第82話 俺のチート名が決まらない件
才能確認会の翌日。
王立学園の相談窓口には、昨日より少し落ち着いた空気が流れていた。
本人才能意思確認票。
その簡易版が実技杯本戦参加者へ配られたことで、訓練場で起きていた混乱はかなり収まった。
もちろん、完全ではない。
才能名がまだ未定の学生も多い。
自分の得意なことをどう呼べばいいのか分からない者もいる。
嫌な呼ばれ方はあるけれど、代わりの名前が見つからない者もいる。
でも、それでいい。
未定は空白ではない。
それは、何度も確認してきたことだった。
問題は、俺自身だった。
机の上には、俺の本人才能意思確認票が置かれている。
本人名。
レン・クロフォード。
仮称。
好感度限界突破。
才能名候補。
才能覚醒リンク。
拒否したい才能名。
好意支配。
危険な洗脳能力。
便利な覚醒装置。
人を惚れさせるだけの力。
そして、本人意思。
誰かを支配する力ではなく、本人の名前と才能と意思を支える力にしたい。
昨日、ここまでは書いた。
だが、肝心の才能名は未定のままだ。
未定でいい。
そう言ってきたのは俺たちだ。
でも、自分のことになると、未定は妙に落ち着かない。
俺の力には、すでにいくつもの呼び名がつき始めている。
好感度限界突破。
魂同調者。
名前守り。
才能覚醒リンク。
外れスキルの奇跡。
美少女覚醒チート。
最後の一つは絶対にミュレアが原因だ。
『何じゃ、妾を見るな』
机の上の通信水晶から、ミュレアの声がした。
「まだ何も言ってません」
『顔が言っておる。どうせ“美少女覚醒チートはミュレアのせいだ”と思っておるのじゃろう』
「合っています」
『分かりやすくてよいではないか。前世陰キャ非モテの少年が、異世界で美少女たちの才能を覚醒させる。実に売れそうじゃ』
「本人の精神が売り物になっています」
『主人公とはそういうものじゃ』
「なりたくてなったわけじゃないです」
俺がため息をつくと、リリアがくすりと笑った。
彼女は俺の向かいで、昨日の相談票を整理している。
「でも、レンの力に名前が必要なのは確かですね」
「リリアまで」
「名前があると、扱いやすくなります。けれど、嫌な名前で固定されるのは危険ですから」
それは正しい。
これまで散々見てきた。
名前が人を守ることもあれば、縛ることもある。
才能名も同じだ。
だからこそ、俺の力の名前も慎重に扱わなければならない。
セリカさんは壁際で腕を組み、俺の確認票を眺めていた。
「好感度限界突破って、正直ちょっと恥ずかしいわよね」
「本人が一番思っています」
「しかも誤解を招く」
「本人が一番困っています」
セリカさんは少し考えた。
「じゃあ、“レンの力”でいいんじゃない?」
「雑では?」
「でも一番間違ってないでしょ」
雑だが、確かに間違ってはいない。
ただ、記録名としては弱い。
ユリアナ先輩がすぐに反応した。
「制度上の記録には、ある程度分類可能な名称が必要です。“レンの力”では個人依存が強すぎます」
「ほら、ユリアナが駄目って」
「駄目とは言っていません。日常的な呼称としては有効です。ただし、公的分類には不向きです」
ユリアナ先輩は真面目に補足した。
ノエルは、昨日からずっと俺の確認票を見ている。
目が研究者の目だ。
「分類名なら、魂同調型才能覚醒補助」
「長い」
セリカさんが即答した。
ノエルは少し不満そうにする。
「正確」
「長い」
「魂同調型・才能覚醒補助」
「区切っても長い」
「じゃあ、魂才リンク」
「急に略したわね」
ノエルは真剣だった。
「研究分類としては使える」
俺は首を振る。
「魂才リンク、ちょっと格好いいような、恥ずかしいような」
『では、妾が命名してやろう』
ミュレアが得意げに言った。
『妾のレン式覚醒術』
「却下です」
『早い!』
「名前にミュレア要素が強すぎます」
『妾の助言が入っておるのだから当然じゃろう』
「俺の才能名ですよね?」
『細かいことを言うでない』
「細かくないです」
リリアが少し困ったように笑う。
「では、“意思支援リンク”はどうでしょう」
「リリアらしい優しい名前ですね」
「でも、才能覚醒の感じは少し薄いかもしれません」
自分で言って、リリアは少し首を傾げた。
セリカさんが続ける。
「“才能支援”とか」
ノエルが即座に言う。
「それだと範囲が広い」
「じゃあ、“才能共鳴”」
ユリアナ先輩が考える。
「悪くありません。ただ、共鳴という語は魔術体系上、既存分類と重なる可能性があります」
「面倒ね、分類」
「必要です」
ユリアナ先輩は譲らない。
俺は、並んでいく候補名を見て頭が痛くなった。
才能覚醒リンク。
魂同調型才能覚醒補助。
魂才リンク。
レンの力。
意思支援リンク。
才能共鳴。
妾のレン式覚醒術。
最後だけ浮いている。
いや、全部しっくり来ない。
どれも一部は正しい。
でも、全部ではない。
俺の力は、好感度を見るだけではない。
才能を覚醒させるだけでもない。
名前の揺らぎを見つけるだけでもない。
本人の意思を無視して発動するものでもない。
名前、才能、意思、信頼、努力。
それらが絡み合った時に、ほんの少しだけ相手の中にある力を通しやすくする。
言葉にすると、やっぱり長い。
「……未定でよくないですか」
俺がぼそっと言うと、全員が一瞬黙った。
そしてリリアが柔らかく頷いた。
「はい。未定でいいと思います」
「いいんですか」
「急いで決めなくても大丈夫です。レンが納得できる名前でないと、きっとまた揺らぎます」
セリカさんも頷く。
「無理に格好いい名前をつけるより、未定の方がまし」
ノエルは少し残念そうだった。
「研究分類は仮称で残したい」
ユリアナ先輩が言う。
「仮称は必要です。正式名は未定。運用上は“好感度限界突破”および“才能覚醒リンク”を暫定併記。本人意思として、正式才能名は未定と記録します」
「それが一番無難ですかね」
俺は確認票の欄に、改めて書いた。
才能名:未定。
仮称:好感度限界突破。
機能候補:才能覚醒リンク。
本人意思:誰かを支配する力ではなく、本人の名前・才能・意思を支える力にしたい。
書き終えた時、胸の奥が少しだけ落ち着いた。
だが、その直後。
視界に黒い文字がにじんだ。
才能名未定欄:外部干渉
置換候補:好意支配
関連:第四の系統
注意:本人の恐怖を利用し、才能名を拒否呼称へ固定しようとしています
息が止まった。
紙の上の「未定」という文字が、薄く歪む。
その下に、別の文字が浮かびかけた。
好意支配。
俺が一番怖れている名前。
俺の力が、相手の好意を支配しているのではないかという不安。
それが、そのまま才能名として固定されかけている。
「レン?」
リリアがすぐに気づいた。
俺は声を出そうとして、喉が詰まった。
好意支配。
その四文字が、頭の中で何度も響く。
もし、本当にそうなら。
リリアが俺を心配してくれるのも、セリカさんが隣に立ってくれるのも、ノエルが研究と友人の間で俺を見てくれるのも、ユリアナ先輩が信頼してくれるのも、ミュレアが茶々を入れながらも助言してくれるのも。
全部、俺の力がそうさせているのだとしたら。
俺は、何をしている?
「レン!」
セリカさんの声が飛んだ。
鋭い。
その声で、思考の底から少しだけ引き上げられる。
リリアが机越しに身を乗り出した。
「レン、私を見てください」
「……リリア」
「はい。リリアです」
彼女はまっすぐ俺を見る。
「私は、支配されてここにいるのではありません」
昨日も言ってくれた言葉。
でも今は、もっと強く響いた。
「私は、レンが怖がっている時にそばにいたいと思ったから、ここにいます。レンが私をリリアとして呼んでくれたから、私も自分の意思でレンを呼んでいます」
俺の視界の黒文字が少し揺れる。
だが、まだ消えない。
セリカさんが続けた。
「私も、自分で選んでる」
「セリカさん……」
「レンの力で剣が動きやすくなることはある。でも、レンを信じるかどうかは私が決めたことよ。そこまで奪われてたまるもんですか」
セリカさんらしい言葉だった。
乱暴で、まっすぐで、強い。
ノエルが記録板を置いた。
今日は記録ではなく、俺を見る。
「私の好奇心は私のもの。レンを調べたいと思ったのも、友人として心配したいと思ったのも、私の意思」
「ノエル」
「レンの力が全部支配なら、私はもっと効率よく研究してる。今みたいに悩まない」
「そこですか」
「そこも大事」
少しだけ笑いそうになった。
黒文字がさらに揺れる。
ユリアナ先輩が静かに言う。
「信頼は、制度では強制できません」
彼女の声は落ち着いていた。
「私は、自分で判断してレン様を信頼しています。相談窓口での対応、名前への向き合い方、能力使用を止める選択。それらを見て、信頼に値すると判断しました」
「判断……」
「はい。私の意思です」
通信水晶が強く光った。
『レン』
「……ミュレア」
『妾が支配されると思うか?』
いつもの尊大な声。
けれど、今は不思議と心強い。
『妾は高貴なる魔王令嬢じゃ。封印されてもなお、この口の悪さと甘味への執着を失わぬ女じゃぞ。そなたの力ごときで支配できると思うなら、妾を甘く見すぎじゃ』
「それは……確かに」
『確かに、ではない。もっと畏れよ』
「はい」
『妾は妾の意思で、そなたに助言しておる。面白いからな。あと菓子が絡むからな』
「最後がミュレアらしいです」
『当然じゃ』
そこで、ようやく少し息ができた。
だが、黒文字はまだ完全には消えない。
好意支配。
それは俺の恐怖に深く刺さっている。
いくらみんなが否定してくれても、俺自身が認めなければならない。
俺は、震える手でペンを握った。
拒否したい才能名の欄に、改めて強く書く。
好意支配。
危険な洗脳能力。
便利な覚醒装置。
そして、その下に新しく一文を加えた。
この力は、相手の好意を支配するものではない。
相手が自分で選んだ信頼と、積み重ねた努力を支えるために使う。
書いた瞬間、紙の上に淡い光が走った。
本人意思再宣言:有効
拒否才能名「好意支配」:固定解除
才能名未定:安定
第四の系統反応:後退
黒文字が薄れていく。
完全には消えない。
けれど、紙を侵食していた嫌な気配は引いた。
俺は大きく息を吐いた。
「戻りました」
リリアが、ほっとしたように目を潤ませる。
「よかった……」
セリカさんが俺の肩を軽く叩いた。
「危なかったわね」
「はい」
「でも、戻れた」
「はい」
ノエルが小さく頷く。
「未定のまま守れた。重要」
ユリアナ先輩も記録板に書き込みながら言う。
「才能名が未定であることは、拒否才能名に置換される危険もあります。今後、未定欄には本人意思宣言を併記しましょう」
すぐ制度にする。
さすがだ。
ミュレアが通信越しに言った。
『レン。よく書いた』
「ありがとうございます」
『まだ正式名は決まらぬかもしれぬ。だが、どう使わぬかを決めることも大事じゃ』
「どう使わぬか」
『うむ。支配しない。奪わない。押しつけない。便利な道具にならない。それを決めておけば、未定でも芯は残る』
今日のミュレアは、かなりまともだった。
リリアが微笑む。
「今の言葉は素敵でした」
『であろう。菓子二品――』
「一品です」
『なぜじゃ! 今のは二品でよかろう!』
「体調管理です」
『白き娘の防壁、今日も固い……』
いつものやり取りに、空気が少し緩んだ。
俺も笑えた。
まだ少し手は震えている。
でも、笑えた。
◇
午後、俺の才能確認票は正式に相談窓口の保護記録へ入れられた。
ただし、公開範囲はかなり限定される。
俺本人。
相談窓口主要メンバー。
学園長。
必要時のみ王宮結界担当のアリシア様。
能力の詳細は、むやみに広げない。
特に「好意支配」などの拒否才能名は、誤解を招くため非公開。
ユリアナ先輩がそう決めた。
「レン様の力は、今後も誤解されやすいでしょう」
「はい」
「だからこそ、本人意思の記録が必要です。能力分類より先に、どう使うか、どう使わないかを明確にしておくべきです」
リリアが頷く。
「レン自身を守るためにも」
「はい」
俺は自分の確認票を見る。
才能名:未定。
そこにはまだ、正式な名前はない。
でも、その下にはちゃんと意思が書かれている。
支配しない。
奪わない。
押しつけない。
本人の名前と才能と意思を支える。
未定でも、芯は残る。
それで、今はいいのかもしれない。
夕方、実技杯本戦の最終案内が届いた。
大型可変迷宮。
複数班同時進行。
標識回収、要救助者保護、魔物制圧、罠解除。
そして、最終課題は伏せられている。
リリアが案内を読みながら言う。
「明後日が本戦ですね」
「はい」
セリカさんが木剣を軽く肩に担ぐ。
「明日は最終調整。今日は休む」
ノエルが小さく手を上げた。
「少しだけ記録整理」
ユリアナ先輩が即座に言う。
「少しだけです」
「分かってる」
ミュレアが通信越しに言った。
『本戦前夜は、皆でレンの部屋に集まり作戦会議じゃな』
「俺の部屋に集まる必要あります?」
『ある。主人公の部屋にヒロインたちが来るのは王道じゃ』
「王道で俺の胃を攻撃しないでください」
リリアが少し頬を赤くした。
「必要なら、短時間だけ作戦確認に伺います」
セリカさんも言う。
「長居はしないわよ。誤解されるし」
ノエルが真面目に言った。
「もう誤解されてる可能性」
「ノエル」
ユリアナ先輩が咳払いした。
「深夜の長時間滞在は規則上問題があります。訪問する場合は時間を区切ります」
訪問自体は否定しないのか。
俺は顔を押さえた。
前世陰キャ非モテの精神に、これは刺激が強い。
ミュレアが楽しそうに笑う。
『ふふん。いよいよ賑やかになってきたのう』
「本当に勘弁してください」
『無理じゃな』
無理らしい。
俺は深く息を吐いた。
才能名はまだ決まらない。
でも、俺の周りはどんどん賑やかになっていく。
実技杯本戦。
第四の系統。
才能名欠落。
好意支配という恐怖。
そして、俺を自分の意思で信じてくれる仲間たち。
外れスキルだと笑われた力は、まだ未定のままだ。
けれど、それをどう使わないかは決めた。
人を支配しない。
好意を奪わない。
努力を横取りしない。
本人の名前と才能と意思を支える。
その未定の力で、俺は本戦へ進む。
たぶん、今はそれで十分だ。




