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第54話 普通に過ごすはずの日、相談窓口が普通じゃない

普通に過ごす。


 言葉にすると、とても簡単だ。


 朝起きて、顔を洗って、朝食を食べて、学園へ行く。

 授業を受けて、昼食を食べて、放課後になったら少し相談窓口の手伝いをして、夕方にはギルドへ戻る。


 それだけ。


 それだけのはずだった。


 だが、俺たち基準の「普通」は、どうやら世間一般の普通とは少し違うらしい。


「レン様。本日の相談窓口運用について、まず確認します」


 王立学園の生徒会室で、ユリアナ・フォン・グランベル生徒会長が、きっちり束ねられた書類を机の上に並べた。


 朝一番でこれである。


 俺は椅子に座りながら、書類の厚みに目を向けた。


「……普通に過ごす日、ですよね?」


「はい。普通に過ごすための準備です」


「普通に過ごすための書類が、かなり分厚いんですが」


「混乱を防ぐためです」


 ユリアナは迷いなく言った。


 机の上には、相談窓口の運用規定、相談分類表、能力使用同意書、緊急連絡先一覧、聖具不安チェック表、魔道具適性相談票、そして「レン様への直接接触制限に関する暫定規則」なるものまである。


 俺の名前が規則名に入っている時点で、普通ではない。


 セリカさんが俺の横から書類を覗き込む。


「いいじゃない。これなら勝手に詰め寄られることは減るでしょ」


「そうなんですが、俺が規則で囲われている感じがして」


「囲わないと、あなた全部受けるもの」


「返す言葉がないです」


 リリアは相談分類表を丁寧に読んでいた。


「聖具不安相談が、かなり細かく分かれていますね」


「リア様とノエル様の意見を反映しました」


 ユリアナが頷く。


「聖具そのものに異常がある場合、過去の経験による恐怖が強い場合、担当教師への不信がある場合、教会式の指導に抵抗がある場合。これらを同じ相談として扱うと、対応を誤ります」


「ありがとうございます」


 リリアは静かに頭を下げた。


 教会に傷つけられた彼女だからこそ、聖具という言葉ひとつにも重みを感じているのだろう。


 ユリアナは、今度はノエルの方を見た。


「魔道具適性相談については、ノエル様の分類案を一部採用しています」


「一部」


 ノエルが少し残念そうに言う。


「全部ではありません。研究色が強すぎる項目は削りました」


「惜しい」


「惜しくありません」


 この二人のやり取りにも、だいぶ慣れてきた。


 ノエルは研究したがり、ユリアナは制度で抑える。

 だが、互いに相手を否定しているわけではない。


 むしろ、噛み合っている。


 怖いくらいに。


「それで、俺は何をすれば?」


 俺が聞くと、ユリアナは一枚の紙を差し出した。


「本日は初回運用なので、レン様には基本的に同席していただくだけです。能力使用は原則禁止。ただし、緊急性が高い相談について、教師、本人、第三者同席のうえで限定使用を認めます」


「同席だけなら、助かります」


「ただし、あなたが勝手に見て勝手に助けようとする可能性も考慮しています」


「信用がない」


「過去の実績に基づく判断です」


「返す言葉がないです」


 本日二回目だった。


 セリカさんが満足そうに頷く。


「生徒会長、分かってきたわね」


「レン様の行動傾向については、皆様から多くの証言を得ました」


「いつの間に」


「昨日のうちに」


 ユリアナは仕事が早い。


 そして、俺への包囲網がまた少し強化された。


 リリアが少し申し訳なさそうに微笑む。


「レンは、困っている人を見ると動いてしまいますから」


「リリアまで証言を」


「悪い意味ではありません」


 セリカさんが即座に言う。


「良いところであり、危ないところ」


 ノエルも頷く。


「観測対象としても興味深い」


「そこは良いところに入れないでください」


 朝から疲れた。


 だが、悪い疲れではなかった。


 少なくとも、誰かを縛るためではなく、誰かが壊れないための仕組みを作っている。


 そう思えば、書類の厚みも少しは受け入れられる。


     ◇


 相談窓口は、図書館棟の一室に設置された。


 静かで、人の出入りが管理しやすく、教師の控室にも近い。

 窓際には丸い机が三つ。奥には記録用の水晶板。入口には生徒会の受付台。


 ユリアナが考えた導線は完璧だった。


 相談者は受付で分類され、担当者の席へ案内される。

 聖具不安ならリリアと治癒術科教師。

 魔道具適性ならノエルと魔道具科教師。

 対人関係や好感度絡みの相談は原則受け付けない。

 ただし、嫌がらせや強制的な接触が関わる場合は、生徒会対応。


 俺は部屋の中央寄りに座らされた。


 同席者兼、最終確認係。


 セリカさんは俺の斜め後ろに立つ。


「護衛ですか?」


「護衛兼、あなたが勝手に動かないようにする係」


「係が増えています」


「必要だから」


 リリアは机の上に小さな聖具検査布を広げていた。


 その手つきは落ち着いている。


 教会にいた頃の聖女ではなく、ギルドの治癒師としての姿だった。


 ノエルは魔道具科教師と一緒に、魔力灯や小型補助具を並べている。


 目は輝いているが、ユリアナの視線を感じるたびに少し自重している。


 ミュレアは、今日はギルド地下の封印室から通信だけで参加していた。


 仮学生証型制御具の学園内接続試験は、まだ短時間に限定されている。

 だから、相談窓口の様子は通信水晶越しに見学する形だ。


『つまらぬ。妾も直接見たい』


 通信水晶から、ミュレアの不満そうな声が響く。


 リリアがすぐに答えた。


「まずは短時間外出の安全確認からです」


『白き娘は本当に厳しい』


「安全第一です」


『むう』


 ユリアナが通信水晶に向かって丁寧に言った。


「ミュレア様の学園内試験外出については、午後に短時間の制御具確認を予定しています。相談窓口への直接参加は、もう少し後です」


『生徒会長も厳しい』


「規則ですので」


『規則と治癒師が手を組むと恐ろしいな』


 セリカさんが小さく笑った。


「そこに私も加わるわよ」


『赤き剣姫まで。レン、そなたの周りは妾に厳しい』


「俺にも厳しいです」


『それはそなたが無茶をするからであろう』


「ミュレアに言われると納得しづらいですね」


 少しだけ部屋の空気が柔らかくなる。


 そのタイミングで、最初の相談者が入ってきた。


 治癒術科の一年生。

 薄い水色の髪をした、細身の女子生徒だった。


 名はエリナ・ファス。


 以前の試作聖具事件で直接倒れた学生ではないが、同じ治癒術科でかなり不安を抱えているらしい。


 彼女はリリアの前に座ると、小さな声で言った。


「あの……聖具をつけると、息が苦しくなる気がするんです。でも、先生からは異常はないと言われて」


 リリアは急かさずに頷いた。


「苦しくなるのは、聖具をつけた直後ですか? それとも、術を使おうとした時ですか?」


「術を使う前からです。首元が冷たくなって、胸がきゅっとして」


 リリアは聖具を受け取り、検査布の上に置いた。


 俺は見ないようにした。


 本人の同意と教師の立ち会いはあるが、まずはリリアの判断が先だ。


 リリアは聖具に軽く聖力を流す。


 聖具そのものは、淡く光っただけだった。


「聖具に大きな異常はなさそうです」


 エリナの顔が少し曇る。


「じゃあ、私が弱いだけ……」


「そうではありません」


 リリアの声は、柔らかいがはっきりしていた。


「聖具に異常がないことと、あなたが苦しくないことは別です」


 エリナが顔を上げる。


「え?」


「身体が覚えている怖さがあります。周りで聖具の事件があったなら、異常がなくても怖くなるのは当然です」


 その言葉に、エリナの目が揺れた。


「怖いって、言っていいんですか」


「はい。怖いと言っていいんです」


 リリアは、自分自身に言い聞かせるように言った。


「怖いことを我慢しても、聖力は安定しません。今日は聖具をつける練習ではなく、聖具を近くに置いても大丈夫だと確認するところから始めましょう」


 エリナは小さく頷いた。


 俺の視界に、薄い表示が浮かぶ。


エリナ・ファス

状態:強い不安、安堵の芽

備考:聖具異常ではなく、試作聖具事件後の恐怖反応が主因です


 リリアの判断と一致していた。


 俺はユリアナに小さく頷く。


 ユリアナは記録板に、能力使用なし、治癒師判断妥当、と書いた。


 能力を使わずに済んだ。


 それだけで、少し安心した。


     ◇


 次の相談は、魔道具科寄りだった。


 魔術科の男子生徒が、小型の風起こし装置を持ってきた。


「これ、何度調整しても風が逆に出るんです」


 ノエルが目を輝かせた。


「逆に?」


「はい。前に風を出したいのに、なぜか後ろに」


「見せて」


 ノエルが手を伸ばしかけ、ユリアナが咳払いした。


 ノエルの手が止まる。


「本人同意と教師確認」


「同意します!」


 男子生徒が慌てて言う。


 魔道具科教師も頷いた。


 ようやくノエルが装置を受け取る。


「回路が逆じゃない。これ、使用者の魔力流が一般的な右回転じゃなくて左回転気味なんだと思う。装置が標準設計だから、本人の魔力に押し返されてる」


「そんなことあるんですか?」


「ある。珍しいけど」


 ノエルは装置を分解せず、外側の調整つまみを少しだけ動かした。


「レン、見える?」


 俺は男子生徒を見る前に確認した。


「見てもいいですか」


 男子生徒は少し緊張しながら頷いた。


「お願いします」


 表示が浮かぶ。


魔術科男子生徒

魔力流:左回転傾向

風属性適性:あり

標準魔道具との相性:低

推奨:逆位相調整具


「ノエルの言う通りです。魔力流が左回転傾向で、標準魔道具と相性が悪いみたいです。逆位相調整具があれば安定します」


 男子生徒の顔がぱっと明るくなった。


「じゃあ、僕が下手なわけじゃ」


「下手ではない」


 ノエルが言った。


「装置の方が君に合ってない」


 男子生徒は、ほとんど泣きそうな顔で頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 まただ。


 誰かが、自分の「できない」に別の理由を見つけた瞬間。


 その顔を見ると、やっぱり断りきれなくなる。


 セリカさんが横から小声で言った。


「レン、顔がゆるんでる」


「すみません」


「謝るところじゃないけど、受けすぎない」


「はい」


 ユリアナも、少しだけ表情を緩めていた。


「相談窓口の意義はありそうですね」


「はい」


 俺は頷いた。


 普通ではないけれど、悪くない。


 そんな気がした。


     ◇


 午前の相談が一段落したところで、休憩になった。


 ユリアナが決めた通り、一時間半ごとに十分休憩。


 ノエルは最初「相談件数が少ないから続けても」と言ったが、ユリアナに睨まれて黙った。


 この仕組みはノエルにも俺にも効いている。


 休憩中、リリアは窓辺で果実茶を飲んでいた。


 俺はその隣に立つ。


「お疲れ様です」


「レンも」


「今日のリリア、すごく頼もしかったです」


 言うと、リリアは少し驚き、それから頬を赤くした。


「ありがとうございます。でも、私もまだ怖いです」


「聖具ですか」


「はい。聖具そのものが怖いというより、聖具を怖いと言えなかった頃の自分を思い出します」


 リリアはカップを両手で包む。


「でも、今日のエリナさんに、怖いと言っていいと伝えられて……少しだけ、昔の自分にも言えた気がしました」


「リリア」


「だから、相談窓口ができてよかったです」


 その言葉は、静かに胸へ響いた。


 リリアは、自分の傷を消したわけではない。


 でも、その傷から誰かを守る言葉を取り出している。


 強い。


 本当に強い。


「レン」


 リリアがこちらを見る。


「はい」


「今、また私を見ていましたね」


「すみません」


「謝らなくてもいいです。でも、私もレンを見ています」


「え?」


「無理をしていないか、ちゃんと」


 リリアは柔らかく微笑んだ。


「お互い様です」


 その言葉に、少し照れた。


 セリカさんがいつの間にか近くにいて、にやっと笑う。


「いい雰囲気ね」


「セリカさん」


「邪魔はしないわよ。休憩が終わるまでは」


「終わったら?」


「働いてもらう」


 現実に戻された。


 リリアがくすりと笑う。


     ◇


 午後は、ミュレアの制御具確認が行われる予定だった。


 相談窓口の合間に、学園の中庭で短時間だけ仮学生証型制御具を起動し、ミュレアが学園内に立つ。


 時間は五分。


 移動範囲は中庭の指定区域のみ。


 甘味購入はなし。


 ミュレアは最後の条件に強く不満を示した。


『学園に出るのに甘味なしとは、何のための外出じゃ』


「安全確認のためです」


 リリアが通信越しに即答する。


『白き娘、そなたは今日も手強い』


「今日は特に安全確認です」


 中庭には、アリシア王女、ユリアナ、学園長、ダリウスさん、オルフェさん、ノエル、セリカさん、リリア、俺がそろっていた。


 かなりの大所帯だ。


 この時点で、学生たちの視線が集まっている。


 ただし、ユリアナが事前に「本日は魔道具安全試験のため、指定区域への立ち入りを禁止します」と通達していたので、遠巻きに見るだけで済んでいる。


 それでも、噂になるだろう。


 魔王令嬢が学園の中庭に立つのだから。


 仮学生証型制御具が起動した。


 紫の光が揺れ、ミュレアの投影体が現れる。


 制服風の魔力衣装。

 黒紫のリボン。

 胸元の仮学生証。


 ミュレアは、中庭の石畳に足を下ろした。


 そして、深く息を吸うような仕草をした。


「……これが、学園の空か」


 その声は、いつもよりずっと静かだった。


 誰もすぐには喋らなかった。


 ミュレアは空を見上げた。


 青い空。

 白い雲。

 風に揺れる木々。

 遠くから聞こえる学生たちの声。


 たった五分。


 それでも、彼女にとっては長い封印の後に得た外の光だった。


 俺の視界に表示が浮かぶ。


ミュレア・ノクターン

状態:強い感動、緊張、喜び

備考:封印後初めて、学園の空を直接見ています


 胸が少し熱くなった。


 ミュレアは俺の視線に気づいたのか、すぐにいつもの顔に戻る。


「レン。何を見ておる」


「空を見ているミュレアを」


「ふん。見惚れるのも無理はない」


「そういう意味では」


 いや、少し見惚れていたかもしれない。


 セリカさんとリリアの視線が同時に来た。


「一瞬だけです」


「何が?」


 セリカさんが聞く。


「何でもありません」


 リリアが静かに微笑む。


「レン、分かりやすいです」


 もう逃げ場がない。


 ミュレアは満足そうに笑った。


 その時だった。


 俺の視界に、突然ノイズのような表示が走った。


第四の系統

微弱反応

反応対象:ミュレア外出制御具

反応内容:観測中

注意:接触ではありません


 胸が冷える。


 セリカさんがすぐに気づいた。


「レン?」


「第四の系統が、微弱反応。ミュレアの外出制御具を観測しているみたいです」


 空気が一瞬で変わった。


 ユリアナが即座に記録する。


 オルフェさんが制御具を確認。


 アリシア王女が結界を薄く張る。


 リリアがミュレアの状態を見る。


 ミュレアは、空を見上げたまま目を細めた。


「……見ておるな」


「分かりますか」


「うむ。扉の向こうから、目だけがこちらを向けたような気配じゃ」


「戻しますか」


 オルフェさんが言う。


 ミュレアは少しだけ迷った。


 けれど、すぐに頷く。


「戻せ。今は、欲張らぬ」


 その言葉に、少し驚いた。


 ミュレアが自分から退く。


 それだけ、気配が嫌だったのだろう。


 制御具が停止し、ミュレアの投影体が薄れていく。


 消える直前、彼女は空をもう一度見た。


「五分には足りぬが、悪くなかった」


「また来ましょう」


 俺が言うと、ミュレアは薄く笑った。


「約束じゃぞ」


 その姿が消える。


 中庭には、少しだけ紫の光が残った。


     ◇


 安全確認はそこで中止になった。


 結果として、ミュレアの学園内短時間投影は成功。


 ただし、第四の系統による微弱観測反応あり。


 接触ではないが、今後の試験には警戒が必要。


 ユリアナは淡々と記録していたが、その表情は硬かった。


「第四の系統は、ミュレア様の外出制御具にも反応する。つまり、三系統やレン様だけではなく、外へ出ようとする行動そのものにも興味を示している可能性があります」


 ノエルが頷く。


「扉の向こうから見ている、というミュレアさんの表現は重要かも。第四の系統は、まだ完全に起動してない。でも観測はしてる」


「観測されるのは、気持ち悪いですね」


 俺が言うと、セリカさんが言った。


「あなたは普段見る側だから、余計にそう感じるのかも」


「かもしれません」


 見る力を持つ俺が、見られる。


 それは妙に落ち着かなかった。


 リリアがそっと言う。


「でも、今日はミュレアさんが自分で戻ると言えました」


「はい」


「それは、大事なことだと思います」


 確かにそうだ。


 外を見たい気持ちが強いミュレアが、危険を感じて自分で退いた。


 それは、信頼できる判断だった。


 アリシア王女も頷く。


「次の試験は、さらに短時間かつ結界強化のうえで行いましょう。完全に中止する必要はないと思います」


「よろしいのですか?」


 ユリアナが尋ねる。


「はい。危険があるからこそ、記録しながら慎重に進めるべきです。閉じ込めるだけでは、また同じ過ちになります」


 その言葉は、昨日のミュレアの問いへの答えだった。


 危険と自由。


 安全と尊厳。


 どちらか一つではなく、両方を考える。


 面倒だ。


 でも、その面倒を放棄した時、人は簡単に誰かを道具にしてしまう。


 俺はそう思った。


 その時、通信水晶からミュレアの声が戻ってきた。


『レン』


「はい」


『次は七分じゃ』


「交渉が早い」


『五分では短すぎる』


 リリアが即座に言う。


「まず今日の反応確認をしてからです」


『白き娘、そなた本当に隙がない』


「治癒師ですから」


『その返しも板についてきたな』


 セリカさんが笑った。


 重い反応の後でも、いつものやり取りが戻ってくる。


 それに、少し救われた。


     ◇


 夕方、相談窓口は無事に初日を終えた。


 聖具不安相談が三件。

 魔道具適性相談が二件。

 好感度確認依頼は一件あったが、受付で却下。

 ミュレアの制御具試験は短時間成功。

 第四の系統反応は微弱観測のみ。


 普通に過ごす日としては、普通ではない。


 だが、俺たち基準ではかなり平和だった。


 相談窓口の片づけをしながら、ユリアナが言った。


「初日としては、おおむね成功です」


「これで成功なんですね」


「混乱は最小限。相談者への対応も適切。能力使用は限定的。ミュレア様の試験も中止判断が迅速でした」


「聞くと、かなり成功に思えてきました」


「成功です」


 ユリアナははっきり言った。


 彼女にそう言われると、本当にそうなのだと思える。


 ノエルも記録板を閉じた。


「相談窓口、データとしても有用。けど、今日はもう整理しない」


「偉い」


 セリカさんが言う。


「ユリアナに怒られる前に言った」


「学習してる」


 ノエルは少し得意げだった。


 リリアは相談室の机を整えながら、静かに微笑んでいる。


「今日、エリナさんが最後に少し笑っていました」


「はい」


「それだけで、窓口を開いてよかったと思います」


 その言葉が、今日のすべてをまとめていた。


 第四の系統は怖い。

 黒い扉は不気味だ。

 ミュレアの外出にも危険がある。

 俺の力も面倒だ。


 でも、今日救えた小さな不安がある。


 それを忘れないようにしたい。


 俺は窓の外を見た。


 夕焼けの学園。


 学生たちの声。


 相談室の机。


 リリアの笑顔。


 セリカさんの呆れたような優しさ。


 ノエルの抑えきれない好奇心。


 ユリアナのきっちりした記録。


 ミュレアの五分間の空。


 アリシア王女の静かな判断。


 これが、俺たちの普通。


 かなり騒がしい普通。


 でも、悪くない。

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