極限の極寒 ――すれ違う想いと兄としての誇り
中学生になって迎えた、初めての冬。小学生の時と決定的に違ったのは、クラスの中に「仲間」が誰もいないという、圧倒的な孤独だった。
小学校の時は、二学年上に冬でも半袖半ズボンを貫く「同志」の先輩がいた。クラスにも、冬でも半ズボンのまま過ごす友達や、授業で運動する時だけは半袖になる悪ガキが少数は残っていた。しかし、中学校という場所は残酷だった。思春期の入り口に立つ彼らは、周囲の目を恐れるようにして、一斉に分厚い長袖長ズボンのジャージへと身を包む。学校中を見渡しても、朝から晩まで短い半ズボン一枚で過ごしている者など、私以外に誰一人としていなかった。
それでも、私の戦いは続く。身体が大きくなった分、朝の新聞配達は劇的に効率が上がっていた。トラックからの重い新聞の荷下ろしも、今や大人の配達員に負けないほど楽々とこなせるようになり、街のルートも頭に完全に染み付いていた。何も考えなくても、体が一軒一軒のポストへと勝手に動く。
しかし、肉体の成長は、同時に飢餓感の爆発をも意味していた。基礎代謝が上がり、活動量が増えた分、胃袋を突き上げる空腹感は小学生時代の比ではなかった。父の事業はいよいよ破綻寸前で、母のパート代と私の新聞配達の給料を合わせて、かろうじてその日の食い繋ぎを維持している状態だった。それでも私は歯を食いしばり、寒風を切り裂いて走り続け、なんとか二年生の春を迎えた。
新学期が始まり、私は中学二年生になった。当時、私の住む地方都市にはそれほど苛烈な受験競争はなく、二年生のうちはまだ、誰もがのんびりと学校生活を楽しんでいた。私も新しい環境に慣れ、日々の勉強、友達との他愛ない交遊を楽しみ、割と充実した中学校生活を送っていた。
しかし、その裏で、我が家の家計は目に見えて「限界」へと向かっていた。
そしてやってきた、中学二年生の一月。「制服・体操服交換会」の当日。
二年間、文字通り毎日着倒した私の半袖半ズボン体操服は、いよいよ限界を迎えていた。骨格が大きくなった私の身体に対し、一年生の時に手に入れた体操服はあまりにも小さく、少し体を捻ったり腕を上げたりするだけで、お腹とへそが完全に丸見えになってしまう。生地は洗濯のしすぎで向こう側が透けるほど薄くなり、あちこちに母の細やかな補修の縫い目が走っていた。誰が見ても、新しい服の補充が必要なのは明らかだった。
会場の体育館で、母は小さくなった私の体操服を見つめ、申し訳なさそうに、しかし縋るような目で言った。
「〇〇……さすがにその体操服、もう小さすぎるわね。お兄ちゃんの枠で、せめて新しいのを1枚だけでも貰いましょうか……」
その隣では、この四月からいよいよ中学校へ進学する妹が、不安そうな顔で立っていた。妹の中学進学には、セーラー服、スカート、夏のブラウス、長袖長ズボンの指定ジャージ上下に、半袖半ズボンの体操服と、膨大な量の衣類が必要になる。私の分に枠を割けば、確実に妹の何かが足りなくなる。
「何言ってるんだよ、お母さん。僕はもう一年、今のままで全然大丈夫だよ。だから、僕の枠は全部、妹のセーラー服やジャージに使ってよ」
母はそれ以上、何も言わなかった。言えなかったのだ。断る私に安堵せざるを得ないほど、我が家の経済状態は破綻していた。私は自分の全ての交換枠を妹に譲り、妹の中学校生活のための綺麗な衣類が揃っていくのを、誇らしい気持ちで眺めていた。これが、私の選んだ「兄としてのプライド」だった。




