↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/19

最初の選択 ――体操服交換会

小学二年生の秋が深まる頃、私にある問題が浮上した。もともと私は同年代の子供たちに比べて体の成長が早く、骨格もしっかりしていた。そのため、小学校に入学する時に買ってもらったおろしたての私服や制服が、わずか一年半の間につんつるてんになってしまったのだ。袖は手首の遥か手前まで上がり、ズボンは太ももを締め付け、歩くたびに生地が悲鳴を上げた。


ある日の夕方、母が心苦しそうな、しかし意を決したような表情で私に言った。

「〇〇、もう服が小さくて苦しいでしょ。今度の日曜日、新しい服を買いに行こうか」


その時の母の顔を、私は今でも鮮明に覚えている。引きつった笑顔の裏にある、財布の底を見つめるような絶望と申し訳なさ。


小学二年生の子供であっても、毎日食卓に上るおかずが減り、母が夜遅くまで内職をしている姿を見ていれば、家にお金がないことくらい肌で理解していた。ここで「買って」と言えば、母をさらに苦しめることになる。子供ながらの直感が、私に一つの嘘を吐かせた。

「ううん、いらない。今のでいいよ。全然苦しくないもん」

私はわざと大げさに胸を張ってみせた。


だが、現実は残酷だった。いくら本人が言い張ったところで、物理的に入らないものは入らない。私服を着るたびにボタンが弾けそうになり、動きづらくて仕方がなかった。


そんな中で、唯一、まだ余裕を持って着られる服があった。学校の「体操服」である。入学時、母が「どうせすぐに大きくなるから」と、かなり大きめのサイズの体操服を買ってくれていたのだ。半袖のシャツと、短い半ズボン。当時は、体育の授業がある日は朝から体操服を着て通学することが普通であった。


「じゃあさ、僕、毎日体操服で学校に行くよ。これならまだ大きいし、動きやすいからいいよ!」

私の提案に、母は一瞬ハッとした顔をしたが、すぐに悲しげに俯いた。それが、我が家の経済状況に対する、幼い私なりの「最大限の妥協」であることを察したのだろう。


秋から年末にかけて、体操服での通学は何の問題もなかった。この時代、十二月に入っても、元気な男子が半袖半ズボンで走り回っている光景は珍しくなかった。実は、冬用に長袖長ズボンのジャージも一着だけ持っており、それもまだ着ることができた。だから、この時期の私は、まだ自分の意志で「好んで半袖半ズボンを選んでいる」という、心の余裕があった。


私が本当の意味で「半袖半ズボンだけ」の生活へと追い込まれることになったのは、年が明けた二年生の一月のことだった。


当時、私の地域では、経済的に苦しい家庭や、兄弟の多い家庭のために、卒業生や上級生から集めたお古の衣服を安価で、あるいは無料で譲り渡す「体操服交換会」という催しが年に一回、一月に開かれていた。そこには半袖半ズボンだけでなく、冬用の長袖長ズボンのジャージも並ぶ。


さすがに私の大きめだった体操服も、毎日の着用と洗濯によって生地が薄くなり、サイズも限界を迎えていた。この交換会は、我が家にとって命綱のような機会だった。


その年の四月から、二つ下の妹も小学校に入学することになっていた。つまり、今回の交換会では、私と妹の二人分の衣服を調達しなければならない。しかし、交換会には「ひとり何枚まで」という制限が設けられていた。


会場となった北風の吹き込む体育館の隅で、並べられた古着を前に、母は計算に頭を悩ませていた。学校生活を送る上で、毎日の体育や通学に使う半袖半ズボンは最低限、洗い替えを含めて二着ずつは確保しなければならない。しかし、それを最優先にして制限枠を使ってしまうと、どうしても冬用の長袖長ズボンのジャージの枚数が足りなくなってしまう。洗濯が追いつかなくなれば、冬場に学校へ着ていく服がなくなることを意味していた。


母の背中が、寒さとは違う理由で震えているように見えた。その時、私の胸の中に、言葉にできない熱い塊が突き上げてきた。


(僕は、お兄ちゃんだ。妹はこれから新しく学校に行くんだから、綺麗な格好をさせてあげなきゃいけない。僕のせいで妹が寒い思いをするのは絶対に嫌だ)


私は母の服の裾を引っ張り、わざと大きな声で言った。

「お母さん、僕、長袖長ズボンのジャージって大嫌いなんだよね! モコモコして動きにくいし、走ると熱くなるからいらない。半袖半ズボンだけでいいよ。だから、長袖は全部、妹にあげて!」


それは、小学二年生の子供が精一杯に虚勢を張った、あまりにも不器用な駄々だった。周りの親御さんたちから見れば、冬の最中に長袖を嫌がる、ただの我儘な男の子に映ったかもしれない。


母は慌てて私の顔を覗き込み、声を潜めて言った。

「何を言ってるの、〇〇。冬は本当に寒いのよ? 足りない分は、お母さんが後でお金を出して買ってあげるから……」

「嫌だ! 買わなくていい! 僕は半袖半ズボンがいいの!」


私は頑なに言い張った。ここで引いたら、母は無理をして新しいジャージを買い、さらに自分を追い詰める。それが分かっていたから、絶対に首を縦に振らなかった。


結局、私の頑固さに折れる形で、交換会の手続きは終わった。妹の分の枠には、半袖半ズボン、そして冬用の長袖長ズボンが綺麗に揃えられた。一方で、私の手元に残ったのは、男子の上級生が着古した、クタクタの半袖シャツ二枚と、半ズボン二枚だけだった。


ただ、私はそこで一つだけ、機転を利かせた。お古の山から体操服を選ぶ際、実際に自分の体に当ててみて「ちょうど良いサイズ」だったものを見送った。そして、わざとツーサイズほど上の、ブカブカで袖が肘の下までくるような大きめのものを選んだのだ。


「これがいい。こっちの方がかっこいいから」

そう言って笑う私を見て、母は何も言わなかった。自分のことながら、小学二年生という幼さで、「これを何年先まで着回さなければならないか」を本能的に計算していた当時の自分を、今でも褒めてあげたいと思う。


交換会のすべての手続きが終わり、重い荷物を抱えて体育館の出口へ向かう途中、歩調を緩めた母が、私の隣でボソッと呟いた。

「……ありがとうね、〇〇」


その声はかすかに震えていた。私は照れくささと、自分の嘘がバレている気恥ずかしさから、「だって、本当に半袖半ズボンが好きなんだもん!」と、そっぽを向いて生返事をした。


だけど、母が私の意図を理解してくれ、感謝してくれたその一言が、子供心にたまらなく嬉しかった。胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


手に入れた体操服は、前の持ち主が使い倒した男子のお古だけあって、あちこちに小さな擦り傷や、洗濯でも落ちない泥染み、ほつれがあった。新品の輝きとは程遠い、ボロボロの古着。それでも、小さくなって窮屈だった元の服に比べれば、今の自分にとっては立派な「新しい戦闘服」だった。


体育館を出ると、一月の鋭い木枯らしが私の剥き出しの腕と太ももを容赦なく叩いた。ここから、冬の凄まじい寒さと、常に背中合わせにある空腹に耐え抜く、私の「八年間の戦い」が幕を開けたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。