栄光のステージ ――へそ出し体操服の卒業生代表
三月上旬、卒業式当日。
その日は、これまでの冬の厳しさが嘘のように、柔らかく暖かい春の陽気が街を包み込んでいた。
私は、三年間毎日着古し、あちこちが薄汚れ、母の縫い目でデコボコになり、少し動くだけでお腹が完全に露出してしまう、あのピチピチの中学校体操服に袖を通した。
(これを着るのも、学校では今日が最後なんだな……)
万感の思いを胸に体育館へ入ると、会場内は一瞬で静まり返った。周囲の同級生たちは全員、漆黒の学ランや濃紺のセーラー服。その中心に、一枚の白い、へそ出し体操服の男子がポツンと座っている。来賓の大人たちや保護者の席からも、ざわめきが聞こえた。恥ずかしさはあったが、それ以上に、これから始まる大役への緊張が勝っていた。
国歌斉唱、校歌斉唱、退屈な来賓の祝辞が続き、いよいよ卒業証書授与の時間がやってきた。
「卒業生代表、〇〇」
担任の先生が、体育館中に響き渡る声で私の名前を呼んだ。
「はい!」
私は十五年間の人生で、最も大きな声を張り上げて返事をした。パイプ椅子を蹴るようにして立ち上がり、全校生徒、そして大勢の保護者の視線を一身に浴びながら、中央のバージンロードを堂々とした足取りで進んだ。
壇上へ登り、校長先生の前に立つ。
校長先生は、私のボロボロの体操服の胸元を愛おしそうに見つめながら、大きな声で証書を読み上げた。
「卒業証書、〇〇。右の者は、本校の全課程を修了したことを証する……」
「ありがとうございました!」
証書を受け取り、綺麗に向きを変えて壇下へと降りる。時間にすればわずか一、二分の出来事だったが、緊張のあまり足の感覚はなかった。だが、一ミリの狂いもなく、完璧に大役をこなしたという確信があった。
その直後、校長先生による「式辞」の時間が始まった。教壇の前に立った校長先生は、用意していた原稿をそっと横に置くと、体育館の全生徒に向かってこう語りかけ始めた。
「皆さん、先ほど、卒業生代表として立派に証書を受け取った〇〇君の姿を、どう見ましたか。彼は、ご覧の通り、中学校の三年間、そして小学校の時代から合わせると実に八年間の長きにわたり、年中、この半袖半ズボンの体操服のまま学校生活を送ってきました」
体育館の空気が、張り詰めたように凝縮された。
「彼の家庭は、決して裕福ではありませんでした。彼は、毎朝早朝に起き、雨の日も、雪の日も、一日も休むことなく新聞を配達し、家族を支え、自分の力で勉学を続けてきました。あの汚れの目立つ、ほつれた体操服の一針一針には、お母さんの愛情と、〇〇君自身の決して折れない気高いプライドが刻まれているのです。そして彼はこの春、自らの努力によって、街で最も素晴らしい高校へと進学します。皆さん、外見の華やかさに惑わされてはなりません。本当の強さ、本当の美しさとは、〇〇君のように、どんな逆境にあっても己の信念を貫き通す、その努力の継続の中にこそあるのです。私は彼を、我が校の最高の誇りとして、ここに称えたいと思います」
校長先生の声が、かすかに震えていた。
その瞬間、体育館の保護者席から、一人の母親の激しいすすり泣きの声が聞こえた。私の母だった。母はハンカチで顔を覆い、肩を激しく震わせて泣いた。
そして、誰からともなく、パラパラと拍手が沸き起こり、それがやがて、体育館全体を揺るがすような、地鳴りのような大拍手へと変わっていった。同級生たちも、下級生たちも、先生方も、みんなが私に向かって、割れんばかりの拍手を送り続けてくれていた。
恥ずかしさで耳まで真っ赤になったが、胸の奥から熱い涙が溢れて止まらなかった。床を見つめながら、私は自分の八年間が、この瞬間のためにあったのだと、心の底から確信していた。
卒業式が終わり、教室での最後のホームルームを終えると、私は友達と校庭でいつまでも名残を惜しんだ。別々の高校へ行く仲間たちと、「春休みにまた絶対に遊ぼうな」と約束を交わし、最後に応接室へ行って担任の先生に深く一礼した。
「先生、ありがとうございました。先生のおかげで、僕は今日、堂々と卒業できました」
先生は私の頭をガシガシと手荒く撫で、
「ご苦労さん、〇〇。本当に立派だったぞ。高校へ行っても、その根性があれば何だってできる。頑張れよ」
と言って、最高の笑顔で見送ってくれた。
我が家に帰ると、母が式が終わってすぐに急いで戻り、準備してくれた、本当の意味で豪華なお祝いの御馳走が待っていた。唐揚げや赤飯、私の大好きなものがテーブルを埋め尽くしていた。
母は照れくさそうに笑いながら、「もう、校長先生があんなこと言うから、お母さん恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいだったわよ」と言ったが、その目はまだ赤く腫れていた。




