31 祖父
「ニコマコスさん、お久しぶりです。」
「久しぶりだね、アリス。元気にしていたかな。」
ヒューが3年に進級したころより、数か月前。アリス・ステラ・オービットは科学大国<ステーメイ>にある閑静な高級住宅地を訪れていた。そしてその中でもひときわ高い場所にある一軒家の前で眼鏡をかけ、白髪がところどころ混じっている老年の男と話していた。老人は年ゆえだろうか、アリスより頭一つ小さく、上質な杖を手ににこやかに笑っている。
「数か月前についていたのですが、軍のあれこれや今の情勢を学ぶのに時間がかかってしまって・・・。」
アリスは嘘がつけない性格である。顔にはありありと嘘をついたことへの罪悪感が浮き出ていた。ニコスマスはそんなアリスの顔を見て、口の端をもう一度上げると、アリスの肩を軽くたたきながら口を開いた。
「いいんだよ、アリス。着いたばかりの時に同盟から連絡も来ていたし、アリスもときどき連絡をくれていただろう。さあ、家に入って。」
「失礼します。」
ニコスマスがアリスに背を向ける。アリスはゆっくり歩くニコスマスの背を追いかけながら、ニコスマスの背はこんなにも小さかったものかと驚いた。10年という年月はけして、短くはない。それをまざまざとと見せつけられた。
「今日は泊まっていくかい?」
「いえ、少し滞在したら海に行ってそのまま帰ります。」
「・・・泊まりたくなったらいつでも言ってくれ。」
リビングに着く。その風景はアリスが11年前、軍の休暇中に訪れた時と何も変わりはなかった。いや、よく見ると、色落ちしていたはずのソファーのクッションの色が復活している。おそらく、再度買い替えたのだろう。アリスがそれらを横目に部屋へ入ろうとする。
「部屋はそのままにしてあるから。」
「はい、ありがとうございます。」
アリスはその一言ににっこりと微笑んで答えると、部屋に入っていった。
「ただいま、テレサ。」
部屋もどうやら丁寧に掃除されていたようでほこりがたまっている様子はない。部屋の中には一つの写真立てが置かれている。その写真には一人の女の子が写っていた。その女の子はアリスによく似ている。しかし、アリスはこんな表情をするだろうか?アリスがその写真立てを手に取る。
「帰るのが遅くなった、テレサ。・・・私はニコスマスさんに会う勇気が出なかったんだ。すまない。」
どうやら写真立ての人物はテレサという人物のようだ。アリスとテレサ、表情は違えど顔はそっくりである。ここで思え返すと、アリスはクローンである。テレサはアリスのクローンもとのようだ。
アリスは部屋の中にあるい1人用のソファーに座って、体の力を抜き、背もたれにもたれかかって横にあるレバーを倒した。すると天井が光り、部屋の中があっという間にプラネタリウムになった。壁に貼ってある水族館のポスターはプラネタリウムに少し不釣り合いである。
「古いな・・・。アぺイロンどころかのってない惑星がいくつかある。・・・当たり前か。」
すると、突如部屋が明るくなりプラネタリウムが写らなくなる。
「もしかして、壊れたか?ふう。」
そういってアリスは立ち上がり部屋のとあるところをごそごそと探るとそこから小さな機械が出てきた。アリスがその機械を手に先程の部屋に戻る。
「ニコスマスさん。あの。」
「なんだい?アリス。」
そこにはソファーに座って外を見ているニコスマスがいた。そんなニコスマスにアリスがおずおずと話しかける。
「これが壊れてしまって・・・。」
「これは・・・。」
ニコスマスが眼鏡を額にあげ、まじまじとその機械を見た。
「まだとっていたのかい?これはステラのものだろう?昔あげたこれの魚版にとっくに取り替えていたのかと思っていたよ。」
「いえ、ときどきそっちの方も楽しみますが・・・、これはもう直せませんか?」
「いいや、そんなことはないよ。ちょっと待っていてね。」
ニコスマスがゆっくりとした動作で別の部屋に入っていき、戻ってきたときには少しの工具が握られていた。そしてその小さな機械に工具を差し込む。
「・・・どうやら、久しぶりに起動してびっくりしたみたいだ。すぐに直るよ。」
「本当ですか?!良かった。」
アリスは心の底から安堵したようで、ほっと息を吐いていた。そんなアリスを見てニコスマスが声をかける。
「無理をして、これを使う必要はないよ。アリス。」
「無理などしていません!」
「・・・アリスには悪いことをしたと思っているよ。」
「あなたに何か悪いことをされた覚えはありません!」
「君がどんどん大きくなると、私は何か罪を犯したような気がしてきたんだ。」
「・・・。」
「アリスとテレサは同じ遺伝子でも同じ人間じゃない。そう分かっていたはずなのに・・・最初は好きなものだったかな。テレサが嫌いだったものをアリスは好んで食べた。そして、アリスはテレサとは違って宇宙じゃなくて海洋が好きだったね。」
アリスがじっとニコスマスを見る。
「だから、アリスもいつしか僕をおじいちゃんとは呼んでくれなくなったね。」
「それは・・・。」
「いいんだ。何も言わなくていい。」
かちゃかちゃとニコスマスの動かす工具の音だけが聞こえる。
「すまない。老い先短い老人が死ぬ前に余計なことを言った。・・・地図は更新するかい?」
「・・・いいえ、そのままでお願いします。それも含めてそのプラネタリウムが好きなので。」
「そうかい。それは嬉しいよ。作ったかいがあった。・・・さあ、直ったよ。」
そういってニコスマスはアリスにプラネタリウムを差し出した。アリスはそれを黙って受け取る。
「・・・今日はこれを付けたら今から海に行って軍に戻ります。」
アリスはそのまま体を翻すと手慣れた様子でプラネタリウムをつけた。部屋をでて、ニコスマスがいる部屋を黙って通り抜けた。後ろからゆっくりとした足音がする。その音を聞いてアリスは歩みをゆっくりとした速度に変えた。そして外へのドアを手に後ろを振り返る。
「ニコスマスさん、お邪魔しました。」
「アリス。」
アリスがニコスマスをじっと見つめる。
「都合がいいといわれるかもしれないが、今はもうアリスのことをきちんと1人の孫娘として見ている。もし、なにかあったら頼ってくれていいから。」
その言葉を聞いてアリスが少し考えるような動作をした。
「ニコスマスさん。ニュースで見たかもしれませんが私はとある少年の後見人になりました。・・・もし、私に何かあったら、少年、ヒュー・アぺイロンのことをよろしくお願いします。それでは。」
そう一息に言い切るとアリスはドアを開け、脱兎のごとく夕焼けに満ちた外へ去っていった。玄関には老人が取り残される。その表情はどこか悲しげであった。
少し体調を崩しており投稿遅れました。
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