1 少年
「宇宙・・・広いなあ・・・。」
宇宙に比べればちっぽけな、小さな小さな惑星の小高い丘に少年が座っている。年は8歳程度だろうか、ややうねった焦げ茶色の髪は耳あたりまで切り込まれ、自身よりはるかに大きな人からのおさがりだとすぐにわかる古びた服に大きい靴、人好きのする顔には満面の笑みを浮かべている。
そして、少年が見上げている宇宙の一部は濃紺の下地に丸く光る惑星がひとつ見えるだけの、無限の奥深さに対する恐怖心をあおるかのような空であった。
「先生によれば、流星群っていう光るものが大量にいっぱい落ちてるように見える日がある惑星もあるんだっけ。ひとつぐらいこっちに落ちてくればいいのに。見てみたいなあ。」
「・・・」
返答はない。様子をみるに、どうやら少年は何やら手に持った黒く丸い、大きく切れ込みが入った物体を先生と呼び、話しかけているようだった。
「やっぱり、もう全くしゃべってくれないんだね。もしかして先生と出会ってしゃべった少しの間は夢だったのかな。先生は教えてくれたことはこの惑星に全然当てはまらないし、二人に聞いても先生が言ってたこと起きたことないっていうんだから。」
「・・・」
「・・。もうずっと宇宙を見てたし、おなかすいてきちゃった。ソフィアさんが心配して呼びに来ちゃいそうだし、そろそろ帰ろっか。」
少年がそう言って立ち上がってもその黒い物体は物言わぬままであった。そうして、あたりに聞こえる音は少年が緑の草原を歩くサクサクとした小気味よい足音と風のざわめきだけになり、それは、今から何かが始まる前兆を感じさせる何とも言えない不気味さを醸し出していた。
小高い丘を下り、ほどなく歩いた先に明かりのともる小さな家が見えてくる。少年がその赤い屋根の家に入ると、すぐに手前の部屋のほうから年老いた女性の柔らかな声が聞こえた。
「まあ、今日は早かったのね。先生はしゃべった?すぐにご飯だから手を洗って待っていてね。今日は珍しくミハイルさんがもう帰ってきているわよ。」
「もちろん、今日もしゃべる気配すらなかったよ。いつもおいしいご飯作ってくれてありがと、ソフィアさん。ミハイルさんがもう帰ってるの?やったあ。僕、待つ間にミハイルさんに明日の狩りの予定聞いておくね。」
「まあ、そんなに嬉しいこと言ってくれると作り甲斐があるわ。明日一緒に狩りに行くのはいいけど怪我してはだめよ。」
「はーい。」
少年は柔らかな声の持ち主であるソフィアとの会話を終えると急いで手を洗い、足早に奥の部屋へと向かった。そこには、大きな机といくつかの椅子が使い勝手のよさそうな配置で置いてある。どちらも木のぬくもりを感じさせる、シンプルでありながらもどこか落ち着くデザインであった。そして、その椅子の1つに厳めしい顔つきをした老人が座っていた。老人といってもその男は精悍な体つきをしており、雰囲気を見ても、目線の鋭さを見ても、白髪が生まれつきであったかのように年老いている印象を感じさせなかった。
「ミハイルさん、今日は早かったね。何かあったの?」
「お前こそ今日は早いじゃないか。私に何かあったわけではないがプログー同士で喧嘩が起こってな。群れ全体がピリピリしていたから早めに切り上げたんだ。お前は明日の狩りはやめておいたほうがいい。」
少年は足早にミハイルの斜め前に座り、足をバタバタとさせた。表情はやはり明日の予定の変更ゆえか、少し悲しげではあったが、普段は遅くに帰ってくるミハイルと話すことができるという喜色が隠しきれていなかった。
「えー!楽しみにしてたのに。でも、怒っているプログーに僕、勝てないから仕方がないか。早く勝てるように頑張るね。」
「ほどほどにしておけ。ソフィアさんが大きい怪我をしているお前を見たら悲しむ。」
「それはわかってるけど、僕だってミハイルさんを手伝いたいんだよ。空だけをいつまでも見ていられるわけじゃないのはわかってるし。」
少年は少し傷ついたような笑顔で笑いかけたが、ミハイルはその少年の笑みから少し目をそらし、少し考えるような姿を見せる。そして、ゆっくりと真剣な顔で口を開いた。
「・・・、お前がいつもソフィアさんの手伝いで木の実をとってきてくれるのは助かっている。急がなくていいんだ。お前はまだ小さい、その小ささで弱いプログーに勝てるなら大きくなったら怒っているプログーだろうが、強いプログーだろうが簡単に勝てるさ。」
「でも・・・。そうだね、ミハイルさんの言う通りになるといいな。ありがとう。」
そうこうしていると、あたり食欲がそそられる匂いが漂い始め、ソフィアと鍋の訪れをもって夕食が始まった。そうして三人はたわいもないことや今日起こったこと、明日の予定などを話してながら夕食を終えると各自、己の仕事を始める。ミハイルは夕食の後片付けを、ソフィアは明日の狩りのためにミハエルの道具の手入れを、そして、少年は外にいる弱いプログーたちの餌やりに外へ出た。弱いプロギーたちは群れの中で地位が低いため充分な餌をもらえない。それゆえ、一家に餌をもらい、その対価として夜の間周辺の野生動物を狩るのだ。少年が家を出て少し歩くと、すぐにプロギーが数匹寄ってきた。
「よしよし、お前ら、今日も頼んだぞ。」
「メケッ、メケッ!」
「鳴いてもおかわりはないぞー。」
いつものようにプログーは一気に餌を食べ、おかわりを所望するように鳴きながらあたりに散らばっていった。少年はおそらく生まれたばかりの、ひとりで何処に行けばいいかわからずうろうろしていた小さなプログーを抱きかかえ、少し遠くまで歩き、草原に横になった。少し前まで少年の腕の中にいた小さなプログーはのんきに少年の腹の上でジャンプをしている。そうして見上げた空は少年が数年見続けても変わらない、ひとつの丸い光が見える・・・・・
はずだった。
今日の空はいつもとは違った。少年の視界に映るのは常にこの惑星を薄く照らし続けている輝きとその横で宇宙を落ち続けるもうひとつの光。その光はまるで少年が先生に教わった流星のようだった。違う点はただひとつ、少年の目線の少し先に落ち、なお光り続けていることだ。
その光が目に入った瞬間、少年は走った。ここまで必死に走るのはいつぶりだろうか、初めてプログーに蹴られて必死に逃げている時以来であろうか。あの時は蹴られた恐怖でいっぱいでそれ以外考えられなかったが、今は少しの恐怖はあれども、それをはるかに上回るとてつもない高揚感でいっぱいであった。少年が走っている間も光は弱弱しく輝き続けている。
少年が光のもとにたどりつくと、あたりはその光が地面に落ちた衝動で一面、煙と熱気に包まれていた。煙が徐々に散っていくとそこには奇妙な物体で横たわっていた。三角柱の胴体の片側におよそ胴体と同じ長さの細い棒状のものがのび、側面の一か所は人が1人は入れそうなふくらみがある。そして、その物体の表面の少年が見たこともないきらきらと輝く素材は少年の幼い顔をはっきりと映し出していた。




