第84話 実技杯本戦、外れスキル少年は学園最強チームを覚醒させる
実技杯本戦当日の朝、俺はいつもより早く目が覚めた。
寝不足ではない。
むしろ、思ったより眠れた。
リリアの香草茶が効いたのか、セリカさんの木剣を握って名前確認したのがよかったのか、それとも単に昨日の夜、部屋に人が来すぎて疲れたのか。
理由は分からない。
ただ、目覚めは悪くなかった。
机の上には、俺の本人才能意思確認票が置いてある。
才能名は、まだ未定。
仮称、好感度限界突破。
機能候補、才能覚醒リンク。
そして、本人意思。
誰かを支配する力ではなく、本人の名前と才能と意思を支える力にしたい。
俺はその一文を指でなぞった。
「レン・クロフォード」
小さく呟く。
ちゃんと自分の名前として聞こえる。
胸元の学生証も、問題なく読める。
よし。
その時、机の端の通信水晶が光った。
『起きておるか、レン』
「おはようございます、ミュレア」
『うむ。朝から妾の名を正しく呼ぶとは、良い心がけじゃ』
「本戦前の名称確認です」
『ならば、もう一度呼べ』
「ミュレア」
『よろしい』
朝から満足そうだ。
『緊張しておるか?』
「しています」
『怖いか?』
「怖いです」
『楽しみか?』
少しだけ考える。
「……楽しみでもあります」
水晶の向こうで、ミュレアが小さく笑った気配がした。
『それでよい。怖さだけでは足が止まる。楽しさだけでは足元を見失う。両方持って行け』
「はい」
『それと、勝ったら菓子は二品じゃ』
「一品です」
『まだ白き娘はおらぬぞ!』
「でも、たぶんそう言います」
『先読みするでない!』
そのやり取りで、肩の力が少し抜けた。
俺は確認票を折りたたみ、制服の内ポケットに入れた。
今日は、これもお守りだ。
セリカさんの木剣も、短い方を腰に提げる。
振るためではなく、戻るための重さとして。
◇
大型可変迷宮のある中央訓練場は、朝から熱気に包まれていた。
観覧席には学生、教師、ギルド関係者、王宮関係者までいる。
昨日までの予選や模擬戦とは、明らかに規模が違う。
中央には巨大な迷宮入口が四つ。
それぞれの入口に、本戦出場班が並ぶ。
第五混成班。
俺、レン・クロフォード。
リリア。
セリカ。
ノエル。
ユリアナ・フォン・グランベル。
制限付き見学者として、ミュレア・ノクターン。
王宮結界補助として、アリシア・ルミナス・ヴァレンティア。
掲示板にこの並びが出た時点で、かなり目立っていた。
そして今日は、実際にその全員が何らかの形で関わる。
大げさすぎる。
けれど、今の俺たちには必要な布陣でもある。
「レン」
リリアが隣で呼んだ。
「はい」
「顔色は悪くありませんね」
「眠れました」
「よかったです」
彼女は本当にほっとした顔をした。
セリカさんは木剣を肩に担ぎ、俺を見る。
「怖くなったら?」
「名前確認と木剣を握る」
「よし」
ノエルは測定具を起動しながら言った。
「レン、手」
「はい」
手首に小型の測定具をつけられる。
淡い光が走った。
「安静時負荷、低。名称固定、安定。感情過負荷、低から中」
「中?」
「観覧席が多いから」
「それは仕方ないです」
ユリアナ先輩が記録板を確認する。
「本戦中、レン様の負荷が高に入った場合、能力使用を制限します。異論は?」
「ありません」
俺が答えると、セリカさんが満足そうに頷いた。
リリアも頷く。
ノエルは少しだけ残念そうだったが、何も言わなかった。
通信水晶からアリシア様の声が入る。
『王宮結界、安定しています。皆様、どうか無理をなさらず』
「ありがとうございます、アリシア様」
『レン様』
「はい」
『本日も、まずご自身の名前を』
「レン・クロフォード。大丈夫です」
『はい。ご武運を』
その言葉で、胸の奥が静かに整った。
少し離れた入口には、アイリス・ヴェルナー率いる第四混成班もいる。
彼女はこちらに気づくと、静かに頷いた。
俺も頷き返す。
アイリスの手元には、小さな氷の盾が浮かんでいた。
守護氷結。
まだ試用中。
でも、昨日より安定しているように見えた。
学園長が壇上に立つ。
「これより、学園連携実技杯本戦を開始します。本戦は複数班同時進行型の大型可変迷宮です。標識回収、要救助者保護、模擬魔物制圧、罠解除を総合評価します」
観覧席が静まる。
「ただし、本戦において最も重視するのは勝敗だけではありません。各自が自分の名と才能を確認し、仲間と連携できるか。それを見ます」
名前と才能。
ここまで積み重ねてきたものが、本戦の評価軸にも入っている。
ユリアナ先輩の提案が反映されているのだろう。
「各班、準備を」
入口の魔力灯が青く光る。
俺は全員の顔を見た。
「行きましょう」
セリカさんが笑う。
「ええ」
リリアが頷く。
「はい、レン」
ノエルが短く言う。
「了解」
ユリアナ先輩が静かに言った。
「第五混成班、進行開始」
鐘が鳴った。
俺たちは、大型可変迷宮へ踏み込んだ。
◇
迷宮内部は、予選とはまるで違っていた。
広い。
天井が高く、石壁には複雑な魔力紋が走っている。通路は何本も枝分かれし、床には可変式の段差や罠らしき刻印が無数にある。
青白い魔力灯が点々と続き、奥へ行くほど薄暗くなっていた。
「反応確認します」
俺は視界の表示を見る。
大型可変迷宮
標識反応:三方向
要救助者反応:北東
模擬魔物反応:複数
罠反応:中〜高
第四の系統反応:微弱
最初から第四の系統反応がある。
完全に混じってきている。
「第四の系統反応、微弱ですがあります」
俺が言うと、全員の表情が引き締まった。
ユリアナ先輩がすぐに判断する。
「まず北東の要救助者反応へ。救助課題は放置すると減点だけでなく、第四の系統干渉の足場になる可能性があります」
「了解」
セリカさんが前に出る。
ノエルが罠検知具を起動。
リリアが後方で白い補助光を薄く展開する。
「レン、無理せず」
「はい」
最初の通路を進むと、低級の模擬魔物が三体現れた。
狼型二体と、小型の飛行体。
「飛行体、右上から支援妨害。狼は左右に分かれます!」
「右は私」
セリカさんが走る。
「左、ノエル足止めできますか?」
「できる」
ノエルの小型拘束具が飛ぶ。
リリアの光が飛行体の放つ妨害魔力を和らげる。
俺はセリカさんの動きを見た。
セリカ
状態:集中
魔力流断ち:使用可能
推奨:狼型右肩関節
「セリカさん、右肩!」
「はい!」
木剣が走り、狼型の魔力構造が崩れる。
一体目消滅。
ノエルの拘束具で止まった二体目は、セリカさんの返す剣で処理された。
飛行体はリリアの光に動きを鈍らされ、ユリアナ先輩の指示でノエルが停止符を貼る。
「制圧完了。進みます」
ユリアナ先輩の声は冷静だった。
序盤は順調。
名称固定リンクも安定している。
名称固定リンク:安定
才能覚醒リンク:微弱起動
無理に上げない。
今日は長丁場だ。
俺は自分に言い聞かせた。
◇
北東の部屋に到着すると、そこには訓練用の要救助者人形が三体置かれていた。
一体は模擬骨折。
一体は魔力疲労。
一体は恐慌状態の演算魔道具付き。
リリアの出番だった。
「私が状態確認します」
リリアが白い光を広げる。
その光は、以前よりずっと穏やかに広がった。
傷を見るだけではない。
怖がっている人形の魔力反応まで包み込む。
「魔力疲労の子から。ノエルさん、搬送補助具をお願いします。レン、恐慌状態の反応を見てもらえますか?」
「はい」
俺は人形の反応を見る。
要救助者人形
恐慌状態:高
推奨:安心治癒系統による鎮静、声かけ
「リリア、安心させる声かけが有効です」
「分かりました」
リリアは人形に向かって、まるで本当の人へ話すように言った。
「大丈夫です。ここにいます。今、助けますから」
白い光が人形を包む。
観覧席から見ている学生たちには分からないかもしれない。
けれど、俺には見えた。
リリア
才能名候補:安心治癒
状態:安定
効果:恐慌反応低下
リリアの力が、ちゃんと人を安心させる方向へ伸びている。
「リリア、安定しています」
「はい、レン」
リリアは少しだけ微笑む。
その表情に、俺も安心した。
救助課題は高得点で完了した。
だが、部屋を出る直前、床の魔力紋が黒く揺れた。
俺の視界に表示が出る。
第四の系統反応
才能名欠落干渉:微弱
対象:周辺参加者複数
この迷宮内のどこかで、他班にも干渉が始まっている。
「他の班で才能名欠落が起き始めています」
ユリアナ先輩が即座に判断した。
「本戦中に広がる可能性があります。私たちの課題進行と並行し、必要なら支援に回ります」
「評価は?」
セリカさんが聞く。
「勝敗より安全優先です」
ユリアナ先輩は迷わなかった。
その判断が、今の俺たちらしかった。
◇
中盤、迷宮の構造が変わった。
通路が震え、壁が動き、床が沈む。
可変迷宮の本領だ。
「右の道が閉じます!」
俺が叫ぶと、ノエルがすぐに小型魔道具を壁に投げた。
「一時固定」
壁の動きが数秒だけ止まる。
その間に全員が通過した。
「ノエル、助かりました」
「うん」
ノエルの目は真剣だ。
「でも、迷宮制御に外部干渉あり。通常の可変じゃない」
「第四の系統?」
「たぶん」
その時、遠くから叫び声が聞こえた。
「魔術が出ない!」
「剣が……型が分からない!」
他班だ。
俺たちは顔を見合わせた。
セリカさんが短く言う。
「行く?」
ユリアナ先輩が頷いた。
「行きます」
俺たちは声の方向へ走った。
広い部屋に出ると、別班の学生たちが混乱していた。
魔術科の女子生徒は術式を出そうとしているが、魔力が散って形にならない。
剣術課程の男子生徒は木剣を握ったまま固まっている。
治癒術科の生徒も、白い光を出せずにいた。
才能名欠落だ。
表示が複数浮かぶ。
支援風術:名称欠落
堅守剣:名称欠落
柔光治癒:名称欠落
「才能名が抜けています」
俺が言うと、リリアがすぐに治癒術科の生徒へ向かった。
「あなたの治癒は、どう届いてほしいものですか?」
セリカさんは剣術課程の男子へ。
「何のためにその剣を振るの?」
ノエルは魔術科の女子生徒の術式を見て言う。
「風をどう使いたい? 押すだけ? 支える? 逃がす?」
ユリアナ先輩は全体を見て、混乱する学生たちに声をかけた。
「落ち着いてください。才能名が揺らいでいます。本人の言葉で確認します」
俺は必要な相手だけ、許可を取って確認した。
「見てもいいですか」
「は、はい!」
「嫌なら止めます」
「お願いします!」
本人の言葉を引き出す。
信頼できる仲間に呼ばせる。
才能名が戻る。
それを繰り返す。
俺の負荷が上がっていく。
感情過負荷:中
注意:連続確認
リリアが俺を見る。
「レン、これ以上は」
「あと一人だけ」
「レン」
彼女の声が強くなる。
俺は止まった。
「……分かりました」
セリカさんが横に来る。
「一人で抱えない」
「はい」
その間に、アイリスの声が響いた。
「支援に入ります」
見ると、第四混成班が別の通路から入ってきていた。
アイリスの周囲に白銀の氷盾が浮かぶ。
「魔術科はこちらへ。才能名が分からない者は、未定でも構いません。無理に強い名前をつけないでください」
彼女が、他の生徒にそう言っている。
冷血魔女と呼ばれた少女が。
守護氷結をまだ試用中の少女が。
未定でもいいと、誰かに伝えている。
その姿に、胸が熱くなった。
アイリスは俺を見る。
「レン・クロフォード。あなたは少し休んでください」
「アイリスまで」
「昨日、あなたが言ったことです。勝手に抱えないでください」
正論だった。
リリアが微笑む。
「アイリスさん、ありがとうございます」
「当然のことです」
そう言いながら、アイリスは少しだけ視線を逸らした。
照れている。
たぶん。
◇
支援を終えた時点で、俺たちは順位争いから少し遅れていた。
だが、ユリアナ先輩は気にしていない。
「安全支援による加点があります。それ以上に、放置すべきではありませんでした」
「はい」
俺も同意だった。
その後、俺たちは標識を二つ回収し、魔物制圧課題も突破した。
セリカさんの魔力流断ち。
リリアの安心治癒。
ノエルの即応魔道連結。
ユリアナ先輩の全体指示。
そして、俺の名称固定リンク。
どれも確実に強くなっている。
だが、迷宮の奥へ進むにつれ、第四の系統反応は強まっていった。
黒い線が、迷宮の魔力紋に混じっている。
壁の文字が一瞬だけ読めなくなる。
標識の名前が揺れる。
そして、最終広間へ続く扉の前で、異変は決定的になった。
扉には、こう書かれていた。
――名と才を捨て、無名となれ。
俺の背筋が冷えた。
「これ、通常課題じゃありませんね」
ノエルが低く言う。
ユリアナ先輩も頷く。
「第四の系統干渉です」
扉の前には、複数班の学生たちがいた。
アイリス班もいる。
だが、みんな動けずにいる。
扉の文字を見るたびに、自分の名前や才能名が薄れていくようだ。
アイリスが歯を食いしばっていた。
「守護氷結が……薄れる」
リリアも胸元を押さえる。
「リリア、が……遠く」
セリカさんが木剣を握る。
「剣の感じが、ぼやける」
ノエルの目が揺れる。
「魔道具の仕組みが、音だけになる」
ユリアナ先輩の声も、少しだけ震えた。
「記録が……意味を失う」
そして俺の視界には、最悪の文字が浮かんだ。
レン・クロフォード
才能名未定:不安定
置換候補:好意支配
置換候補:無名の器
第四の系統:干渉強度上昇
注意:感情過負荷、急上昇
息が詰まる。
好意支配。
無名の器。
俺の力も、俺の名前も、薄れていく。
「レン!」
リリアの声が聞こえた。
遠い。
名前が遠い。
「レン!」
今度はセリカさん。
「レン」
ノエル。
「レン様」
ユリアナ先輩。
『レン!』
ミュレア。
『レン様!』
アリシア様。
名前が重なる。
俺を呼ぶ声。
でも、黒い扉の文字はそれを飲み込もうとする。
――名は鎖。
――才は役割。
――好意は支配。
――すべて捨てれば自由。
頭の中に、知らない声が響く。
それは第四の系統の声なのか、それとも名前や役割に傷ついた誰かの怨念なのか。
分からない。
でも、心の奥に入り込んでくる。
名前なんてなければ傷つかない。
才能名なんてなければ期待されない。
好意なんてなければ支配されない。
無名なら自由だ。
一瞬だけ、分かってしまった。
名前に縛られる苦しさ。
才能に期待される重さ。
役割で呼ばれる痛み。
全部捨てたくなる気持ちは、分からなくもない。
でも。
「レン!」
リリアの声が、今度は近かった。
彼女が俺の手を握っていた。
「私は、リリアです」
セリカさんが反対側で俺の木剣の柄を握らせる。
「私はセリカ」
ノエルが言う。
「私はノエル」
ユリアナ先輩。
「私はユリアナ・フォン・グランベル。今は、ユリアナ先輩でも構いません」
アイリスが、少し震えながらも言う。
「私はアイリス。私の氷は、まだ未定を含む守護氷結」
ミュレアの声。
『妾はミュレア・ノクターン。甘味一品では足りぬ高貴なる魔王令嬢じゃ』
アリシア様。
『私はアリシア・ルミナス・ヴァレンティア。王宮結界より、皆様の名を支えます』
名前が戻ってくる。
ひとつずつ。
重くない。
鎖ではない。
今この瞬間、俺を繋ぎ止める灯だ。
俺は震える息を吸った。
「俺は……」
黒い文字が迫る。
好意支配。
無名の器。
違う。
俺は、それを選ばない。
「俺は、レン・クロフォード」
声が出た。
「才能名は、まだ未定」
それでいい。
未定でいい。
「でも、この力をどう使うかは決めている」
胸の奥で、何かが熱くなる。
「俺の力は、誰かを支配するためじゃない。名前も才能も、本人が選べるように支えるために使う」
その瞬間、視界が白く弾けた。
本人意思再宣言:有効
名称固定リンク:最大安定
深層信頼連携:上限到達
才能覚醒リンク:上限解放
上限解放。
恐ろしいほどの光が、俺の内側から広がった。
でも、それは誰かを塗りつぶす光ではなかった。
一人ひとりの名前へ届き、それぞれの才能名を照らす光だった。
リリアの白い光が広がる。
「安心治癒、広域展開」
訓練場の空気が、恐怖から少しずつ戻る。
セリカさんの木剣が黒い文字の魔力線を断つ。
「魔力流断ち!」
ノエルの魔道具が迷宮の魔力紋に次々と接続される。
「即応魔道連結、迷宮干渉遮断!」
ユリアナ先輩が全体へ指示を飛ばす。
「全班、本人名を確認! 才能名は未定でも構いません! 拒否呼称に引っ張られないでください!」
アイリスの氷が広がる。
それは壁ではなく、支えるための白銀の結界だった。
「守護氷結、展開!」
他班の学生たちが、自分の名前を言い始める。
「エリナ! 安心治癒!」
「ダン! 疾走剣!」
「ミーナ! 手馴染み調整!」
「クララ! 静かな記録整理!」
「エル! 才能名は未定、でも考え中!」
未定も、ちゃんと光った。
名前がある者も。
才能名がある者も。
まだ決められない者も。
全部、そのまま照らされる。
ミュレアの黒紫の魔力が通信水晶越しに走った。
『封印越しじゃが、妾の名も使え!』
黒紫の光が、扉の黒文字を一瞬押し返す。
アリシア様の王宮結界が迷宮全体を包む。
『王宮結界、重ねます! 皆様、そのまま名を保ってください!』
黒い文字が薄れていく。
――名は鎖。
「違う」
俺は言った。
「名前は、鎖になることもある。でも、灯にもなる」
――才は役割。
「違う。才能は、本人がどう使うか選べる」
――無名こそ自由。
「無名でいる自由もある。でも、勝手に名前を奪われるのは自由じゃない」
黒い扉が震えた。
文字が崩れ、白い石の扉へ戻っていく。
最後に、視界に表示が浮かぶ。
第四の系統
観測段階終了
次段階:接触準備
不穏な文字だった。
だが今は、扉が開いた。
◇
最終広間にたどり着いた時、本戦はすでに競技の形を失っていた。
第四の系統の干渉により、複数班に異常が出たため、学園長判断で本戦は中断扱い。
ただし、俺たちが扉の干渉を押し返したことで、大きな被害は出なかった。
迷宮から戻ると、観覧席は静まり返っていた。
誰もすぐには歓声を上げなかった。
たぶん、何が起きたのか理解できていなかったのだろう。
俺も完全には分かっていない。
ただ、全身が重かった。
上限解放の反動だ。
膝が少し崩れかける。
「レン!」
リリアが支えてくれた。
反対側からセリカさんも腕を掴む。
「無理しない」
「はい……」
ノエルが測定具を見る。
「負荷、高。すぐ休息」
ユリアナ先輩が教師へ声を飛ばす。
「救護室を!」
アイリスも近くに来る。
「レン・クロフォード」
「はい」
「無茶です」
「すみません」
「でも……助かりました」
アイリスの白銀の氷盾は、まだ彼女のそばに浮かんでいた。
守護氷結。
もう、かなり安定している。
学園長が壇上に立った。
会場全体を見渡し、静かに宣言する。
「本日の実技杯本戦は、第四の系統干渉により競技中断とします」
ざわめきが広がる。
学園長は続けた。
「しかし、最優秀チームを選ぶならば、第五混成班です」
俺は顔を上げた。
「理由は、勝敗ではありません。彼らは、自分たちだけでなく、参加者全員の名と才能を守るために動きました」
観覧席が静かになる。
「レン・クロフォードさん。リリアさん。セリカさん。ノエルさん。ユリアナ・フォン・グランベルさん。そして支援したミュレア・ノクターンさん、アリシア・ルミナス・ヴァレンティア殿下。あなた方の連携は、本日の学園を守りました」
一拍置いて。
大きな拍手が起きた。
最初はまばらに。
次第に、大きく。
歓声も混じる。
「第五混成班!」
「すごかった!」
「名前、戻った!」
「才能名、消えなかった!」
「レンさん!」
「リリアさん!」
「セリカさん!」
「ノエルさん!」
「ユリアナ会長!」
「アイリスさんもすごかった!」
今回は、俺だけではない。
みんなの名前が呼ばれている。
それが嬉しかった。
泣きそうなくらい、嬉しかった。
でも、感情過負荷が本当に限界だった。
「レン、座る」
セリカさんに支えられ、俺はその場に座り込んだ。
リリアがすぐに白い光をかける。
「無理しすぎです」
「すみません」
「でも……戻ってきてくれて、よかったです」
リリアの声が少し震えていた。
俺は小さく頷く。
「名前を呼んでもらえたので」
リリアが涙目で微笑んだ。
◇
その日の夕方、救護室で目を覚ますと、部屋には見慣れた顔がそろっていた。
リリア。
セリカさん。
ノエル。
ユリアナ先輩。
通信水晶のミュレア。
少し離れて、アイリス。
そしてアリシア様の通信も繋がっていた。
「……また集まっていますね」
俺が言うと、セリカさんが腕を組んだ。
「心配させたから」
「すみません」
リリアが静かに言う。
「謝るより、次から早めに止まってください」
「はい」
ノエルが測定具を見る。
「負荷は下がってる。上限解放の詳細は後日」
「今日は駄目です」
ユリアナ先輩が即座に言う。
「分かってる」
ミュレアが通信越しに言った。
『レン。今日の勝利は菓子三品分じゃ』
「一品です」
リリアの返答は、救護室でも変わらなかった。
『本当に一品なのか!? 学園を守ったのじゃぞ!?』
「体調管理です」
『白き娘、世界より強い……』
みんなが笑った。
その笑いの中で、俺は自分の胸元に手を当てた。
「レン・クロフォード」
小さく言う。
ちゃんと聞こえる。
才能名は、まだ未定だ。
でも、今日この力で何をしたいかは、前より分かった気がする。
名前を奪うのではなく、戻す。
才能を押しつけるのではなく、本人が選べるように支える。
無名でいたい人の未定も守る。
それが俺の力の使い道だ。
アリシア様の声が静かに響いた。
『レン様。黒い扉の反応が変わりました』
「変わった?」
『はい。観測段階終了。次段階、接触準備と』
救護室の空気が一瞬で引き締まった。
ミュレアが低く言う。
『ついに、向こうから来るか』
リリアが俺を見る。
「レン……」
「はい」
怖い。
まだ体も重い。
けれど、逃げるつもりはなかった。
俺は一人ではない。
名前を呼んでくれる人たちがいる。
そして俺も、みんなの名前を呼べる。
「次も、みんなで対応しましょう」
俺が言うと、セリカさんが頷いた。
「当然」
リリアも。
「はい」
ノエルも。
「記録する」
ユリアナ先輩も。
「対策を整えます」
アイリスも、少し迷ってから言った。
「私も、できることをします」
ミュレアが笑う。
『よい。ならば次章じゃな』
「次章って言わないでください」
『雰囲気じゃ』
やっぱりミュレアはミュレアだった。
俺は少し笑った。
実技杯本戦は、勝敗だけで終わらなかった。
外れスキル扱いだった俺の力は、学園最強チームを覚醒させ、参加者たちの名前と才能を守った。
でも、それは終わりではない。
第四の系統は、ついにこちらへ接触しようとしている。
黒い扉の向こうから、名前を持たない何かが来る。
それでも。
俺は胸元の確認票を握った。
才能名は未定。
名前は、レン・クロフォード。
そして、俺には名前を呼び合える仲間がいる。
なら、まだ進める。




