戦友たちの絆 ――自分の力で掴んだ修学旅行
中学三年生に進級して間もない五月、最大のイベントである修学旅行が近づいていた。今回は新幹線に乗って行く、二泊三日の大旅行だ。
行き先が遠くなり、日数が増えるということは、それだけ必要な費用も跳ね上がることを意味していた。当時の我が家の壊滅的な経済状況は、小学六年生の時とは比べ物にならないほど悪化していた。毎日の白米すら事欠く生活の中で、数万円にのぼる修学旅行費など、逆立ちしても出てくるはずがなかった。
(今回は、さすがにあきらめよう)
私はそう心に決め、ある夜、居間で両親に向き合った。小学校の時のように「行きたくない」などという子供っぽい嘘をつくのはやめた。私ももう、十五歳になろうとする一人の男だ。
「お父さん、お母さん。来月、修学旅行があるんだけど、うちの今の経済状態を考えると、僕は行かないことにしたい。みんなには適当に理由を話しておくから、気にしないで」
私の言葉に、父と母は同時に顔を上げた。
「何を言ってるんだ、〇〇。中学校の友達と行く修学旅行は、人生に一回きりしかないんだぞ。絶対に行きなさい!」
父が珍しく強い口調で言った。
「でも、お金はどこにあるの? 僕の新聞配達の給料だって、全部毎月の食費に消えてるじゃないか」
私が現実を突きつけると、父は一瞬、言葉に詰まり、申し訳なさそうに拳を握りしめた。
「……確かに、今のお父さんには、そのお金をすぐに用意してやる力はない。お前の言う通り、お前の給料にまで頼っているのが現状だ。情けない父親で、本当にすまない」
父が頭を下げようとしたその時、母が私の手を優しく包み込んだ。
「でもね、〇〇。お母さん、親戚の伯父さんにお願いしてきたのよ。〇〇が毎日、暗いうちから一生懸命働いて、家族を支えてくれているのは親戚中がみんな知ってるわ。だから伯父さんもね、『〇〇が将来働いて、自分で返すという約束なら、喜んで貸してやる』って言ってくれたの。だから、これはお父さんやお母さんのお金じゃない。あなたが将来、自分の力で返す、あなた自身のお金なのよ。家族に遠慮なんてしなくていいから、行ってきなさい」
「将来、自分で返す――」
その言葉は、私の胸にすんなりと落ちた。親の無理な借金を増やして苦しめるのではない。自分の未来の労働を担保にして、自分の力で行くのだ。それなら、何の引け目もない。
「……分かった。じゃあ、僕、行くよ。伯父さんには、大人になったら絶対に僕が返すって伝えて」
私は深く頷いた。
修学旅行の服装は、制服または学校指定の体操服だった。私には当然、いつもの「半袖半ズボン体操服」しかない。
修学旅行出発の当日。私はいつも通り午前四時に起きて朝刊の配達を終わらせ、集合場所の駅へと向かった。
五月晴れの、朝からよく晴れた暖かい日だった。とはいえ、新幹線を乗り継いでの長距離移動ということもあり、駅に集まった同級生たちは、ほぼ全員が長袖長ズボンの制服姿だった。その中で、動くたびにへそが丸見えになるピチピチの体操服を着た私は、どうしたって浮いてしまう。覚悟はしていたが、周囲の他クラスの生徒たちからの視線に、少しだけ身がすくむ思いがした。
だが、自分のクラスの集合場所へたどり着いた瞬間、私は自分の目を疑った。 何人もの男子生徒が、体操服の上下になっていた。それどころか、まだ肌寒い朝だというのに、ジャージを脱ぎ捨てて半袖になっている友達までいた。それだけではない。人混みをかき分けるようにして、私の一番の親友が、私より数分遅れて走ってきた。
その姿を見た時、私は言葉を失った。 彼は、私と全く同じ格好をしていた。中学校の半袖半ズボンの体操服姿。
「お前……どうしたんだよ、その格好」
思わず声を詰まらせて尋ねる私に、親友は照れくさそうに頭を掻きながら、ニカッと笑ってみせた。
「いや、今日は朝からすげえ暖かいからさ。長袖じゃ暑いなと思って!」
それ以上、彼は何も言わなかった。だけど、分かっていた。修学旅行という大舞台で、私一人だけが半袖半ズボンで恥ずかしい思いをしないように、からかわれないようにと、彼を筆頭にクラスの仲間たちが、あえて同じ格好をして「盾」になってくれたのだ。
胸の奥から熱いものが込み上げ、視界がじんわりと滲んだ。真冬の孤独な戦場を生き抜いてきた私に、これほど温かい「戦友」たちがいてくれた。ボロボロの体操服が、まるで世界で一番格好いいユニフォームのように思えた。
小学校の修学旅行以来、三年ぶりとなる旅路は、文字通り最高の三日間となった。初めて見る見渡す限りの観光地、お腹いっぱい食べられる旅館の食事、そして夜、先生の目を盗んで布団の中で友達と将来の夢を語り明かした時間。
私の半袖半ズボンを笑う者など、もう誰もいなかった。私は、私を支えてくれる最高の仲間たちと共に、青空の下を堂々と駆け抜けたのである。




