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孤高の「半袖」と、戦場の同志

小学二年生の冬、本格的な半袖半ズボン生活が始まると、私は子供ながらに生き残るための「生存戦略」を必死に考え、いくつかの鉄則を自分自身に課した。


まず第一に、「寒い」という言葉は家庭内でも学校でも絶対に口にしないこと。一度でも弱音を吐けば、母は無理をして服を買おうとするだろうし、学校の先生や友達に余計な心配をかけることになる。「僕は寒くない、これが快適なんだ」というキャラクターを完璧に演じ切る必要があった。


第二に、手元にある二着の体操服を、何があっても汚したり破ったりしないこと。毎日母が洗濯してくれるとはいえ、替えがない。泥遊びや激しい取っ組み合いは避け、常に服の状態に気を配らなければならなかった。


第三に、自然の暖かさを最大限に利用すること。朝、目覚めてから布団を出る瞬間が最大の難関だったが、布団の中のぬくもりを限界まで体に蓄え、一気に服を着替えて外へ飛び出す。外に出たら、とにかく体を動かすこと。足踏みをし、手を擦り合わせ、小走りで移動すれば、血が巡って一時的には寒さを忘れることができた。


しかし、この「体を動かす」という戦略には、致命的な副作用があった。動けば動くほど、猛烈にお腹がすくのだ。家での食事量は日に日に減っており、エネルギーの補給が追いつかない。


さらに、学年が上がるにつれて別の問題も発生した。三年生になると、入学時に揃えた下着のシャツや靴下がいよいよ小さくなり、履くことも着ることもできなくなった。


まず、肌着としてのシャツが入らなくなった。体操服のなかに無理やり着ると、首元がきつくて息苦しかったからだ。「シャツなんて男らしくないからいらない」と母に告げ、年中、素肌の上に直接体操服のシャツを着るようになった。


パンツは何とか入ったが、靴下が問題だった。サイズの小ささよりも、毎日履いて歩くうちに、あちこちに穴が開き、生地が薄くなって破れてしまったのだ。夏場はシャツや靴下なしでも、周りから見れば「元気な野生児」で済んだ。


だが、三年生の冬が近づいた時、私はいよいよ「下着のシャツなし、靴下なし、素肌に半袖半ズボン」という極限のスタイルに行き着いた。


母は折に触れて、「せめて下着のシャツと靴下くらいは買わせて」と、なけなしの小銭が入った財布を握りしめて言ってきた。だが、私は頑なにそれを拒否した。ただの我儘ではない、明確な「拒絶」の態度を見せた。一度甘えれば、自分の防波堤が決壊してしまうような恐怖があったのだ。


十二月までは、まだクラスにも数人、半袖半ズボンで過ごす「元気な仲間」がいた。彼らと競い合うようにして寒さを笑い飛ばすのは楽しかった。しかし、年が明けて一月、本格的な寒波が街を襲うと、一人、また一人と長袖のジャージや私服へと切り替えていった。当然の選択だった。


そして一月中旬、クラスで半袖半ズボンを貫いているのは、私一人だけになった。


孤独だった。登校時、すれ違う大人たちや他クラスの生徒から「寒そう」「あの子、どうしたのかしら」という視線が突き刺さる。


そんなある日、私は全校集会の場で、五年生の列の中に、冬だというのに自分と同じ半袖半ズボン姿で立っている上級生の男子を見つけた。


彼の家庭の事情は知らなかった。単に体が丈夫で、本当に寒さを感じないだけだったのかもしれない。しかし、凍てつく体育館の床に裸足で立つ彼の姿を見た瞬間、私はまるで、孤独な戦場で強力な「同志」を得たかのような、震えるほどの歓喜を覚えた。


(五年生の先輩だってやっているんだ。僕にできないはずがない!)


彼とはその後、廊下で一回か二回、すれ違いざまに「今日も寒いな」「おう」と短い言葉を交わしただけだった。それでも、彼の存在は私の折れそうな心を何度も支えてくれた。


意外だったのは、学校の先生やクラスメイトたちの反応が、思ったよりも普通だったことだ。


担任の先生は、おそらく私の母親から家庭の経済的な事情をある程度聞いていたのだろう。だが、金銭的な問題に対して、一教師が直接手を差し伸べることには限界がある。私が自ら進んで「半袖半ズボンがいい」と言い張っている以上、その尊厳を傷つけないよう、あえて触れずに見守るという大人の配慮をしてくれていたのだと思う。


もしここで、先生が同情して「これを着なさい」と学校の備品のジャージを回してくれたりしたら、それは綺麗な美談になったかもしれない。しかし、私たちの通う学校には、我が家ほど極端ではないにせよ、生活が苦しい家庭の子供が少なくなかった。私だけを特別扱いすることは、かえって周囲との軋轢を生んだだろう。先生は折に触れて、寒くないかと私の心配をしてくれたが、私は「寒くない、半袖半ズボンがいい」とかたくなであった。先生の「沈黙」は、今思えば最大の優しさだった。


友達からのあだ名はそのまま「半袖」になった。嫌味な響きはなく、親しみを込めてそう呼ばれていた。いじめられることもなく、男子同士の小競り合いや、悪ガキらしい悪戯、放課後の泥だらけの遊びにも、彼らは私を普通の仲間として巻き込んでくれた。


女の子たちは、当時の昭和の小学生らしく、男子と必要以上に会話をすることはなかったが、哀れみの目を向けてくるようなこともなかった。私は学校というコミュニティの中で、異端でありながらも、確かに居場所を確保していた。


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