卒業と進学 ――恩師の助言と合法の選択
小学校最後の冬が終わりを告げようとする頃、私の前には「中学校進学」という、これまで以上に大きな壁が立ちはだかっていた。
一月、地域合同の「制服・体操服交換会」が開催された。これは小学校と中学校の合同枠であり、私は四月から中学生になるため、ついに「中学校の制服」を確保しなければならない立場になった。
この時、二年間毎日着倒した小学校の半袖半ズボンの体操服は、私の急激な身体の成長によって、すでに限界を超えて小さくなっていた。少しでも腕を上げると、お腹やへそが丸見えになってしまうような、いわゆる「つんつるてん」の状態。本来なら、あと二ヶ月の小学校生活のために、交換会で少し大きめの小学校の体操服を補充すべきだったのかもしれない。しかし、わずか二ヶ月のために貴重な交換枠を使うのは、あまりにももったいなかった。私が通う地域の学校は、男女で体操服のラインの色が異なっていたため、私がもらった古着を将来的に妹へそのまま譲るという裏技も使えなかった。
当時の中学校の制服事情は、小学生の私にとっては複雑怪奇だった。
男子の必須アイテムを並べるだけでも、詰襟の学ラン上着、冬用スラックス、カッターシャツ、ベルト、そして体育用の半袖・半ズボン体操服、冬用の長袖長ズボンジャージ上下……。どれが絶対に必要で、どれが省略できるのか、我が家の財布と照らし合わせても、さっぱり見当がつかなかった。
ただ、一つだけ希望の光があった。私たちが進学する地元の中学校は、校則によって「制服の代わりに、学校指定の体操服での通学も認める」という柔軟な規定が存在していたのだ。実際に、夏場になると制服のズボンの代わりに半ズボンの体操服で登校する男子生徒も少数ながら存在していた。
「どうすれば、一番お金をかけずに中学校に通えるだろうか」
思い詰めた私は、放課後、小学校の職員室へ向かった。そこには、私の家庭の事情を誰よりもよく知る、五年生・六年生の時の担任の先生がいた。男性の、いつも穏やかで、どんな些細な悩みでも親身になって聞いてくれる、私が心から信頼している恩師だった。
「先生、ちょっと相談があるんだけど……」
私が切り出すと、先生は作業していた手を止め、
「おお、〇〇。どうした? 遠慮せずに座れ」
と、優しい笑顔でパイプ椅子を勧めてくれた。
私が中学校の制服や体操服の費用のことで悩んでいること、できれば小学校と同じように体操服だけで通したいことを正直に打ち明けると、先生は真剣な表情で行事予定表や中学校の校則が書かれた書類を引っ張り出し、本気で調べ始めてくれた。
「いいか、〇〇。中学校には『衣替え』の時期が厳格にある。六月一日と十月一日だ。その前後二週間の移行期間を除いて、冬の時期に夏の制服を着たり、その逆をやるのは原則として校則違反になる。だがな、お前の言う通り、体操服通学に関しては、切り替えの時期の指定がないんだ。つまり、冬の最中に半袖半ズボンの体操服で登校したとしても、校則の上では完全に『合法』ということになる」
先生は眼鏡の奥の目を光らせて言った。
「ただし、問題が二つある。入学式と卒業式だ。これは校則というより、学校の儀式としての暗黙の了解だ。さすがに体操服で入学式に出席するのは、中学校の先生たちも難色を示すだろう。そこだけは、冬用の学ランとズボンが必要になる」
そこまで言うと、先生はニヤリと笑って私の肩を叩いた。
「安心しろ。そのために俺たちがいるんだ。俺の教え子で、今年中学校の二年生になる(つまり私の一学年上)優秀な男の子がいる。お前とちょうど同じくらいの体格だ。入学式の日、新一年生は席に座っているだけだし、上級生は一部しか参加しない。その日一日だけ、彼から制服を借りられるよう、俺が今から話をつけに行ってやる」
先生のその行動力と優しさに、私は胸が熱くなり、言葉が出なかった。
数日後、その一学年上の先輩が、わざわざ私の家まで学ランとスラックスをもってサイズのチェックに来てくれた。先輩は同じ小学校の出身だったため、年中半袖半ズボンで通す私の顔をよく知っていた。
「あの先生に頼まれたら、断るわけにはいかないからな。サイズもちょうどだな。卒業式にも必要だよな。卒業式前と入学式前に持ってきてあげる。クリーニングなんて気にしないで、そのまま着て返してくれればいいよ」
先輩はそう言って笑い、中学校の定期試験のことや、部活動のこと、先生たちの特徴などを細かく教えてくれた。私の小学校では卒業式に中学校の制服で出席することが多かったのだ。先輩は別れ際、私の目を見てこう言った。
「お前のこと、小学校の時から知ってるよ。中学校でも、半袖半ズボンを続けるつもりか?……まあ、困ったことがあったらいつでも俺のところに来いよ」
その言葉には、からかいの色など一切なく、純粋な敬意と優しさが含まれていた。
恩師のアドバイスと先輩の協力により、方向性は決まった。一月の交換会では、私は中学校の「半袖体操服を三枚、半ズボン体操服を二枚」だけを申請し、冬用の長袖長ズボンのジャージや制服の枠は妹に回した。洗い替えが必要だという先生の勧めで半袖体操服は三枚にした。私の枠から浮いた分は、すべて小学校高学年になる妹の衣類へと回された。
私の身体の成長スピードからして、このサイズが三年間持つとは到底思えなかったが、「とりあえず、一年半は何とか持たせよう」と考えていた。来年の交換会でもらう体操服を中学時代の後半に使うことにするという、極めて綱渡りな計画を立てていた。
小学校最後の冬も、朝の新聞配達は凍えるほど寒くつらいものであったが、二年目という慣れもあり、卒業準備の慌ただしさの中に身を置きながらも、何とか無事に乗り切ることができた。
寒風が和らぎ、ようやく春の暖かさが兆し始めた三月中旬、小学校の卒業式当日を迎えた。
前日の夕方、あの先輩が約束通り、丁寧に畳まれた中学校の学ランと冬用スラックスを我が家まで届けてくれていた。私はその借り物の制服に袖を通し、母親と並んで校門をくぐった。
長袖と長ズボンを身にまとって登校するのは、小学二年生の春以来、じつにおよそ五年ぶりのことだった。家を出る前に鏡を見たときは、そこに映る自分の姿があまりにも見慣れず、まるで他人の服を着せられているかのような奇妙なむずがゆさを覚えた。学校に到着すると、いつも半袖半ズボンだった私が黒い詰襟に身を包んでいるのを見て、言葉を失って驚く友達や、冷やかすように笑いかけてくる仲間が少なくなかった。
厳かな卒業式も滞りなく終わり、通いなれたクラスの教室で担任の先生からの最後の温かいお話を聞いた後、ついに解散の時が訪れた。
私の通う小学校は中学校の学区が二つに分割されており、クラスの半分は私と同じ地元の中学校へ、もう半分は別のエリアの中学校へと別れて進学することになっていた。そのため、四月から離れ離れになってしまう友達との名残は尽きず、私たちは教室の隅でいつまでも語り合った。「春休み中に絶対にまた集まって遊ぼう」と固い約束を交わし、ようやく互いの背中を見送った。
最後に、私のすべてを知り、支えてくれた担任の先生の元へ挨拶に向かった。先生は私の肩を力強く叩き、いつもと変わらない穏やかな笑顔でこう言ってくれた。
「中学校に行っても、お前らしくがんばれよ。もし困ったことや悩むことがあったら、いつでも俺のところに相談に来いよ」
その言葉を胸に、私は通い慣れた学び舎を後にした。




