やってんだ。全然人来ないけど。」
「それなら君は昔ここに住んでいたじいさんを知っているか?もし知っているのならそのじいさんは元気でやってるだろうか。」
その言葉を聞いて青年は少し気まずそうに目をそらす。
「・・・じいさん、ならもう死んだよ。ちょっと早いけど老衰で幸せそうだったぜ。」
「そうか・・・もう一度会いたかったがそれは仕方がないな。ところで君は?孫か何かか?」
「ちがうよ。俺はクローン。」
アリスはまじまじと青年を見たアリスはじいさんの若い頃を見たことがないので何とも言えないが本人が言うのならそうなのであろう。
「なに?驚いたの?確かにこのあたりって高齢者の高級住宅地で人間クローン反対派が多いからな・・・。ま、でもあいつらその割にペットとかは気軽にクローン作るの正直笑えるよな。クローン作ったっていえば双子みたいなもんで性格も違うのにな。」
「・・・じいさんは天涯孤独だったはずだ。君は誰の希望で作られたんだ?」
「そりゃ、もちろんじいさん本人だよ。この惑星は人手不足だから希望が通ってな。そのあと施設で育って今はこんな感じでふらふら生きてる。」
青年はさも当たり前のように言う。このあたりでは周知の事実なのだろう。
「そうか・・・。じいさんはなんで自分のクローンなんか作ったんだろうな。」
「手紙に書いてあったよ、それ。なんかサーフィン人口を増やしといてくれ。だってさ。」
「え?」
「いやー、びっくりだろ?まさかそんなことのためにって。だけど俺もサーフィン好きで図らずとも遺言通りってな。ははっ。」
青年は朗らかに笑っているがアリスの胸の中は複雑であった。
「君は・・・じいさんのことどう思っているんだ。」
「え?」
アリスは真剣な顔をしているが青年はアリスの顔を見ることなく何でもないように答えた。
「なんとも思ってないよ。」
「何とも思ってない?」
「ああ、ま、これは俺が施設で育って近くにじいさんを知ってる人がいなかったってのもあるかもしれないけど。」
「そうか・・・。」
「でもさ、クローンとそのコピーもとなんてひとりひとり関係性は違うわけだし。」
「・・・。」
アリスは黙ってその言葉を聞く。
「だってさ双子は何でも相手のこと分かるとか仲がいいとかどっちかしか活躍できないとか外野はいうけどそれはその双子によるだろ?俺とじいさんの関係も年の離れた双子みたいなもんだ。だけど、まあこんな偉そうなこと言っておいてなんだけどさ子供のころは確かに周りの言葉の支配から抜け出すのは難しいけどさ、、大きくなったらそれは思ってるよりちっぽけだったって気が付くからクローンだとかなんだとか、気にしなくていいんじゃないかな。気が付いたらこの世にいるわけだし。」
「・・・。」
「お姉さんもどうせ海で考え事してるってことは哲学的なこと考えてるんだろ?悩んでるときにやるべきは哲学じゃなくてサーフィンだって。やってく?」
「いや、私はいい。もう少し海を見て帰るよ。」
「おっけ、ていうか今やりたいって言われても暗いから断るんだけどね、・・・そうだひとりになりたいんならあのがけ見える?思ったより近いからそこだと景色がきれいだよ。」
「では、言ってみようかな。・・・いろいろとありがとう。」
「こちらこそひまだったから楽しかったよ。いつでも来てね。」
アリスはその言葉に手をひらひらさせ、崖の方へ登っていった。
「たしかに近いな。」
そして、そのまま崖の先に座り込む。
「ふう、・・・ここから見える景色はアぺイロンみたいだ・・・。あの10年間は私が何者でもない時間だったな・・・。」
暗く海が地平線までとどき、満月がぽっかりと浮かぶさまはアぺイロンを想起させるには充分であった。
「私とテレサの関係、か。何だろうな。テレサは私のことをどう思ってるんだろうか。いつか聞いてみたいな・・・。」
そよ風が吹く。アリスは動揺のままニコスマスの家を飛び出した時よりずいぶん心が軽くなっていた。その時、腕の端末から激しい音が鳴り響く。
「この音・・・。軍の緊急連絡か!・・・はい、こちら探査・第二のアリス・オービット。連絡受け取りました。ただいま基地向かいます。」
「アリス様、基地でお話いたします。緊急度A。」
電話が切れる。
「A、だと?初めて聞く。何があったんだ・・・。今はそんなこと思っている暇はない。とりあえず船着き場に行かないと。」
アリスはそのまま走って船着き場に向かった。そしてそのまま基地に旅立っていった。
「アリス・ステラ・オービット。参りました。」
「アリス様。第43会議室に向かわれてください。」
「分かった。ありがとう。」
受付が深々とお辞儀するのを横目にアリスは大股で急ぎ指定の場所まで向かった。そこにいたのは温和そうな表情を見せる壮年の男性であった。
「やあ、オービット。元気そうで何よりだ。」
「はい、指揮長官。ところで・・・私以外の人は?」
「あああと数人後から来るけどいったん話しちゃおうか。冷静に聞いてね。」
「はい。」
「これは確実な情報だ。一年後以内に貴族大国<アリスト>が戦争を起こし、五大国の一つを滅ぼす。」
「なっ!!」
驚愕の表情を見せるアリスを満足げに見ながら言葉を続ける。
「だからそれをやめさせるためにいちかばちかだけどいくつかやってほしいことがある。いいかな?<宇宙の英雄>さん。」




