29 英雄
ヒューの部屋は足場が本に囲まれていた。山積みの本が至る所においてあり、人によって感想が大きく変わる部屋である。そして、ヒューはその本の山の中からとある一冊の本が目についた。
「<宇宙の英雄>・・・。懐かしいな・・・。」
ヒューはかつてこの本を始めて読んだ時を思い出す。
およそ1年前のあの時、ククルカニャンと別れ、部屋に戻ったヒューは初めての紙の本を手に取り、慣れない手つきで本を開いた。その本は絵本とまではいかないが、軽い挿絵と大きな文字で書かれており、紙の本が初めてのヒューでも読みやすかった。
「うわ、すご。重たい。ホログラムだと手使わないからな・・・。紙の本って動かないんだ。」
部屋にぺらぺらという音だけ響く。その音がヒューにとってどこか心地よかった。
「あるところにアリスという女の子のクローンがいました。その女の子は同盟初のクローンであったため、周りの心無い声に苦しみました。あるとき、少女は軍人に助けられ、軍人になることを目指します。少女は努力家で無事に軍人となることができましたが、そこでもいわれのない悪口に苦しみました。あるとき、少女は任務でたどり着いた惑星でとある事件を解決します。それこそ、彼女、アリスが宇宙の英雄となった事件です。」
ページが終わった。
「ん?!え?その事件は?それが知りたいんだけど?え?」
別に本のページが抜かれていたわけではない。ただ本が言葉を濁しているというより書かれていなかった。
ヒューは思い出から現実へと戻り、その本を持つ。
「懐かしいな。あの時は本当にびっくりしたな。あの後、アリスさんに聞きに行ったんだっけ・・・。」
すると、窓のドアをこんこんと不規則にノックする音が聞こえた。
「勝手に上がってきていいよ!」
そして、窓が開いて人が入ってくる。その侵入者の正体はライオネルトだった。
「いつもありがとう。ライオネルト。」
「構わない。これが今回のアナスタシア様からの手紙だ。」
「やった。今日は分厚いね。何か入ってるのかも。嬉しいな。ライオネルト、お茶でも飲んでく?」
2人は仲が良さげな様子で話す。名前もいつの間にか呼び捨てで呼び合うようにもなっていた、しかし、ライオネルトが窓から入ってきた様子を見るに明るい関係性というわけではなさそうだ。
「いや、茶はいらない。ただ、お前と少し話したいことがある。」
ライオネルトは真剣なまなざしでヒューを見つめた。
「お前は将来アナスタシア様とどうなりたいんだ。」
「え!?え・・・どうなりたいかって・・・もう考えなきゃダメかな。」
「・・・ああ、もし、お前とアナスタシア様の身分が違えば、まだ浮かれ気分でいられたと思うが2人とも身分がある。今のままでは互いに一夜の夢となるだけだ。」
ヒューは顔を真っ赤にしながら、しかし、決意のみなぎる目でライオネルトをしっかりと見つめる。
「結婚したい。皆が許してくれるならば。」
「本気で?」
「うん。」
「そうか・・・。」
ライオネルトは何か考えているそぶりを見せる。
「もしかして、何かあったの?アナスタシア様に婚約者ができるとか?そうだよね。僕とアナスタシア様は文通して1年くらいたつけどいまだにライオネルトにこっそり配達してもらってるだけだから・・・。」
「違う、そういうわけではない。だが・・・、今のままではヒューとアナスタシア様が結婚できる可能性は低くはない。アナスタシア様の庭に行ったのもゴルーチェ公爵が関わっているし、存在は認められている証拠だ。」
「なら!」
「ただ、近い将来起きることを考えれば、2人が結婚する未来はなくなる。」
「その起きることって?」
ライオネルトがその美しいかんばせを下に向け、目をそらす。
「すまない・・・。それは言えない。。ただ、もしかしたら今、ヒューとアナスタシア様が出会ったことをなかったことにした方がいいのかもしれない。」
「どういうことなの!?それって。」
「すまない・・・。私はもう行く。」
「ねえ!ちょっと!」
ヒューの引き留める声を置き去りにライオネルトはまた窓から素早く去って行ってしまった。
「行っちゃった・・・。」
ヒューの胸の内はライオネルトも軍人を目指す身であるからなにか機密事項でも話そうとしたのかと思いつつ、どこかにが苦々しい思いだけが残っていた。
「とりあえず、手紙を開くか・・・。」
ゆっくりと手紙を開く。
「ヒュー様へ。
私はこの学園を去ります。文通もこれまでといたしましょう。ヒュー様とお手紙をやり取りした日々は己が何者か忘れられる楽しい日々でした。あなたの幸福を祈っています。
アナスタシア様より。」
「は・・・。」
そして、その下から現れたのは今までヒューがアナスタシアに送り続けた手紙の数々である。1年間の間着実にやり取りし続けた手紙はかなりの数となっていた。
「なんで!どうして!」
ヒューは非常識であるとわかっていながらも彼女がいつもいるはずの部屋に駆け出した。あの迷い込んだ以降いったことはなかったが、いつも彼女があそこにいるんだと考えていたヒューの足取りに迷いはなかった。
部屋の近くに着く。そこには荷物を運び出すロボットとそれの管理者らしき人が眠そうにあくびをしていた。
「あの!」
「ふわあ~あ。ん?なんだ君。ここは貴族様が使うところだぞ。」
「僕も貴族です!あの、ここにいた令嬢を知りませんか?」
「あ?なんだったかなんかこの学園をやめるとかなんかで。」
「そんな・・・。」
落ち込むヒューには届いてないが男はなおも喋り続ける。
「いや、でもここの令嬢だけじゃないぜ。あと何件か貴族んとこの家具を運び出してくれって来てるぜ。」
ヒューはその喋る男を無視してふらふらと立ち上がりそのまま自室に戻っていった。男もなんだ?とは思ったものの面倒ごとに巻き込まれたくないため、無視を決め込んだ。
ヒューが部屋に着く。
「どうして・・・。」
涙があふれてくる。ヒューの初めての失恋だった。
「あなたの幸福を祈ってる。ってなんだよ!なんで何も言ってくれないんだ!この前のデートは?貴族大国で何が起こってんだよ!僕も貴族だ!・・・少しくらい・・・頼ってくれてもよかったのに・・・。」
ヒューも分かっている。ライオネルトの煮え切らない態度、アナスタシアの突然の退学。何かしら貴族大国の動きが関係していることを。ただそれを分かっていても受け入れるかどうかは別であった。
そのままヒューは横になる。眠れそうになかったが、どうにかして今起こったことが悪い夢だと信じたかった。しばらく涙が止まらなかった。しかしその涙が皮肉にもヒューを眠りへといざなった。




