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第77話 実技杯予選開始、外れスキル班がいきなり注目される

実技杯予選当日。


 王立学園の大型訓練場は、朝から祭りのような熱気に包まれていた。


 普段の訓練場とは違い、観覧席には学生だけでなく教師、ギルド関係者、王宮の連絡官までいる。中央には可変式迷宮への入口が複数並び、青い魔力灯が床に沿って淡く光っていた。


 そして、その入口の一つの前に、俺たち第五混成班は立っていた。


 俺、レン・クロフォード。


 リリア。


 セリカさん。


 ノエル。


 ユリアナ先輩。


 それから、通信水晶越しに見学参加しているミュレア。


 さらに王宮結界補助として、アリシア王女も遠隔で見守っている。


 冷静に考えると、だいぶ大げさな布陣だ。


 外れスキル扱いされていた俺が、今では学園中から注目されるチームの中心にいる。


 人生、何が起こるか分からない。


 前世の俺に言っても、絶対に信じないだろう。


「レン、顔が固い」


 セリカさんが隣で言った。


「そりゃ固くもなりますよ」


「昨日よりはまし」


「昨日、そんなにひどかったですか」


「うん」


 即答だった。


 リリアが小さく笑う。


「でも、今日は少し楽しそうにも見えます」


「……少しだけ」


 認めると、胸が少し軽くなった。


 怖い。


 胃も痛い。


 注目されるのは今でも苦手だ。


 それでも、今日は逃げたいだけではない。


 このチームで、どこまでできるのか見てみたい。


 外れスキルだと笑われた力が、好感度限界突破と才能覚醒リンクとして、仲間たちの努力をどう支えられるのか。


 それを確かめたい。


 ノエルは迷宮の入口を見ながら、手元の魔道具を確認していた。


「今回の予選課題は三つの魔力標識回収。加えて、途中に罠と救助課題が入る可能性あり」


「可能性、じゃなくてほぼ入りますね」


 ユリアナ先輩が資料を確認しながら言った。


「実技杯は連携評価です。ただ速く進むだけでは点になりません。安全確認、要救助者保護、魔道具対処、班員間の呼称確認も評価対象です」


「呼称確認まで?」


「はい。迷宮内では、とっさの呼びかけが事故防止につながります。本人が望む呼称で呼ぶことは、安全管理です」


 さすが、名前確認制度を実技にまで組み込んだ生徒会長。


 隙がない。


 通信水晶からミュレアが言う。


『つまり、妾のことも正しくミュレアと呼ぶのじゃぞ』


「ミュレアは見学です」


『見学者にも名はある』


「それはそうですね。ミュレア」


『うむ。よろしい』


 満足そうだった。


 開会の鐘が鳴った。


 学園長の声が訓練場に響く。


「これより、学園連携実技杯予選を開始します。各班は指定された入口から迷宮へ入り、三つの魔力標識を回収してください。制限時間は一時間。なお、迷宮内では班員全員の登録名確認を求められる箇所があります。落ち着いて対応してください」


 登録名確認。


 予想通り、名前に関わる課題がある。


 ノエルが小さく言った。


「最後の扉かな」


「たぶん」


 俺は頷いた。


 別の入口には、アイリス・ヴェルナー率いる第四混成班の姿があった。


 アイリスはいつも通り背筋を伸ばし、淡い青銀の髪を揺らさず立っている。


 目が合った。


 彼女は静かに頷いた。


 俺も頷き返す。


 敵ではない。


 でも、今日はライバルだ。


 予選開始の魔力音が鳴った。


「行きます」


 ユリアナ先輩の声で、俺たちは迷宮へ踏み込んだ。


     ◇


 迷宮内は青白い光に満ちていた。


 石壁は高く、通路は思ったより狭い。足元には魔力紋が走り、ところどころに小型の罠らしき刻印が見える。


「前方、分岐です」


 俺は表示を見る。


迷宮予選区域

左:魔力標識反応あり

右:罠反応あり、迂回可能

正面:模擬魔物反応


「左に標識反応。右は罠。正面に魔物です」


「なら左から」


 セリカさんが即断する。


 ユリアナ先輩が頷いた。


「第一標識を確保後、正面の魔物区域を通過。右の罠はノエル様が解除可能か確認します」


「了解」


 ノエルが小型魔道具を取り出す。


 リリアは後方で白い光を薄く展開し、全員の疲労を抑える準備をしていた。


 俺は息を整える。


名称固定リンク:安定

才能覚醒リンク:待機

感情過負荷:低


 大丈夫。


 まだいける。


「セリカさん」


「はい」


「左通路、三歩先に床圧反応」


「分かった」


 セリカさんは足を止め、木剣の先で床を軽く叩いた。


 床が一瞬沈み、壁から模擬矢が飛ぶ。


 それをセリカさんは木剣で弾いた。


 観覧用の記録水晶が光る。


 たぶん、今のも評価対象だ。


「レン、助かった」


「はい」


 名前を呼ばれて返事をする。


 それだけでリンクが安定する。


 第一標識は、魔力灯の奥にあった。


 青い結晶のような標識だ。


 リリアが周囲を確認し、俺が反応を見る。


「罠なし。取れます」


 ユリアナ先輩が標識に触れると、結晶が淡く光り、班登録へ反映された。


「第一標識、確保」


 順調だ。


 順調すぎて怖いくらいだった。


     ◇


 正面通路に入ると、模擬魔物が三体現れた。


 影狼二体と、小型ゴーレム一体。


 セリカさんが前に出る。


 ノエルが魔道具を構え、リリアが防御光を広げる。


「レン、指示」


 セリカさんが短く言う。


「影狼、一体目が右から。二体目は遅れて左。ゴーレムは中央固定です」


「了解」


「ノエル、左の足止め」


「分かった」


「リリア、中央の衝撃に備えてください」


「はい、レン」


 名前が行き交う。


 そのたびに、胸の奥で細い光が繋がる。


名称固定リンク:上昇

才能覚醒リンク:微弱起動


 セリカさんの動きが、一段鋭くなった。


 右から飛び込んだ影狼を、木剣の柄で軌道をずらし、そのまま肩で押し流す。


 左の影狼はノエルの拘束具で動きが止まった。


 ゴーレムが腕を振り下ろす。


 リリアの白い防御光がそれを受け止め、衝撃を和らげた。


「セリカさん、ゴーレム左膝!」


「はい!」


 俺の声に合わせ、セリカさんの木剣が左膝関節を叩く。


 ゴーレムが膝をつく。


 ノエルが即席の停止符を貼りつけた。


「停止」


 ゴーレムが光になって消えた。


 速い。


 派手な大魔法ではない。


 でも、連携が噛み合っている。


 観覧席側から遠い歓声が聞こえた気がした。


 たぶん記録水晶を通して見られているのだろう。


「レン、負荷は?」


 リリアがすぐに聞く。


「低いです。大丈夫」


「無理はしないでください」


「はい」


 セリカさんが小さく笑う。


「今日は返事が素直ね」


「予選中に怒られたくないので」


「いい判断」


     ◇


 第二標識を目指して進む途中、罠解除課題が出た。


 通路の先に、赤い魔力線が網のように張られている。


 触れれば警報と減点。


 ノエルの出番だった。


「魔力線、三層。上は囮。下が本命」


「解除できますか?」


「できる。少し時間」


 ノエルは膝をつき、小型工具を取り出した。


 指先の動きが速い。


 まるで魔道具と会話しているようだった。


 だが、途中で魔力線が一瞬揺れた。


 俺の表示に嫌な文字が出る。


魔道具干渉

才能名揺らぎ:微弱

ノエル:魔道具研究適性 → 便利な解除係


「ノエル、止まって」


 俺が言うと、ノエルの手がぴたりと止まった。


「何?」


「才能名が、便利な解除係に寄りかけています」


 ノエルの目が少し細くなる。


「嫌」


「ですよね」


 ユリアナ先輩がすぐに声をかけた。


「ノエル様。あなたは便利な解除係ではありません」


 リリアも続ける。


「ノエルさんの魔道具は、誰かに使い潰されるためのものではありません」


 セリカさんも言う。


「ノエル。あなたが何を見たいのか、言って」


 ノエルは少し黙った。


 そして、小さく言った。


「仕組みを理解したい。壊さずに、無理させずに、道具が本来の働きをできるようにしたい」


 表示が戻る。


便利な解除係:後退

魔道具研究適性:安定

本人意思:有効


「戻りました」


「続ける」


 ノエルはそう言って、魔力線を解除した。


 今度の手つきは、さっきより落ち着いていた。


 赤い線がふっと消える。


 通路が開いた。


「ノエル、すごいです」


 リリアが言う。


「事実」


 ノエルは短く返したが、少しだけ頬が緩んでいた。


     ◇


 第三課題は、要救助者保護だった。


 通路の先に、訓練用の負傷者人形が倒れている。


 近くには魔物反応。


 人形を安全地帯まで運ぶ必要がある。


「俺が運びます」


 と言いかけた瞬間、セリカさんに見られた。


「レンは指示」


「はい」


 すぐ引っ込めた。


 リリアが負傷者人形の状態を確認する。


「模擬骨折と魔力疲労です。乱暴に動かすと減点ですね」


 ユリアナ先輩がすぐに配置を決める。


「セリカ様が前方警戒。リリア様が固定。ノエル様は搬送補助具。レン様は魔物反応確認」


「魔物、右奥から一体。遅いですが大型です」


「なら急ぎましょう」


 リリアの白い光が人形を包む。


 ノエルが即席の浮遊補助具を取りつけた。


 セリカさんが前に出る。


 大型の模擬魔物が現れた瞬間、俺は声を飛ばした。


「セリカさん、足元狙いで足止めだけ! 倒さなくていいです!」


「分かった!」


 セリカさんは魔物の攻撃を受け流し、膝部分だけを叩いて動きを鈍らせる。


 リリアとノエルが人形を安全地帯へ運ぶ。


 ユリアナ先輩が時間を確認する。


「保護完了!」


 標識が光った。


 これで第二標識と救助課題の加点が入るはずだ。


 俺はほっと息を吐いた。


 その直後。


 床が沈んだ。


「え」


 俺の足元だけではない。


 リリアとセリカさんの間の床が斜めに傾く。


 罠というより、訓練用のバランス課題だ。


 俺は反射的に壁へ手を伸ばしたが、届かない。


「レン!」


 リリアが俺の袖を掴む。


 セリカさんが反対側から腕を掴む。


 結果、俺は二人の間に挟まれる形で止まった。


 リリアの白い髪が近い。


 セリカさんの赤い髪も近い。


 両側から支えられている。


 というか、完全に挟まれている。


「……」


「……」


「……ええと」


 俺が何か言う前に、ノエルが淡々と呟いた。


「左右から深層信頼対象に挟まれると、リンク安定する?」


「実験しない!」


 セリカさんが即座に言った。


 リリアは真っ赤になっている。


「け、怪我はありませんか、レン」


「ありません。精神的には危険です」


「それは……はい」


 ユリアナ先輩が咳払いする。


「安全確保後、速やかに姿勢を戻してください」


「その事務的な言い方も恥ずかしいです」


 通信水晶からミュレアの笑い声が響く。


『はははっ! 実技杯でも主人公事故を忘れぬとは、やるではないかレン!』


「やってません!」


『両手に花、いや両側に信頼対象じゃな』


「言い方!」


 観覧用水晶に今のが映っていないことを祈る。


 切実に祈る。


 なお、表示は無情だった。


名称固定リンク:一時上昇

感情過負荷:羞恥により中

備考:事故です


 分かっている。


 事故だ。


     ◇


 最後の扉は、迷宮の奥にあった。


 黒ではなく、白い石扉。


 中央には五つの小さな魔力板が並んでいる。


 その上に文字が浮かんだ。


 ――班員全員の登録名を確認してください。


 やはり名前課題だ。


 ユリアナ先輩が前に出る。


「登録名と希望呼称の確認です。落ち着いて行きましょう」


 まず俺。


「レン・クロフォード。希望呼称、レン」


 魔力板が青く光る。


 次にリリア。


「リリア。希望呼称、リリア」


 光る。


 セリカさん。


「セリカ。希望呼称、セリカ」


 ノエル。


「ノエル。希望呼称、ノエル」


 ユリアナ先輩。


「ユリアナ・フォン・グランベル。希望呼称、ユリアナ、またはユリアナ先輩」


 最後の板が光った。


 だが、扉はまだ開かない。


 中央に追加の文字が浮かぶ。


 ――班として互いを呼称してください。


 なるほど。


 ただ名乗るだけではなく、互いに呼ぶ必要がある。


 俺たちは顔を見合わせた。


 リリアが最初に微笑む。


「レン」


「はい。リリア」


 セリカさんが続ける。


「レン」


「はい。セリカさん」


 ノエル。


「レン」


「はい。ノエル」


 ユリアナ先輩。


「レン様」


「はい。ユリアナ先輩」


 俺も一人ずつ呼ぶ。


「リリア」


「はい」


「セリカさん」


「はい」


「ノエル」


「はい」


「ユリアナ先輩」


「はい」


 その瞬間、扉全体が青く光った。


名称固定リンク:強化

才能覚醒リンク:安定

扉認証:成功


 白い扉が開く。


 奥には第三標識があった。


 俺たちは同時に進み、ユリアナ先輩が標識に触れる。


 青い光が迷宮全体に広がった。


 予選終了。


     ◇


 外に戻ると、観覧席がざわめいていた。


 結果集計の魔力板に、各班の順位が表示されている。


 一位。


 第五混成班。


 俺たちの名前が並んでいた。


 タイム、標識回収、救助課題、罠解除、呼称確認、連携評価。


 すべて高得点。


「……一位」


 俺は思わず呟いた。


 ノエルが静かに言う。


「予想通り」


「予想していたんですか」


「してた」


 セリカさんが笑う。


「やったわね、レン」


「はい」


 リリアの目が潤んでいる。


「みんなで、できましたね」


「はい。みんなで」


 ユリアナ先輩も少しだけ表情を緩めた。


「良い結果です」


 通信水晶からミュレアが誇らしげに言う。


『当然じゃ。妾が見ておったからな』


「見ていただけでは」


『見守りも力じゃ』


 確かに、そうかもしれない。


 集計板の二位には、第四混成班。


 アイリス・ヴェルナーの班が表示されていた。


 こちらもかなり高得点だ。


 少し離れた場所で、アイリスが掲示板を見ていた。


 悔しそうではある。


 だが、怒ってはいない。


 彼女は俺の方へ歩いてきた。


「一位通過、おめでとうございます」


「ありがとうございます。アイリスさんたちも二位通過、おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 礼儀正しい。


 だが、その瞳にははっきりと闘志がある。


「次は、直接対決になるかもしれませんね」


「はい」


「その時は、私の氷であなたたちの連携を止めます」


「俺たちは、その連携で突破します」


 自分でも驚くくらい、自然にそう言えた。


 アイリスの目が少しだけ細くなる。


「楽しみにしています。レン・クロフォード」


「俺もです、アイリス」


 彼女は一瞬だけ視線を逸らした。


 名前で呼ばれることに、まだ慣れていないらしい。


 でも、嫌ではなさそうだった。


     ◇


 夕方、訓練場を出る前に、俺は自分の学生証に触れた。


 レン・クロフォード。


 予選一位。


 外れスキル班などと言われていた俺たちが、いきなり注目の中心に立った。


 怖い。


 でも、今日はそれだけじゃない。


 俺一人が勝ったわけではない。


 リリアの治癒。

 セリカさんの剣。

 ノエルの魔道具。

 ユリアナ先輩の判断。

 ミュレアの見守りと余計な茶々。

 そして、俺の好感度限界突破と才能覚醒リンク。


 全部が噛み合った。


 外れスキル扱いされた力が、仲間の名前と才能を繋いで、勝利に届いた。


 これなら、少しだけ胸を張ってもいいかもしれない。


 リリアが隣で言った。


「レン、楽しかったですか?」


 俺は少し考えた。


 そして、笑った。


「はい。かなり」


 セリカさんが満足そうに頷く。


「ならよし」


 ノエルが呟く。


「次は直接対決」


 ユリアナ先輩が静かに言う。


「油断せず準備しましょう」


 ミュレアが通信越しに高らかに宣言した。


『勝利祝いの菓子は二品じゃな!』


「一品です」


 リリアの返答は今日も速かった。


『予選一位でも駄目か!』


「体調管理です」


 みんなが笑った。


 実技杯はまだ始まったばかり。


 次は、アイリス班との直接対決が待っている。


 氷の天才と、外れスキル扱いだった俺たちのチーム。


 読者受けしそうな対戦カードだ。


 そして、俺自身も少しだけ楽しみにしている。


 前世の俺なら、絶対に信じない。


 でも今の俺は、そう思える場所に立っていた。

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