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第51話 俺のスキル、古代儀式に関係あるらしい

 零号資料庫から戻った後、俺たちはそのまま学園長室へ向かった。


 甘いものを買いに行く、という話になりかけていたのだが、さすがにその前に報告と記録保全を済ませる必要があった。


 ミュレアは不満そうだった。


「妾は古代の真実より、今この瞬間の甘味の方が切実なのじゃが」


「その古代の真実にミュレアさんも深く関係しています」


 リリアが言うと、ミュレアは少しだけ顔をしかめた。


「それは分かっておる。分かっておるが、重い話をした後に甘味を遠ざけるのは心身に悪い」


「今日は一品だけです」


「白き娘、そなたは本当に一品を譲らぬな」


「はい」


 リリアはにこりと微笑んだ。


 ミュレアは勝てなかった。


 魔王令嬢が治癒師に甘味管理されている光景にも、だいぶ慣れてきた自分が怖い。


 学園長室には、すでに王宮記録官とギルド側の記録担当も呼ばれていた。


 零号資料庫で見つかった内容は、あまりにも重い。


 聖女。

 王家結界。

 魔王封印。


 三つの力が、本来は敵対ではなく、古代の均衡儀式から分かれた系統だったという記録。


 そして俺の力に関わるらしい「魂同調者」という言葉。


 軽く扱えば、教会も王宮も魔族関係も全部揺れる。


 ノエルは、学園長室へ入るなり机に両手をついた。


「学園長、零号資料庫の記録は即時封印管理にすべきです。ただ、封印しすぎると後世にまた歪むので、限定写本を作るべきです。改竄防止の多重記録水晶と、王宮・学園・ギルドの三者保管で」


 いきなり早口だった。


 学園長は驚かずに頷く。


「そのつもりです。ノエルさん、あなたには記録分類の補助をお願いします。ただし、単独閲覧は禁止です」


「分かっています」


「本当に?」


 ユリアナ生徒会長が横から言った。


 ノエルは少しだけ目を逸らす。


「……分かってる」


「今の間が不安です」


「記録の価値が高すぎるから仕方ない」


「仕方なくありません」


 この二人のやり取りも、少しずつ定番になってきた。


 ユリアナは今日もきっちりした制服姿だったが、零号資料庫での記録を終えた疲れが少し見える。


 それでも、以前のように全部自分で抱え込もうとはしていない。


 学園長の横に立ち、必要な部分だけ記録を補助していた。


 いい傾向だと思う。


 それを見ていたら、ユリアナに気づかれた。


「レン様」


「はい」


「また私の状態を見ていますか」


「少しだけ」


「本日の主題は、私ではなくあなたです」


「俺ですか」


「はい」


 ユリアナは記録板を閉じ、まっすぐこちらを見た。


「零号資料庫の石碑に記されていた“魂同調者”。それは、あなたの能力と関係がある可能性が高い」


 部屋の空気が、少し変わった。


 逃げたい。


 非常に逃げたい。


 だが、今回は逃げても仕方がない。


 俺自身の力の話なのだ。


 学園長が静かに言う。


「レン君。あなたが読み上げた記録を、もう一度確認させてください」


「はい」


 俺は息を整えた。


「白、青、黒の均衡を繋ぐ第四の観測者。好意、信頼、恐れ、絆。心の向きを読み、力の流れを結ぶ者。ただし、同調者は多くの感情を受ける。支えなくば、己を失う」


 口にするだけで、胸の奥が重くなる。


 好意。

 信頼。

 恐れ。

 絆。


 俺のスキルは、ずっと「好感度限界突破」だと思っていた。


 いかにも転生チートっぽい、少し軽い名前。


 前世で陰キャでモテなかった俺が、異世界に来て好感度を見られるようになった。

 才能を見抜いたり、危険を察知したり、ヒロインたちとの連携が強くなったりする。


 そういうものだと思っていた。


 いや、それでも十分おかしい。


 でも、古代儀式だとか、三系統の均衡だとか、魂同調者だとか言われると、急に話が大きくなりすぎる。


 ノエルが、興奮を抑えきれない顔で言った。


「つまり、レンの力は単純な好感度可視化じゃない。好意だけじゃなくて、信頼、警戒、恐怖、負担、適性の流れまで見ている。しかも、それを仲間同士の連携に変換できる。これは魂魄情報の観測と、関係性を媒介にした魔力同期の複合能力だと思う」


「すみません。半分くらいしか分かりません」


「かなり噛み砕いたんだけど」


「これで?」


 セリカさんが呆れたように言った。


 ノエルは真剣に頷く。


「これで」


 俺には、まだかなり難しい。


 リリアが少し考えながら口を開いた。


「でも、レンが私と聖力を繋いだ時や、ミュレアさんの封印を安定させた時の感覚には近い気がします。ただ力を渡しているのではなく、私が自分の力を使いやすいように整えてくれているような……」


「そうじゃな」


 ミュレアが腕を組んだまま頷いた。


 彼女は仮学生証型制御具をつけたまま、学園長室の一角に立っている。


 まだ正式な外出ではないが、今日は零号資料庫調査のための特別許可扱いだった。


「レンとのリンクは、妾を従わせる鎖ではない。むしろ、妾の魔力が暴れすぎぬよう流れを読む感覚じゃ。気に入らぬが、役に立つ」


「気に入らないんですか」


「妾が誰かに安定させられるという事実が気に入らぬ」


「素直ですね」


「魔王令嬢は己の不満にも正直なのじゃ」


 便利な肩書きだ。


 アリシア王女も、静かに言った。


「王家結界術も同じです。旧研究棟でレン様の感知を受けた時、私は自分の結界の弱点を外から知らされたというより、結界の呼吸を合わせてもらったように感じました」


「結界の呼吸……」


 ノエルがすぐに書き留める。


「いい表現。魔力構造の外部観測じゃなくて、同調補助……」


 ユリアナが横から言う。


「ノエル様、個人情報に関わる記述は制限付きで」


「分かってる。今のは概念メモ」


「概念メモにも管理印を」


「厳しい」


「必要です」


 ユリアナは本当に容赦がない。


 でも、この情報は危険だ。


 俺の力が聖女、王家、魔王封印を繋ぐ可能性がある。


 そんなことが知られれば、また利用しようとする者が出る。


 白銀枢機卿。

 教会上層部。

 あるいは、まだ知らない誰か。


 胸の奥が少し冷えた。


 その時、セリカさんが俺の横に立った。


「レン、顔」


「はい」


「一人で重く受け止める顔になってる」


「……なってますか」


「なってる」


 リリアも心配そうにこちらを見る。


「レン、怖いですか?」


 少し迷った。


 でも、正直に言うことにした。


「怖いです。好感度が見えるだけでも扱いが難しいのに、古代儀式とか魂同調者とか言われると……自分が何なのか分からなくなりそうで」


 言ってから、部屋が静かになった。


 恥ずかしい。


 だが、嘘はつけなかった。


 ミュレアがふっと笑う。


「己が何者か分からぬなど、誰しもそうじゃ。妾も長く、魔王令嬢なのか封印対象なのか、ただの災厄なのか、分からなくなった」


「ミュレア……」


「白き娘もそうであろう。聖女か、偽物か、逃亡者か、治癒師か」


 リリアは静かに頷いた。


「はい。今も、全部がはっきりしたわけではありません」


 アリシア王女も言う。


「王女という名も、時に自分を支え、時に縛ります」


 ユリアナが少しだけ目を伏せる。


「生徒会長も、そうかもしれません」


 意外だった。


 彼女が自分からそう言うとは思わなかった。


 ユリアナは、すぐに少し照れたように視線を逸らした。


「……今のは記録不要です」


 ノエルが書きかけていた手を止めた。


「駄目?」


「駄目です」


「残念」


 少し笑いが生まれた。


 その小さな笑いで、胸の重さが少しだけ軽くなった。


 セリカさんが俺を見る。


「だから、レンも一つの名前で全部決めなくていいんじゃない?」


「一つの名前」


「外れでも、危険異能者でも、魂同調者でも。どれも一部かもしれないけど、それだけじゃないでしょ」


 リリアが頷く。


「レンは、レンです」


 前にも似たことを、俺はリリアに言った。


 今度は俺が言われている。


 少しだけ、不思議な気持ちだった。


 アリシア王女も微笑む。


「肩書きに飲まれないこと。それが、力ある者には必要なのかもしれません」


 ミュレアが得意げに言う。


「妾は魔王令嬢じゃが、それだけではない。甘味を愛する高貴な美少女でもある」


「最後の方、急に軽いですね」


「重い話ばかりでは胃がもたれる」


 ミュレアらしい。


 でも、その軽さに救われることもある。


     ◇


 零号資料庫の記録は、学園長室で厳重に分類された。


 公開可能なもの。

 王宮限定のもの。

 学園とギルドの共同管理にするもの。

 当面、完全封印するもの。


 そして、俺の能力に関する「魂同調者」の記録は、最も厳しい扱いになった。


 知る者は、ここにいる関係者と王宮のごく一部だけ。

 外部には、「旧研究棟地下で古代三系統に関する資料が見つかった」とだけ報告される。


 俺のスキルについては、特殊な感知能力として扱う。


 少なくとも、魂同調者という言葉は公にしない。


 ユリアナがきっぱり言った。


「学園内では、レン様の相談対応についてもさらに制限を強めます。能力への過剰依存を防ぐ必要があります」


「助かります」


 俺が本心から言うと、ユリアナは少しだけ困った顔をした。


「普通、制限される側は嫌がるものでは?」


「俺はむしろ、制限がある方が安心します」


「……あなたは、本当に妙な方ですね」


 それは最近よく言われる。


 ノエルが手を上げた。


「でも、研究は必要だよ。レンの負荷管理をしないと危ない。感情過負荷の危険があるなら、観測しないと対策できない」


 感情過負荷。


 その言葉で、部屋の空気が少し締まった。


 零号資料庫の石碑にもあった。


 同調者は多くの感情を受ける。

 支えなくば、己を失う。


 オルフェさんが頷く。


「研究というより、安全管理ですね。レンさんの能力使用後の疲労、精神負荷、リンク対象との距離、感情流入の有無を記録する必要があります」


「俺、観察対象になるんですか」


 思わず聞くと、セリカさんが即答した。


「もうなってるわよ」


「そうでした」


 臨時観察協力者だった。


 肩書きが増えすぎて忘れそうになる。


 リリアが心配そうに言う。


「負担が増えるのでは?」


 オルフェさんは首を横に振った。


「逆です。記録を取ることで、どの程度なら安全か分かるようにします。無理を避けるための記録です」


「なら、必要ですね」


 リリアは納得したようだった。


 ミュレアが俺を見て、少し意地悪く笑う。


「レン。そなた、皆からかなり丁寧に管理されるようになったな」


「管理という言葉は少し嫌ですね」


「では、見守りか?」


「そっちの方がいいです」


「ふふ。監視者が見守られるとは、なかなか皮肉じゃ」


 反論できない。


 だが、嫌ではなかった。


 以前の俺なら、見守られることを負担に感じたかもしれない。


 自分で何とかしなければ、と思ったかもしれない。


 でも、今は少し違う。


 一人で受ければ壊れる力なら、一人で受けない仕組みを作ればいい。


 そう思えるようになっていた。


 たぶん、周りが何度も言ってくれたからだ。


「それで」


 ノエルが、我慢できないという顔で俺を見る。


「レン。今、自分のスキルに何か新しい表示は出てない?」


「新しい表示?」


「零号資料庫で石碑に触れた後だから、変化があるかもしれない」


 言われて、俺は自分の内側に意識を向けた。


 好感度限界突破。


 いつもは、誰かを見た時に表示される。


 でも、自分自身のスキルを意識して見ることは少なかった。


 目を閉じる。


 胸の奥に、淡い光がある。


 そこから、いくつもの細い線が伸びている。


 リリア。

 セリカさん。

 ミュレア。

 アリシア王女。

 ノエル。

 ユリアナ。


 他にも、ギルド長やエマさん、ミリア先生、レオン、ミーナたちの薄い線。


 濃さは違う。


 距離も違う。


 だが、確かに繋がりがある。


 それを見た瞬間、表示が浮かんだ。


好感度限界突破

基礎機能:感情状態観測、危険兆候感知、適性補助

隠し分類:魂同調系統

新機能解放条件:信頼関係の深化

効果候補:連携精度向上、魔力安定補助、封印補助、感情過負荷警告

注意:好感度上限突破者が増えるほど能力は強化されます

危険:感情過負荷、自己境界の揺らぎ


 俺はゆっくり目を開けた。


 全員が見ていた。


「出ました」


 ノエルの目が輝く。


「何が?」


「基礎機能は、感情状態観測、危険兆候感知、適性補助。隠し分類は、魂同調系統」


 ノエルがすごい勢いで書き始める。


「新機能解放条件は、信頼関係の深化。効果候補は、連携精度向上、魔力安定補助、封印補助、感情過負荷警告」


「すごい……」


 ノエルが呟く。


 俺は続けた。


「注意。好感度上限突破者が増えるほど能力は強化されます」


 その瞬間、部屋の空気が変な方向へ止まった。


 セリカさんが少し目を細める。


 リリアが静かに微笑む。


 ミュレアが楽しそうに笑う。


 アリシア王女が少しだけ頬を赤くする。


 ノエルは純粋に研究者の顔。


 ユリアナは記録板を持ったまま、表情を保とうとしている。


「……続きがあります」


 俺は嫌な予感を覚えながら言った。


「危険。感情過負荷、自己境界の揺らぎ」


 今度は、真面目な沈黙だった。


 セリカさんが最初に口を開いた。


「好感度が上がるほど強くなる。でも、そのぶん感情も流れ込みやすくなるってこと?」


「たぶん」


 リリアが心配そうに言う。


「レンの負担が増えるのですね」


「はい」


 ミュレアは腕を組んだ。


「ふむ。妾との好感度を上げれば封印安定も強くなるが、同時にレンへの負荷も増える。面倒な仕様じゃな」


「さらっと自分との好感度を上げる前提にしないでください」


「すでに測定上限超過であろう?」


「そうなんですが」


 言ってから気づいた。


 部屋の空気が、また少し変わった。


 セリカさんがじっと見る。


「ミュレア、上限超過だったわね」


 リリアも静かに言う。


「負担をかけすぎない約束です」


 ミュレアは少しだけたじろいだ。


「分かっておる。妾とて、レンを壊したいわけではない」


 その言葉は、意外と真面目だった。


 アリシア王女も言った。


「信頼が力になるのは、悪いことではないと思います。けれど、それを利用しようとする者が出る可能性は高い」


 ユリアナが即座に頷く。


「好感度上限突破という情報は、特に秘匿すべきです。恋愛感情や信頼関係を意図的に操作しようとする者が出ます」


「嫌すぎる……」


 俺は本音を漏らした。


 ノエルが真面目な顔で言う。


「だからこそ、倫理規定が必要。能力研究というより、関係性の保護規定」


「関係性の保護規定」


 また新しい言葉が出た。


 でも、必要なのかもしれない。


 俺の力は、好意や信頼と繋がっている。


 なら、その関係を無理やり利用することは、力を奪うのと同じくらい危険だ。


 リリアが胸元に手を当てる。


「教会は、聖女という関係を利用しました。信仰や祈りや感謝を、鎖に変えた」


 アリシア王女が頷く。


「王家も、民との信頼を権威として使いすぎれば歪みます」


 ミュレアが低く言う。


「封印も、守るための休眠が罰の鎖になった」


 セリカさんが俺を見る。


「だから、レンの力も同じにならないようにする」


「はい」


 ユリアナが記録板に新しい項目を書く。


「臨時規定案。レン様の能力に関する相談・研究・連携は、本人同意と第三者確認を必須とする。好感度・感情状態の強制確認は禁止。信頼関係の操作を目的とした接触は禁止」


「仕事が早いですね」


「必要ですので」


 昨日より顔色はいいが、やはり働きすぎだ。


 俺が見ると、ユリアナが先に言った。


「この後、休憩を取ります」


「まだ何も言ってません」


「言われる前に言いました」


 少し成長している。


 セリカさんが満足そうに頷く。


「よし」


 ユリアナは少しだけ困った顔をした。


     ◇


 会議が一段落した頃、俺は学園長室の窓辺に立っていた。


 外には学園の中庭が見える。


 学生たちが歩き、魔術科の訓練場では淡い光が上がり、治癒術科の温室には白い花が咲いている。


 普通の学園の風景。


 その下に、零号資料庫が眠っている。


 その事実を知ると、世界の見え方が少し変わる。


 セリカさんが隣に来た。


「大丈夫?」


「大丈夫、とは言い切れません」


「正直でよろしい」


「怖いです。でも、少しだけ分かった気もします」


「何が?」


「俺の力が、何のためにあるのか」


 俺は自分の手を見る。


「誰かの好意を利用するためじゃない。誰かを惚れさせるためでもない。たぶん、誰かと誰かの力を、壊れないように繋ぐため」


 セリカさんは少し黙った。


 それから、穏やかに言う。


「いいんじゃない。それなら、あなたらしい」


「俺らしいですか」


「ええ。放っておけなくて、手を伸ばして、でも一人じゃ支えきれなくて、周りに怒られる。すごくあなたらしい」


「褒めていますか」


「褒めてるわよ」


 今回は、少しだけではなかった。


 リリアも近づいてきた。


「レンの力が怖いなら、私たちも一緒に怖がります」


「一緒に怖がる?」


「はい。そして、一緒に使い方を考えます」


 その言い方が、リリアらしかった。


 ミュレアも窓辺にやってくる。


「妾は怖がるより先に使い倒したいがな」


「ミュレア」


 リリアが名前を呼ぶと、ミュレアは肩をすくめた。


「冗談じゃ。半分は」


「半分」


「だが、そなたの力が妾の外出にも関わるのは事実じゃ。壊れられては困る」


「心配してくれてるんですか?」


「妾の外出計画に支障が出るからな」


 そう言いつつ、表示にはこう出ていた。


ミュレア・ノクターン

状態:心配、照れ隠し

備考:レンの感情過負荷を本気で警戒しています


 俺がそれを見て少し笑うと、ミュレアが目を細めた。


「何を見た」


「何でもありません」


「嘘じゃな」


「少しだけ」


「またその少しだけか」


 ミュレアは不満そうだったが、深く追及しなかった。


 アリシア王女も窓辺へ来た。


「レン様。古代の記録は重いものですが、今日すべてを背負う必要はありません」


「はい」


「王家としても、調査と保護の体制を整えます」


 ユリアナも続ける。


「学園内の規則と相談窓口も調整します。レン様の能力に関する接触は、さらに整理します」


 ノエルが手を上げる。


「研究も安全寄りにする」


 ユリアナが即座に見る。


「本当に?」


「本当に。少なくとも、レンが壊れたら研究できない」


「理由はともかく、方向性は正しいです」


 ノエルらしい理由だった。


 でも、少しだけ笑えた。


 俺はもう一度、外を見る。


 好感度が上がるほど強くなる。

 信頼関係が深まるほど、できることが増える。

 でも、そのぶん感情が流れ込み、自己境界が揺らぐ。


 面倒な仕様だ。


 本当に面倒だ。


 ただ、前世で誰にも深く関わらず、ひっそり生きていた俺が、異世界でそんな力を持ったことには、何か意味があるのかもしれない。


 人と関わるのが怖かった俺が、人との関係で強くなる力を持つ。


 皮肉すぎる。


 でも、少しだけ悪くない。


「レン」


 セリカさんが言った。


「はい」


「また変な覚悟決めてない?」


「少しだけ」


「一人で?」


「いいえ」


 俺は周りを見る。


 リリア。

 セリカさん。

 ミュレア。

 アリシア王女。

 ノエル。

 ユリアナ。


「一人では無理なので」


 そう言うと、セリカさんは満足そうに頷いた。


「よし」


 リリアも微笑む。


「はい」


 ミュレアが偉そうに言う。


「ようやく分かってきたな、監視者」


「監視者なんですか、同調者なんですか」


「どちらでもよい。レンはレンじゃ」


 その言葉に、少しだけ胸が軽くなった。


 外れでも、危険異能者でも、魂同調者でも。


 俺は俺。


 それを忘れなければ、たぶんまだ歩ける。


     ◇


 その日の夕方、零号資料庫の記録は厳重封印された。


 だが、俺の中には新しい表示が残っていた。


好感度限界突破

新機能:感情過負荷警告

補助機能:信頼リンク安定化

注意:上限突破者との接触時、能力強化と負荷増加が同時発生します


 便利なのか、厄介なのか分からない。


 たぶん両方だ。


 帰り道、ミュレアが当然のように言った。


「さて、今日は甘味をまだ食べておらぬ」


「零号資料庫の話をした後にそれですか」


「重い真実の後には甘味が必要じゃと昨日も言ったであろう」


 リリアが微笑む。


「今日は一品だけです」


「分かっておる。……二品では駄目か?」


「駄目です」


「手強い」


 セリカさんが笑う。


 ノエルがぼそっと言う。


「糖分は脳に必要」


 ユリアナが記録板を閉じながら言った。


「本日は全員、休息を優先すべきです。甘味の購入後、解散しましょう」


「ユリアナ先輩も休むんですよ」


 俺が言うと、彼女は少しだけ目を逸らした。


「……はい」


 素直になってきた。


 よし。


 アリシア王女も楽しそうに言う。


「では、短い休憩にしましょう。私も少しだけご一緒します」


 王女まで参加するらしい。


 魔王令嬢、元聖女、赤髪剣士、王女、研究者、生徒会長、そして俺。


 この面子で甘いものを買いに行く。


 冷静に考えると、ものすごい集団だ。


 学園内でまた噂になる未来しか見えない。


 だが、今日はもう考えるのをやめた。


 古代儀式の話をした後くらい、少しだけ普通の甘いものを食べてもいい。


 そう思った。


 俺たちは夕焼けの学園を歩き出す。


 重い真実と、面倒な能力と、少し騒がしい仲間たちを抱えて。


 好感度が上がるほど強くなるとか、完全に面倒な仕様だ。


 けれど、その面倒さの中に、俺はもう少しだけ踏み込んでみようと思った。

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