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第78話 アイリス班との模擬戦、氷の天才が本気を出す

 予選一位通過。


 その結果は、思っていた以上に学園中へ広がった。


 翌日の朝、教室棟へ向かう廊下では、すれ違う学生たちがちらちらとこちらを見ていた。


「第五混成班、予選一位だって」


「外れスキルって言われてたレンさんが中心なんだろ?」


「中心っていうか、全員の動きが噛み合いすぎてた」


「リリアさんの治癒光、すごく安定してたよね」


「セリカさんの剣、あれ本当に学生?」


「ノエルさんの魔道具解除も速かったし、生徒会長の指示も完璧だった」


 俺は、少しだけ肩の力を抜いた。


 今回は、俺だけではない。


 みんなの名前が呼ばれている。


 リリア。

 セリカさん。

 ノエル。

 ユリアナ先輩。


 それが何より嬉しかった。


 もちろん、「外れスキルだったレンさんが」という言葉もまだ混じる。


 でも、以前ほど痛くはない。


 外れスキル。


 そう呼ばれていた過去はある。


 けれど、それが俺の全部ではない。


 今の俺は、第五混成班の一員で、レン・クロフォードだ。


「レン、顔が少しにやけてる」


 隣からセリカさんが言った。


「にやけてません」


「にやけてる」


「予選一位が嬉しかっただけです」


「なら、にやけていいんじゃない?」


「どっちなんですか」


 セリカさんは少しだけ笑った。


 その笑顔を見ると、昨日の迷宮内で左右からリリアとセリカさんに挟まれた事故を思い出してしまう。


 あれは本当に事故だった。


 床が沈んだのが悪い。


 訓練場が悪い。


 俺は悪くない。


 たぶん。


「レン?」


 リリアが反対側から声をかけてきた。


「はい」


「また何か思い出していませんか?」


「何も思い出していません」


「そうですか?」


「はい」


 リリアは少しだけ首を傾げた。


 その仕草が柔らかくて、俺は余計に目を逸らした。


 だめだ。


 好感度限界突破は、こういう日常の距離感にも弱い。


 スキルが勝手に表示を出してくる。


リリア

状態:心配、安心、昨日の事故を少し覚えています

好感度:上限突破中


 だから出なくていい。


 俺は心の中でスキルに抗議した。


 ノエルが少し後ろから歩いてきて、淡々と言う。


「レン、動揺反応」


「見ないでください」


「見てない。顔」


「顔だけで分かるのがつらいです」


 ユリアナ先輩は、今日の対戦表を確認していた。


 昨日の予選結果により、上位班同士の模擬戦が組まれる。


 第五混成班の相手は、予想通りだった。


 第四混成班。


 リーダー、アイリス・ヴェルナー。


 氷属性魔術の天才。


 努力で積み上げた力を信じ、俺の才能覚醒リンクが努力を軽んじるものではないかと疑っている少女。


 昨日、彼女は自分の氷に「守護氷結」という試用才能名を得た。


 まだ未定。


 でも、嫌ではないと言った。


 そのアイリスと、今日は直接戦う。


「レン様」


 ユリアナ先輩が顔を上げた。


「はい」


「本日の模擬戦は、予選以上に注目されています。第五混成班と第四混成班、どちらも混成連携の評価が高い。特に、アイリスさんは地形制御に長けています」


「つまり、連携を分断される可能性が高い」


「はい」


 ノエルが頷く。


「レンの才能覚醒リンクは、名前と信頼による連携が前提。物理的に分断されると、リンクが弱まる可能性がある」


 セリカさんが木剣を肩に担いだ。


「向こうはそこを狙ってくるでしょうね」


「はい。アイリスさんなら、たぶん」


 リリアが少し心配そうに俺を見る。


「レン、無理はしないでくださいね」


「はい」


「本当に」


「本当に」


 リリアの確認が、最近かなり厳しくなっている。


 いいことだ。


 たぶん。


 通信水晶からミュレアの声が響いた。


『レン。今日は氷の娘との決戦じゃな』


「決戦というほどでは」


『甘い。氷属性の天才美少女、努力型ライバル、実技杯、直接対決。盛り上がらぬはずがない』


「また読者目線ですね」


『重要じゃ。外れスキルだったそなたが、仲間の才を覚醒させて氷の天才と戦う。実に分かりやすい』


 分かりやすい。


 それは確かに大事なのかもしれない。


 ここまで名前や記録や未定欄の話が続き、地味で大切な戦いをしてきた。


 だが今日は、分かりやすい実技戦だ。


 アクセス数狙い的にも、きっとこういう回は必要だ。


 俺としては、胃が痛いが。


『それと、勝ったら菓子は二品じゃ』


「一品です」


 リリアが即答する。


『白き娘! 今日くらい勝利報酬を増やしてもよかろう!』


「模擬戦後は興奮状態になりやすいので、消化に優しいものを一品です」


『勝利より健康管理が強い……!』


 いつものやり取りに、少し笑いが生まれた。


 緊張が、少しほどけた。


     ◇


 模擬戦の舞台は、昨日より広い可変訓練場だった。


 円形のフィールドに、低い石壁や柱、段差が配置されている。


 ただの平地ではない。


 地形を使った戦術が可能な場所だ。


 観覧席には、昨日より多くの学生が集まっていた。


 教師たちも複数いる。


 ギルド関係者らしき姿もある。


 王宮側からは、アリシア王女が結界確認のため通信で見守っている。


『レン様、皆様。ご無事を優先してください』


「はい、アリシア様」


『アイリス様の氷術は強力です。ですが、制御はとても美しいと聞いています』


 美しい。


 その言葉は、アイリスに似合う気がした。


 本人に言うと、たぶん戸惑うだろうが。


 向かい側には、第四混成班が立っている。


 アイリス・ヴェルナー。


 盾役の男子生徒、ガレス。


 風魔術支援の女子生徒、ミリア。


 治癒術科の補助役、サーヤ。


 魔道具科の罠担当、ロイド。


 構成はかなり堅い。


 アイリスの氷で地形を制圧し、盾役で前線を固定し、風魔術で距離を調整し、罠で動きを制限する。


 普通に強い。


 しかも、アイリスは昨日から俺たちの連携を観察している。


 こちらの弱点も見抜いているはずだ。


 試合前、アイリスがこちらへ歩いてきた。


 淡い青銀の髪が、訓練場の光を受けて冷たく輝く。


「レン・クロフォード」


「はい」


「今日は手加減しません」


「こちらも、できる限り全力でいきます」


「できる限り?」


「俺たちの力は、本人意思と連携が前提なので。無理に引き出すことはしません」


 アイリスは少しだけ目を細めた。


「それを貫けるか、見せてもらいます」


「はい」


「それから」


 彼女は少しだけ言い淀んだ。


「今日、私の氷が乱れたら……勝手に直そうとしないでください」


「分かりました」


「必要なら、私が言います」


「はい、アイリス」


 名前を呼ぶと、彼女はまだ少し反応する。


 ほんの一瞬、視線が揺れる。


 けれど、拒絶ではない。


「……では、始めましょう」


 アイリスは自分の陣へ戻った。


 セリカさんが横で言う。


「いい顔してるわね、あの子」


「強敵の顔ですか」


「それもあるけど、自分の氷と向き合う顔」


 リリアも頷いた。


「昨日より、少し柔らかく見えます」


 ノエルが呟く。


「守護氷結、出るかも」


 ユリアナ先輩がすぐに言う。


「期待しすぎず、本人の意思を尊重してください」


「分かってる」


 試合開始の鐘が鳴った。


     ◇


 最初に動いたのは、アイリスだった。


 彼女が片手を前に出す。


 白銀の魔術陣が足元に広がった。


「凍結領域、展開」


 その声と同時に、訓練場の床に薄い氷が走った。


 速い。


 ただ冷やしているのではない。


 こちらの足場を奪い、移動方向を限定し、視界の反射まで利用して距離感を狂わせる氷だ。


「来ます!」


 俺が叫ぶより先に、氷の壁が三枚、俺たちの間に立ち上がった。


 リリアと俺の間。

 セリカさんとノエルの間。

 ユリアナ先輩の前。


 完全に分断狙いだ。


 アイリスの声が響く。


「あなたの力は、繋がっている時は強い。でも、切り離せば?」


 やはり見抜いていた。


 名称固定リンクも、才能覚醒リンクも、互いに名前を呼び合い、意識を合わせることで安定する。


 視界を遮られ、距離を取られ、声も氷壁で反響すれば、リンクは乱れる。


 表示が揺れた。


名称固定リンク:低下

才能覚醒リンク:不安定

原因:物理的分断、音響反射、視界遮断


「リンクが落ちています!」


 俺は声を出した。


 だが、氷壁に反響して、誰に届いたのか分かりにくい。


 セリカさんの声が遠くから聞こえる。


「レン、位置!」


「中央より後方!」


 言った瞬間、足元の氷が滑った。


 踏ん張ろうとしたが、体が流れる。


 そこへ風魔術が飛んできた。


 アイリス班のミリアだ。


 氷で滑らせ、風で押す。


 完全にこちらを崩しに来ている。


 俺は転びかけた。


 その時、リリアの声が届く。


「レン!」


 白い光が足元に広がり、氷の滑りを少しだけ和らげた。


 見えないのに、届いた。


 リリアの補助だ。


「ありがとうございます、リリア!」


「はい!」


 名前を呼び返す。


 リンクが少し戻る。


名称固定リンク:微弱回復


 なるほど。


 視界が切れても、名前で繋げば完全には途切れない。


 でも、まだ弱い。


 セリカさんの木剣が氷壁の向こうで鳴る。


「硬いわね!」


 アイリスの氷壁はただの壁ではない。


 魔力の流れが緻密で、剣で叩いてもすぐ補修される。


 ノエルが別方向から叫んだ。


「熱変換具、準備中。でも時間がいる!」


 ユリアナ先輩の声もする。


「全員、無理に合流しようとせず、現在位置を維持! レン様、リンク補助は声で!」


 さすがだ。


 混乱しても、判断が早い。


 俺は深呼吸した。


 焦るな。


 距離が離れたから終わりじゃない。


 名前を呼ぶ。


 呼び合う。


 それが、これまでずっとやってきたことだ。


「リリア!」


「はい、レン!」


「セリカさん!」


「はい、レン!」


「ノエル!」


「はい、レン!」


「ユリアナ先輩!」


「はい、レン様!」


 氷壁越しに声が返る。


 反響しても、確かに届く。


 胸の奥で、細い糸が繋がり直す。


名称固定リンク:回復

才能覚醒リンク:再起動準備


 アイリスが遠くで少し目を見開いた。


「声だけで……?」


「繋がりは、距離だけじゃない」


 セリカさんの声が響いた。


 その直後、赤い影が氷壁の横を滑るように走った。


 セリカさんだ。


 氷床の上で、普通なら足を取られる。


 だが彼女は、滑りを逆に使っていた。


 氷の上を踏み込むのではなく、流れに乗り、角度を変え、剣筋を走らせる。


 俺は表示を見る。


セリカ

剣術適性:上昇

才能覚醒リンク:微弱発動

新動作:魔力流断ち


「セリカさん、氷を斬るんじゃなくて、流れを断ってください!」


「分かった!」


 セリカさんの木剣が、氷壁そのものではなく、その根元に走る魔力の線を叩いた。


 音は小さかった。


 だが、氷壁にひびが入る。


 ただ壊したのではない。


 維持する魔力の流れを断った。


 氷壁が崩れ、視界が開ける。


 歓声が上がった。


 アイリスの目が鋭くなる。


「なるほど。氷を斬るのではなく、流れを」


 彼女はすぐに次の氷壁を展開しようとした。


 だが、今度はノエルが動いた。


「熱循環、試作」


 ノエルが小型の魔道具を三つ投げる。


 それぞれが床に刺さり、淡い赤と青の線を結ぶ。


 氷を溶かすほどの熱ではない。


 むしろ、氷の冷気を一定方向に流し、偏りを崩す道具だ。


「即席で作ったのかよ!」


 観覧席の誰かが叫んだ。


 俺も同じ気持ちだった。


 ノエル、やはりすごい。


 表示が出る。


ノエル

魔道具研究適性:上昇

才能名候補:即応魔道連結

本人意思:仕組みを理解し、道具に無理をさせず働かせたい


 即応魔道連結。


 格好いい。


 だが、今は声に出すより先に戦況だ。


 リリアが中央へ白い光を広げる。


「冷えた魔力を、少し温めます」


 治癒ではない。


 いや、これも治癒の一種なのかもしれない。


 氷で鈍った味方の魔力流を、白い光がゆっくり整えていく。


 体が軽くなる。


リリア

治癒術適性:上昇

才能名候補:安心治癒・魔力流温補助

本人意思:怖がる人、凍えた人を安心させたい


 リリアの光があると、氷の冷たさに心まで持っていかれない。


 俺はリンクを安定させる。


「リリア、助かっています!」


「はい、レン!」


 ユリアナ先輩が全体を見て声を出す。


「第四混成班、盾役が前進。風支援は右側へ回り込み。アイリスさんは再構築中。セリカ様、中央に戻らず左へ。ノエル様、第二連結を準備。レン様、アイリスさんの術式変化を確認できますか?」


「確認します!」


 アイリスを見る。


 彼女は眉を寄せ、次の術式を組み替えている。


 氷壁だけではない。


 床、柱、空気中の水分。


 訓練場全体を盤面にしている。


アイリス・ヴェルナー

氷属性魔術適性:高出力

現在戦術:分断から制圧へ移行

試用才能名:守護氷結、反応微弱

注意:まだ本人は攻めの氷を優先しています


 守護氷結は、まだ出ていない。


 今のアイリスは、勝つために俺たちを止めようとしている。


 それ自体は悪くない。


 戦いなのだから当然だ。


「アイリスさん、制圧へ切り替えています!」


「来るわね」


 セリカさんが構える。


 アイリスが両手を広げた。


「凍結階層、第二展開」


 訓練場の床に、段差のある氷の階層が一気に作られた。


 足場が変わる。


 高低差が生まれる。


 盾役のガレスがその上を進み、風支援のミリアが背後から追い風を送る。


 第四混成班の動きが一気に速くなった。


 こちらの足場は悪い。


 向こうは氷に慣れている。


 完全にアイリスの領域だ。


     ◇


 苦戦した。


 正直に言って、かなり苦戦した。


 セリカさんは強い。


 リリアの補助も安定している。


 ノエルの魔道具も機転が利く。


 ユリアナ先輩の指示も的確だ。


 だが、アイリスの地形制御がそれを上回る場面が何度もあった。


 こちらが合流しようとすると氷壁。

 迂回しようとすると氷床。

 正面突破を狙うと盾役と風支援。

 ノエルの魔道具には冷気で干渉。


 強い。


 アイリス個人も強いが、班全体が彼女の氷を軸に動いている。


 努力して積み上げた連携だ。


 レンのチートで一気に超えられるようなものではない。


 それが、むしろ嬉しかった。


 彼女の言った通りだ。


 努力は、そんなに軽くない。


「レン、ぼんやりしない!」


 セリカさんの声で我に返る。


「すみません!」


「右、来る!」


 アイリスの氷刃が床を滑る。


 攻撃力は抑えた模擬仕様だが、当たれば足止め判定になる。


 俺は避けようとして足を取られた。


 リリアの光が飛ぶ。


「レン!」


 氷の滑りが緩む。


 しかし、アイリスはそれも読んでいた。


 俺とリリアの間に、薄い氷壁が立つ。


 リンクがまた揺れる。


 狙いが正確すぎる。


 セリカさんが舌打ちする。


「徹底してるわね」


 アイリスの声が響く。


「あなたたちの強さは、互いを呼ぶこと。なら、それを切る」


「悪くない戦術です」


 ユリアナ先輩が冷静に言う。


「ですが、完全ではありません」


「そう?」


「はい。名前は壁で完全には遮れません」


 ユリアナ先輩は記録板を閉じ、声を張った。


「第五混成班、呼称確認!」


 その声が、訓練場に響く。


 俺はすぐに応じた。


「レン・クロフォード! 希望呼称、レン!」


 リリア。


「リリア! 希望呼称、リリア!」


 セリカさん。


「セリカ! 希望呼称、セリカ!」


 ノエル。


「ノエル! 希望呼称、ノエル!」


 ユリアナ先輩。


「ユリアナ・フォン・グランベル! 希望呼称、ユリアナ、またはユリアナ先輩!」


 観覧席が少しざわめく。


 試合中に何をしているのか、と思ったかもしれない。


 だが、俺たちにとってこれは戦術だ。


 名前を確認する。


 自分の名を、自分で言う。


 仲間の名を呼ぶ。


 氷壁越しでも、声が届く。


名称固定リンク:大幅回復

才能覚醒リンク:安定

感情過負荷:中

条件:全員の本人意思確認済み


 胸の奥で、強く繋がる。


 距離ではない。


 視界でもない。


 名前と信頼だ。


 セリカさんが氷壁を見据える。


「レン」


「はい」


「次、行ける?」


「行けます」


「なら、私を呼んで」


「セリカさん!」


「はい!」


 セリカさんが走った。


 氷床の上を滑り、壁の隙間へ飛び込む。


 俺は表示を見る。


セリカ

魔力流断ち:発動可能

推奨:右下から斜め上


「右下から斜め上!」


「了解!」


 木剣が走る。


 氷壁の魔力線が断たれる。


 同時に、ノエルが熱循環具を連結する。


「第二連結」


 冷気の流れが変わる。


 リリアが白い光を重ねる。


「皆さん、足元を温めます」


 ユリアナ先輩が叫ぶ。


「今です。中央突破ではなく、左右から包囲!」


 俺たちは一斉に動いた。


 今度は、アイリスの氷に完全には止められない。


 彼女の制圧領域の中で、こちらの連携が息を吹き返す。


 アイリスの目が大きく開いた。


「これが、才能覚醒リンク……」


「違います」


 俺は走りながら言った。


「これだけじゃない。みんなが積み上げてきた力です」


 アイリスの表情が一瞬だけ変わった。


 それは、怒りではなかった。


 少しだけ、納得に近いものだった。


     ◇


 勝負は最後までもつれた。


 こちらはアイリス本体に近づきたい。


 向こうは俺たちを止めたい。


 セリカさんが盾役ガレスを引きつける。

 リリアが冷気で乱れた魔力を整える。

 ノエルがアイリスの氷床に干渉する魔道具を即席で組む。

 ユリアナ先輩が相手班の動きまで含めて全体指示を出す。


 俺は、名前を呼ぶ。


 ただの指示ではない。


 呼ぶたびに、その人の力が少しだけ澄む。


 好感度限界突破。


 才能覚醒リンク。


 外れスキル扱いだった力が、今は確かにチームを支えている。


 だが、アイリスも強かった。


 彼女の氷は、何度崩しても形を変えて戻ってくる。


 セリカさんが一歩踏み込んだ瞬間、アイリスは氷の柱を出して進路を塞いだ。


 ノエルの魔道具が冷気で鈍った瞬間、魔道具科のロイドが罠を重ねる。


 リリアが治癒補助を広げようとしたところへ、風魔術で光を散らす。


 連携しているのは、こちらだけではない。


 第四混成班も、努力してきたチームだった。


 だからこそ、勝ちたいと思った。


 力任せではなく。


 チートで上書きするのでもなく。


 俺たちの積み重ねで。


 最終局面。


 アイリスが大きな氷壁を作った。


 こちらの進路を完全に塞ぐ壁。


 だが、その背後で彼女の班の治癒役サーヤが、冷気の反動で少しよろけた。


 ほんの小さな乱れ。


 模擬戦なら見逃してもいい程度のもの。


 だが、アイリスは気づいた。


 彼女の表情が揺れる。


 勝つためなら、そのまま攻めるべき場面だった。


 でも、サーヤが足を滑らせれば、転倒判定で減点になるかもしれない。


 いや、怪我はない。


 訓練場だ。


 それでも、アイリスは一瞬迷った。


 その瞬間、彼女の氷が変わった。


 俺には見えた。


 攻撃の壁ではなく、味方を支える低い氷の支柱。


 サーヤの足元に、そっと氷が伸びる。


 支えるための氷。


アイリス・ヴェルナー

才能覚醒兆候:守護氷結

本人意思:守るために使いたい

状態:発現寸前


 出た。


 守護氷結。


 アイリス自身が選びかけた氷。


 俺は叫んだ。


「アイリス!」


 彼女がこちらを見る。


「それが、守る氷です!」


 その一瞬。


 アイリスの氷壁の維持がわずかに緩む。


 セリカさんは見逃さなかった。


「レン!」


「今です、セリカさん!」


 セリカさんの剣が魔力線を断つ。


 ノエルの熱循環具が氷壁の冷気を横へ流す。


 リリアの光がこちらの足元を支える。


 ユリアナ先輩が最後の指示を出す。


「標識へ!」


 模擬戦の勝利条件は、相手陣地奥の魔力標識に触れること。


 俺は走った。


 アイリスは氷で止めようとした。


 だが、彼女の氷の一部はまだサーヤを支えている。


 攻撃と守護が、一瞬だけ両立しなかった。


 俺の手が、標識に触れた。


 青い光が上がる。


 試合終了の鐘が鳴った。


     ◇


 訓練場は、一瞬だけ静かになった。


 そして、観覧席から大きな歓声が上がった。


 第五混成班、勝利。


 僅差だった。


 本当に、紙一重だった。


 俺は標識に手を置いたまま、大きく息を吐いた。


 膝が少し震えている。


 勝った。


 でも、勝った気がしないくらい、ギリギリだった。


「レン!」


 リリアが駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか?」


「はい。負荷は中くらいです。まだ大丈夫」


「あとで休んでください」


「はい」


 セリカさんも来る。


「最後、よく走ったわね」


「足がもつれそうでした」


「もつれなかったからよし」


 ノエルが記録板を抱えて、目を輝かせている。


「すごいデータ。セリカの魔力流断ち、リリアの魔力流温補助、私の熱循環連結、ユリアナの全体指示、レンのリンク安定。あとアイリスさんの守護氷結兆候」


「全部言いましたね」


「言う必要がある」


 ユリアナ先輩は少し息を整えながら、それでも姿勢を崩さない。


「よい勝負でした。ただ、レン様はこの後、必ず休息です」


「はい」


 逆らわない。


 通信水晶からミュレアの声が響いた。


『勝ったな、レン! 見事じゃ! これは菓子三品分――』


「一品です」


 リリアの返答は揺るがない。


『決勝並みの戦いだったではないか!』


「模擬戦後なので胃に優しいものを一品です」


『白き娘、勝利の余韻を健康管理で凍らせるとは……アイリスより冷たいのではないか?』


「ミュレアさん?」


『冗談じゃ』


 ミュレアが引いた。


 リリア、強い。


     ◇


 少し離れた場所で、アイリスは自分の氷を見ていた。


 サーヤの足元を支えた小さな氷。


 試合が終わっても、まだそこに残っている。


 攻撃の氷ではない。


 誰かを支える氷。


 アイリスはそれを見つめて、複雑な顔をしていた。


 俺はゆっくり歩いて近づいた。


「アイリス」


 彼女は顔を上げる。


「負けました」


「僅差でした」


「負けは負けです」


「はい」


 変に慰めるのは違う気がした。


 アイリスはまっすぐな人だ。


 負けたことを、きっとごまかされたくない。


 彼女はしばらく黙ってから言った。


「悔しいです」


「はい」


「でも……少しだけ分かった気がします」


「何をですか」


 アイリスは足元の氷を見る。


「あなたの力は、私の努力を消しませんでした。むしろ、私が見ないようにしていた氷の使い方を、見せられた気がします」


「俺が見せたというより、アイリスが自分で」


「分かっています」


 彼女は少しだけ口元を緩めた。


「だから悔しいのです。自分で気づいたのに、負けた」


「それは……」


「でも、悪い負けではありません」


 アイリスはそう言った。


 そして、自分の手に小さな氷の盾を作る。


 今度は、さっきより少しだけ安定していた。


「守護氷結。まだ大げさだと思います」


「はい」


「そこは否定してほしいのですが」


「すみません」


 アイリスは小さく息を吐いた。


「でも、嫌ではありません」


 その言葉に、表示が浮かぶ。


アイリス・ヴェルナー

才能覚醒兆候:守護氷結

本人受容:中

状態:悔しさ、納得、次への意欲

第四の系統反応:微弱後退


 俺は頷いた。


「安定してきています」


「そうですか」


「はい」


「次は、もっと強くなります」


「俺たちもです」


 アイリスは、はっきりこちらを見た。


「次は、もっとあなたの連携を凍らせます」


「俺たちは、もっと繋ぎます」


「では、また戦いましょう」


「はい」


 握手をする流れかと思ったが、アイリスは少し迷ったあと、小さく会釈した。


 まだ距離はある。


 でも、それでいい。


 距離があることを認めた上で、少しずつ近づけばいい。


 未定は、空白ではない。


 関係だって、急いで決めなくていい。


     ◇


 試合後の講評で、教師たちは両班を高く評価した。


 アイリス班は地形制御と分断戦術。


 第五混成班は、分断状態からの名称固定リンク回復と連携再構築。


 特に、試合中に班員全員が自分の名前を確認し直した場面は、安全管理と連携の両面で評価された。


 名前を呼ぶことが、戦術になった。


 名前を守る地味な積み重ねが、実技杯の勝利に繋がった。


 それは、俺たちにとって大きな意味があった。


 外れスキル扱いされた俺の力も、ようやく形を見せ始めている。


 ただ好感度を見るだけではない。


 ただ才能を覚醒させるだけでもない。


 名前と意思と努力を繋ぎ、本人の力を本人のものとして開かせる。


 そのための力。


 まだ完全には分からない。


 でも、少しずつ分かってきている。


 観覧席から降りてきた学生たちが、口々に言った。


「第五混成班、すごかった!」


「アイリスさんの氷もすごかったよな!」


「セリカさん、氷斬ったの?」


「ノエルさんの魔道具、即席であれ?」


「リリアさんの光、見てるだけで安心した」


「レンさんの指示、声だけで通ってたよな」


「生徒会長、戦場でも生徒会長だった」


 最後だけ少し面白い。


 ユリアナ先輩が微妙な顔をしていた。


「戦場でも生徒会長……拒否呼称に入れるべきでしょうか」


「嫌なんですか?」


「嫌ではありませんが、少し複雑です」


「未定ですね」


「はい。未定です」


 みんなで少し笑った。


 その横を、アイリス班が通り過ぎる。


 アイリスは学生たちに囲まれ、「氷すごかったです」「守ったところ、見ました」と声をかけられていた。


 彼女は少し戸惑っていたが、以前のように冷たく遮断することはなかった。


 小さく、頷いている。


 守る氷。


 その名前が、少しずつ彼女の中で育っていくのかもしれない。


 俺はそれを見て、胸の奥が少し温かくなった。


「レン」


 リリアが呼ぶ。


「はい」


「今日は、ちゃんと休みましょう」


「はい」


 セリカさんも言う。


「休まないと、次は勝てないわよ」


「分かっています」


 ノエルが付け加える。


「記録整理は休憩後」


 ユリアナ先輩が即座に言う。


「休憩後のさらに後です」


「厳しい」


「必要です」


 ミュレアが通信越しに言った。


『そして菓子じゃ』


「一品です」


『くっ……勝利しても一品、敗北しても一品。世界は厳しいのう』


「健康管理です」


 いつもの声。


 いつものやり取り。


 その中で、俺はようやく息を吐いた。


 勝った。


 でも、それ以上に得たものがある。


 アイリスの氷は、冷血ではなかった。


 俺の力は、努力を奪うものではなかった。


 そして、距離を氷で隔てられても、名前と信頼は繋がり直せる。


 外れスキル班と呼ばれた俺たちは、また少しだけ強くなった。


 次に何が来ても。


 たぶん、名前を呼び合えば戻れる。


 そう思えた。

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