第59話 家名で呼ばれ続けた少年の名前
翌朝、王立学園の正門前には、妙な列ができていた。
登校してきた学生たちが、生徒会役員に呼び止められ、一人ずつ名札を確認されている。
名札。
学生証。
出席簿の名前。
そして、本人が望む呼ばれ方。
その四つを照合する。
昨日、フィオナ・レイの名前が薄れたことで、ユリアナ生徒会長はすぐに学園全体へ暫定対応を広げた。
とはいえ、大々的に「名前が消える怪異が出ています」と発表するわけにはいかない。
表向きは、旧研究棟事件後の身元確認および相談窓口運用改善。
実際には、第四の系統による名前欠落の早期発見。
つまり、かなり物々しい朝の点検だった。
「普通の学園生活から、また一歩遠ざかった気がします」
俺が呟くと、隣のセリカさんが即答した。
「今さらね」
「最近そればかり言われます」
「だって今さらだもの」
否定できない。
リリアは受付の一角で、治癒術科の学生たちへ優しく声をかけていた。
「お名前を確認しますね。呼ばれたいお名前があれば、それも教えてください」
その言い方が、すごく自然だった。
事務的な確認ではなく、相手の心に触れすぎない距離で、ちゃんと名前を受け取る。
リリアは本当に、この窓口の中心になりつつある。
ノエルは少し離れた場所で、記録板を持っている。
ただし、ユリアナに「個人名を研究対象として扱わないこと」と釘を刺されているので、記録内容は集計だけだ。
ユリアナ本人は正門中央に立ち、全体を見ていた。
今日も姿勢はまっすぐ。
声も冷静。
だが、目の下の疲れは少ない。
昨日、ちゃんと休んだらしい。
俺がそれを見て少し安心していると、彼女がこちらを見た。
「レン様」
「はい」
「私の体調確認より、学生の名前確認を優先してください」
「すみません」
先に言われた。
セリカさんが笑う。
「読まれてるわね」
「完全に」
ユリアナは少しだけ咳払いした。
「本日の確認目的は三つです。第一に、名札・学生証・出席簿の不一致の発見。第二に、本人が呼ばれたい名前の確認。第三に、名前欠落反応の早期検出」
「はい」
「レン様の能力使用は、異常が疑われる場合のみ。通常確認では使わないこと」
「分かっています」
「本当に?」
「本当に」
セリカさんが横から言う。
「私が見てるから大丈夫」
「助かります」
ユリアナは頷いた。
監視されることに慣れてしまっている自分が少し怖い。
通信水晶から、ミュレアの声が聞こえた。
『レン。妾も点呼に混ざりたい』
「今日は封印室から見学です」
『つまらぬ』
リリアが通信水晶に向かって言う。
「午後に制御具の安定確認があります。午前は我慢してください」
『白き娘、そなたは今日も揺るがぬな』
「はい」
ミュレアは不満そうだったが、少し楽しんでいる気配もある。
彼女にとって、学園の日常はまだ珍しいものなのだ。
正門の列は少しずつ進んでいく。
最初のうちは、大きな異常はなかった。
名札の文字が少し擦れている学生。
家名より愛称で呼ばれたい学生。
逆に、正式名で呼ばれたい学生。
実家の事情で家名をあまり使いたくない学生。
確認してみると、呼ばれ方には思った以上に個人差があった。
ある魔術科の女子生徒は、小さな声で言った。
「家名で呼ばれると、姉と比べられているみたいで嫌なんです。できれば、下の名前で」
ユリアナはすぐに記録へ反映した。
「承知しました。相談窓口および生徒会対応では、希望名を優先します」
女子生徒はほっとした顔をした。
また別の剣術課程の男子は、照れくさそうに言った。
「逆に、変なあだ名で呼ばれるのが嫌で……正式名の方がいいです」
セリカさんがその場で頷いた。
「嫌なら嫌って言っていいわ。あだ名は本人が嫌がったら、もうただの失礼だから」
男子生徒は安心したように礼を言った。
名前を確認するだけ。
それなのに、見えてくるものが多い。
名前は、ただの記号ではないのだと改めて思う。
誰かに比べられる痛み。
勝手につけられた呼び名への抵抗。
自分で選びたい呼ばれ方。
普通の悩みの中に、名前の重さがあった。
◇
しばらくして、正門前の空気が少し変わった。
上級貴族の子息たちが登校してきたのだ。
その中心にいたのは、レオン・バルツァー。
金髪をきっちり整え、いつもの取り巻きを従えている。
表情は相変わらず少し不機嫌そうだ。
だが、以前のような見下した雰囲気は薄い。
表彰式の前後から、レオンは俺への態度を変えつつある。
外れスキル発言を撤回し、忠告もしてきた。
友人かと言われると違う。
でも、ただの敵ではなくなっていた。
そのレオンが、列の前で立ち止まる。
ユリアナが丁寧に一礼した。
「レオン・バルツァー様。名札と学生証の確認をお願いします」
「朝から大がかりだな」
「旧研究棟事件後の暫定措置です」
「そうか」
レオンは特に逆らわず、学生証を差し出した。
取り巻きたちは少し意外そうな顔をしている。
たぶん、以前のレオンなら「私まで確認するのか」と一言くらい言っていたのだろう。
ユリアナが学生証と出席簿を照合する。
「レオン・バルツァー。貴族教養科二年。確認しました。希望する呼称はありますか」
レオンは一瞬、眉を動かした。
「呼称?」
「はい。正式名、家名、名、または別の呼ばれ方。本人が不快に感じない呼称を記録します」
「そんなことまで確認するのか」
「必要です」
ユリアナは短く答えた。
レオンは少し考えた。
そして、当然のように言う。
「バルツァーでいい」
その瞬間。
俺の視界に、わずかなノイズが走った。
出席簿の文字。
学生証。
レオンの胸元の名札。
その三つのうち、名札だけが少し揺れたように見えた。
レオン・バルツァー。
家名の部分は強い。
だが、レオンという名の輪郭が一瞬だけ薄くなる。
俺は息を止めた。
レオン・バルツァー
名前欠落影響:微弱
対象:ファーストネーム「レオン」
原因:本人の呼称意識が家名に偏りすぎています
注意:第四の系統が反応しかけています
「待ってください」
俺の声に、周囲の動きが止まった。
レオンがこちらを見る。
「何だ、レン・クロフォード」
「レオン。今、少し名前が揺れました」
レオンの顔が硬くなる。
「どういう意味だ」
ユリアナの表情が即座に変わった。
「レン様、詳細を」
「家名は強いです。でも、レオンという名が少し薄くなりかけました。第四の系統が反応しかけています」
取り巻きたちがざわめく。
ユリアナがすぐに手を上げた。
「静粛に。周囲の学生は少し距離を取ってください。これは確認作業です」
さすがだった。
混乱を広げない。
セリカさんも自然に俺とレオンの間の安全距離を取りつつ、周囲を見ている。
リリアが近づく。
「レオン様、体調に異常はありますか」
「ない」
レオンは即答した。
だが、声が少し硬い。
「私の名前が薄いとは、どういうことだ」
「正確には、家名で呼ばれる意識が強すぎて、個人名の方が揺らいでいます」
俺は慎重に言った。
「昨日、フィオナさんにも名前欠落の影響が出ました。今回はそれよりずっと軽いです。まだ反応しかけただけです」
「私は、家名を名乗っているだけだ」
レオンの声には、少し苛立ちが混じった。
「貴族が家名を背負うのは当然だろう」
その言葉には、彼の育ってきた世界が滲んでいた。
バルツァー家の子息。
家名を背負う者。
誰かの息子。
誰かの後継。
家の顔。
その重みは、俺には完全には分からない。
だが、家名に押しつぶされかけている名前は、今見えた。
ユリアナが静かに言った。
「レオン様。家名を大切にすることと、個人名が薄れることは別問題です」
「君までそう言うのか、ユリアナ」
「私は生徒会長として、名前欠落反応を見過ごせません」
レオンは押し黙った。
取り巻きの一人が、気まずそうに言った。
「でも、俺たちいつもバルツァー様って呼んでるし……」
別の取り巻きも小声で続ける。
「レオン様って呼ぶの、なんか馴れ馴れしいかなって」
レオンの眉が少し動いた。
たぶん、彼自身も気づいていなかったのだろう。
周囲から、ほとんど家名で呼ばれていることに。
俺は一歩前に出た。
「レオン」
はっきり呼ぶ。
レオンが俺を睨む。
「何だ」
「返事できています。大丈夫です」
「……当たり前だ」
その声は不機嫌だったが、少しだけ揺れていた。
リリアも穏やかに言う。
「レオン様」
レオンはリリアを見る。
「はい」
「レオン様は、ご自分の名前をどう呼ばれたいですか?」
「どう、とは」
「家名ではなく、あなたご自身の名前として」
レオンは言葉に詰まった。
こんな質問をされたことがなかったのかもしれない。
ユリアナが記録板を持ちながら静かに待つ。
セリカさんも黙っている。
ノエルは少し離れた場所で記録したそうにしているが、空気を読んで口を挟まない。
通信水晶からミュレアの声がした。
『金髪小僧』
全員が一瞬そちらを見る。
レオンの眉が跳ねた。
「誰だ、今の声は」
『妾はミュレア・ノクターン。高貴なる魔王令嬢じゃ』
「魔王令嬢……?」
レオンの顔がさらに険しくなる。
だが、ミュレアは構わず続けた。
『家名は鎧じゃ。立派な鎧であるほど、脱ぎ方を知らぬと中身が蒸れる』
「……何の話だ」
『そなたの話じゃ、レオン』
ミュレアが、はっきり呼んだ。
レオンの目がわずかに揺れた。
『バルツァー家の小僧ではなく、レオン。そう呼ばれて腹が立つなら、まだ名は生きておる』
「ずいぶん勝手なことを言う」
『魔王令嬢じゃからな』
いつもの言い訳だ。
でも、今回は不思議と説得力があった。
レオンはしばらく黙っていた。
やがて、低く言った。
「……私を、レオンと呼ぶのは、家族くらいだった」
取り巻きたちが静かになる。
「学園では、バルツァーと呼ばれる方が都合がよかった。家名が先に立てば、余計な説明はいらない。相手も距離を測りやすい」
彼は自嘲気味に笑った。
「だが、たしかに……私自身の名を呼ばれることは、少なかったかもしれない」
ユリアナが、少しだけ表情を和らげた。
「では、記録します。公的場面ではレオン・バルツァー様。日常会話では、本人が許す相手に限りレオン様」
「待て。そこまで決めるのか」
「決めないと運用できません」
「相変わらず細かいな、君は」
「必要ですので」
ユリアナらしい。
レオンは少し困ったように息を吐いた。
「……いい。そう記録しろ」
俺の視界に表示が出た。
レオン・バルツァー
名前欠落影響:低下
本人による呼称選択:有効
状態:困惑、安堵、照れ
照れ。
俺は言わないでおいた。
言ったら絶対に怒る。
だが、レオンはこちらを見た。
「レン・クロフォード。何か見たな」
「いい方向に下がりました」
「それだけか」
「それだけです」
「本当か」
「本当です」
セリカさんが横で小さく笑った。
ばれている気がする。
レオンは少しだけ耳を赤くし、すぐに取り巻きたちを見た。
「お前たち」
「は、はい!」
「……私を呼ぶ時は、場を考えろ。公的にはバルツァーでいい。だが、必要以上に家名ばかりを連呼するな」
「分かりました、レオン様」
取り巻きの一人が、恐る恐るそう言った。
レオンは少しだけ固まった。
それから、顔をそむける。
「……それでいい」
名前を呼ばれることに慣れていない少年。
上級貴族で、自信家で、少し嫌味で、けれど少しずつ変わろうとしている少年。
彼にも、名前があった。
当たり前のことなのに、今まで見落としていた気がする。
◇
レオンの件は、朝の名前確認で初めて発生した「家名偏重による個人名揺らぎ」として記録された。
もちろん、本人のプライバシーに配慮し、詳細は生徒会とギルド、学園長のみで管理される。
ユリアナはすぐに運用規定を追記した。
「家名、称号、役職、通称が本人名を圧迫している場合も確認対象とします」
ノエルが頷く。
「名前欠落は、単に文字が消えるだけじゃなく、呼称バランスの歪みに反応する可能性があるね」
「呼称バランス」
俺が聞き返すと、ノエルは記録板を指で叩いた。
「例えば、本人の名前より役割や家名ばかりが強くなっている場合。その人自身を指す部分が薄くなる。第四の系統は、その薄いところを突いてくるのかも」
リリアが静かに言う。
「聖女、もそうですね」
「はい」
ユリアナが頷いた。
「リア様の場合、教会の聖女という呼称が本人名を圧迫していた。ミュレア様の場合は封印対象。レン様の場合は外れスキル、危険異能者、魂同調者」
「俺も多いですね」
セリカさんが言う。
「だから毎朝呼ぶのよ。レンって」
「はい」
少し照れるが、ありがたい。
通信水晶からミュレアが言った。
『妾も毎朝呼んでやろう。レン、レン、レン』
「ミュレア、連呼はほどほどに」
リリアがたしなめる。
『白き娘は今日も調整役じゃな』
「大事ですから」
ユリアナが真面目に記録する。
「反復呼称は効果がある可能性。ただし本人が不快に感じる回数は禁止」
「それ、本当に規則になるんですか」
「なります」
なってしまうらしい。
俺は少し笑った。
笑えるくらいには、レオンの件は軽く済んだ。
それが救いだった。
◇
昼休み、レオンが俺のところへ来た。
場所は学園の中庭。
俺はリリア、セリカさん、ノエルと一緒に軽食を取っていた。
ユリアナは生徒会室で午前の記録整理をしている。
ただし、昼食はちゃんと取ると約束済みだ。
レオンは少し離れた場所で立ち止まり、取り巻きたちを下がらせた。
「レン・クロフォード」
「はい」
「少し話せるか」
セリカさんが俺を見る。
「長くなければ」
「君は本当に保護者のようだな」
「最近よく言われる」
レオンは少しだけ呆れた顔をした。
そして、俺の前に立つ。
「朝の件だが」
「はい」
「礼は言わない」
「言わないんですか」
「借りにする」
「余計に重い気がします」
「礼を言うよりはましだ」
そういうものなのだろうか。
相変わらず分かりにくい。
だが、以前ほど嫌な感じはしなかった。
レオンは視線を少し落とした。
「家名で呼ばれるのは、楽だった」
「楽」
「そうだ。バルツァー家の人間として振る舞えば、周囲も勝手に距離を取る。私も余計な自分を見せずに済む」
その言葉は、朝よりも素直だった。
「だが、名前が薄れると言われて、少し気味が悪かった」
「当然だと思います」
「君は、外れと呼ばれていたな」
「はい」
「それも、名前を削る呼び方だったのかもしれない」
俺は少し驚いた。
レオンがそんなことを言うとは思わなかった。
彼は気まずそうに続ける。
「初日に、私は君をそう見た。クロフォード家から外れた者。外れスキルの者。レンという名ではなく」
「……はい」
「それは撤回したが、改めて言う。すまなかった」
今度は、撤回ではなかった。
謝罪だった。
セリカさんもリリアも、少しだけ目を見開いている。
俺も驚いた。
レオンはかなり言いにくそうな顔をしている。
「何か言え」
「ありがとうございます」
「礼を言われることではない」
「では、受け取りました」
「……それでいい」
レオンは少しだけ肩の力を抜いた。
俺は彼を見る。
レオン・バルツァー
状態:照れ、安堵、対抗心
好感度:18 → 27
備考:レンを認めることにまだ慣れていません
また上がった。
だが、今回は言わない。
絶対に言わない。
レオンに好感度が上がったと言えば、たぶん一週間くらい面倒になる。
レオンは、ふとリリアとセリカさんへ視線を向けた。
「リア嬢、セリカ嬢。朝の件、騒がせた」
リリアは微笑む。
「お名前が戻ってよかったです。レオン様」
レオンは少しだけ固まる。
「あ、ああ」
セリカさんも言う。
「レオン、無理に家名だけで立たなくてもいいんじゃない」
「君に呼び捨てにされると、なぜか稽古で負けた気分になるな」
「実際にやったら勝つわよ」
「言うな」
少し空気が軽くなった。
レオンは最後に、俺を見て言った。
「レン」
初めて、彼が俺を家名抜きで呼んだ。
「はい」
「君の周りは、相変わらず面倒だな」
「本当にそう思います」
「だが、少しだけ……退屈はしない」
そう言って、レオンは去っていった。
俺はその背中を見送る。
セリカさんが横で言う。
「友達が増えた?」
「まだ分かりません」
リリアが微笑む。
「でも、名前で呼んでくれましたね」
「はい」
それは、少し嬉しかった。
認められることと、名前で呼ばれることは、たぶん近い。
外れでも、クロフォード家の三男でもなく。
レン。
そう呼ばれたことが、思ったより胸に残った。
◇
その日の夕方、名前確認の結果がまとめられた。
大きな欠落はなし。
フィオナの影響は低下傾向。
レオンの微弱反応も、本人の呼称選択と周囲の呼びかけで安定。
ただし、家名や肩書きが強すぎる学生、あだ名に苦痛を感じている学生、正式名で呼ばれることに不安を持つ学生が複数確認された。
第四の系統とは直接関係ないものも多い。
だが、それらは相談窓口の大切な対象になった。
名前の問題は、思ったより日常に近かったのだ。
ユリアナは記録を閉じながら言った。
「名前確認は継続します。ただし、学生全員に過度な不安を与えないよう、表向きは相談窓口の安心運用として扱います」
「いいと思います」
俺が言うと、ユリアナは頷く。
「今日のレオン様の件で分かりました。第四の系統は、すでにある歪みを利用する可能性があります」
「すでにある歪み」
「はい。呼ばれ方、扱われ方、役割と本人名の差。その隙間です」
重い話だ。
だが、見えてきたこともある。
第四の系統は、ただ外から襲ってくるわけではない。
人の中にある曖昧さや痛みを、名前の欠落として突いてくる。
なら、対策は魔法だけでは足りない。
名前を確認する。
本人が望む呼び方を尊重する。
家名や肩書きだけで人を見ない。
あだ名を押しつけない。
誰かが自分の名前を選び直せる場所を作る。
それが、防御になる。
不思議な戦いだった。
でも、今の俺たちには合っているのかもしれない。
ミュレアが通信越しに言った。
『レン』
「はい」
『今日もそなたはレンじゃったな』
「何ですか、それ」
『確認じゃ』
少し笑ってしまった。
「ミュレアも、ミュレアでしたよ」
『当然じゃ。妾は高貴なるミュレア・ノクターンじゃからな』
リリアが微笑む。
「リリアも、リリアです」
セリカさんが続ける。
「セリカも、セリカ」
ノエルが言う。
「ノエルはノエル」
ユリアナが、少しだけ間を置いて言った。
「ユリアナは……ユリアナです」
自分の名前を言う彼女は、少し照れていた。
それがなんだか微笑ましくて、でも茶化すと怒られそうなので黙っておいた。
名前を呼ぶことは、思ったより強い。
その強さを、今日はレオンも教えてくれた。
家名で守っていた少年が、自分の名前を少しだけ取り戻した日。
それは、第四の系統との戦いとしては小さな一歩かもしれない。
でも、俺たちの日常としては、確かに大きな一歩だった。




