絆の証明 ――温かな長袖と生涯の勲章 【完結】
三月下旬のある日、母が「四月になったら、家族四人で旅行に行こう」と言い出した。
「えっ、お金は? 新聞配達もあるし……」と戸惑う私に、母は優しく微笑んだ。
「お金の心配はもう本当にないの。それにね、中学生としての身分は三月三十一日まで。四月一日からは、あなたは立派な高校生になるんだから。だから、半袖半ズボンも、新聞配達も、三月三十一日で本当におしまいね」
四月八日の入学式の朝まで続けるつもりだった私だが、この時ばかりは、母の優しい言葉に素直に従うことにした。
約束通り、私は三月三十一日まで、へそ出し体操服のまま朝夕の新聞配達を完全にやり切った。三月も後半になると春の暖かさが本格化し、剥き出しの肌に風が心地よく吹き抜けた。
四月上旬。私は新しく買ってもらった、仕立ておろしの綺麗な長袖と長ズボンの私服に身を包み、家族四人で一泊二日の温泉旅行に出かけた。実になんと、九年ぶりの家族旅行だった。
満開の桜が舞い散る中、温泉に浸かり、美味しい料理をお腹いっぱい食べ、家族全員で笑い合う。あっという間の、夢のような二日間だった。
帰りの電車の座席で、窓の外を眺めていた母が、隣の私に向かって静かに声をかけてきた。
「〇〇……本当に、今までずいぶん苦労をかけて、迷惑をかけちゃったわね。これからはもう、普通の高校生なんだから、もっとお父さんやお母さんに我儘を言って、甘えていいんだからね」
「ううん、別に苦労なんて思ってないよ」と私は笑った。「あ、そういえばさ、僕の中学校の修学旅行の時の費用、親戚から借りたって言ってたよね。あれ、僕が将来働いて返す約束だったけど、いつから返せばいい?」
すると母は、いたずらっぽくクスリと笑った。
「あ、あの借金ならね、もう全額、綺麗に返済し終わってるわよ」
「えっ!? お父さんの商売の利益から返したの?」
「ううん、違うわよ」母は私の顔を覗き込んだ。「あんたが毎日、暗いうちから一生懸命走って稼いでくれた、新聞配達の給料。お母さん、そこから毎月少しずつ、修学旅行で借りたお金を親戚に返しておいたの。だから、あれはちゃんと、あんたが自分の力で返したのよ」
「ええっ……!?」
私は騙されたような気分になって声を上げたが、次の瞬間、胸の奥に言葉にできない熱い誇りが込み上げてくるのを感じた。
(そうか……。僕は、誰の世話にもならず、自分の力で修学旅行に行き、自分の力で高校への道を切り開いたんだ……)
新調された長袖の衣服は、柔らかくて、驚くほど温かかった。だけど、電車の窓に映る自分の姿を見つめながら、私は心の中で、あの薄汚れてへそが丸見えだった、一着の中学校の体操服へ、静かに感謝の言葉を呟いていた。
あの、過酷を極めた八年間の半袖半ズボン生活。特に冬の新聞配達の寒さと眠気と空腹のトリプルパンチは、文字通り地獄そのものだった。 もし、今の私に「もう一度、あの八年間をやり直せと言われたら、どうするか」と誰かが尋ねたら。 私は何の躊躇もなく、即座に、誇りを持ってこう答えるだろう。
「喜んで、もう一回やりたい」
私の手元には今でも、あの頃の汗と涙と、母の縫い目の跡が何重にも残った、薄汚れてほつれだらけの中学校の体操服が一着、大切に保管されている。それは私の人生の最も輝かしい勲章であり、どんな困難にも決して屈しないという、永遠の誓いのシンボルなのである。
(終)
本作『凍てつく太陽、灼熱の絆』を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
へそ出しのボロボロな体操服という、一見奇妙なスタイルの中に込めた「私」のプライドと、それを支えた家族や友達、周囲の大人たちの愛の物語、いかがでしたでしょうか。 ラストの電車のシーンを書き終えたときは、作者自身も万感の思いが込み上げました。
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またどこかで別の物語をお届けできる日を楽しみにしております。本当にありがとうございました!




