閑話:とあるトラベラーたちの話・10
とあるトラベラーとまあ普通の出会い
とある攻略配信する会社に雇われて、攻略組と呼ばれる巨大クランに属し、ゲーム攻略に勤しんでいた一人の女性がいる。
アルバイトだが、出演した動画の再生数によってそこそこの給料が入ってきて、大学生活に余裕があった。あくまで攻略が仕事なので、個人の個性などは動画に出ない。ビジュアルも無難なアバターに差し替えられているので、表に出るのはプレイヤーキャラクターの名前だけ。それだと全く目立たないけれど、攻略さえしていればお金が入ってくるのだから、良い仕事であった。
事故って入院するまでは。
いや別にドジっ子とかではないのだ。ただ前日に大きなボスを攻略したせいで寝不足で。
うっかり階段から足を踏み外し、見事に落下したという、そういう話である。
ちょっと複雑な骨折をしてしまったせいで、ボルトを埋め込む手術などすることとなり、ゲームにログインできなくなった。それでもすぐに会社に連絡はしたし、休暇については了解を貰ったはずだった。当然そんな状態でゲームができるはずもなく、再ログインするまで2週間ほどかかった。そして今日こそログインできるぞ、という、まさにその日。
解雇通知が届いたのである。
ごめんね、君のジョブで別の人雇ったから、もう来なくていいよ、的なの。
マジかよ笑えねえわ。
「雇用契約書に書いてあるから、これはお前の落ち度だねえ、お馬鹿な妹め」
「ぐぬぬ、まさか2週間以上休むと自動解雇とか……!」
「これはサインしたほうが悪いよー、自業自得だねえ」
「ちゃんと読めばよかったぁ!」
こんな急な解雇とか法律的にありか!? と慌てて雇用契約書を引っ張り出し、自分よりよっぽど頭の良い兄と姉に見せて理不尽だと訴えたところ、返ってきた言葉がこれである。なんとびっくり、いかなる理由であっても2週間休んだら解雇であった。
そんな項目あったっけ? と確認したら普通に書いてあった。ちゃんと読んでなかった自分が悪いやつだ。
「訴えたら勝てるかもしれないけどそこまでの労力はねー」
「そんなお金はないよ!」
「まあ、諦めなさいな。他にもバイトは色々あるんだから」
そう言われてしまえばそれまでである。確かに、訴えてまでしがみつくほど好きなバイトでもなかった。バイト代はそこそこ良かったけど、拘束時間めっちゃ長いし。
「ぐぅー! 確かに私のジョブなら他に上手い人もいたけどさ、レベルは私が一番上だったんだよ! だから基本私のジョブが出る必要があったら全部私が呼ばれてたわけ。2週間もあればそりゃレベルなんか追い抜かれるかー! 悔しー! 結構もうかったのにー!」
「愚かなり」
「まあ最前線攻略なんて大変なもんだからねえ」
非常に悔しいが、バイト先を失ったので彼女は暇になった。
暇になったらそりゃあ、遊ぶしかない。幸いバイトの蓄えがあるので、しばらく遊び暮らしても問題なさそうだ。そうなると何で遊ぶのが良いか。
どうしようかなーと考えているうちに、兄が「ほれ」と差し出してくれたのが、「アナザーワールド:トラベラー」というゲームの先行体験会の参加券であった。
「なにこれ! 兄ぃ、当てたの!?」
「なんとワンチャンスでゲットしたぞー」
「前から思ってたけどなんなんそのくじ運の良さ!?」
兄は懸賞ハンターである。なんかめっちゃ当たるのだ。それだけで生活しろって言われたらできるってくらいに当たる。ただそのせいで、特にほしくないものにまで無造作に応募する悪癖があった。VRゲームなんて、本人は全然興味ないのに。
「んん? なんか特殊なゲームなんかなあ? 普通にボス倒すようなゲームじゃなさそう……」
「旅するゲームって聞いたけどー。たまにはゆっくり旅行でもして癒されたらー?」
「うーん、やってみる!」
そんな感じでアナトラの世界に足を踏み入れた彼女。
キャラクター名を、ヒマジンとしようと思ったらガイドAIに「普通の名前にしたほうが良いですよ、住人が名前呼んでくるので」と言われたので、「ヒマリ」にしといた。一応空気は読む女である。
「うーん、魔法も物理も適度に使いたい。となるとヒューマンか獣人かなあ、ビジュアルは鬼人さんがかっこいいけど、魔力低すぎぃ。でもヒューマンはPP自動振り分け無駄多すぎんよー。許容範囲だと……犬獣人かなー! どっちかって言うと狐派なんだけどー!」
ちなみにこのゲーム、獣人の耳は何パターンか選べた。ピンと立った大きめの犬耳にしてみたけど、なかなかかわいいぞ。
「そしたら職業は、やっぱ拳よぉ!」
ここは迷わず拳士を選んだ。昔からステゴロが好きなのである。ちなみにプロレスの試合とかめっちゃ喜んで楽しく見ちゃうタイプ。
これで種族と職業的に、上がりやすいステータスは俊敏、筋力、魔力。防御なんていらねえとばかりの攻撃極振り構成である。
ちなみに器用値は底値なので、生産スキルなど取らぬ。
まあそんなバリバリ攻略目線でキャラメイクをしてしまったヒマリだが、このゲームで攻略のマネごとをするつもりはなかった。あんな拘束時間の長い作業、無料ではやりたくないもんね。
そんなわけで100%エンジョイするつもりで昼からログインしたイチヤで、ヒマリはとりあえず焼き鳥を大人買いし、初期装備から脱却するために資金繰りし、速攻で見た目を変えるのであった。
やっぱファッションって大事だし。ダサい格好で冒険したくないもんね!
こういうゲームのお約束として、いろんな住人さんに話しかけてこの世界のことを聞いてみたり、興味深い話があったら深堀りしてみたり。特に勇者様たちの冒険譚がめちゃめちゃ面白くて、住人のおじいちゃんと話し込んだりして。
そのおじいちゃんが誘ってくれたので、老夫婦が営んでいる農場のアルバイトをしつつ、泊めてもらったりしているときに、おばあちゃんのほうが別のトラベラーを拾ってきたのが、ゲーム内で3日目のことだった。
「……夕霧、です。はじめまして」
ぺこりと頭を下げたトラベラーの、その声に、ヒマリは聞き覚えがあった。ヒマリは人の声を覚えるのが得意なのだ。VRゲームなんてみんなアバターを美形に作るもんだから、逆に顔で見分けにくくて、むしろ声で判断しているところがある。
そしてこの声は明確に覚えている!
こいつは確か、ヒマリが前線攻略をしていたゲームで、いっちばん最初にヒマリを殺したやつである。そう、初日の! 最初にフィールドに足を踏み入れたときに! 後ろからサクッとやってきた奴!
一瞬身構えたものの、すぐに思い出した。このゲームはプレイヤーキル出来ないタイプ!
なんだ、そんならいっか。
「ども、ヒマリでっす」
「あの、ここは一体……」
「ん? ばあちゃんから聞いてないのー? リンゴの農場だよ!」
「リンゴ……」
ぽかんとした表情の夕霧を見て、ヒマリは「なんだ、わりと普通だな」と思った。プレイヤーキルとかするやつって、もっとヤバいやつかと思ってたのに。どっちかっていうとおどおどしている。コミュニケーション能力低そう。あ、でも連れてる馬はかわいいじゃん。
「ばあちゃん、この人どうしたん?」
「公園の端っこでぼんやりしてるもんだから、ついねえ。お腹空いてるのかいって聞いたら空いてるっていうから、ポトフでも食べさせてあげようと思って」
「くぅ、なんて人情味あふれるばあちゃんなんだ、優しいじゃん。おいお前、ばあちゃんのポトフ食えるなんて幸運なんだかんな、しっかり味わって食えよ!」
「え、あの、はい」
なんでお前が作るわけでもないのに偉そうなんだ、とツッコミを入れるやつはいなかった。じいちゃんはにっこにこで「ばあさんのポトフはうまいからなあ~」とか言ってるし。夕霧は未だにぽかんとしていて、後ろから可愛い馬に鼻で押されている。
「かわいいじゃん、この馬なんて名前?」
「あ、朝日、です」
「スーパードライ!」
「ちがいますよ!?」
あ、なんだ普通に声でるじゃん。なんだよもう、ぼそぼそしゃべってんなよ。ヒマリは生粋のゲーマーなので、プレイヤーキルごときを引きずったりしない。死んだのは弱いからだ。最初に殺されたヒマリは悟ったのだ。死ぬの超怖い、じゃあめっちゃレベル上げて死ななくなりゃいいじゃん、と。
レベルを上げて超強くなって、そうしたらキルされることはなくなったし攻略組に入ってお金も稼げた。まあそこそこ夕霧のおかげである。むしろお礼を言いたいまである。
でもなー、別のゲームの話持ち出すのはマナー違反だもんな!
「お前こいつの召喚獣? もしやプレイヤーを乗せて走れるタイプ?」
「ここでは契約獣ですよ。……人は乗せられますけど、まだ時間が短いです。召喚士の契約中は、基本戦闘中自動召喚で、それ以外で呼び出すのは時間制限があって」
「なんだと……!? 送還される前に撫でさせて欲しい」
「は、はあ……」
どうぞと言われたので遠慮なく馬を撫でさせてもらった。えーめっちゃかわいい! お目々ぱっちりじゃん! もっと撫でさせてほしかったけど、すぐにタイムアップになってしまった。超残念。
「くー、朝日ぃ……!」
「すごく惜しまれてる……」
「お前あんなかわいいお馬さん仲間にしてるとか超羨ましいぞー!」
なんかしらんけど、夕霧もそのままじいちゃんばあちゃんの家に居候になった。変な縁だなーとは思ったけど、とにかく今はリンゴの収穫を終わらなきゃいけないんだ。
そもそもヒマリがここにいるのは、腰をいわしたじいちゃんの代わりにリンゴを収穫する為なんだ。腰いわしてるくせにめっちゃ元気なじいちゃんは、後ろの方からめちゃくちゃ指示してくるんで勉強になるぞ。その日からじいちゃんにビシバシ鍛えられるメンバーに夕霧が加わったので、ちょっとだけ分散して楽になった。
ヒマリはじいちゃんばあちゃんには優しくするって決めてるので、めっちゃ頑張って手伝った。夕霧は思ってたより役に立ったんでよし。朝日はめっちゃ撫でながら話しかけ続けたら割と心を開いてくれたのでさらによし。
「ヒマリさんて、戦闘しないんですか?」
「あーそれな! レベル上げはしたいけどリンゴの収穫が終わらんことにはどうにもならんのよー」
「先に進まないんですか」
「実は割とどうでもいい!」
結構本気でどうでも良かった。だって今回は攻略班じゃないし。
「まあ先に進むのは大事だけどさ。ばあちゃんとじいちゃんが困ってんのに見捨てては行けんよねー」
「人助け、ですか」
「お前さー、なんでそんな思い詰めてんの?」
「え」
なんかしんどそうだなーとは最初から思っていたのである。でもなんか、絶対にこのゲームと無関係な事情を抱え込んで持ち込んでる感じだったので、外野は黙っとろうと思った。が。
いつまでもそんな感じなのだ。なんかずーっと思い詰めてんのだ。
ヒマリは大抵のことを一晩寝ればリセットできる質なので、なんかもうもどかしいのである。外野が口出すもんじゃねえのはわかってるけど、それでもさすがにいい加減辛気臭いのである。
「あのなー、ゲームにリアル持ち込むもんじゃねーんだぞー!」
「は、はあ。そんなつもりはないですけど」
「そんじゃあれか、別のゲームのこともちこんでんのかー!」
「……っ」
夕霧はぐっと唇を噛んだ。これか。
ヒマリはちょっと考えた。この数日で夕霧が言われたことはコツコツ真面目にこなすやつだということは知っている。悪いやつじゃない。こいつなんで他のゲームで悪いことしてたんだ? まあ事情は人それぞれだからいいけどさ。
そこんとこは置いといて、なんか別のゲームで嫌なことがあったらしいのはわかった。わかったけれども。
「別のゲームのことは、別のゲームにおいてこーい!」
「そんな、簡単なことでは……」
「簡単じゃろがい。今お前がいるのはイチヤのリンゴ農場だぞ、うまいリンゴのこと以外は考えなくてもよかろうなのだ」
「でも俺は、たくさんの人に迷惑をかけたので……!」
「迷惑なんて、生きてる限り、誰でも誰かにかけるもんだぞー!」
ヒマリだって、日々姉と兄に迷惑をかけつつ生きている。でもありがとうってちゃんと言って、次気をつけたら許してもらえるんだいっ。
「ごめんなさいしたらだいたい大丈夫なんだぞー。でもごめんなさい出来ないときは、善行を積むのだ! そしたら世間が許してくれるんだ!」
「善行……」
「そだなー、この世界だったら……」
善行ってなんだろう。ゴミ拾いとかリンゴ農場の手伝いとかも立派に善行だと思うけど。うーん、でもこの世界の目的は地図を埋めることだから、やっぱ旅かなー?
うーんと考え込んでいたら、じいちゃんが後ろから口を挟んだ。
「歩けばいいんじゃよ」
このじいちゃん、口調はのんびりしてる。口調は。
「世界を歩いて地図を埋める。それだけでトラベラーさんはヒーローじゃろ~。そんでたまーに、隠れ里を見つけたとか、誰かが頑張って生きていた痕跡を見つけたとか、はぐれている住人を助けたとか、そういうのを報告してくれたら、感謝感激雨あられじゃな~」
「ほら、これが善行だぞ! 今の聞いたかー!」
じいちゃんとヒマリを交互に見て、夕霧はぱちりと目を瞬かせた。反省できるのは良いことである。だがしかし、反省のあとはきちんと歩き出さねば、反省を活かすことはできないのだ。
「誰かの助けに、なれますかね……?」
それでもなんだかもしょもしょと喋る夕霧に、ヒマリはむうっと頬を膨らませた。だめだこやつ、自己肯定感が低すぎる。
「お前一人で旅しないほうがいいよ、どっかで動けなくなりそうだな」
「そ、んなことは」
「お前が一人で自滅するんはいいけどさ。朝日を不幸にすんのはだめだぞー」
そうだお馬さんはかわいいのだから。すべてのかわいい生き物は幸せになるべきなのである。……あ、そうだ。いいこと思いついたぞ、とヒマリはぽんと手を叩いた。あるではないか、良い方法が!
「そうだよ、お前私と一緒に旅するか!」
「え」
「私なら、うじうじしてる背中を蹴り飛ばすのめっちゃ得意だし!」
そしたらかわいい馬と一緒に移動できるじゃん、お得! 目を輝かせたヒマリに、夕霧は呆気に取られた顔をして、それから泣きたいんだか笑いたいんだかわからない、微妙な顔をしてみせた。
「名前呼んでくれない人と旅はちょっと……」
「夕霧ってなんか呼びづらくないー? ギリーとかにしろよー」
「イヤですよ」
あ、笑った。
なんだよ、ちゃんと良い顔できるじゃん。




