狂った計算 ――交換会の誤算と押し寄せる孤立
中学校一年生の秋が深まるにつれ、私は小学生時代との「決定的な環境の違い」を思い知らされることになった。それは、周囲の人間が寒さに屈して長袖に着替える「スピード」の圧倒的な速さだった。
小学校の頃は、十二月の年末近くになっても、クラスに数人は半袖半ズボンで意地を張る男子が残っていた。しかし、中学校という思春期の入り口においては、周囲の目を気にする多感な時期であることも手伝って、十月一日の衣替えの移行期間が終わると同時に、男子の制服(学ラン)や女子のセーラー服への切り替えが一斉に行われた。
教室の中で体操服通学を続ける生徒であっても、そのほとんどが「長袖長ズボンのジャージの上下」というスタイルであり、私のように真冬になっても短い半ズボンを穿き続けている者は、十一月半ばには完全に「絶滅」した。
小学校時代よりも一ヶ月以上も早く、私は広大な校舎の中で、完全に孤立した「唯一の半袖半ズボン」となったのだ。あの小学校時代に心の支えだった、二学年上の「同志」の先輩は、別の学区の中学校へ進学してしまったため、今どこでどうしているのか、今も半袖を続けているのか知る由もなかった。
二年目を迎える直前、中学一年生の一月の「制服・体操服交換会」の席で破綻と誤算が私を襲う。私の当初の緻密な計算では、入学時に手に入れた少し大きめの中学校の体操服(半袖三枚、半ズボン二枚)を、一年半、つまり中学二年生の夏休み前まで徹底的に着回す予定だった。そして、この「中一の一月」の交換会で、さらにワンサイズ上の、二年目の秋から三年生の卒業までを着切るための体操服を先んじて確保しておくはずだった。
計画通り、手元にある体操服はまだ十分に着用可能な状態を保っていた。しかし、会場となった体育館に入った瞬間、私の計算は根底から覆された。
その年、なぜか私が通う中学校の卒業生からの寄付が極端に少なく、交換会のラックには、私の狙っていたワンサイズ上の男子用体操服(半袖も半ズボンも)が、ただの一着も並んでいなかったのだ。あるのは、私には小さいサイズの体操服だけだった。
妹が、やってきた。妹はこの四月で小学六年生になる。
「お兄ちゃん、私は小学校もあと一年だから、自分の枠はそんなにいらないよ。お兄ちゃんの分にして」
妹は優しい顔でそう言ってくれた。だが、自分に合うサイズがないものは仕方がない。
「いや、僕に合ったサイズの体操服が今年はないんだ。」
側にいた母は、私たちのやり取りを見て、呑気にこう呟いた。
「そうねえ、まだ今の体操服も着られそうだし、来年の交換会の時にまた新しいのをもらえばいいんじゃない?」
(お母さんは、何も分かっていないんだ……)
私は胸の中で、誰にも言えない絶望的な計算を必死に組み立てていた。
確かに、来年(中学二年生の一月)の交換会までなら、今の体操服を少し小さめになりながらも、無理やり着倒すことはできるだろう。しかし、問題はその先だ。来年の春は、妹は中学進学であり、中学の制服、体操服と大量に必要になる。我が家の経済状況が変わらない以上、来年の交換会は、私は自分の制限枠のすべてを、妹のために使わなければならないのだ。
つまり、この時点で「ワンサイズ上の体操服」を確保できなかったということは、私は中学校を卒業するまでの残りの二年間を、今着ている「一年生用の体操服」だけで、小さくなってもボロボロになっても着続けなければならないことを意味していた。
私はその覚悟をきめ、母にも妹には決して口には出さず、ただ静かに唇を噛み締めて交換会の会場を後にした。




