背水の陣 ――先輩の言葉とへそ出しの誓い
修学旅行が終わると、私の生活は猛烈な受験勉強一色へと塗り替えられた。
当然、塾に行くお金などない。私は中学校の担任の先生にも相談し、放課後は図書室に籠もって、学校が保有している古い参考書を読み漁った。さらに、市立図書館へも通い、貸出可能な問題集を片っ端から借りてノートに解き写した。
そんな私に、最大の助けの手を差し伸べてくれたのが、あの入学式の日に制服を貸してくれた、一学年上の先輩だった。彼は一足先に、私の目指すその最難関県立高校にトップで合格していた。
先輩は自分の受験が終わると、使っていた大量の参考書や問題集を、段ボール箱に詰めて私の家まで持ってきてくれた。
「書き込みをするとお前が使いにくいだろ。だから要点や解き方は全部別の紙に挟んであるから。綺麗に使ったから、遠慮なく使えよ」
段ボールの一番上にあった参考書の表紙をめくると、先輩の直筆でこう書かれていた。
『来年、〇〇高校で会いましょう。君なら絶対に大丈夫だ』
部屋の畳の上に座ったまま、私はその文字を指でなぞり、また声を上げて泣いた。周囲の大人たち、先輩、みんなが私を支えてくれている。この恩に報いる方法は、合格の二文字以外にない。
私の中学三年生の頃の日課は、過酷を極めた。
午前四時に起床し、朝刊の配達に向かう。五年間の経験で道は完全に頭に入っていたため、一時間足らず、五時過ぎには配達を終えて帰宅する。それから家で朝の勉強をし、七時に質素な朝食を食べ、小さくなってへそが見えかけた中学校の体操服のまま登校する。学校が終わると午後四時前に急いで帰宅し、そのまま夕刊の配達へ走る。五時に戻り、再び勉強。六時に夕食を摂り、その後も九時の消灯までひたすら机に向かった。夏休みや冬休みは、学校の代わりに市立図書館の開館から閉館まで籠もり続けた。
秋の三者面談。進路の最終決定の場には、母と私、そして担任の先生が同席した。私の志望校は、あの最難関県立高校一択。滑り止めの私立高校すら受験しないという、退路を断った背水の陣だった。先生は私の成績の伸びを見て、「これなら大丈夫だ。よくここまで頑張ったな」と、母の前で私を大いに褒めてくれた。母は身を小さくして、何度も先生に頭を下げていた。
面談の最後、私はずっと胸に引っかかっていた、ある小さな、しかし切実な疑問を先生にぶつけてみた。
「あの……先生。僕、入試の当日も、この半袖半ズボンの体操服で受験しに行って、本当に大丈夫でしょうか? 服装のせいで落とされたりしませんか?」
すると先生は、その質問を最初から予期していたかのように、深く頷いて微笑んだ。
「大丈夫だ、〇〇。あの高校は面接試験がない。当日のペーパーテストの点数と、中学校の内申書だけで合否が機械的に決まる。服装が体操服だからという理由で不合格にされることは絶対にない。それに安心しろ、内申書の特記事項の欄には、君が一日も休まずに新聞配達をして家計を支え、その結果としてこの服装で行くこと、そしてその強い意志について、俺が責任を持って最高の推薦文を書いておいた。お前は何も気にせず、いつもの格好で、堂々と実力を出し切ってくればいい」
その言葉で、すべての迷いが消え去った。私はこのへそ出しの薄汚れた体操服のまま、決戦の場へ赴く覚悟を決めた。
年が明け、一月の「制服・体操服交換会」の日がやってきた。
今年中学校を卒業する私には、もう自分のために衣類を申請する資格はなかったが、受験勉強の追い込みで張り詰めていた頭の気分転換も兼ねて、母と妹の付き添いとして会場へ向かった。
昨年、中学校進学にあたって制服もジャージも一通り揃えていた妹は、今回は少し小さくなったものを補充する程度で済んだため、手続きは驚くほど短時間で終わりそうだった。
順番を待つ間、私は体育館の喧騒を眺めながら、ふと遠い記憶を呼び覚ましていた。
小学二年生の冬、まさにこの場所で、「嫌だ! 僕は絶対に半袖半ズボンがいいの!」と泣きべそをかきながら頑なに新しい長袖を拒んでいた幼い自分の姿が、まるで昨日のことのように鮮明に思い出されたのだ。
それから実に七年――。中学三年生になった今も、私は相変わらずへそが出そうな半袖半ズボンの体操服を着たままだ。しかし、あの時この交換会という場所がなければ、そして母が必死に古着を工面してくれなければ、私は今日まで生き延びて、受験を迎えることすらできなかっただろう。我が家の苦境を救い続けてくれた会場の温かい空気に包まれているうちに、胸の奥から熱い感慨がこみ上げ、視界が涙でじんわりと滲んでいった。
帰り際、私は七年間の感謝の気持ちをどうしても伝えたくて、受付にいた交換会の係の人たちの元へ歩み寄った。
「あの、長い間、本当にありがとうございました」
私が頭を下げると、係のおばさんは私の体をまじまじと見つめ、洗濯のしすぎで薄くなり、身体に対してあまりにも小さくなった体操服に目を留めて、気の毒そうに声を潜めた。
「まあ……その体操服、もう限界なくらい小さくてピチピチじゃない。受験生で大変でしょう。もしよかったら、あそこのラックに余っている大きめのサイズがあるから、内緒で持って帰ってもいいのよ?」
我が家の経済事情を察しての、おばさんの優しい計らいだった。その温かさが身に染みたが、私の胸には、この格好で二年生の地獄の冬を生き抜いたという、確固たるプライドがあった。私はそっと首を振り、満面の笑みで答えた。
「ありがとうございます。でも、もうあと二ヶ月余りで卒業ですから、小さくてもこのままで全然大丈夫です。その服は、これから新しく入ってくる、本当に必要な下級生の子たちに使ってあげてください」
お断りをして会場を出た私の背中には、冷たい冬の風が吹き付けていたが、心の中は不思議なほどの達成感と温かさで満たされていた。




