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第71話 名前を呼ばれるたびに、好感度限界突破が強くなるらしい

進路希望調査票の改訂が終わった翌朝、王立学園には妙な落ち着きがあった。


 嵐の前の静けさ、というほど不穏ではない。

 けれど、何もかもが元通りになったわけでもない。


 名前確認。

 本人呼称意思確認票。

 未定欄。

 進路希望と家の期待の分離。


 ここ数日で増えた制度は、学生たちの日常に少しずつ入り込み始めていた。


 面倒だと思う者もいる。

 助かったと思う者もいる。

 何が起きているのか分からず、ただ周りに合わせている者もいる。


 それでも、以前よりは少しだけ、誰かをどう呼ぶかに気を配る空気があった。


 俺は正門をくぐりながら、胸元の学生証を指で触った。


 レン・クロフォード。


 今日は、ちゃんと読める。


 ちゃんと自分の名前だと思える。


「レン」


 隣からリリアが呼んだ。


「はい」


 自然に返事ができた。


 それだけで、少し安心する。


 セリカさんが反対側からこちらを見る。


「朝の確認、問題なし?」


「はい。名称固定、安定しています」


「ならよし」


 その「よし」にも、だいぶ慣れてきた。


 通信水晶から、ミュレアの声が響く。


『レン。妾の名も確認せよ』


「ミュレア」


『うむ。完璧じゃ』


「何が完璧なんですか」


『妾の名の響きじゃ』


 朝からぶれない。


 ノエルは少し眠そうな顔で、記録板を抱えて歩いていた。


「レン、今日の能力表示は?」


「まだ普通です。好感度限界突破、名称固定、未定項目。大きな異常はなし」


「普通の基準がすごい」


「俺もそう思います」


 ユリアナ生徒会長は、正門前の名前確認を副会長に任せ、今日は俺たちと一緒に歩いていた。


「本日は、通常授業に加えて午後から合同実技があります」


「合同実技?」


 俺が聞き返すと、ユリアナは頷いた。


「魔術科、治癒術科、剣術課程、魔道具科の合同演習です。旧研究棟事件の影響で延期されていましたが、本日再開されます」


「合同演習……」


 嫌な予感がした。


 俺の予感は、最近かなり当たる。


 しかも悪い方に。


 セリカさんも同じ顔をしていた。


「何をやるの?」


「小規模迷宮型訓練場でのチーム演習です。危険度は低く、教師が監督します」


 ユリアナはそこで一度言葉を切り、俺を見た。


「ただし、レン様は参加を見学扱いにする案もありました」


「俺だけ?」


「能力負荷の問題がありますので」


 たしかに、俺はここ数日、名前関係の異常にかなり巻き込まれている。


 自分の名前まで揺れた。


 無理を避けるという意味では、見学も分かる。


 だが、それを聞いた瞬間、胸の奥に少し引っかかるものがあった。


 前世の俺なら、こういう場ではだいたい見学側だった。


 運動も苦手。

 人付き合いも苦手。

 目立つのも苦手。

 誰かのチームに入るのも気まずい。


 異世界に来てからも、最初は外れスキル扱いだった。


 戦闘向きではない。

 好感度を見るだけ。

 地味で使い道が分からない。


 だから、見学と言われると、少しだけ前世の記憶が胸を突く。


 俺は見学席にいる側なのか、と。


 セリカさんが俺の顔を見た。


「レン」


「はい」


「参加したい?」


 直球だった。


 俺は少し迷った。


 だが、正直に言う。


「少しだけ」


 リリアが驚いたように目を瞬かせた。


「レンが自分から実技に?」


「俺も意外です」


 ノエルが小さく頷く。


「でも、いいかも。名称固定後の通常連携確認になる」


 ユリアナは少し考えた。


「条件付きなら可能です。能力使用は短時間。演習後に本人名確認。過負荷が出た場合は即時離脱」


「はい」


 セリカさんが満足そうに頷く。


「じゃあ参加ね」


「決定が早い」


「参加したいって言ったでしょ」


「少しだけです」


「少しでも十分」


 リリアが微笑む。


「私も一緒にいます」


「妾は?」


 通信水晶からミュレアが割り込む。


「ミュレアは?」


『妾も参加したい』


「封印室からですか?」


『仮学生証型制御具の投影参加なら可能であろう』


 ユリアナが即座に反応する。


「危険です」


『まだ何もしておらぬ!』


「訓練場での魔力投影は、第四の系統反応および封印安定の観点から制限が必要です」


『生徒会長、そなたは本当に容赦がないな』


「安全管理です」


 リリアが続ける。


「今日は見学からにしましょう、ミュレアさん」


『白き娘まで……』


「一品の甘味もあります」


『見学でよい』


 早い。


 甘味は強い。


     ◇


 午後の合同演習は、学園北棟の訓練場で行われた。


 小規模迷宮型訓練場。


 名前だけ聞くと物騒だが、実際は教師が管理する人工迷宮だ。


 壁は魔力石で作られ、内部構造を変えられる。

 低級の訓練用魔物が出現し、怪我をしても治癒術科の教師が待機している。


 学生たちは四人から六人の班に分けられ、指定地点にある魔力標識を回収して戻る。


 要するに、探索、戦闘、治癒、魔道具運用の総合訓練だ。


 俺の班は、なぜか豪華すぎた。


 リリア。

 セリカさん。

 ノエル。

 ユリアナ。

 そして俺。


 さらに、通信水晶越しにミュレアが見学。


 別枠でアリシア王女も、王宮から訓練場の結界状態を確認している。


 もう、班というより特殊対策班である。


 周囲の学生たちが、ちらちらこちらを見ている。


「レンさんの班、すごくない?」


「元聖女のリアさんに、赤髪の剣士セリカさんでしょ」


「ノエルさんもいるし、生徒会長まで」


「名前の相談窓口組じゃん」


 俺は胃が痛くなった。


 また噂になる。


 だが、昨日のような「名前守り様」みたいな呼び方は、少し減っている。


 みんな、ちゃんと俺のことをレンと呼ぼうとしてくれている。


 それだけでも、だいぶ違った。


 セリカさんが木剣を肩に担いで言う。


「レン、緊張してる?」


「かなり」


「正直でよろしい」


 リリアは治癒用の小杖を握り、少し心配そうに俺を見る。


「無理はしないでくださいね」


「はい」


 ノエルは小型魔道具をいくつも腰につけている。


「今回の目的は、戦闘勝利だけじゃなくて連携確認。レンは危険感知と適性補助だけでいい」


「だけ、と言われると少し気が楽です」


 ユリアナは班の行動計画を確認していた。


「進路は最短ではなく、安全優先で。セリカ様が前衛、リア様が後衛治癒、ノエル様が魔道具支援、私は記録と判断補助。レン様は危険兆候確認。これで行きます」


「完全に作戦ですね」


「実技ですので」


 ミュレアの通信水晶が俺の胸元で光る。


『レン。妾の役目は?』


「見学です」


『助言くらいよかろう』


「危険でなければ」


『よし。では最初の助言じゃ。格好よく勝て』


「雑ですね」


『士気は大事じゃ』


 否定はできない。


 演習開始の鐘が鳴った。


 俺たちは迷宮へ入った。


     ◇


 内部は薄暗かった。


 石壁には青い魔力灯が埋め込まれ、足元を淡く照らしている。


 空気は少し冷たい。


 訓練場だと分かっていても、迷宮に入ると緊張する。


 俺は息を整え、スキルに意識を向けた。


好感度限界突破

名称固定リンク:安定

深層信頼対象との連携補助:使用可能

注意:短時間使用推奨


 新しい表示が出た。


 名称固定リンク。


 名前を呼び合い、本人意思を確認し続けたことで、リンクの安定度が上がっているらしい。


 好感度限界突破。


 俺の最初のチート。


 前世で陰キャでモテなかった俺には、あまりにも皮肉な能力。


 だが今は、ただの好感度表示ではない。


 名前を守り、信頼を繋ぎ、仲間の力を引き出すものになっている。


 正直、まだ自分の力とは思えない。


 でも、使えるなら使う。


 みんなを守るために。


「左前方、低級魔物の反応があります。二体。小型です」


 俺が言うと、セリカさんがすっと前に出た。


「了解」


 その動きが速い。


 迷いがない。


 青い光の向こうから、訓練用の影狼が二体飛び出した。


 本物ではない。

 魔力で作られた模擬魔物だ。


 だが、動きはかなりリアルだった。


 セリカさんが一歩踏み込み、木剣で一体の首元を叩く。


 同時に、ノエルが小型魔道具を投げた。


「足止め」


 魔道具が床で弾け、淡い糸のような魔力が二体目の足を絡める。


 リリアが後方で白い光を構えた。


 ユリアナが冷静に言う。


「二体目、右へ逃げます」


「見えています」


 俺の表示にも出ていた。


セリカ

次動作:右薙ぎ

補助:タイミング共有可能


「セリカさん、半拍後に右!」


「分かった」


 セリカさんは、俺の声を疑わなかった。


 半拍後、影狼が右へ跳ぶ。


 そこへ木剣がぴたりと入った。


 影狼が霧のように消える。


「よし」


 セリカさんが短く言った。


 胸の奥が少し熱くなる。


 連携できた。


 俺が見て、セリカさんが動いた。


 それだけなのに、前世の俺からすれば奇跡みたいなことだ。


 リリアがこちらを見る。


「レン、大丈夫ですか?」


「はい。負荷は低いです」


 ノエルが目を輝かせる。


「名称固定リンク、戦闘連携にも効いてるかも」


 ユリアナがすぐに言う。


「後で記録してください。今は進行優先です」


「分かってる」


 ミュレアが通信越しに笑った。


『悪くない。レン、そなた少し主人公らしくなってきたではないか』


「何ですか、その言い方」


『妾の見立てじゃ』


 俺は苦笑した。


 主人公らしい、か。


 前世の俺なら、絶対に言われなかった言葉だ。


     ◇


 迷宮の奥へ進むほど、連携は安定していった。


 リリアが微細な疲労を治癒で整える。

 セリカさんが前衛で魔物を捌く。

 ノエルが魔道具で罠を解除する。

 ユリアナが全体の進行を管理する。

 俺が危険兆候を読み、必要な時だけ声を出す。


 派手な無双ではない。


 剣一本で全部吹き飛ばすわけでもない。


 だが、俺たちの動きは明らかに噛み合っていた。


 そして、そのたびに表示が変わる。


名称固定リンク:上昇

深層信頼連携:強化

好感度限界突破:連携補助効果発生


 好感度が上がるほど強くなる。


 かつては面倒な仕様だと思った。


 今も面倒だ。


 でも、こうして実際に連携が形になると、少しだけ認めざるを得ない。


 この力は、誰かを惚れさせるだけのふざけたチートではない。


 信頼を力に変えるチートだ。


 前世で誰とも深く関われなかった俺が、異世界で得たには、あまりにも皮肉で、あまりにもありがたい力だった。


 ただし、恥ずかしい問題もある。


 第三標識を回収した直後、迷宮の床が揺れた。


 訓練用の仕掛けだ。


 足場が少し傾き、俺はバランスを崩した。


「うわっ」


 反射的に隣のリリアが手を伸ばす。


 俺も彼女を支えようとして、逆に足を滑らせた。


 結果。


 俺はリリアを抱きとめる形で、壁際に倒れ込んだ。


 リリアの白い髪が頬に触れる。


 柔らかい香りがした。


 近い。


 ものすごく近い。


「れ、レン……?」


「す、すみません!」


 慌てて離れようとした瞬間、今度は背後からセリカさんが俺の襟を掴んだ。


「動かない。まだ床が戻ってない」


「はい!」


 セリカさんの手が近い。


 リリアは顔を赤くしている。


 俺もたぶん真っ赤だ。


 ノエルが淡々と言う。


「ラッキースケベ的事故?」


「記録しないでください!」


 ユリアナが即座に言う。


「記録しません。安全上の転倒事故です」


「その言い方も恥ずかしいです!」


 通信水晶の向こうでミュレアが大笑いしていた。


『はははっ! レン、そなた見事に主人公らしい事故を起こすではないか!』


「ミュレア!」


『全年齢向けで済んでおるから安心せよ』


「そういう問題じゃありません!」


 リリアは顔を赤くしたまま、小さく言った。


「私は、大丈夫です」


「すみません、本当に」


「いえ。助けてくれましたから」


 その言い方が優しすぎて、余計に恥ずかしい。


 セリカさんが俺をじっと見る。


「レン」


「はい」


「今の負荷は?」


「精神的負荷が高いです」


「でしょうね」


 ノエルがぼそっと言う。


「好感度表示、上がってそう」


「見ません!」


 見たら終わる気がする。


 だが、スキルは勝手に表示した。


リリア

状態:驚き、羞恥、安心

好感度:上限突破中

備考:助けられたことを嬉しく思っています


 見るなと言ったのに。


 俺は心の中でスキルに抗議した。


 好感度限界突破、空気を読んでくれ。


     ◇


 最後の広間に着くと、中央に大きな魔力標識が立っていた。


 演習のゴールだ。


 ただし、そこには最後の訓練用魔物が待っていた。


 訓練用ゴーレム。


 石の体に青い模擬核を持ち、動きは遅いが防御力が高い。


 教師の声が遠くから響く。


「最終課題です。核を破壊せず、動きを止めて標識を回収してください」


 核を破壊しない。


 つまり、力押し禁止。


 セリカさんが木剣を構える。


「硬そうね」


 ノエルがゴーレムを見て言う。


「関節部を止めればいい。けど、正面からだと難しい」


 ユリアナが素早く周囲を見る。


「広間の左右に柱があります。誘導して片側に寄せましょう」


 リリアが白い光を構える。


「私は防御補助を」


 俺はゴーレムを見る。


訓練用ゴーレム

弱点:左膝関節、背面制御符

推奨連携:セリカ陽動、ノエル拘束、ユリアナ誘導、リリア防御、レンタイミング共有

注意:名称固定リンクを使うと連携精度が上がります


 名称固定リンク。


 使うべきか迷った。


 負荷はまだ低い。


 だが、さっきの転倒事故で精神的にはかなり削られている。


 セリカさんがこちらを見た。


「レン。無理は?」


「短時間ならいけます」


「じゃあ短時間。駄目なら切る」


「はい」


 リリアも頷く。


「私も支えます」


 ノエルが魔道具を構える。


「記録は後。今は連携」


 ユリアナが真剣に言う。


「全員、自分の名前を確認してください。連携前に名称固定を強めます」


 なるほど。


 ユリアナらしい判断だ。


 俺たちは短く名を呼び合った。


「リリア」


「はい。レン」


「セリカさん」


「はい。レン」


「ノエル」


「はい。レン」


「ユリアナ先輩」


「はい、レン様」


『ミュレアじゃ』


「ミュレア」


『うむ』


 名前が繋がる。


 胸の奥に、細い光の線が走る。


名称固定リンク:強化

好感度限界突破:連携補助起動

感情過負荷:低〜中


「いけます」


 俺が言うと、セリカさんが笑った。


「なら、行くわよ」


 戦闘は一瞬で動いた。


 セリカさんが正面へ走る。

 ゴーレムが腕を振り上げる。

 ユリアナが進行方向を読み、右の柱へ誘導する。


「今、右!」


 俺の声に、セリカさんが踏み込む角度を変えた。


 ゴーレムの腕が柱へ当たり、動きが止まる。


 ノエルが小型拘束具を投げる。


「左膝!」


「半拍後!」


 俺が叫ぶ。


 ノエルの魔道具が左膝関節に絡む。


 リリアが防御光を広げ、跳ね返った魔力片を防ぐ。


 ユリアナが声を飛ばす。


「標識回収、今です!」


 俺が走る。


 前世の俺なら絶対にしなかった動きだ。


 怖い。


 でも、みんなが道を作ってくれている。


 セリカさんがゴーレムの視線を引き、ノエルが拘束し、リリアが守り、ユリアナがタイミングを読む。


 俺は標識へ手を伸ばした。


 魔力標識を掴む。


 その瞬間、ゴーレムの背面制御符が一瞬だけ光る。


 嫌な反応。


 第四の系統ではない。


 ただの訓練用仕掛けだ。


 でも、俺には見えた。


「背面制御符、暴走しかけ!」


 セリカさんが即座に動く。


「ノエル!」


「分かってる!」


 ノエルが二つ目の魔道具を投げ、背面の符を抑える。


 リリアが白い光を重ねる。


 ゴーレムの動きが止まった。


 標識が青く光る。


 演習終了の鐘が鳴った。


 成功だ。


 一瞬、静かになった。


 次の瞬間、周囲の観覧席から歓声が上がった。


「すごい!」


「今の連携、何!?」


「レンさん、見えてたのか?」


「セリカさん速すぎ!」


「リアさんの防御、綺麗だった!」


「ノエルさんの魔道具やばい!」


「生徒会長の指示も完璧!」


 今回は、俺だけではなかった。


 みんなの名前が呼ばれていた。


 それが、何より嬉しかった。


 胸の奥で表示が浮かぶ。


演習成功

名称固定リンク:安定

深層信頼連携:上昇

好感度限界突破:新補助効果確認

効果:才能覚醒補助・連携時限定


 才能覚醒補助。


 俺は目を見開いた。


 これが、俺の本当のチートの一部。


 触れただけで才能を覚醒させる。

 外れ扱いされた力。


 それが、名前と信頼を通して、連携時に発動し始めている。


 アクセス数狙いの物語なら、ここで派手な覚醒演出が入るところだ。


 いや、実際かなり派手かもしれない。


 リリアの治癒光が澄み、セリカさんの剣筋が鋭くなり、ノエルの魔道具制御が精密になり、ユリアナの判断が一段速くなる。


 俺は、みんなの才能が一瞬だけ強く輝いたのを見た。


「レン」


 リリアが近づいてくる。


「今、何かありましたか?」


「才能覚醒補助、と出ました」


 ノエルの目が一気に輝いた。


「詳細」


「連携時限定。名称固定リンクと好感度限界突破が安定している時、相手の才能を少し引き出せるみたいです」


 セリカさんが木剣を下ろす。


「だから、さっき妙に動きやすかったのね」


 リリアも頷く。


「私も、光がいつもより素直に流れました」


 ユリアナは自分の手元の記録板を見た。


「判断が、普段より早く整理されました」


 ノエルはもう限界だった。


「これ、すごい。好感度限界突破の本質、才能覚醒補助にかなり近い。外れスキルじゃない。むしろ、連携型の最上級補助能力」


 周囲の学生たちもざわめく。


 外れスキルだったレン。

 実は仲間の才能を引き出す。

 連携すると全員が強くなる。


 いかにも噂になりそうだ。


 だが、今回は少し違う。


 俺一人がすごいのではない。


 みんなの名前と力が、ちゃんと見えている。


 ミュレアが通信越しに満足そうに言った。


『ふふん。ようやく最初の題名らしくなってきたではないか』


「最初の題名?」


『前世で陰キャ非モテだったレンが、異世界で好感度限界突破により美少女たちの才能を覚醒させ、なぜか全員から好かれていく物語じゃろう?』


「言い方!」


 リリアが顔を赤くした。


 セリカさんも少しだけ耳が赤い。


 ノエルは真面目に頷いている。


「事実に近い」


「ノエルまで!」


 ユリアナが咳払いする。


「表現には配慮が必要ですが、能力の方向性としては重要です」


「ユリアナ先輩まで真面目に拾わないでください」


 アリシア王女の通信も入った。


『レン様。王宮側の結界記録でも、今の連携時に一瞬だけ安定値が上がりました』


「アリシア様まで見ていたんですか」


『はい。素晴らしい連携でした』


 褒められると、ものすごく照れる。


 だが、悪い気はしなかった。


 前世で誰にも見られず、誰にも期待されず、ただ陰にいた俺が。


 今、仲間と一緒に演習を成功させた。


 しかも、自分の外れ扱いされたスキルが、みんなの才能を引き出した。


 こんなの、アクセス数狙いのライトノベルなら絶対に読者が好きなやつだ。


 俺だって、読者なら好きだ。


 自分の身に起きると、胃が痛いが。


     ◇


 演習後、訓練場の外で簡単な講評があった。


 教師たちは、俺たちの班の連携を高く評価した。


「個人技だけではなく、互いの役割が明確だった」


「治癒、防御、前衛、魔道具、判断補助の連携が良い」


「危険兆候への反応も早かった」


 学生たちの視線も、以前とは違う。


 俺だけを見ているわけではない。


 リリアを見ている。

 セリカさんを見ている。

 ノエルを見ている。

 ユリアナを見ている。


 俺たち全員を、一つのチームとして見ている。


 それが嬉しかった。


 ただし、問題もある。


 好感度表示が、演習後から妙に騒がしい。


リリア

好感度:上限突破中

状態:信頼、心配、少しの照れ


セリカ

好感度:上限突破中

状態:信頼、戦闘高揚、照れ隠し


ノエル

好感度:上限突破中

状態:興奮、研究欲、友人意識


ユリアナ

好感度:上昇中

状態:信頼、評価、戸惑い


ミュレア

好感度:上限突破中

状態:満足、独占欲少々、甘味欲大


 最後だけおかしい。


 いや、全部おかしいかもしれない。


 ユリアナまで上昇している。


 俺は表示を閉じようとした。


 しかし、スキルは空気を読まない。


好感度限界突破

新補助効果:才能覚醒リンク

条件:名称固定、信頼、本人意思の尊重

注意:好感度が上がるほど効果は強まりますが、感情過負荷にも注意してください


 また面倒な仕様が増えた。


 だが、今度は少しだけ前向きに受け止められる。


 好感度が上がるほど強くなる。


 名前を呼び合うほど安定する。


 本人意思を尊重するほど、才能が開く。


 まるで、この物語のコンセプトがようやく本筋に戻ってきたみたいだ。


 俺は前世で陰キャでモテなかった。


 誰かの才能を引き出すどころか、自分の存在すらうまく出せなかった。


 でも今は、違う。


 リリアがいる。

 セリカさんがいる。

 ノエルがいる。

 ユリアナがいる。

 ミュレアがいる。

 アリシア様もいる。


 みんなが俺の名前を呼んでくれる。


 俺も、みんなの名前を呼ぶ。


 それが力になる。


 かなり恥ずかしい。


 かなり面倒。


 でも、悪くない。


 セリカさんが俺の横に来た。


「レン、また考えてる」


「はい」


「今日の演習、楽しかった?」


 少し迷った。


 そして、正直に答えた。


「楽しかったです」


 セリカさんは、満足そうに笑った。


「ならよし」


 リリアも近づいてくる。


「レンが楽しそうで、よかったです」


「リリアもすごかったです」


「私も、少し自信がつきました」


 ノエルが記録板を抱えながら言う。


「才能覚醒リンク、後で詳細確認」


 ユリアナが即座に言う。


「休憩後です」


「分かってる」


 ミュレアが通信越しに言う。


『そして甘味じゃ』


「一品です」


 リリアが即答する。


『今日の勝利は二品分であろう!』


「演習後なので、消化に良いものを一品です」


『勝利の余韻が健康管理に負ける……!』


 みんなが笑った。


 訓練場の夕方の光の中で、俺も笑った。


 名前を守る戦いは、まだ続く。


 第四の系統も、黒い扉も、まだ遠くでこちらを見ている。


 でも今日は、少しだけ違う。


 守るだけじゃない。


 俺たちは、強くなっている。


 名前を呼び合い、信頼し合い、好感度限界突破で才能を開く。


 外れスキル扱いされた俺の力は、ようやく本当の形を見せ始めた。


 前世で陰キャ非モテだった俺が、異世界で無双最強無敵モテまくり。


 そんな軽い言葉で始まったはずの物語は、いつの間にか名前を守る面倒な戦いになっていた。


 でも、たまにはこういう分かりやすい勝利もいい。


 読者受け的にも、たぶんかなり大事だ。


 俺は胸元の学生証に触れた。


 レン・クロフォード。


 その名前は、今日もちゃんとここにある。


 そして、その名前を呼んでくれる仲間がいる。


 なら、次も進める。


 少しだけ、主人公らしく。

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