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午前4時半の戦闘開始

小学五年生の春、私の生活にこれまでにない大きな変化が訪れた。「新聞配達」の仕事を始めることになったのだ。


現代の法律や感覚からすれば、十歳の小学生による労働は、労働基準法に抵触する明確な「児童労働」であり、違法である。しかし、昭和の終わりという時代、地方の小さな町には、まだ良くも悪くも大雑把な「大人の融通」が生きていた。


たまたま、夕刊を配達する小学生ぐらいの少年を見かけた私が、父親に相談したところ、新聞販売店の店主が私の父親の古い知り合いだったこともあり、名義を別の大人や親戚のものに書き換えるといった、今では考えられないようなグレーな手法で、私の雇用はあっさりと成立してしまった。実際、私の他にも学校の六年生の男子で、同じように家族を支えるために配達をしている子がいた。


配達するエリアは、朝刊と夕刊でそれぞれ三十軒ほど。エリアはそれほど広範囲ではなく、当時は今と違って、ほぼすべての家庭が何らかの新聞を定期購読していたため、一軒一軒の密度が高かった。子供の足による徒歩での配達であっても、一回につき一時間もあれば十分に回りきれる量だった。


朝刊はまだ夜が明けきらない午前四時半から五時頃にスタートし、夕刊は学校の放課後、午後四時頃から配達を始める。これが私の新しい日課となった。


当然、この新聞配達の現場にも、私は「素肌に半袖半ズボン、靴下なし、運動靴」といういつものスタイルで臨んだ。


最初に新聞販売店に挨拶に行った時、店主や周囲の大人たちは、まだ肌寒い季節の早朝にそんな格好をしている私を見て、一瞬だけ驚いたような顔をした。しかし、彼らは私の家庭の経済状況を察していたのだろう、それについて茶化したり、咎めたりすることは一切しなかった。


「おう、〇〇。早いな。今日から頼むぞ」

ただそれだけを言って、大人と同じように一人の働き手として扱ってくれた。


始めたのが四月だったことは、私にとって最大の幸運だった。最初の数週間こそ、午前四時過ぎに起きて冷たい空気の中に飛び出すことに身体が悲鳴を上げ、眠気で頭が朦朧としたが、春の心地よい朝の空気は、剥き出しの身体にそれほど堪えなかった。学校の完全下校時刻が午後四時だったため、学校が終わると同時にランドセルを家に放り込み、そのまま販売店へ走れば、夕刊の配達時間にも綺麗に間に合った。


早寝早起きの徹底と、身体を動かすリズムさえ掴んでしまえば、新聞配達そのものはそれほど苦にならなかった。むしろ、毎日きっちりと仕事をこなすと、販売店の店主が「お疲れさん」と言って、時折スナック菓子や甘いジュースを小遣い代わりに持たせてくれるのが、空腹を抱える身には何よりの救いだった。


この新聞配達によって、私が一体いくらの給料をもらっていたのか、正確な金額は今でも知らない。給料袋は毎月、販売店から直接母の手へと渡されていたからだ。ただ、私が自分の手で我が家の逼迫した生活費の一端を稼ぎ出しているという事実そのものが、幼い私の心に、言葉にできない強烈なプライドと自立心を植え付けた。


しかし、本当の試練は、やはり季節が巡って「冬」が到来した時にやってきた。


十二月、一月と寒さが本格化すると、午前四時半の暗闇は、まるで底のない氷の檻のようになった。布団から這い出た瞬間、部屋の空気だけで全身の産毛が逆立つ。


だが、私には外へ出るのを躊躇っている時間は一分もなかった。毎朝四時半ちょうどに、印刷工場から新聞を大量に積んだ大型トラックが販売店に到着する。そのトラックからの荷下ろし、つまり重い新聞の束を荷台から降ろす作業を自主的に手伝うと、毎月の給料に「手当て」として数百円がプラスされるという仕組みになっていたのだ。


(一分でも遅れたら、あの手当てが消えてしまう。お母さんの買い出しの足しが減ってしまう)


その一心だった。半袖半ズボンのまま玄関の引き戸を開け、外の凍てつく暗闇に一歩を踏み出す時、頭で「寒い」と考える猶予すら自分に与えなかった。


外に出ると、私がどんなに早く起きても必ず母の部屋には電気がポツンとついていた。私より早く起きて内職を始めているのだ。そんな母の姿を窓越しに想像しながら、ただひたすらに、凍りついたアスファルトを販売店に向かって全力で走った。身体を限界まで動かして無理やり熱を作り出し、トラックの荷台から降ろされる冷え切った新聞の束を、夢中で抱えて運んだ。


そんな過酷な冬の新聞配達において、唯一、私が「神様からの贈り物」のように感じていた日がある。それは「雨の日」だった。


雨が降ると、当然ながら新聞を濡らすわけにはいかない。傘を差しながら両手で新聞を配ることは不可能なため、新聞販売店は配達員全員に、貸し出し用のビニール製の厚手カッパ(レインコート)を用意してくれていた。


このカッパを身にまとった瞬間の感動を、私は生涯忘れない。ナイロンとビニールの分厚い生地が、外の冷たい雨と、容赦なく体温を奪う木枯らしを完全にシャットアウトしてくれるのだ。カッパの内側には、自分の体温がみるみるうちに籠もり、まるで小さな暖房器具を身にまとっているかのような圧倒的な「暖かさ」が広がった。


(あったかい……なんてあったかいんだ……)


雨の日の配達は、周囲の大人たちにとっては視界が悪く、足元も滑るため嫌がられる仕事だったが、私にとっては「合法的に防寒着を着られる、夢のような幸福な時間」だった。水溜りを跳ね除けながら、カッパの中のぬくもりを噛み締め、私はいつもよりずっと高い足取りで新聞を配った。


晴れの日であっても、「寒いからカッパを貸してください」と言えば済んだのかもしれない。しかし、そこまで知恵が回らないほど、私の頭の中は不器用な意地とプライドで凝り固まっていた。晴れた日は、ただただ歯を食いしばって寒さに耐え続けることしかできなかった。


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