16 公爵
「ゴルーチェ公爵、資料をお持ちしました。」
「ああ、入り給え。」
まだ若い事務官が資料を手に深々とお辞儀しながら入ってくる。公爵は相変わらず白髪をオールバックに固め珈琲を片手に資料を見ている。入室の許可を与えたにもかかわらず、事務官を相手する気はなさそうであった。しかし、無謀な事務官は公爵に向かって話し掛ける。
「聞きましたよ、公爵。あの<未踏の天才>、新惑星出身のヒューに爵位を与えるそうですね。」
公爵はゆっくりと顔を見上げる。
「ああ、そうだ。なにか、悪いことでも?」
そのセリフは事務官に対して苛立ちを込めているようにもみえた。だが無謀な事務官はそれに気づかずに話し掛け続ける。
「いえ!ただめったにないことなので本当なのかな、と。公爵がアナスタシア様に面倒を見るようにという噂も流れていますし。」
公爵は少し機嫌が良くなったのか、その疑問にも何でもないように答える。
「その噂は本当だ。彼も慣れない環境で困ることも多かろうと思ってな。」
「ええ!本当なのですか?!ヒューという青年は幸福ですね。」
「ははっ、そうか。君もそう思うか。」
公爵は機嫌よさげに笑う。事務官はその様子を見て少しほっとしたような笑いを見せる。
「はい。下賤のものが爵位をもらうだけでも幸福なのに、あの才色兼備で美しいお嬢様にまで気にかけてもらえると言ったらもうそれは物語の主人公以外ありえません。」
「そうだろうな。ふう、少し長く喋りすぎたな。君ももう仕事に戻りなさい。」
「はい、失礼いたしました。ご歓談に付き合って頂きありがとうございました。」
事務官がゆっくりと出ていく。公爵はそのドアがゆっくり、しっかりと隙間がないように閉まる様子を見て息を吐いた。
「さっきの事務官の懐に入る力は優秀だが、いかんせん踏み込みすぎるな。私の下からはずすか。」
そうつぶやくとまた、資料に目を落とした。そこからしばらく時間がたったころ、部屋には控えめなノックの音がまた響いた。
「お父様。わたくしでございます。アナスタシアです。ヒューに接触したのでそのご報告をと。」
「アナスタシアか。入れ、私もちょうど話したいことがあった。」
「失礼いたします。」
アナスタシアが優雅に部屋へと入ってくる。その後ろにはヒューたちが見かけたときと同じ金髪で極上の美貌を持つ男がしずしずとついてきていた。
「お父様。私とお父様どちらの話が先のほうがよろしいですか。」
「そうだな。お前のほうから話してくれ。」
「わかりました。」
アナスタシアは父をしっかりと見つめる。公爵を先程の事務官への対応とは違い、資料を机においてしっかりとアナスタシアを見返す。その対応の差は娘であるが故か、話の重要度故かはわからない。
「私は本日の午前、ヒューが広間から出たあたりにで<クレマン>のエマ・イーグル、アラン・キー・ホークスとともに談笑していたところに接触いたしました。」
「あの鳥の一族か、続けろ。」
「はい。近づくとヒュー様は私のことをあまり知らなかったようであまり大きな反応も見せませんでした。ですが、女性慣れしてない故か、少し恥ずかしがっているようにも見えました。次回は1人でいるところに接触してみます。」
公爵は考え込むような姿勢を見せたがすぐにアナスタシアのほうを向く。
「ああ、頼んだ。だが、鳥の一族はふざけているように見えて鋭いところがある。あまり怪しすぎる動きはするなよ。」
「わかっております。お父様。ところで、お父様の用事とは何でしょうか。」
「今度、ヒューへと爵位をおくるパーティーがあるな?そこでお前は私とではなくそこのものと入場してこい。」
そこのものと称された金髪の男は動揺せずに軽くお辞儀をする。
「まあ、お父様は誰と?」
「あてはあるんだが、まだ未定だ。当日の楽しみとしておいてくれ。」
「わかりましたわ。他に何かありますか。」
「いや、ない。」
「それでは私は自分の部屋へと戻りますね。」
アナスタシアは軽くお辞儀をすると後ろを向いて歩き出した。それに続き金髪の男も後ろを振り向き去ろうとする。その動きを静止させたのは公爵のゆったりとした声であった。
「待て、帰っていいのはアナスタシアだけだ。」
金髪の男ではなく、アナスタシアが振り向く。
「まあ、お父様。2人でこそこそと何か話すことでも?」
「少し気になるところがある。違う視点からヒューがどう見えたかも気になるしな。お前がいたらお前に気を使って話せないだろう。」
「そういわれたら断れませんわね。それでは。」
アナスタシアはすたすたと部屋を出ていく。ドアが閉まるのを見て伯爵はゆっくりと後ろを向いた。
「公爵、何か御用でしょうか。」
「さっき娘に言った通りだ。お前のヒューへの総評を聞きたい。」
「・・・。わかりました。<未踏の天才>と言われていることからもどんな鋭い男が来るのだろうと思っていましたが、実際に会ってみると田舎者のように純朴な青年といった印象でした。しかし、体つきはしっかりとしており、おそらく多少は戦えるのではないかと。」
「ふむ、間者の可能性は?」
「ないでしょう。あのアリス殿が後見人についていることでその線はないといっても過言ではないですが、本人も間者特有の動きは見られませんでした。」
「そうか、ご苦労。」
「はい。それでは私もここで。」
退場しようとする男を公爵が意地の悪い顔で引き留めようとする。
「なに、もっと話すことがあるだろう。」
「何かお気に召さないことでもありましたでしょうか。」
「個人的に思ったことは?」
「先程言ったこと以外にございません。」
「本当に?」
「はい。」
公爵はどっかりと背もたれに体を預ける。そして横にあったタバコに火をつけゆっくりと口にくわえた。煙があたりにくすぶる。
「ヒューのことを羨ましいと思っているだろう。」
「いえ、そんなことは。」
「お前がのどから手が出るほど欲しい爵位をぽっと出のあいつがもらうんだ、そんなわけがない。」
「いえ、もらうべき人物です。私はそれほどのことを何もなしていません。」
公爵が少しタバコを口からはなす。あたりにはさらに煙が立ち込める。
「お前は本当に隙のない奴だ。もういい。下がれ。」
「わかりました。失礼します。」
男は優雅に部屋から出て行った。公爵はまだほとんど新品と変わらないタバコを横の灰皿に押し付ける。男が去ってあたりに残ったのはわずかな煙だけであった。
ここまで読んでくださった皆様ありがとうございます。
描写が少ないため文字数が少なく、会話文だらけですが、今のところはストーリーを進めることを優先しようと思っております。
第2章はまだ続きますが、終わるころまでに描写を増やして、誤字脱字がないかを確認する予定です。
また、設定の詳細を詰めるため2日ほど更新ありません。今後ともよろしくお願いいたします。




