第48話 ミュレア、学園に行きたいと言い出す
ミュレア・ノクターンは、甘いものに対して真剣だった。
いや、薄々分かってはいた。
封印の中にいた頃から、彼女は何かにつけて甘いものを要求していた。
王宮礼拝堂の儀式を止めた後も、ギルド地下へ移送された後も、事あるごとに「菓子」「甘味」「蜂蜜」と言っていた。
だが、実際に差し入れを持っていった時の反応を見ると、俺の認識はまだ甘かった。
甘いものだけに。
「遅い」
ギルド地下の特別封印室に入った瞬間、ミュレアは腕を組んでそう言った。
紫水晶の台座の上で、半透明の投影体がふわりと揺れている。
黒紫の長い髪。
気の強そうな目。
小柄な少女の姿なのに、妙に偉そうな態度。
魔王令嬢としての貫禄は確かにある。
ただし、視線は俺の顔ではなく、手元の包みに向いていた。
「まだ朝ですよ」
「妾にとっては長い待ち時間であった」
「封印されていた時間に比べたら一瞬では」
「そういう正論は嫌いじゃ」
ミュレアはぷいと顔を逸らした。
リリアが少し笑いながら、俺の手元の包みを受け取る。
「ミュレアさん、今日は蜂蜜焼き菓子と、果実の砂糖漬けです。ただし、量は少しずつです」
「白き娘よ。妾は病人ではないぞ」
「封印移送後の経過観察中です」
「むう」
ミュレアが本気で不満そうにする。
魔王令嬢が治癒師に食事制限されている光景は、かなり珍しいと思う。
セリカさんは壁際で腕を組み、呆れ半分で見ていた。
「リリアの言うことは聞くのね」
「白き娘は真面目すぎるゆえ、逆らうと後が面倒そうじゃ」
「私の言うことは?」
「赤き剣姫は甘味を減らすなどと脅すからな。危険人物じゃ」
「どっちが危険人物よ」
セリカさんが眉を寄せると、ミュレアは楽しそうに笑った。
ノエルはというと、今日も封印台座の横で記録板を抱えていた。
ただし、ユリアナ生徒会長から正式に研究制限を受けたため、いつもより少しだけ大人しい。
「投影体が甘味を摂取した場合、魔力構造上はどう処理されるんだろう。実体化してる部分だけで味覚情報を再現してるのか、それとも精神リンク経由で満足感だけを――」
「ノエル」
セリカさんが呼ぶ。
「観察だけ。接触、測定、質問攻めは禁止」
「質問は一日三つまで許可された」
「誰に?」
「オルフェさん」
「甘いわね、オルフェさん」
確かに甘い。
甘味より甘い。
ミュレアはリリアから焼き菓子を受け取ると、しげしげと眺めた。
「これが王都の菓子か」
「庶民向けの店ですけど、美味しいですよ」
俺が言うと、ミュレアは一口かじった。
その瞬間、目が少し見開かれる。
「……ふむ」
「どうですか」
「悪くない」
かなり満足そうだった。
悪くない、という言葉に高評価が詰まっているのはもう分かる。
リリアもそれに気づいたのか、柔らかく笑った。
「よかったです」
「白き娘、次はもう少し多くてもよいぞ」
「様子を見てからです」
「手強い」
ミュレアは小さく唸りつつ、次の一口を大事そうに食べた。
その姿は、昨日までの封印対象という印象からは少し遠い。
もちろん、危険がないわけではない。
彼女は魔王令嬢で、強大な魔力を持ち、今も封印下にある。
でも、目の前で焼き菓子を味わっている少女は、ただ危険な存在というだけではなかった。
「それで」
ミュレアは焼き菓子を食べ終えると、俺を見た。
「約束の話は?」
「学園の話ですか」
「うむ」
俺は昨日の学園で起きたことを話した。
王立学園へ戻った途端に有名人扱いされたこと。
レオンが「外れスキル」発言を撤回したこと。
表彰式で特別功労章をもらったこと。
その後、学生たちから相談が殺到したこと。
ミーナという魔術科の女子生徒の魔道具調整適性を見つけたこと。
生徒会長ユリアナに監視対象、いや臨時観察協力者にされたこと。
そして、そのユリアナがかなり過労気味だったこと。
ミュレアは、途中で何度も相槌を打った。
「ほう。金髪の貴族小僧が撤回したか」
「小僧って」
「小僧であろう」
「俺より少し年上ですが」
「妾から見れば皆小僧じゃ」
それはそうかもしれない。
「表彰式とやらは面白そうじゃな。妾も見たかった」
「見たかったんですか?」
「人間どもが、そなたを壇上に上げて拍手するところなど、なかなか愉快ではないか」
「俺は胃が痛かったです」
「であろうな」
ミュレアは楽しそうに笑った。
だが、ミーナの話になると、少し表情を変えた。
「才能がないのではなく、形が違う、か」
「はい」
「そなたらしい言い方じゃな」
「そうですか?」
「うむ。そなたは、壊れたものや外れたものを見ると、捨てるより先に別の使い道を探す」
ミュレアの言葉に、少しだけ黙る。
自覚はあまりない。
でも、そうなのかもしれない。
俺自身が外れと言われてきたから。
使い道がないと決めつけられる苦しさを知っているから。
誰かに対して、そう言いたくないのかもしれない。
「そして、生徒会長は過労か」
ミュレアは今度は面白そうに目を細めた。
「また放っておけぬ者を見つけたな」
「見つけたくて見つけているわけでは」
「見えてしまうのであろう?」
「はい」
「なら同じじゃ」
セリカさんが横で頷く。
「私もそう思う」
「セリカさんまで」
リリアも控えめに笑った。
「レンは、見えてしまったものを見なかったことにできない方ですから」
「褒められているのか、心配されているのか分かりません」
「両方です」
リリアは即答した。
最近、この「両方」が多い気がする。
ミュレアは最後の砂糖漬けを食べ終え、ふと静かになった。
「学園か」
ぽつりと呟く。
「王女、白き娘、赤き剣姫、眼鏡の研究娘、過労の生徒会長、金髪小僧。なかなか騒がしい場所のようじゃな」
「騒がしいです」
「退屈ではなさそうじゃ」
「退屈はしません」
むしろ退屈が恋しい。
そう言いかけて、ミュレアの表情がいつもと違うことに気づいた。
からかうような笑みではない。
どこか遠くを見るような顔。
「妾も行く」
一瞬、聞き間違えたかと思った。
「はい?」
「妾も学園へ行くと言うた」
封印室の空気が止まった。
ノエルの記録板が、かたんと小さく鳴る。
セリカさんが眉を寄せる。
リリアも目を瞬かせた。
「ミュレアさん、学園へ、ですか?」
「うむ」
「いや、無理です」
俺は即答した。
ミュレアがむっとする。
「即答とは失礼な」
「危険すぎます」
「妾が危険なのは今さらじゃ」
「分かっているなら」
「だが、ここに閉じ込められているだけでは、結局同じではないか?」
その言葉で、俺は止まった。
ミュレアの声は、軽くなかった。
「封印対象だから地下に置く。危険だから外に出すな。監視し、管理し、会いに来る者を選ぶ。なるほど、安全ではあろう」
彼女は自分の半透明の手を見下ろした。
「だが、それは教会が言っていたことと、何が違う?」
誰も、すぐには答えられなかった。
ミュレアは続ける。
「妾は自由に王都を歩きたいとは言っておらぬ。封印を解けとも言っておらぬ。だが、外の話を聞くだけでなく、少しは見たいと思うことまで罪か?」
その声には、怒りよりも寂しさがあった。
長い封印の中で、彼女はずっと外を見られなかった。
名前を呼ばれることも少なく、誰かと話すこともほとんどなかった。
ギルド地下に移ったことで、会話はできるようになった。
甘いものも食べられるようになった。
でも、そこから一歩も出られないなら。
確かに、それは新しい形の牢かもしれない。
リリアが、静かに口を開いた。
「ミュレアさん」
「何じゃ」
「私は、あなたの気持ちが少し分かります」
ミュレアの目がリリアへ向く。
「安全のため、保護のため、正しさのため。そう言われて、私はずっと教会の中にいました。でも、私の意思はあまり聞かれませんでした」
リリアは胸元のギルド章に触れた。
「だから、ミュレアさんの言葉を、ただ危険だからと退けたくありません」
「白き娘……」
「でも、危険があるのも本当です。だから、どうすれば少しでも安全に外へ出られるか、考えるべきだと思います」
ミュレアの表情が、わずかに和らぐ。
セリカさんも腕を組み直した。
「私は反対。……って言いたいところだけど、リリアの言うことも分かる」
「赤き剣姫にしては柔らかい返事じゃな」
「調子に乗らない。外へ出るなら、条件は必要よ。厳しい条件が」
「ふむ。交渉の余地あり、ということじゃな」
「今の言い方、嫌な予感しかしないわね」
ノエルは完全に目を輝かせていた。
「理論上、限定投影体の外出制御は可能かもしれない」
「ノエル」
俺が呼ぶと、彼女はすぐに続けた。
「もちろん、危険はある。でも、制御具を作れば、一定範囲だけ移動可能にできる可能性がある。レンとのリンクを基準にして、距離制限、魔力出力制限、攻撃魔法封鎖、緊急停止機能を入れる」
「もう考え始めてる」
「考えるよ。歴史的に重要だから」
セリカさんが半眼になる。
「研究目的だけじゃないでしょうね」
「半分」
「半分」
「もう半分は、ミュレアさん本人の意思」
ノエルが真面目な顔で言ったので、セリカさんもすぐには否定できなかった。
ミュレアは満足げに頷く。
「眼鏡の研究娘、そなたは話が分かる」
「構造に興味がある」
「それもまた分かりやすくてよい」
この二人を組ませて大丈夫なのだろうか。
非常に不安だ。
その時、封印室の扉が開いた。
入ってきたのは、ダリウスさんとオルフェさん。
そして、アリシア王女だった。
王女は簡素な外套姿だが、王家の徽章を身につけている。
ギルド地下へ王女が来るというだけでかなり大きな出来事なのだが、最近の俺たちの周囲では驚きが麻痺してきている。
「ミュレア様が学園へ行きたいとおっしゃったと聞きました」
アリシア王女は静かに言った。
「情報が早いですね」
俺が言うと、オルフェさんが少し疲れた顔で答える。
「封印室の安全記録は、私の水晶にも届きますので」
「つまり聞こえてたんですか」
「重要箇所だけです」
どこからが重要箇所だったのだろう。
ミュレアはアリシア王女を見て、ふっと笑った。
「人間の王女か。ちょうどよい。妾の外出許可を出せ」
直球すぎる。
アリシア王女は驚くでもなく、ミュレアの前へ進んだ。
「私は王女ですが、あなたの自由を一人で決める権限はありません」
「つまらぬ返事じゃな」
「ですが、あなたを地下に置き続けることが正しいかどうか、考える責任はあります」
ミュレアの目が、少し細くなった。
アリシア王女は続ける。
「あなたを危険視しないとは言えません」
きっぱり言った。
リリアが少し息を呑む。
でも、ミュレアは怒らなかった。
むしろ、面白そうに王女を見る。
「正直じゃな」
「はい。あなたは強大な魔力を持つ魔王令嬢です。王都にとって危険である可能性は否定できません」
「それで?」
「でも、道具として扱うことも認めません」
封印室が静かになる。
「あなたを封印対象としてだけ扱えば、教会が行ったことと同じ過ちを繰り返します。だから、安全と尊厳の両方を守る方法を考えるべきです」
ミュレアは、しばらくアリシア王女を見つめていた。
そして、小さく笑った。
「人間の王女にしては、悪くない」
「ありがとうございます」
「褒めておるかどうか分からぬ返事をしたつもりじゃが」
「褒められたと受け取ります」
「ふふ。ますます悪くない」
二人の空気は、思ったより悪くなかった。
王女と魔王令嬢。
本来なら対立するはずの存在が、封印室で静かに向かい合っている。
アリシア王女は俺たちへ視線を移した。
「正式な外出許可は、王宮、ギルド、学園、そして封印管理者の協議が必要です」
「ですよね」
俺は頷いた。
「ただし、完全自由ではなく、限定的な試験外出であれば、検討の余地はあります」
ミュレアの顔がぱっと明るくなった。
「ほう」
「学園内に限定し、王家認証、ギルド認証、レン様とのリンク制限をつける。攻撃魔法は禁止。一定距離以上離れられないようにする。緊急時には停止できる制御具を用いる」
アリシア王女の説明は具体的だった。
ノエルが勢いよく手を上げる。
「作れます!」
「まだ頼んでないです」
俺が言うと、ノエルは真顔で返した。
「でも作れる」
「ノエル様には、魔道具科とオルフェ様の監督下で試作に参加していただく形がよいかと」
アリシア王女が言う。
ノエルは目を輝かせた。
「正式に?」
「正式に。ただし、研究ではなく安全装置の開発です」
「分かっています」
本当に分かっているのだろうか。
オルフェさんがすかさず言った。
「私が確認します」
助かる。
ダリウスさんは腕を組み、重い声で言った。
「条件は厳しくする。学園内限定。レンから一定距離を離れられない。攻撃行動は禁止。魔力出力制限。王家とギルドの二重停止。許可された時間のみ」
「買い食いは?」
ミュレアが真顔で聞いた。
全員が一瞬黙った。
リリアが静かに言う。
「買い食いは、要相談です」
「なぜじゃ!」
「体調管理のためです」
「白き娘、そこは譲ってもよかろう」
「駄目です」
リリアは強かった。
ミュレアは本気で悔しそうにしている。
アリシア王女が口元に手を当てて、笑いをこらえていた。
セリカさんは呆れつつも、少し安心したように息を吐く。
「条件付きなら、私も反対はしないわ。ただし、何かあればすぐ止める」
「赤き剣姫、そなたの監視は厳しそうじゃな」
「厳しくするわよ」
「ふむ。それも退屈しなさそうじゃ」
ミュレアは、まるで新しい遊びを見つけた子どものように笑った。
でも、その笑みの奥にあるものを、俺は見逃せなかった。
ミュレア・ノクターン
状態:期待、不安、喜び
備考:外を見る機会が得られるかもしれないことに、強く心を動かされています
強く心を動かされている。
ただのわがままではない。
長い封印の中で奪われていたものを、少しだけ取り戻そうとしているのだ。
俺は小さく息を吐いた。
「ミュレア」
「何じゃ」
「まだ決定ではありません。危険もあります」
「分かっておる」
「でも、少しずつ考えましょう。外に出る方法を」
ミュレアは、俺をじっと見た。
それから、少しだけ目を細める。
「約束じゃぞ、レン」
「はい」
「妾を、ただ地下に置き忘れるでないぞ」
その言葉は軽く言ったようで、少しだけ重かった。
俺は頷く。
「置き忘れません」
リリアも言った。
「私も、忘れません」
セリカさんも続ける。
「定期的に見に来るわ。甘いものの食べすぎも監視する」
「そこは少し忘れてもよい」
「忘れない」
ノエルは楽しそうに言う。
「制御具、面白くなりそう」
「面白さより安全です」
「安全で面白くする」
不安だが、頼もしい気もする。
アリシア王女はミュレアに向き直った。
「正式な協議はこれからです。ですが、私はあなたを道具としてではなく、交渉すべき相手として扱います」
「よい。妾も人間の王女を、ただの檻の番人とは見なさぬ」
二人は、静かに視線を交わした。
王女と魔王令嬢。
危険な組み合わせ。
でも、今の俺には、それが少し希望のある光景に見えた。
◇
封印室を出た後、俺たちはそのままギルド会議室へ移った。
議題はもちろん、ミュレアの限定外出について。
いきなり学園へ連れていくわけにはいかない。
まずは制御具の試作。
次に封印室内での動作確認。
ギルド地下廊下での短時間移動。
王宮と学園の許可。
最後に、学園内限定の試験外出。
道のりは長い。
だが、最初から不可能と切り捨てられなかっただけでも大きい。
ノエルは会議室の端で、もう設計案を書き始めていた。
「レンとの距離制限を基準にするなら、腕輪型か仮学生証型かな。学生証型なら学園の結界と連動できる」
「仮学生証?」
俺が聞くと、ノエルは頷いた。
「学園内限定の認証媒体。身分証でもあり、制御具でもある。王家認証とギルド認証を重ねれば、外部干渉にも強い」
オルフェさんが設計図を覗き込む。
「理論上は可能です。ただ、魔王令嬢の魔力を受け止める媒体としては強度が足りないかもしれません」
「素材は?」
「王宮保管の白銀結晶か、迷宮産の黒水晶が必要でしょう」
「黒水晶ならギルドに少量ある」
ダリウスさんが言う。
話がどんどん進んでいく。
俺は少し頭が追いつかない。
セリカさんが隣で小声で言った。
「また大ごとになってきたわね」
「ミュレアが学園に来るかもしれないって、冷静に考えるとすごいですね」
「冷静に考えなくてもすごいわ」
リリアは少し心配そうに言う。
「でも、ミュレアさんが外を見たいと思う気持ちは、大事にしたいです」
「はい」
俺もそう思う。
危険だから閉じ込める。
それは簡単だ。
でも、危険な相手にも意思がある。
ミュレアを完全に自由にすることはできない。
王都の安全も、学園の安全も守らなければならない。
けれど、だからといって彼女の願いを最初から潰していいわけではない。
マルクスや白銀枢機卿のように、人を力や制度の部品として見ることを否定したいなら。
俺たちは、ミュレアの意思も聞かなければならない。
面倒だ。
とても面倒だ。
でも、たぶんその面倒こそが大事なのだ。
「レン様」
アリシア王女が声をかけてきた。
「はい」
「ミュレア様の試験外出が実現する場合、あなたの負担が大きくなります。リンク制御の中心になる可能性が高い」
「そうですね」
「無理だと思ったら、必ず言ってください」
その言葉に、セリカさんとリリアが同時に頷いた。
「そこは本当に」
「レンは黙って抱え込みがちですから」
「二人とも即答ですね」
「当然」
「当然です」
逃げ場がない。
でも、ありがたい。
「分かりました。無理な時は言います」
セリカさんがじっと見る。
「本当に?」
「本当に」
リリアも見る。
「約束です」
「はい」
アリシア王女は少し安心したように微笑んだ。
「では、協議を進めます。王宮には私から報告します」
ダリウスさんも頷く。
「ギルド側は制御具の安全確認と護衛計画を組む。学園側には学園長とユリアナ生徒会長にも話を通す必要があるな」
「ユリアナ先輩にもですか」
「当然だ。学園秩序の問題だろう」
確かに。
ミュレアが学園へ来るとなれば、ユリアナが黙っているはずがない。
俺は、完璧な生徒会長がこの話を聞いた時の顔を想像した。
たぶん、すごく冷静に「条件を提示します」と言う。
そして書類が増える。
また寝なくなる可能性がある。
「……ユリアナ先輩の仕事が増えますね」
俺が呟くと、セリカさんが言った。
「そこを心配するのね」
「倒れられると困るので」
「もう完全に気にしてるじゃない」
「見えてしまったので」
リリアが微笑む。
「一緒に支えましょう」
「はい」
問題が一つ増えた瞬間だった。
ミュレアの学園外出計画。
仮学生証型制御具。
王宮、ギルド、学園、生徒会の協議。
そして、過労気味のユリアナへの説明。
俺の静かな学園生活は、また新しい方向へ遠ざかっていく。
でも、封印室で見たミュレアの顔を思い出す。
外を見たい。
置き忘れないでほしい。
そう言った彼女の顔。
それを思えば、面倒でも進める価値はあるのだと思った。
たぶん。
きっと。
少なくとも、甘いものだけでごまかしていい話ではなかった。




