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第72話 合同演習の結果、なぜか学園中から勧誘される

 翌朝、王立学園の廊下は、いつもより少しだけ騒がしかった。


 いや、少しだけ、というのは嘘かもしれない。


 俺が教室棟へ向かう途中、すれ違う学生たちの視線が明らかにこちらへ向いていた。視線だけならまだいい。問題は、聞こえてくる声の方だった。


「昨日の合同演習、見た?」


「見た見た。第五混成班、動きおかしかったよね」


「セリカさんの剣もすごかったけど、レンさんの指示で全部噛み合ってた」


「リリアさんの治癒光、前より安定してなかった?」


「ノエルさんの即席魔道具もやばいって。あれ、本当に授業内で使っていいやつ?」


「生徒会長の指示、戦場でも通るんだな……」


 俺は、胸の奥で少しだけ息を吐いた。


 よかった。


 今回は俺一人の噂ではない。


 昨日の演習で注目されたのは、第五混成班全体だった。


 リリア。

 セリカさん。

 ノエル。

 ユリアナ先輩。

 そして俺。


 みんなの名前が呼ばれている。


 それは、以前の「名前守り様」などという妙な美称で俺だけが持ち上げられた時とは違った。


 ただし、安心しきるには早かった。


「でもさ、レンさんと組むと才能が伸びるって本当なのかな」


「好感度限界突破って、仲間を覚醒させる力なんでしょ?」


「だったら、一回だけでも見てもらいたいよな」


「名前確認もできて、才能も伸ばしてくれるとか、反則じゃない?」


 反則。


 その言葉に、俺の胃が少し痛くなった。


 昨日の合同演習で判明した新しい効果。


 才能覚醒リンク。


 名前が安定し、本人意思が尊重され、信頼が深まった相手の才能を、連携時に引き出す補助効果。


 外れスキル扱いされていた俺の力が、実は仲間の才能を覚醒させるチートだった。


 言葉だけなら、かなり強い。


 読者受けもよさそうだ。

 前世でラノベを読んでいた俺なら、たぶん好きな展開だ。


 けれど、自分の身に起きると、ただただ胃が痛い。


 才能を伸ばしてくれる人。


 覚醒させてくれる人。


 便利な強化役。


 そういう呼ばれ方が広がれば、また俺自身の名前が薄くなるかもしれない。


 それだけではない。


 俺の力を、誰かが便利な道具のように扱う空気ができたら。


 それはたぶん、これまで名前を守ってきた流れと真逆になる。


「レン」


 隣から、リリアが呼んだ。


「はい」


「顔が少し暗いです」


「ばれましたか」


「はい」


 リリアは心配そうに俺を見る。


 その視線は、昨日よりも少し近い。


 合同演習で転びかけたリリアを抱きとめてしまった事故を思い出し、俺は少しだけ目を逸らした。


 あれは事故だ。


 完全に事故だ。


 床が傾いたのが悪い。


 訓練場の仕掛けが悪い。


 俺は悪くない。


 たぶん。


「レン?」


「あ、いえ。何でもありません」


「本当に?」


 リリアの声が少し柔らかくなる。


 それが逆に危険だった。


 近い。


 心配の距離が近い。


 好感度表示は出ないでくれ。頼む。


 そう思ったが、当然のように出た。


リリア

状態:心配、信頼、昨日のことを少し思い出しています

好感度:上限突破中


 やめろ。


 スキル、今それはいらない。


 俺が内心で頭を抱えていると、反対側からセリカさんが歩いてきた。


「レン、また変な顔してる」


「変な顔の種類が多すぎませんか」


「最近増えたわね。今のは、心配されて照れてる顔」


「分析しないでください」


「当たり?」


「……」


「当たりね」


 セリカさんは少しだけ笑った。


 その笑い方が、いつもより柔らかい。


 昨日の演習で、俺がセリカさんの動きにタイミングを合わせて声をかけた時、彼女の剣は明らかに鋭くなっていた。


 剣筋が、流れを切るように走った。


 それは俺の力ではない。


 セリカさん自身の積み重ねだ。


 俺はただ、ほんの少しだけ、その流れが見えただけ。


 でも、その「ほんの少し」が、きっと周囲からは大きく見えたのだろう。


「昨日の演習のこと、けっこう噂になっていますね」


 俺が言うと、セリカさんは肩をすくめた。


「なるでしょうね。あれだけ目立てば」


「目立ちたくはなかったんですが」


「合同演習であんな連携しておいて、それは無理」


「はい」


 反論できない。


 リリアがそっと言った。


「でも、昨日は本当にすごかったです。レンの声があると、私も聖力を流しやすかった」


「俺が何かしたというより、リリアの力です」


「それでも、レンがいてくれたからです」


 真正面から言われると、かなり照れる。


 セリカさんが目ざとく見る。


「レン、顔」


「もう顔の話はいいです」


 そんなやり取りをしていると、廊下の向こうからノエルが小走りでやって来た。


 片手には記録板。

 もう片方の手には、妙に分厚い紙束。


 嫌な予感しかしない。


「レン」


「はい」


「昨日の演習後、才能覚醒リンクについて問い合わせが十一件」


「十一件」


「今朝になって二十三件に増えた」


「増え方が怖い」


 ノエルは真顔で頷いた。


「かなり怖い。内容も色々。『自分の才能を見てほしい』が八件。『一度連携してほしい』が六件。『適性を覚醒させてほしい』が五件。『好感度を上げる方法を教えてほしい』が四件」


「最後のは絶対に違う」


「私もそう思う」


 ノエルは淡々としていたが、目が少しだけ鋭かった。


「才能覚醒リンクは、便利な強化魔法じゃない。本人意思と名称固定と信頼が条件。今の状態で希望者全員に試すのは危険」


「ですよね」


 リリアも頷く。


「レンの負担も大きいです」


 セリカさんが腕を組んだ。


「それに、レンを強化道具みたいに扱う空気は嫌」


 その言葉は短かったが、強かった。


 俺は少しだけ胸が軽くなる。


「ありがとうございます」


「別に。事実でしょ」


 セリカさんは顔をそむけた。


 少し照れている。


 表示が出そうだったので、俺は全力で意識を逸らした。


     ◇


 午前の授業が終わる頃には、問い合わせはさらに増えていた。


 昼休み、相談窓口の前には、ちょっとした列ができていた。


 名前確認や呼称相談の列ではない。


 才能覚醒リンクについて相談したい学生たちだった。


 魔術科、剣術課程、治癒術科、魔道具科。


 男女比は、なぜか女子が少し多い。


 いや、だいぶ多い。


 俺は相談室の扉の内側で、その列を見て固まっていた。


「……帰っていいですか」


「駄目です」


 ユリアナ生徒会長が即答した。


 今日も完璧な姿勢で、すでに受付用の臨時書類を作っている。


 こういう時の仕事の速さは、本当に頼もしい。


 頼もしいが、怖い。


「レン様」


「はい」


「まず確認します。あなたは才能覚醒リンクを、誰にでも無条件に使用するつもりがありますか」


「ありません」


「よろしい」


 ユリアナは頷いた。


「では、規則を作ります」


「早い」


「必要です」


 彼女は紙にさらさらと書き始めた。


 才能覚醒リンクに関する暫定規則。


 一、本人の希望のみで実施しない。

 二、レン・クロフォード本人の負担確認を必須とする。

 三、対象者の名称固定、本人意思、才能意思確認が未完了の場合は実施不可。

 四、能力使用後、レン本人の名称確認を行う。

 五、才能覚醒リンクを目的とした過度な接触、勧誘、依頼を禁止する。

 六、相談窓口はレン個人ではなく、窓口全体で判断する。


「六項目も」


「最初から多めにしておかないと、抜け道ができます」


「抜け道を探す人がいるんですか」


 ノエルが即答した。


「いる」


 セリカさんも頷く。


「いるわね」


 リリアまで、少し困った顔で頷いた。


「いると思います」


 世知辛い。


 ミュレアの通信水晶が机の上で光った。


『当然じゃ。強くなれると聞けば、群がる者は出る。甘味の新作に妾が反応するのと同じじゃ』


「同じですか?」


『欲望という点では同じじゃ』


 変に説得力があった。


 ユリアナは通信水晶へ視線を向けた。


「ミュレア様。今回、才能覚醒リンクの扱いについて助言はありますか」


『ふむ』


 ミュレアは珍しく少し考えた。


『レンの力は、鍵のようなものじゃ。扉を開けることはできる。だが、扉の先に部屋がなければ意味がない』


「部屋?」


『本人の努力、意思、名、才能。それらが積み重なって初めて、開くものがある。何もない者に使えば、空っぽの部屋を開けるだけじゃ』


 ノエルがすぐ記録板を構えた。


「すごく重要」


「あとで記録してください」


 ユリアナが言う。


「今書かないと忘れる」


「では短く」


 ノエルはものすごい速さで書いた。


 ミュレアは満足そうだ。


『今日の妾の言葉も菓子二品分じゃな』


「一品です」


 リリアが即答した。


『白き娘、今日も強い……』


 もはや様式美だった。


     ◇


 相談室へ最初に入ってきたのは、治癒術科の女子生徒だった。


 名前はエリナ・ファス。


 以前、聖具不安で相談に来た少女だ。


 彼女は席に座ると、深く頭を下げた。


「レンさん。あの、私……才能覚醒リンクをお願いしたいわけではなくて」


 そう前置きしたあたり、かなり気を遣っているのが分かった。


 リリアが優しく言う。


「大丈夫です。ゆっくり話してください、エリナさん」


「はい。昨日の演習を見て、リリアさんの治癒光がすごく綺麗で……それで、私も自分の治癒術をもっと怖がらずに使えるようになりたいと思ったんです」


 エリナは胸元で手を握る。


「でも、レンさんに覚醒させてもらえばいい、って考えるのは違う気がして。私は、まず何をすればいいのか聞きたくて来ました」


 その言葉に、リリアの表情が柔らかくなった。


 俺も少し安心する。


 彼女は、便利な強化を求めて来たわけではない。


 自分で歩くために、相談しに来たのだ。


 ユリアナは記録板に書いた。


「才能覚醒リンク希望ではなく、才能確認相談。分類を分けます」


 ノエルも頷く。


「重要。覚醒依頼と確認相談を分けないと混乱する」


 リリアはエリナの手を見ながら言った。


「まず、エリナさん自身が治癒術をどう使いたいか確認しましょう」


「どう使いたいか……」


「はい。上手くなりたい、だけではなく。誰に、どんなふうに届いてほしいか」


 エリナはしばらく考えた。


 そして、少し照れたように言った。


「怖がっている人を、安心させたいです。怪我を治すだけじゃなくて、もう大丈夫って思えるように」


 俺の視界に表示が浮かぶ。


エリナ・ファス

治癒術適性:安定傾向

才能名候補:安心治癒

本人意思:怖がる人の緊張を和らげたい

才能覚醒リンク:現時点では不要。通常訓練で成長可能


「才能名候補は、安心治癒。今は才能覚醒リンクを使わなくても、通常訓練で伸びるみたいです」


 エリナは目を丸くした。


「使わなくても?」


「はい」


 リリアが微笑む。


「よかったですね。エリナさんの中に、もうちゃんとあります」


 エリナの顔に、安堵が広がった。


「ありがとうございます……!」


 その顔を見た瞬間、俺は思った。


 これだ。


 才能覚醒リンクを使うことだけが正解ではない。


 使わなくても、自分の才能を見つけられることがある。


 むしろ、その方がいい場合もある。


 ユリアナはすぐに新しい分類を追加した。


 才能確認相談。

 才能覚醒リンク不使用。

 通常訓練推奨。


「これで、全員がリンクを求める流れを少し抑えられます」


「さすがです」


「必要ですので」


 ユリアナは淡々としていたが、少しだけ満足そうだった。


     ◇


 次に入ってきたのは、剣術課程の男子生徒だった。


 名前はダン・ロウエル。


 彼は席に着くなり、真っ直ぐに俺を見た。


「レンさん。俺を強くしてください」


 直球。


 セリカさんの眉がぴくりと動いた。


「まず、言い方」


 ダンはびくっとした。


「あ、す、すみません!」


 セリカさんは腕を組む。


「レンは強化道具じゃない。強くなりたいなら、まず自分で何を積み上げてきたか言いなさい」


「はい!」


 完全に剣術課程の先輩の空気だった。


 ダンは姿勢を正し、少し考えてから言った。


「俺は、剣の振りは速い方です。でも、実戦形式になると焦って大振りになります。昨日、セリカさんの動きを見て、無駄がないって思いました。俺も、速さだけじゃなくて、ちゃんと相手を見る剣にしたいです」


 セリカさんの表情が少し変わった。


「それを言えるなら、悪くないわね」


 俺は表示を見る。


ダン・ロウエル

剣術適性:速度型

課題:焦りによる大振り

才能名候補:疾走剣

本人意思:速さで押すだけでなく、相手を見て動きたい

才能覚醒リンク:現時点では短時間訓練補助なら可。ただしセリカの指導優先


「才能覚醒リンクより、セリカさんの指導優先みたいです」


「えっ」


 ダンが目を丸くする。


 セリカさんは、にやりと笑った。


「よし。放課後、基礎から見るわ」


「ほ、本当ですか!」


「ただし、覚醒とか派手なものを期待しないこと。足運びから」


「はい!」


 ダンは嬉しそうに頭を下げた。


 俺は少し笑った。


 才能を伸ばす方法は、俺の力だけではない。


 むしろ、セリカさんのように適切な人が見れば、そちらの方がいい。


 相談窓口は、才能覚醒リンクの受付ではなく、適切な成長の道を探す場所になり始めていた。


     ◇


 午前だけで、似た相談は何件も続いた。


 魔道具科の学生はノエルへ。

 治癒術科の学生はリリアへ。

 剣術課程の学生はセリカさんへ。

 制度や進路が絡むものはユリアナへ。


 俺は必要な時だけ表示を見て、本人の意思確認を補助する。


 才能覚醒リンクを使った事例は、一件もなかった。


 それでも、相談者たちは満足して帰っていった。


「思ったより、リンクを使わずに済みましたね」


 俺が言うと、ノエルが頷いた。


「才能覚醒リンクは最終手段に近い。大半は、本人の才能名と課題が分かるだけで進める」


 ユリアナが記録板を閉じながら言う。


「才能相談の分類を正式化します。覚醒依頼ではなく、才能確認相談。リンク使用は、条件を満たした場合のみ」


 リリアが微笑む。


「レンの負担も減ります」


「ありがたいです」


 セリカさんが俺を見る。


「でも、顔がまだ疲れてる」


「少しだけ」


「休憩」


「はい」


 抵抗しない。


 最近、それも学習した。


 休憩中、通信水晶のミュレアが言った。


『レン。そなた、今日は少し安心しておるな』


「はい。みんなが俺だけを頼る流れにならなくて、少し安心しました」


『それでよい。才能とは、本人と周囲の積み重ねじゃ。そなた一人で背負えば、また妙な名に食われる』


「分かっています」


『本当か?』


「……たぶん」


『たぶんは未定じゃな』


「未定は正式な意思です」


『よく学んだ』


 ミュレアは満足そうだった。


     ◇


 だが、午後になると状況は少し変わった。


 相談窓口の前に、ひときわ目立つ女子生徒が立っていた。


 銀に近い淡い青髪。

 涼しげな紫の瞳。

 整った顔立ち。

 制服の着こなしも隙がない。


 周囲の学生たちが、少し距離を置いている。


 魔術科二年。


 アイリス・ヴェルナー。


 昨日のプロットで名前が出ていた、新しいライバル候補だ。


 いや、今はまだ本人を前にしているだけで、そんなメタなことを考えるのはやめよう。


 アイリスは相談室に入ると、まっすぐ俺を見た。


「あなたがレン・クロフォード?」


「はい」


「昨日の合同演習、見ていました」


「そうですか」


「見事な連携でした。けれど、私は納得していません」


 いきなりだった。


 セリカさんが少し目を細める。


 リリアは静かに俺の横に立った。


 ユリアナが受付票を確認する。


「アイリス・ヴェルナーさん。本日は相談ですか。それとも意見提出ですか」


「両方です」


 アイリスは迷いなく答えた。


「好感度や名前で才能が伸びる。そんな都合のいい力を、私は認めたくありません」


 部屋の空気が少し冷える。


 彼女の周囲に、微かな冷気が漂った気がした。


 氷属性魔術。


 おそらく、かなりの使い手だ。


「努力して積み上げたものが、誰かの一言で覚醒するなんて言われたら、努力してきた人間はどうなるのですか」


 その言葉は鋭かった。


 そして、正しかった。


 少なくとも、無視できない問いだった。


 俺はすぐに答えられなかった。


 リリアが少し心配そうにこちらを見る。


 セリカさんも黙っている。


 ノエルは記録板を持ったまま、真剣な表情になった。


 ユリアナが静かに言う。


「アイリスさん。レン様の力は、努力を否定するものではありません」


「それを、どう証明しますか」


 アイリスは俺を見た。


「あなたの力が、本当に本人の才能を引き出すものなのか。それとも、外から都合よく上書きしているだけなのか」


 胸の奥が、ずきりと痛んだ。


 俺自身が、ずっと恐れていたことだった。


 好感度限界突破。


 名前を呼び、信頼を繋ぎ、才能を引き出す。


 聞こえはいい。


 でも、それは本当に本人のためなのか。


 俺が勝手に相手を変えているだけではないのか。


 アイリスは続けた。


「実技杯で証明してください。あなたの力が、人を道具にするものではないと」


 真正面からの挑戦だった。


 俺は言葉に詰まった。


 逃げたい。


 正直、逃げたい。


 だが、ミュレアの声が通信水晶から低く響いた。


『よい問いじゃ』


「ミュレア」


『レン。逃げるな』


 短い言葉だった。


 でも、逃げ場をなくすには十分だった。


 リリアがそっと俺の名前を呼ぶ。


「レン」


 セリカさんも。


「レン」


 ノエルも。


「レン」


 ユリアナも。


「レン様」


 名前が戻してくれる。


 俺は息を吸った。


「アイリスさん」


「はい」


「俺も、まだ自分の力が何なのか全部分かっているわけではありません。でも、一つだけ決めています」


「何を?」


「本人が望まない形では使いません」


 アイリスの目が少し動いた。


「才能を見てほしいと言われても、本人意思が確認できなければ見ない。覚醒させてほしいと言われても、必要がなければ使わない。俺の力は、相手を変えるためじゃなくて、相手が自分で進むのを支えるために使いたい」


 言いながら、少し震えていた。


 でも、言えた。


 アイリスはしばらく黙っていた。


 そして、静かに言った。


「言葉だけなら、綺麗です」


「はい」


「だから、実技杯で見ます」


 彼女は立ち上がった。


「私は、努力して積み上げた力で戦います。レン・クロフォード。あなたの力が本物なら、私の氷を超えてみせてください」


 そう言って、彼女は相談室を出ていった。


 冷たい風のような余韻だけが残る。


 俺は大きく息を吐いた。


「……強そうですね」


 セリカさんが頷く。


「強いわね」


 ノエルが記録板を見て言った。


「アイリス・ヴェルナー。氷属性魔術適性、かなり高いはず。努力型。レンの力に対する重要な反証者になる」


「反証者」


 ユリアナが頷いた。


「必要な相手です。称賛ばかりでは、レン様の力は危うくなります。疑問を投げかける者がいることは、むしろ健全です」


 リリアは少し不安そうに俺を見た。


「レン、大丈夫ですか」


「はい。少し痛いところを突かれましたが」


 ミュレアが通信越しに笑った。


『痛い問いほど、答える価値がある』


「また名言ですか」


『今日は三品でもよいな』


「一品です」


 リリアが言う。


『白き娘! 今の流れでも駄目か!』


 少し笑えた。


 でも、胸の奥にはアイリスの言葉が残っていた。


 努力を奪う力ではないのか。


 人を道具にする力ではないのか。


 実技杯で証明しろ。


 最初のコンセプトに戻ったと思った途端、ちゃんと難題が来た。


 外れスキルが実は最強チートだった。


 それだけなら、分かりやすい。


 でも、その力をどう使うかを間違えれば、簡単に誰かを傷つける。


 俺は胸元の学生証に触れた。


 レン・クロフォード。


 俺は俺の名前を確認する。


 そして、心の中で決めた。


 実技杯で証明する。


 俺の力は、誰かを支配するためのものではないと。


 名前も、才能も、本人のものだと。

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