第四話:「損失回避という名の、数千万円規模の利益創出」
そして運命の役員会当日。
猫式会社は、巨大顧客である「大旦那コンツェルン」からの超大規模案件を前に、緊迫した空気に包まれていた。
役員会の部屋では、コストと空気、そして「他社に取られる前に早くヨシと言え」というプレッシャーが支配していた。最終決定権を持つ「社長猫」も、経営リスクと売上目標の間で、苦渋の表情のまま「結論停止」しかけていた。
そこへ、現場で揉まれてきた猫たちの「3つのログ」が、係長候補猫の手によって一つの提案書として提出された。
【火消し猫のリスク固定ログ】
「仕様未定での一気の本番投入は、一週間後の全損と数千万円の損害賠償リスクがあるにゃ。これは仕様の未確定というバッファを、現場へ丸投げした結果のリスクにゃ」
【保線猫の物理限界ログ】
「現行のインフラの物理限界から逆算して、このデータ量を一気に流せばサーバーが物理的に鳴き声を上げて焼き切れるにゃ。現場の限界線はここにあるにゃ」
【係長候補猫の経営翻訳ログ】
「これらは怠慢のブレーキではなく、我が社の資産を守るための防壁です。大旦那コンツェルンに対しては、本番直行ではなく、リスクをトリアージした『要件定義つきの段階的PoC提案』を出すべきです」
冷徹な規律の空間で、社長猫は提出された三つの証言をじっと見つめた。
彼は、すべてを最初から見抜いている全知の神ではない。現場から積み上げられた三つの異なる責任と事実が揃ったからこそ、経営判断という重いハンコを押す覚悟が決まったのだ。
社長猫は稟議書をぐっと引き寄せ、力強く「否」の肉球印を叩きつけた。
「現場の『ヨシではない』は、怠慢のブレーキではなく、我が社の資産全損を防ぐための**『損失回避という名の、数千万円規模の利益創出』**だったわけにゃ!
この三つの証言があれば、大旦那コンツェルンへ堂々と『要件定義つきの段階的PoC提案』を出せるにゃ。――今回の本番直行は、ヨシではない! 審査を一時停止し、段階的検証へ移行するにゃ!」
ざわめく役員室の中で、社長猫の決定の背後には、自販機横のホワイトボードから始まった、小さな英雄たちの確かな分業の鎖が繋がっていた。




