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第47話 生徒会室で尋問されたら、なぜか相談会になった

翌日の放課後、俺はまた生徒会室の前に立っていた。


 昨日、ユリアナ・フォン・グランベル生徒会長によって、俺は「監視対象」から少し柔らかく言い換えられた「臨時観察協力者」になった。


 言い換えられても、監視されている事実はあまり変わっていない。


 しかも今日から、相談件数、相談内容、能力使用の有無を簡易報告しなければならない。


 つまり、俺は放課後に生徒会室へ出頭する立場になった。


 ……何をどうしたら、表彰された翌日にこんなことになるのか。


「レン」


 隣のセリカさんが、俺を見る。


「はい」


「逃げない」


「まだ何も言ってません」


「顔が言ってる」


「最近、顔で全部ばれるんですが」


「分かりやすいもの」


 否定したいが、たぶん無理だ。


 リリアは少し後ろで、今日の相談記録をまとめた紙を持っている。


 俺一人だと絶対に雑になるから、とリリアが手伝ってくれた。


 内容は、聖具不安相談が二件。

 魔道具適性相談が一件。

 好感度確認依頼が三件。


 最後の三件は、もちろん断った。


 ノエルも当然のようにいる。


 理由は「ユリアナ会長の制度設計がどう改善されるか見たい」から。


 完全に観察者の顔だ。


「ノエル、また怒られませんか」


「今日は研究申請書を持ってきた」


「本気で三重承認を突破しようとしてる」


「正規手続きだから怒られない」


 ノエルは胸を張った。


 確かに正規手続きなら怒られにくいのかもしれない。


 でも、研究対象が俺なので素直に応援できない。


 俺は深く息を吸って、生徒会室の扉を叩いた。


「どうぞ」


 昨日と同じ、澄んだ声。


 扉を開けると、ユリアナが机に向かっていた。


 昨日と同じく、制服に乱れはない。

 髪も綺麗にまとめられている。

 姿勢も完璧。


 ただし、机の上の書類は昨日より増えていた。


 なぜ増える。


 昨日、寝ると約束したはずなのに。


 俺の視界には、すぐに表示が浮かんだ。


ユリアナ・フォン・グランベル

状態:過労、睡眠不足、集中力低下寸前

備考:昨夜は日付が変わる前に休む予定でしたが、追加書類対応で失敗しました


 失敗している。


 完全に失敗している。


 俺は入室してすぐ、思わず言ってしまった。


「寝てないですね」


 生徒会室の空気が止まった。


 ユリアナの手元のペンが、ぴたりと止まる。


 セリカさんが額を押さえた。


 リリアが小さく「あ……」と呟く。


 ノエルだけが興味深そうにこちらを見た。


 ユリアナはゆっくり顔を上げる。


「……まず挨拶からでは?」


「すみません。お疲れ様です」


「お疲れ様です」


「寝てないですね」


「戻しましたね」


 ユリアナの声は冷静だった。


 だが、ほんの少しだけ疲れている。


「正確には、少しは休みました」


「どれくらいですか」


「……仮眠を」


「何時間ですか」


「時間ではなく質が重要です」


「それ、寝てない人の言い訳です」


 セリカさんが横で頷く。


「レンもよく言うわね」


「俺への流れ弾が」


「事実でしょ」


 否定できない。


 ユリアナは咳払いをした。


「本日の議題は、私の睡眠ではありません。レン様の相談対応状況と、生徒会への報告体制です」


「でも、生徒会長が倒れたら報告体制も崩れます」


 俺が言うと、ユリアナは眉を寄せた。


「私は倒れません」


「昨日も聞きました」


「なら、繰り返す必要はありません」


「倒れる人ほどそう言うんです」


「経験談ですか」


「はい」


 また即答してしまった。


 ユリアナが一瞬だけ言葉に詰まった。


 セリカさんが小さく笑う。


「説得力だけはあるのよね」


「だけ、ですか」


「そこは気にしない」


 リリアが一歩前へ出た。


「ユリアナ様。先に報告書をお渡しします」


「ありがとうございます」


 ユリアナはリリアから紙を受け取り、目を通した。


 読むのが早い。


 疲れているはずなのに、重要な箇所をすぐ拾っている。


「聖具不安相談が二件。どちらも担当教師へ引き継ぎ済み。魔道具適性相談が一件。これはグラント先生立ち会い。好感度確認依頼三件は拒否」


「はい」


「好感度確認依頼が、昨日より増えていますね」


 ユリアナの視線が俺に刺さる。


「俺のせいではないと思いたいです」


「思いたい、では困ります」


「はい」


「好感度確認は、他者の内心に関わるため原則禁止。これは正式規則に入れます」


「賛成です」


 俺は即答した。


 ユリアナは少しだけ意外そうに目を細める。


「抵抗しないのですね」


「したくないです。むしろ、規則にしてもらった方が断りやすいです」


「なるほど」


 ユリアナは手元に書き込んだ。


「では、本人が自分自身の状態確認を依頼する場合のみ、教師または治癒師同席で限定的に許可。恋愛感情の確認は禁止」


「助かります」


「あなたは、利用されることへの警戒が足りません」


「よく言われます」


「よく言われるなら改善してください」


「はい」


 まるで先生に怒られている気分だ。


 いや、生徒会長だから先生ではないのだが、圧はかなり先生寄りだった。


 ノエルが手を上げる。


「研究申請書、出していい?」


 ユリアナはため息をつくでもなく、手を差し出した。


「拝見します」


 ノエルが嬉しそうに紙束を渡す。


 紙束。


 想像より多い。


 ユリアナは一枚目を読んだ瞬間、眉を動かした。


「研究題目。“好感度可視化現象における魂魄同期仮説と対人関係変動の初期観測”」


「仮題」


「却下します」


「早い」


「題目が危険です」


「内容は?」


「題目の時点で危険です」


 ノエルが珍しくしょんぼりした。


「では、研究範囲を“相談窓口における能力使用記録の匿名化分析”まで縮小してください。個人の好感度、恋愛感情、精神状態を研究対象に含めることは禁止です」


「それなら可能?」


「教師、本人、ギルド、生徒会の承認があれば」


「四重になった」


「あなたの場合は必要です」


 セリカさんが満足そうに頷いた。


「いい判断ね」


「セリカさん、完全にそちら側ですね」


「安全側よ」


 リリアも微笑んでいる。


 ノエルは悔しそうだが、すでに別の題目を考えている顔だった。


 この人、諦めが早いのではなく、切り替えが早い。


 ユリアナは報告書と研究申請を横に置き、改めて俺を見る。


「レン様。あなたの能力は、学園にとって有益です。しかし、扱いを間違えれば混乱を生みます」


「はい」


「そのため、今後は相談窓口を通じて、必要な場合のみ能力使用を許可する方向で調整します」


「分かりました」


「また、あなた自身が過剰に相談を抱え込むことも禁止します」


「そこも正式に入るんですか」


「入れます」


 容赦ない。


 だが、ありがたくもある。


 俺は断るのが苦手だ。


 相手が本当に困っていると見えてしまうと、なおさら断りにくい。


 規則として「ここまで」と決まっていれば、少しは楽になる。


「ありがとうございます」


 俺が言うと、ユリアナは少しだけ目を伏せた。


「礼を言われることではありません。学園秩序のためです」


 そう言いながら、表示は少し変わっていた。


ユリアナ・フォン・グランベル

状態:警戒、責任感、わずかな安堵

備考:レンが規則を拒まなかったことに安心しています


 安堵。


 この人も、不安だったのだ。


 俺が反発したらどうしようか、と。


 たぶん彼女は、いつもそうやって先回りしている。


 誰かが困らないように。

 秩序が崩れないように。

 自分が失敗しないように。


 俺は机の上の書類へ視線を向けた。


 生徒会予算申請。

 食堂混雑緩和案。

 寮の水回り修繕依頼。

 旧研究棟事件後の学生不安調査。

 剣術課程と魔術科の訓練場使用調整。

 相談窓口案。

 表彰式後の学生動向記録。


 多すぎる。


 明らかに一人で抱える量ではない。


「ユリアナ先輩」


「何でしょう」


「これ、全部ユリアナ先輩が見ているんですか」


「生徒会長ですので」


「他の役員は?」


「います」


「任せていますか?」


「必要に応じて」


 その言い方が怪しい。


 俺は表示を見る。


生徒会業務

状態:会長への集中過多

原因:ユリアナが最終確認を手放せない

備考:副会長・書記は能力があるが、会長が遠慮して仕事を戻してしまっています


 戻してしまっている。


 やはり。


「任せた後、自分でやり直していませんか」


 言った瞬間、ユリアナの表情が止まった。


 当たりだ。


「……確認は必要です」


「確認とやり直しは違います」


「不備があれば、修正するべきです」


「全部自分で修正していたら倒れます」


「倒れません」


「またそれです」


 俺が言うと、ユリアナは少しだけむっとした顔をした。


 完璧な生徒会長というより、少し意地を張った少女の顔だった。


「私が確認しなければ、抜けが出ます」


「抜けが出たら、次に直せばいいんじゃないですか」


「学園運営に抜けは許されません」


「全部は無理です」


 俺は言ってから、自分でも少し驚いた。


 強く言いすぎたかもしれない。


 だが、ユリアナは黙っていた。


「俺も、人に頼るのが下手です。見えるから、気になる。自分でやった方が早いと思うこともあります」


 セリカさんが横で小さく頷く。


「でも、それをやっていると、周りが止めてくれます。セリカさんにも、リリアにも、ギルド長にも」


「かなり止めてるわね」


 セリカさんが言う。


「はい。止められています」


 俺はユリアナを見る。


「ユリアナ先輩にも、止める人が必要なんだと思います」


「……私は、生徒会長です」


「はい」


「私が弱音を吐けば、周囲が不安になります」


「弱音を吐くことと、仕事を任せることは違います」


 リリアが静かに続けた。


「助けを求めることは、敗北ではないと思います」


 ユリアナの指が、書類の端を握った。


 その言葉が刺さったのが分かった。


 表示が揺れる。


ユリアナ・フォン・グランベル

状態:動揺

備考:助けを求めることを敗北だと思っています


 リリアが見抜いたわけではない。


 でも、当たっていた。


 ユリアナは、小さく息を吐いた。


「……私は、幼い頃からそう教えられてきました」


 初めて、彼女の声から硬さが少し抜けた。


「グランベル家の娘ならば、常に整っていなさい。人より先に気づき、人より正しく処理し、人に弱みを見せてはいけない。そうでなければ、誰もついてこないと」


 セリカさんの表情が少し変わった。


 貴族の家の重さ。


 彼女にも覚えがあるのかもしれない。


「生徒会長になった時も同じです。学園の秩序は、乱れてからでは遅い。誰かが完璧に見ていなければならない」


 ユリアナは机の上の書類を見る。


「だから、私が見るべきだと思いました」


 部屋が静かになる。


 ノエルも、さすがに茶化さなかった。


 俺は少し考えてから言った。


「でも、全部一人で見ていると、逆に見落とすと思います」


 ユリアナがこちらを見る。


「人間は疲れます。疲れると判断が落ちます。俺もそうでした。だから、複数で見た方がいいです」


「複数で……」


「ユリアナ先輩が一人で完璧にするより、みんなで八割ずつ見た方が、結果的に安全だと思います」


 ユリアナは、すぐには答えなかった。


 代わりに、ノエルがぽつりと言う。


「研究でもそうだよ。査読って大事」


「その例えでいいんですか」


「かなり近い。自分では完璧だと思っても、別の人が見ると穴が見える」


 セリカさんも言う。


「剣でも同じ。一人で型を整えてるつもりでも、外から見てもらった方が早い」


 リリアも頷く。


「治癒術もです。自分の聖力の乱れは、自分では気づきにくいことがあります」


 三方向からの援護。


 ユリアナは、少しだけ目を伏せた。


「……あなた方は、連携が自然ですね」


「自然というか、そうしないと倒れる事件ばかりでした」


 俺が言うと、セリカさんがすぐに言った。


「主にレンが倒れかけるからね」


「そこは否定できません」


 リリアも困ったように笑う。


「でも、そのたびに少しずつ覚えました。一人で抱えないことを」


 ユリアナは静かに聞いていた。


 やがて、机の上の書類のうち、三束を取り分けた。


「……この予算申請は、副会長に戻します。最終確認だけ私が行います」


 次に、別の束。


「寮の修繕依頼は、庶務担当へ。私は一覧だけ見ます」


 さらに、もう一束。


「相談窓口の分類案は、ノエル様にも一部確認を依頼します」


 ノエルが目を輝かせる。


「いいの?」


「研究ではなく、制度分類の助言としてです」


「それでもいい」


「個人情報には触れさせません」


「分かってる」


 本当に分かっているかは少し不安だが、ユリアナが管理するなら大丈夫だろう。


 ユリアナは俺へ向き直った。


「レン様」


「はい」


「ご指摘、受け止めます」


 声はまだ硬い。


 でも、昨日より少しだけ柔らかかった。


「ただし、あなたの観察協力者としての報告義務はなくなりません」


「そこは変わらないんですね」


「変わりません」


「はい」


 ユリアナは少しだけ口元を緩めた。


「そして、私の睡眠について過度に介入することも、本来の議題ではありません」


「でも、気づいたら言います」


 ユリアナは一瞬黙った。


 それから、諦めたように言った。


「……ほどほどに」


「はい」


 表示が浮かぶ。


ユリアナ・フォン・グランベル

好感度:19 → 31

状態:警戒、困惑、わずかな信頼、疲労

備考:レンたちに仕事の抱え込みを指摘され、少しだけ肩の力が抜けました


 好感度が上がった。


 思ったより上がった。


 俺は表情に出さないようにした。


 だが、リリアがこちらを見る。


「レン、何か見ましたね」


「少し」


 セリカさんも見る。


「ユリアナ関連?」


「はい」


 ユリアナの眉が動く。


「私に関する何かですか」


「ええと……少しだけ信頼が増えたようです」


 言った瞬間、ユリアナの頬がほんのわずかに赤くなった。


 本当にわずか。


 見逃しそうなくらい。


 けれど、見えた。


「……それを本人に言う必要はありましたか」


「聞かれたので」


「今後、好感度関連は原則口外禁止にしましょう」


「はい」


 ルールが一つ増えた。


 たぶん妥当だ。


 セリカさんが腕を組みながら、少しだけ面白そうに言う。


「生徒会長、レンの扱いに慣れてきたわね」


「慣れたくはありませんが、対応は必要です」


「その言い方、好きよ」


 ユリアナは少し困ったような顔をした。


 リリアも微笑んでいる。


 生徒会室に、昨日とは少し違う空気が流れていた。


 尋問の場だったはずなのに、気づけば相談会になっていた。


 相談されたのは、俺ではなくユリアナの方だったけれど。


     ◇


 生徒会室を出る頃には、夕日が廊下を赤く染めていた。


 ユリアナは、俺たちが出る直前に一つ約束した。


 今日は、日が完全に沈む前に副会長へ書類を渡し、自分は夕食を取る。

 その後、最低限の確認だけして休む。


 「最低限」が少し怪しいが、昨日よりは前進だ。


 廊下を歩きながら、セリカさんが言った。


「完全に相談会だったわね」


「俺が尋問されるはずだったんですが」


「途中から会長の働きすぎ相談になってた」


 ノエルが頷く。


「生徒会長、過労型完璧主義。改善余地あり」


「分類が雑に聞こえるのに、当たっているのが悔しいですね」


 リリアは静かに言った。


「でも、少し安心しました。ユリアナ様は怖い方ではありませんでした」


「怖くはないけど、厳しいです」


「はい。でも、レンを縛るためではなく、守るためにも規則を作っているように見えました」


 俺も同じことを感じていた。


 監視。


 観察。


 報告義務。


 言葉だけなら面倒だ。


 でも、その奥には、俺が利用されないように、学生たちが混乱しないように、学園が壊れないようにという責任感がある。


 少し不器用で、過剰で、自分を削りがちだけれど。


「放っておけない人が、また増えましたね」


 俺が呟くと、セリカさんが即座に言った。


「あなたが言うと重いわ」


「自覚はあります」


「なら、一人で抱えない」


「はい」


 リリアも続ける。


「ユリアナ様のことも、一緒に見守りましょう」


「はい」


 ノエルが手を上げる。


「私は制度分類の助言者になった」


「ノエルは個人情報に触らないでくださいね」


「分かってる。たぶん」


「たぶん?」


「努力する」


 不安だ。


 非常に不安だ。


 それでも、少しだけ笑えた。


 生徒会長ユリアナは、俺を監視対象にした。


 そして俺たちは、彼女の過労を見つけた。


 これが味方なのか、監視者なのか、まだよく分からない。


 でも少なくとも、彼女は敵ではない。


 好感度は三十一。


 警戒と困惑の中に、わずかな信頼がある。


 それなら、これから少しずつ話せるかもしれない。


 学園の相談窓口。

 才能の不安。

 聖具への恐怖。

 好感度の扱い。

 ユリアナの過労。

 ノエルの研究制限。


 問題は増えている。


 でも、以前よりは悪くない増え方だと思った。


 誰かを縛るためではなく、誰かが壊れないための仕組みを作る。


 それなら、俺も協力していい。


 夕日の中、俺は小さく息を吐いた。


 静かな学園生活は相変わらず遠い。


 けれど、今日の面倒は、少しだけ前向きな面倒だった。

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