3 アリス
ドアの前に立つ婦人は髪を上品に結わえ、腰に手を当てている。表情は怒り2割、心配8割といった様子だった。
「もう、長い間帰ってこないから何かあったのかと思って心配したのよ。そして、うちゅうじん?まあ、また先生から習った新しい言葉ね。よくわからないけど客人ってことでいいのかしら。」
ソフィアはヒューと目を合わせながら、横目でちらりとアリスを伺う。
「あ!そうだった。宇宙って言葉自体僕と先生しか知らないんだった。たぶんお客さんであってるよ!この人、あ、えと、アリスさん、空から降ってきた物体から出てきたんだ。なんか、大人の人と話したいんだって!」
ヒューは興奮冷めやらぬ様子でソフィアを見上げる。その様子を見てアリスは嬉しそうではあるが、ヒューの言っていること分かっているのか分かっていないのかはっきりしない態度で笑った。
「あらあら!ついにりゅうせい?が起こったのかしら。もう、先生にあってからしょっちゅう見たい!見たい!って言っていたものね。」
そして、ソフィアは一目で働き者だとわかる手で家の扉を開き、ヒューに見せたものとはまた別の柔らかい笑みを浮かべ、アリスのほうに体ごと向け、口を開いた。
「お嬢さん、私はソフィアといいます。お話したいことがあるんでしょう?もうすぐ夜になってしまうから、どうぞおあがりなさい。大したものではないけど、食事もだせるわ。いるかしら?」
アリスはさきほどのヒューのアリスが宇宙人であるという言葉から2人の会話までを、呆然とした様子で聞いていた。しかし、ソフィアに話しかけられ、ハッとソフィアを見ると、元から吊り上げられたように延びた背筋をさらに吊り上げ、張りのある声をあたりに響かせた。
「なんと!しばらく食事をとることができていなかったのでいただけると嬉しいです。歓迎に感謝いたします。私は宇宙連盟共同軍・探査部・第2軍隊所属、アリス・ステラ・オービットです。流星でも宇宙人でもないのですが、宇宙空間、いえ、空中を飛んでいたところ、不慮の事故により、この惑星に緊急着陸いたしました。いくつかお尋ねしたいことがあるのですがお尋ねしてよろしいでしょうか。」
「もちろんよ、私たち三人以外の人をみるのは久しぶりだもの。私たちが答えられることならいくらでも答えるわ。家にはもう一人いるのよ。不愛想でわかりにくいけどきっと来客を喜ぶはずだわ。」
こうして、ソフィア、アリス、ヒューは並んで扉をくぐり、家の奥の部屋へと進む。そこには、ソフィアが手入れした狩りの道具を真剣なまなざしで見つめるミハイルがいた。ミハイルは来客に気づくとゆっくりと顔を上げ、鋭い眼差しでこちらをみた。その眼差しは獲物を狩るときと同じような目であった。
「ミハイルさん、こちら空からいらっしゃったアリスさんよ。私たちになにか聞きたいことがあるそうで。今日はもう夜遅いしうちに泊めるわね。」
その眼差しをものともせずに、ソフィアは柔らかな笑みのままミハイルに話し掛けた。ミハイルは自己紹介もしないまま、その言葉にゆっくりと頷いた。
「ああ、それはかまわない。だが、なぜ、そちらの客人は思いつめたような顔をしているんだ。」
そうミハイルが先程よりもほんの少しだけ和らいだ眼差しでアリスに尋ねると、アリスは少し言いづらそうにに答えた。
「今日泊まらせてもらえるのは嬉しいのですが、これからどうしようかと思っていました。おそらく、私には空に帰る方法がありません。今後について思案していたのが顔に出てしまっていましたか。私もまだまだですね。」
その少しおどけるような返答にミハイルはかすかに目を細めるだけで、また、狩りの道具に目線を向け始めた。あたりが静まり返る。その静寂に付随して漂う妙な緊張感を、無理やり追い払うかのようにわざとらしい明るい声で声を出したのはソフィアだった。
「まあまあ、それらのことはアリスさんが質問したいことを聞くときに聞きましょう。アリスさん、おなかがすいているでしょう?すぐに持ってくるからそこに座っていてね。」
そうしてソフィアが手前の部屋に行こうとしたそのとき、今まで座って静かに3人の話を聞きながら目が閉じかかってたヒューが立ち上がり、目を見開いて叫んだ。
「ソフィアさんのご飯はめちゃくちゃおいしいんだよ!」
しかし、よほど眠かったのであろう。すぐに座り込み、皆の視線の中、すやすやと夢の世界へ旅立っていった。その姿を見てミハエルはゆっくりと立ち上がると、ヒューを抱きかかえて寝室がある二階へのぼっていった。
「あらあら、よっぽどアリスさんに会えて嬉しかったのね。今日は今までに見たことないくらい興奮していたもの。アリスさん、よければ明日この子と会話してくれないかしら。たぶん、いろいろ聞きたいことがあると思うの。」
ソフィアがくすくすと笑うのを見て、アリスも思わず笑みがこぼれる。先程の緊張感はあっという間に霧散していった。
「少年ともそう約束しましたし、もちろんです。こちらこそ、今日はいろいろとありがとうございます。」
「これくらいいいのよ!じゃあすぐに持ってくるわ。あと、ミハイルさんが下りてきたら私たちも話したいことがあるの。あなたが聞きたいことを聞いた後に話すわね。」
ソフィアはそう言い残すとぱたぱたと足音を鳴らしながら部屋から去っていった。多少の時間がたったころ、ソフィアが手前の部屋から奥の部屋へ食事を持ってきて、アリスは食事を始めた。2人の間には穏やかな空気が流れていたが、2人はこれから話すことの核心にせまるような話は一切しなかった。それは、互いにこれからの話が自分たちの運命を変えるものだとうっすらわかっていたからかもしれない。そして、その話の始まりを告げる足音が聞こえたのはアリスの食事のソフィアが後片付けを終わらせて少し経ったときだった。そのままミハエルはソフィアの隣でも、正面でもない位置、端的に言えば、アリスの正面の位置へと座り、自身の大きな手を机の上へと置いた。すると、先ほどの穏やかな空気が噓のように、3人の周りには再度、重たく息苦しい空気が漂い始める。
その重たく息苦しい雰囲気の中、口火を切ったのはアリスだった。
「先程、ソフィアさんには名乗らせていただきましたが、私は宇宙連盟共同軍・探査部・第2軍隊所属のアリス・ステラ・オービットです。宇宙、というのは空ほぼ同じだと考えてもらってかまいません。この宇宙にはこの惑星を除いて主要惑星が37、それらの惑星に属する準惑星が207あり、合わせて244の惑星全てが宇宙上の秩序を守ること目的とした<37惑星宇宙同盟>に加盟しています。私はその<37惑星宇宙同盟>が所有する共同軍所属で、主に宇宙の探査を行っています。本日は乗っていた機体がこの惑星に墜落したところに少年と出会い、話をするうちに<37惑星宇宙同盟>を知らないと聞きました。いきなり質問をしてしまい申し訳ないのですがそれは本当でしょうか。」
緊張をごまかすようにアリスが一息に喋る。喋り終わってもなお、顔にはわずかな緊張がにじんでいた。アリスの質問にミハイルとソフィアは軽く目を合わせる。そして、ソフィアが緩く横に首を振った。
「<37惑星宇宙同盟>?聞いたこともないわ。そもそも、私たちは宇宙って言葉の意味自体あまり知らないの。あの子が先生に教わったみたいで言葉を聞いたことあるだけなのよ。ねえ、ミハイルさん。」
ミハイルはしかめ面で頷くだけであった。ソフィアの言葉とミハイルの動作を見ると、アリスは何かをこらえるかのような表情をした後、口を開いた。
「やはりそうですか・・・。おそらくここは同盟・・・仲間のようなものです。が未発見の惑星だと思われます。まだ、同盟が見つけていない惑星があっただなんて信じられません。ところで、先生とはいったい何者なのでしょうか。宇宙を知っているということは同盟のことも知っているのではないかと思うのですが。」
ソフィアはアリスが浮かべる少し悲し気な表情につられて悲しげな表情をしていた。何とか自分はよくわからないながらもこの哀れな少女の手助けをしたい一心で自分が知っていることを惜しみなく話した。
「先生?それが私たちにもよくわからないのよ。少し前にあの子が突然拾ったっていって丸い機械を持ってきて、そしたらその機械がしゃべるの!そのあともずっとあの子その機械にいろいろと教わっていたようだけど、突然なにも喋らなくなったんですって。おそらく、毎日あの子が隠し持っているから明日聞いてみましょうか。ごめんなさいね、あんまりお役に立てなくて。」
しかし、そのソフィアの思いも空しく、ソフィアが知っていることでアリスの手助けとなる大きなものはなかった。ソフィアは自身もそのことに気づき、もとから下がった眉をさらに下げ、心から申し訳なさそうな顔をする。その顔を見たアリスは慌てたような表情でソフィアに言葉をかける。
「いえ!重要な情報ばかりでした。先生については少年に明日聞いてみますし、泊まらせていただくだけでもありがたいのに、夕食までもらってしまって。急な質問にも快く答えてくださり、本当にありがとうございます。」
ソフィアはこの言葉を聞いて作ったような笑顔であったが軽くアリスに感謝を伝えるように笑いかけた。その笑顔を見てアリスも少しぎこちない笑顔でほっとした様子を見せる。だが、すぐに何か思い出したようにアリスは暗い顔をした。
「ですが、この惑星が同盟に加盟していない以上私はおそらく宇宙に戻る手段がありません。質問ばかりで申し訳ないのですがこの惑星に町などはありますか?物を売れる場所もあると嬉しいのですが。」
その問いに答えたのは今まで一言も言葉を発さず、硬い表情で2人の会話を聞いていたミハイルであった。
「そんなものはありはしない。町どころかこの惑星にある建物はこの家だけだ。」
それを聞いてアリスはぎょっと目を見開く。おそらくアリスの経験ではそんなことが起きたことはないのであろう。その答えをうまくかみしめられないように、少しの無言が続いた。その無言の間もうまく飲み込むことができなかったのか、さらにそのままの疑問を投げかける。
「この家以外、建物がない・・・?それはどういうこと、でしょうか・・・。」
「家どころか人ももういない。この惑星にいるのはここの家の住人だけだ。」
ミハイルの眼差しは何か遠くを見ているようであった。ただ、その眼差しの中にふざけた様子は一切ない。しかし、料理道具の数々も、ミハイルが手に持っていた狩りの道具もアリスが全く見たことないものではなかった。もちろん、アリスが普段使っているものに比べれば時代遅れではあるが決して骨董品と呼べるようなものではない。言わずもがな、同盟の恩恵を受けずにそこまで発展した文明が建物1つと人口3人のわけがあるはずなかった。
「この惑星に3人しか住んでないということですか・・・?もしかして、あなたがたも私と同じようにどこかからやってきたのですか・・・?」
アリスは顔に困惑を隠しきれなかった。文明レベルだけでなく、少年とともに少し惑星を歩いたときに、3人だけで住むほど小さい惑星ではないことがわかっていたし、食事をみるにも、食糧難にあえいでいる様子もなく、あまりに信じがたいことだった。そんなアリスの顔を真剣なまなざしで正面から見つめながらミハイルが言った。
「<夕暮れの逆風>だ。」




