2 宇宙人
少年は今から何かが始まる予感に胸を躍らせ、じっとその奇妙な物体を見つめ続けた。横には先程少年が走り始めたときに置いて行かれたプログーがいつの間にか立っている。やがて、少年の期待通りに物体からわずかに音がし、膨らんだ部分がゆっくりと開いていった。そこに現れたのはくすんだブロンドの髪を高めの位置で一つに結んだ女であった。その女は奇妙な物体から出てすぐに堂々とした態度で少年に語り掛けた。
「■■■■■■■■■■■■■■■。」
「え?え?何言ってるかわかんないよ!あ、こっちの言葉もわかんないのかな。どうしよ・・・。」
少年は困惑した。女が言っている言葉が全く分からず、意思の疎通が取れそうにもないことがすぐにわかったからだ。しかし、それでもなお、女は少年に語り掛け続ける。その困惑の様子すら見せない姿は少年の目には奇妙に映った。
「■■■■■■?」
「だからなんて言ってるかわかんないってば!僕だって君としゃべりたいよ!夢にまで見た流星なんだから!」
意思の疎通ができず、また、女がそのような状況でも自分の言語を押し通そうとする様子は少年の胸の内にあった期待をじらし、わずかないらだちを起こすには充分であった。その思い昇華するすべは先ほどより大きい声で女に話し掛ける以外、まだ幼い少年にはなかった。すると、女が話すのをやめ、少し耳に手を当てて、そこについている小さな機械のようなものをさわる。
「■■■■・・・、あー、あー、私の言っている言葉がわかるだろうか。」
突如、少年は女の言葉を理解できるようになった。女はそのことに眉一つ動かず、言葉を続ける。それとは対照的に、少年は驚きをはっきり示すように先程よりもさらに大きな声で女に向かって叫んだ。
「え、え!わかるよ!わかる!どういうこと、今まで何言っているかわかんなかったのに。」
女はその大声を聞いてもなお冷静であった。顔、態度をみても焦りは全くなく、過去に似たような経験があったことが簡単にうかがえる。女は少ししゃがんで少年と目を合わせ、少年の疑問に答えた。
「全自動翻訳システム<オーラ>を調整したんだ。見たことないのか?復旧率は98%だと聞いたがそ子から外れた2%なのかもしれないな。<オーラ>を見たことないほど辺境でも有人惑星なら宇宙ビーコンならあるだろう?私は宇宙連盟共同軍・探査部・第2軍隊所属のアリス・ステラ・オービットだ。宇宙連盟共同軍条約に基づき、ただちにビーコンのところに案内してくれると嬉しい。」
アリスはそういうとゆっくりと立ち上がった。少年がすぐにビーコンのもとへ案内してくれると信じて疑わなかったからだ。しかし、アリスの動きを見て少年はきょとんと不思議そうな顔でアリスを見つめる。ここで初めてアリスは少年の動かぬ姿に疑問を持つかのように眉を少しゆがませた。
「ビーコン?なにそれ?そんなものこの惑星にはないよ?それより、あなたは宇宙からきたの?宇宙軍ってなに?そのあなたが乗ってきたものはなに?もしかしてあなたの言いぐさ的に他にも有人惑星っていっぱいあるの?あなたの」
少年はアリスに次々に疑問を投げかけた。アリスの言葉の節々が己の知らないところから来たことを感じさせ、今まで我慢していた宇宙への思いがあふれ出したのだ。それに慌てたのは先ほどまで眉は少し動いたものの今も冷静な様子を見せていたアリスであった。
「待て!落ち着いてくれ、少年。その疑問の数々に直ちに答えてやりたいが、その前にひとつ、聞かなければいけないことがある。」
アリスの顔はひどく緊張している様子だった。瞳孔を広げ、うっすらと汗をにじませ、唾をゆっくりと飲み込む。そして、なにか大きな覚悟が決まったかのように口を開いた。
「いいか、噓はつくなよ、この惑星は<37惑星宇宙連盟>に加入している、またはその加入している惑星に属しているか?」
「<37惑星宇宙連盟>?それがなにかわからないけど、そもそも宇宙って言葉を知ってるのたぶん僕と先生だけだよ?」
少年はアリスの真剣な顔を見て、先程の疑問の数々をいったん傍に置き、女の質問に真剣に答えようとした。しかし、それはできなかった。少年には質問の意味すら分からず、質問に答えるなんてもってのほかであったからだ。少年が首を傾げてアリスを見つめる姿はアリスにも少年が嘘を言っていないことが分かった。
「なんだって?やはり・・・。今までの会話から薄々察してはいたが、この惑星は未発見の惑星か。今この時代に未発見の惑星が見つかるなんて、今から宇宙が崩壊するのか?・・・ちょっと待ってくれ、少年、いや、待たなくていい、君の質問にはだいぶあとでゆっくり答えるからその前に君が住んでいるところに案内してくれないか?大人と話したいんだ。私の身が脅かされない限り、悪事をはたらかないことを宇宙に誓う。いいかな?先に君が言って保護者に連れてきていいか聞いてきてからでもかまわない。」
「うん!うん!多分大丈夫だよ!多分!早く一緒にいこ!!」
少年はその言葉を聞いて嬉しそうにその場で数回ジャンプした。未知の人ををミハイルとソフィアに共有できるのが嬉しかったのだ。少年はすぐに歩き始めた。その姿を見てアリスは少年を少し心配するような目つきで見た。そして、あわてて少年の歩みのほうへ体を向ける。
「本当に大丈夫か?」
アリスがそういった瞬間、その場に遠くから強い風の音のようなものが聞こえた。それはこの場にいるどちらかが吹いたものではなく、遠くからのようにも近くからのようにも思える。しかし、どこか温かく力強く何かを柔らかく包むような音であった。その音を聞いて少年があたりを見渡し、嬉しそうなままアリスに喋りかける。
「あ!僕の名前だ!たぶんこの音はソフィアさんが心配して僕を呼んでいるんだろうな。いこ!アリスさん!早く帰らないと僕が叱られちゃう。」
少年は手早くあたりで所在無さげにうろうろしたままである小さいプログーを一番近くに見えるプログーの方向に頭を向かせ、軽くお尻を押し出して歩かせると、自身も家の方向に向かって一目散に駆け出した。アリスは慌てて走りだし、その後ろを追いかけたが、少年は疲れたのかすぐに歩き出し、アリスも自然に横並びになる。そのままアリスは少年の隣で歩きながら口を開いた。
「今のが君の名前なのか?私には風の音のようにしか聞こえないが・・・。ソフィアさん、とやらは名前を持っているのだろう?君はそういった名前を持っていないのか?」
「うーん、まだ持ってないんだよね。ホントは数年前に持てるはずだったんだけどいろいろあって・・・。あれ、小さい子供の時だけ持つ名前で<風の音>っていうんだ。僕は1音節だけど、すごい人とか11音節あったらしいよ。アリスさんも<風の音>で呼んでいいよ。」
「11音節か、それは長すぎて気軽に名前を呼びにくいな。今から君の名前を呼んでみる・・・。<♫~>これであっているだろうか。」
「ちがうよ!それだったら違う人のことを呼んじゃうよ。<♪~>だよ、<♪~>!もう一回やってみて!」
「<♬~>、いや違うな、耳では違うのがわかるんだが正しい発音ができない。」
「ははっ!おもしろい!<風の音>ができない人がいるなんて!いいよ、なんか呼びやすい感じで呼んでくれれば。」
「そうか、すまないな、配慮に感謝する。そうだな君の<風の音>は私には<ヒュ~>と聞こえるからヒュー呼んでもかまわないだろうか。」
アリスはうかがうような視線でヒューをのぞき込む。少年はその名前を聞いてかみしめるようにうつむき、すぐにアリスと目を合わせた。
「ヒュー、か。かっこいい名前。嬉しい!」
「それはよかった。ところで今している話を突然終わらせて悪いが、目の前に見える明かりのともる赤い屋根の家が君の家でそのドアの前に立っているご婦人がソフィアさんという認識で間違いないだろうか。」
「うん、その認識であってるよ!」
そして、少年ことヒューはソフィアに駆け寄り、ソフィアの目の前で大きく叫んだ。
「ソフィアさん!宇宙人連れてきちゃった!」




