第73話 学園連携実技杯、なぜか俺のチーム編成が大問題になる
アイリス・ヴェルナーが相談室を去ったあと、部屋にはしばらく冷たい余韻が残っていた。
実際に気温が下がったわけではない。
けれど、彼女の言葉は氷みたいに鋭かった。
――あなたの力が、人を道具にするものではないと証明してください。
言われた瞬間から、その言葉が胸の奥に引っかかっている。
外れスキル扱いされていた俺の力が、実は仲間の才能を引き出すチートだった。
それは、分かりやすく盛り上がる展開だ。
前世でラノベを読んでいた俺なら、たぶん「ここから主人公無双きた!」と喜んだと思う。
でも、自分の力として向き合うと、そう単純には喜べない。
才能を引き出す。
言葉にすれば綺麗だ。
だが、それが相手の努力を軽く見せてしまったら?
本人の意思を無視して、こちらの都合で力を開かせてしまったら?
好感度限界突破なんて名前のせいで、誰かの感情まで操作しているように見えたら?
俺は、何者になるんだろう。
才能覚醒チートの主人公か。
それとも、他人の人生に勝手に触れる危険な異能者か。
「レン」
リリアの声で、思考が戻った。
「はい」
「顔色が悪いです」
「少し考えていました」
「アイリスさんのことですか」
「はい」
隠す意味はなかった。
リリアは少しだけ目を伏せた。
「厳しい言葉でしたね」
「でも、間違ってはいないと思います」
俺が言うと、セリカさんが壁際で腕を組んだ。
「疑うのは自由よ。でも、レンが一人で全部背負う話じゃない」
「はい」
「返事が軽い」
「……はい」
「まだ軽い」
セリカさんの視線が鋭い。
こういう時、彼女は逃がしてくれない。
ありがたいような、怖いような。
ノエルは記録板を閉じたまま、珍しく静かに言った。
「アイリスさんの疑問は、検証対象として必要。でも、レンが自分を責める材料にするのは違う」
「ノエルが研究じゃなくて、普通に心配してくれている」
「してる」
即答だった。
それが妙に嬉しかった。
ユリアナ生徒会長は、机の上の書類を整えながら口を開いた。
「本件は、学園連携実技杯の中で明確になるでしょう。レン様の力が、本人意思と努力を前提にした補助であることを示す必要があります」
「やっぱり参加前提なんですね」
「はい」
即答だった。
「現状、レン様が不参加となれば、噂だけが先行します。参加し、条件と限界を示した方がよいと判断します」
「胃が痛い判断です」
「その胃痛も管理対象です」
「そこまで?」
「そこまでです」
頼もしい。
頼もしいが、逃げ場がない。
通信水晶からミュレアの声が響いた。
『レン。腹を括れ。外れスキルだと笑われていた者が、実は仲間の才を開く鍵だったのじゃ。ここで逃げれば、物語として盛り上がらぬ』
「物語として、で判断しないでください」
『大事じゃぞ。読者は盛り上がりを求めておる』
「誰の話ですか」
『妾の勘じゃ』
ミュレアは時々、妙にメタなことを言う。
だが、言っていることは完全に間違いでもない。
このまま名前を守る地味な対策だけを続けるより、実技杯で力を見せる方が、学園全体にも分かりやすい。
俺自身も、逃げずに向き合う必要がある。
好感度限界突破。
才能覚醒リンク。
外れ扱いされた力の本質。
それを証明する場が、実技杯なのだろう。
◇
学園連携実技杯の説明会は、その日の放課後に行われた。
場所は大講堂。
延期されていた行事の再開ということもあり、かなりの学生が集まっている。
魔術科。
治癒術科。
剣術課程。
魔道具科。
貴族教養科。
いくつもの課程の学生が一堂に会すると、空気が少し華やぐ。
そして、その中に混じっている俺たち第五混成班は、かなり目立っていた。
いや、正確にはまだ正式な班ではない。
だが、周囲はもう勝手にそう呼んでいる。
「第五混成班、出るらしいよ」
「昨日の演習のチームだろ?」
「レンさんの才能覚醒リンク、実技杯でも見られるかな」
「リリアさんとセリカさんが同じ班ってだけでも強い」
「ノエルさんの魔道具もあるし、生徒会長もいるんでしょ? 反則じゃない?」
反則扱いされている。
まだ何もしていないのに。
俺は椅子に座りながら、思わず肩を縮めた。
隣のリリアが小声で言う。
「レン、大丈夫ですか?」
「今すぐ帰りたい気持ちが少し」
「少しですか?」
「かなり」
リリアは小さく笑った。
「でも、参加したい気持ちもありますよね」
「……あります」
それを見抜かれているのが、少し恥ずかしい。
前世の俺なら、こういう場所では最後列で気配を消していた。
それどころか、行事があるだけで憂鬱になっていたかもしれない。
だが今は違う。
怖い。
目立ちたくない。
胃が痛い。
それでも、少しだけ参加したい。
仲間と一緒に戦って、自分の力が何なのか確かめたい。
そう思っている。
セリカさんは反対側で腕を組み、前を見ていた。
「レン」
「はい」
「逃げるなら止めるけど、出るなら全力でやるわよ」
「逃げる場合も止めるんですね」
「当たり前」
「優しいのか厳しいのか」
「両方」
否定できない。
ノエルはすでに実技杯の資料を読み込んでいた。
「課題、かなり連携重視。才能覚醒リンクとの相性はいい」
「相性がいいと言われると、逆に怖いです」
「怖いのは正常。でも使い方を間違えなければ強い」
ユリアナは一つ前の席で、資料に目を通している。
生徒会長として運営側にも関わるため、彼女の資料だけ明らかに分厚い。
「ユリアナ先輩」
「はい」
「やっぱり、出場と運営の両方は無理があるのでは」
「その件について、私も悩んでいます」
珍しく、彼女は即答しなかった。
「実技杯は生徒会行事でもあります。私は運営補佐として参加する責任があります。一方で、第五混成班の連携において、私は記録・判断・全体整理を担当しています」
「つまり、どちらにも必要」
「言い方を変えると、中途半端になる可能性があります」
ユリアナは自分に厳しい。
それは長所だが、時々心配になる。
リリアが静かに言った。
「ユリアナさん自身は、どちらをしたいですか?」
ユリアナは少し目を瞬かせた。
「私自身、ですか」
「はい」
質問が本人意思確認になっている。
名前の相談窓口の影響が、ここにも出ていた。
ユリアナはしばらく黙った。
それから、小さく言った。
「……出場したい気持ちはあります」
珍しく、声が少しだけ小さかった。
「昨日の演習で、私の判断もチームの役に立ったと感じました。書類や制度だけではなく、現場で誰かを支えられるのだと」
それを聞いて、俺は少し嬉しくなった。
ユリアナ自身が、自分の役割を選ぼうとしている。
生徒会長だから、ではなく。
公爵令嬢だから、でもなく。
ユリアナとして。
「なら、出ましょう」
俺が言うと、彼女は驚いたようにこちらを見た。
「簡単に言いますね」
「ユリアナ先輩が出たいなら、出てほしいです」
「運営は」
「分担しましょう」
言いながら、自分でも少し驚いた。
ユリアナがいつも言っていることを、今度は俺が言っている。
分担。
一人で背負わない。
それは俺にも、ユリアナにも必要なことだ。
セリカさんが満足そうに笑った。
「いいじゃない」
ノエルも頷く。
「運営補佐は副会長と教師に渡せる。ユリアナは出場側でデータ取った方が、新制度の検証にもなる」
「研究理由を混ぜましたね」
「でも本当」
ユリアナは少し困ったように、しかし嬉しそうに息を吐いた。
「では、正式に調整します」
◇
講堂の壇上に学園長が立つと、ざわめきが収まった。
白髪交じりの穏やかな人物だが、その声はよく通る。
「皆さん。延期されていた学園連携実技杯を、三日後より正式に開催します」
講堂に拍手が起きた。
学園長は続ける。
「本大会は、個人の強さのみを競うものではありません。異なる課程の者同士が、互いの力を理解し、補い合い、目的を達成することを重視します」
個人ではなく、連携。
昨日の合同演習と同じ方向だ。
俺の力が注目される理由も、そこにあるのだろう。
「課題は三段階です。第一に、迷宮探索。第二に、模擬魔物制圧。第三に、要救助者保護および魔力標識回収。詳細は当日まで伏せられます」
学生たちがざわめく。
「各チームは四名から六名。課程混合を推奨します。上位チームには、王宮見学、ギルド推薦、研究支援などが与えられます」
今度は歓声に近い声が上がった。
王宮見学。
ギルド推薦。
研究支援。
どれも学生にとっては大きな報酬だ。
ノエルの目が分かりやすく光った。
「研究支援」
「食いつきましたね」
「重要」
ユリアナが小声で言う。
「ノエル様、報酬だけで暴走しないように」
「努力する」
「努力ではなく、遵守してください」
「はい」
この二人のやり取りも、ずいぶん馴染んできた。
学園長は説明を続けた。
「なお、旧研究棟事件以後に導入された本人呼称意思確認、才能確認相談、進路未定記録の考え方も、本大会の安全運営に反映します。チーム登録時には、正式名に加え、呼ばれたい名前の確認を行います」
講堂内が少しざわつく。
実技杯にも名前確認が入る。
それは当然のようで、かなり大きなことだった。
チーム戦では、名前を呼び合う。
指示も、援護も、治癒も、警告も、すべて名前で届く。
なら、どう呼ばれたいかを確認するのは安全管理でもある。
ユリアナが小さく頷いた。
「よい形で入れてくださいました」
「ユリアナ先輩の提案ですか?」
「原案は出しました」
原案どころか、かなり関わっていそうだ。
学園長の説明が終わると、学生たちは一斉にチーム編成の話を始めた。
そして当然のように、俺たちの周囲にも人が集まり始めた。
◇
「レンさん!」
「少しだけ相談いいですか!」
「第五混成班って、もう人数決まっていますか?」
「見学枠とかありませんか?」
「才能確認だけでも!」
圧がすごい。
俺は椅子に座ったまま固まりかけた。
昨日の才能相談列より、熱量が高い。
実技杯という分かりやすい目標ができたせいだろう。
セリカさんがすっと前に出る。
「一度に話さない」
その一言で、周囲が少し静かになった。
さすがである。
セリカさんは、集まった学生たちを見渡した。
「レンは便利な覚醒装置じゃない。チーム相談は正式な手順を通して。才能確認も相談窓口で予約を取ること」
言い切った。
強い。
リリアも隣に立つ。
「レンの能力使用には、本人の負担確認と、相談者自身の意思確認が必要です。焦らず、順番にお願いします」
柔らかいが、譲らない声だった。
ユリアナがすでに受付用の紙を取り出している。
「実技杯関連相談は、生徒会窓口と相談窓口で分けます。チーム加入希望、才能確認希望、実技杯規則質問。分類してください」
即席の臨時受付ができた。
すごい。
ノエルも淡々と補足する。
「才能覚醒リンクは、望めば使えるものじゃない。本人の努力、意思、名称固定、信頼が必要。今すぐ覚醒したい人は、たぶん対象外」
かなり容赦ない説明だった。
学生たちの何人かが、少し気まずそうにする。
だが、それくらいでいいのかもしれない。
俺が中途半端に愛想よくすれば、期待だけを膨らませることになる。
ミュレアの通信水晶が光った。
『ふむ。レン争奪戦じゃな』
「違います」
『違うのか? 美少女も何人か混ざっておるぞ』
「そういう言い方をしないでください」
実際、女子学生も多い。
魔術科の子。
治癒術科の子。
魔道具科の子。
尊敬や興味の視線を向けられると、前世陰キャ非モテの魂がざわつく。
嬉しくないわけではない。
正直、少しは嬉しい。
だが、その百倍くらい怖い。
リリアが、ちらりとこちらを見た。
「レン?」
「にやけてません」
「まだ何も言っていません」
墓穴を掘った。
セリカさんの視線も飛んでくる。
「レン」
「はい」
「にやけてた?」
「自覚はありません」
「ふうん」
怖い。
その「ふうん」が一番怖い。
ノエルが真面目な顔で言う。
「レンの表情筋、軽度動揺」
「分析しないでください」
ユリアナが咳払いした。
「皆さん。レン様の表情分析は本題ではありません」
「ユリアナ先輩が一番真面目に戻してくれた」
「当然です」
ありがたい。
ただし、少しだけ耳が赤い気がした。
いや、今は見なかったことにしよう。
◇
混乱が落ち着いた頃、講堂の入口近くにアイリス・ヴェルナーの姿があった。
彼女は人だかりには加わらず、少し離れた場所からこちらを見ている。
淡い青銀の髪。
涼しい紫の瞳。
周囲から距離を置くような立ち姿。
氷の天才。
そう呼びたくなる雰囲気がある。
だが、俺はその呼び方を飲み込んだ。
本人がどう呼ばれたいか、まだ確認していない。
不用意に才能や印象で呼ぶのは、今の俺たちにとって危険なことだ。
アイリスは、俺と目が合うと近づいてきた。
周囲の学生たちが自然に道を開ける。
それだけで、彼女が一目置かれているのが分かった。
「レン・クロフォード」
「はい」
「チームは決まりましたか」
「ほぼ」
「そう」
彼女はリリア、セリカさん、ノエル、ユリアナを一人ずつ見た。
「強いチームですね」
セリカさんが答える。
「そちらは?」
「私も決めています。魔術科、剣術課程、治癒術科、魔道具科の混成です」
「本気ですね」
「当然です」
アイリスの声は静かだったが、熱があった。
「私は、努力で積み上げた力を信じています。あなたの力が、それを軽んじるものでないなら、実技杯で示してください」
昨日と同じ問い。
だが、今日は少しだけ違って聞こえた。
敵意だけではない。
確認したい、という気持ちもある。
俺は頷いた。
「分かりました」
「それから」
アイリスは少しだけ目を細めた。
「私の才能を、勝手に見ないでください」
「見ません」
即答した。
アイリスは少し意外そうにした。
「本当に?」
「本人の許可なしには見ません」
彼女はしばらく俺を見ていた。
それから、小さく頷く。
「なら、今はそれでいいです」
そう言って、彼女は踵を返した。
去り際に、一言だけ残す。
「実技杯で会いましょう。レン・クロフォード」
名前を呼ばれた。
敵意ではなく、挑戦として。
俺は胸元の学生証に触れた。
「はい、アイリスさん」
彼女は一瞬だけ振り返った。
驚いたような顔をしていた。
たぶん、名前を呼び返されると思っていなかったのだろう。
だが、すぐに表情を戻し、歩き去っていった。
セリカさんが横で言う。
「今の、少し効いたわね」
「何がですか」
「名前で呼び返したの」
リリアも頷いた。
「アイリスさん、少し驚いていました」
ノエルがぼそっと言う。
「冷たそうに見えるけど、名前には反応あり」
「ノエル、今は分析を控えましょう」
ユリアナが言う。
「はい」
アイリス。
氷の天才。
努力を軽んじる力を認めない少女。
彼女は、たぶん実技杯で大きな相手になる。
敵、というより、必要なライバル。
そう感じた。
◇
その日の夕方、生徒会室で正式なチーム登録を行うことになった。
チーム名は、学園側が便宜的に付けた番号で登録される。
第五混成班。
構成員は五名。
レン・クロフォード。
リリア。
セリカ。
ノエル。
ユリアナ・フォン・グランベル。
呼称確認も行う。
俺は日常ではレン。
記録上はレン・クロフォード。
拒否呼称は外れスキル、危険異能者、魂同調者のみで呼ばれること。
リリアは、リリア。
記録上の正式名は別途管理。
拒否呼称は聖女、器、教会のもの。
セリカさんは、セリカ。
拒否呼称は赤髪の剣士のみで呼ばれること。
ノエルは、ノエル。
拒否呼称は研究科女子、変人研究者のみで呼ばれること。
ただし、本人が「変人研究者は完全に嫌ではないかもしれない」と言い、未定欄に入れられた。
ユリアナ先輩は、記録上はユリアナ・フォン・グランベル。
日常ではユリアナ先輩、ユリアナ様。
拒否呼称は公爵令嬢生徒会長のみで呼ばれること。
ユリアナはその欄を書きながら、少し照れていた。
「自分で書くと、妙に恥ずかしいですね」
「分かります」
俺もかなり恥ずかしかった。
ミュレアが通信越しに言う。
『妾の名前も入れるのじゃ』
「ミュレアさんは出場者ではなく、制限付き見学者です」
ユリアナが言う。
『なら見学者欄に入れよ』
「あります」
「あるんですか」
俺が驚くと、ユリアナは淡々と答えた。
「ミュレア様が主張されることは予想していましたので」
『さすが生徒会長。妾の扱いを分かってきたな』
「安全管理上、必要です」
見学者欄。
ミュレア・ノクターン。
状態:ギルド地下封印室より通信見学。
希望呼称:ミュレア様、ミュレア。
拒否呼称:魔王封印体。
甘味要望:一品まで。
『最後の欄は何じゃ!』
「健康管理です」
リリアがにっこり言った。
『白き娘、書類にまで侵食しておる……!』
全員が笑った。
その笑いの中で、俺は登録用紙を見た。
第五混成班。
なんだか、少しだけ胸が熱くなった。
前世の俺は、チームに入るのが苦手だった。
どこかで自分だけ浮いている気がして、必要とされていない気がして、名前を呼ばれるだけで緊張していた。
でも今は、違う。
俺の名前が、仲間の名前と並んでいる。
それだけで、妙に嬉しい。
セリカさんが俺の表情を見て、少しだけ笑った。
「レン、今度はいい顔してる」
「本当ですか」
「ええ。参加したい顔」
「……はい」
素直に頷いた。
「参加したいです」
リリアが嬉しそうに微笑む。
「では、一緒に頑張りましょう」
ノエルも頷く。
「優勝候補」
「まだ早いです」
ユリアナが言うが、ノエルは真顔だった。
「でも、勝つつもりでいく」
ミュレアも通信越しに声を張った。
『当然じゃ。妾が見ておるのだから、無様な負けは許さぬ』
「見学なのに圧が強い」
『応援とはそういうものじゃ』
「違う気がします」
だが、不思議と力が湧いた。
実技杯。
チーム戦。
才能覚醒リンク。
アイリスとの対決。
不安はある。
怖さもある。
でも、逃げたいだけではなくなっている。
俺は登録用紙に、自分の名前を書いた。
レン・クロフォード。
今日は、自然に書けた。
そして、その下に並ぶ仲間たちの名前を見て思った。
外れスキル扱いされた俺が、学園最強チームを作ってしまう。
そんな展開が、本当に始まっているのかもしれない。
だとしたら。
少しくらい、主人公らしく頑張ってもいい。




