第三話:「現場知を研究対象にしたら、なぜか記入欄が三倍になったにゃ」
検証環境への移行に伴い、猫式会社に強力(?)な外部支援がやってきた。
「現場の素晴らしい暗黙知を、フレームワーク化して可視化するにゃ!」と息巻く「産技研猫」と「大学助教猫」である。
彼らは善意100%で、火消し猫や現場の猫たちの「勘」や「トリアージ判断」を勝手に学術レターの対象にし、精緻な「リスク管理チェックシート」を作成した。しかし、これが現場に新たな嵐を巻き起こす。
「書類が、書類の記入欄が元の三倍になったにゃぁぁ!」
オフィスには、チェック項目の多さに硬直する現場の猫たちの悲鳴が響いた。これがいわゆる「善意のバグ」――制度化や可視化という一見正しい営みが、現場の速度と命綱である暗黙知を殺してしまう現象だった。
チェックシート上はすべて「正常・ヨシ」と並んでいる。誰もが「これで手続き的には完璧にゃ」とハンコを押そうとしたその時、オフィスの床に耳を当て、レールの振動を聴くような姿勢をとっていた「保線猫」が、ぽつりと呟いた。
「このボルトの鳴き声(アクセスログの微細な足音)、ヨシではないにゃ」
「え? でもチェックシートの項目は全部クリアしてますよ!?」と慌てる外部の研究猫たち。
しかしその数分後、保線猫の直感通り、モニタリングログの最深部で、チェックシートでは拾えない微細な遅延が発生していることが発覚した。物理限界と現場インフラを知り尽くした猫の「触覚的デバッグ」が、隠れた不具合を一発で見抜いた瞬間だった。
火消し猫は、青ざめる研究猫たちと保線猫の間に入り、静かに言った。
「外部の知を全否定するのではないにゃ。でも、現場の命綱(暗黙知)を書類で窒息させてもいけないにゃ。これらを殺さず、でも次世代へ継承できる形にするのが、ボクたちの本当の仕事にゃ」




