表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『前世で陰キャ非モテだった俺、異世界転生したら【好感度限界突破】で美少女たちが勝手に惚れてくるんだが!?〜外れスキル扱いされた俺、実は触れただけで才能覚醒させる最強チートでした〜』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/39

第4話 追放聖女を拾ったら、なぜか距離が近い

森の中を、人を背負って走る。


 字面だけ見れば英雄的かもしれない。


 けれど実際は、かなり情けない。


「はっ……はっ……く、苦しい……!」


 俺は木の根に足を取られそうになりながら、必死に前へ進んでいた。


 背中には、白銀髪の少女――リリア・セレスティア。


 元聖女。

 教会から追放され、処分対象になっているらしい少女。


 追放されたばかりの俺が、追放された聖女を拾った。


 偶然にしては出来すぎている。


 いや、そんなことを考えている場合ではない。


 後ろから鎧の音が近づいている。


「逃がすな!」


「聖女を確保しろ!」


「生死は問わんとの命令だ!」


 生死は問わん。


 その声を聞いた瞬間、背中のリリアが小さく震えた。


 彼女の腕が、俺の肩にぎゅっと回る。


「……降ろして」


「え?」


「私を降ろして。あなたまで殺される」


 かすれた声だった。


 弱っているのに、そこだけははっきりしていた。


 俺は枝を避けながら答える。


「嫌です」


「どうして」


「さっき助けるって決めたばかりなので」


「あなたには関係ない」


「関係ない人が死にそうだったら、助けたら駄目ですか」


「……っ」


 リリアは黙った。


 俺の視界には、彼女の表示が揺れている。


名前:リリア・セレスティア

好感度:−3

状態:混乱、聖力枯渇、極度の疲労

備考:見捨てられないことに戸惑っています


 好感度はまだマイナス。


 当然だ。


 俺は彼女にとって、さっき会ったばかりの不審者である。


 水と食べ物を渡した。

 背負って逃げている。

 その事実だけ並べるといい人っぽいが、彼女からすれば、まだ信用できる相手ではないはずだ。


 それでいい。


 信用なんて、今すぐしてもらわなくていい。


 ただ、死なせたくないだけだ。


警告:前方、急斜面

推奨:右手側の獣道へ


 スキル表示に従い、俺は右へ曲がる。


 木々の間に、人ひとりが通れるくらいの細い道があった。


 自然感知がなければ、絶対に見落としていただろう。


 俺はそこへ滑り込む。


 後方から追ってきた教会騎士たちの足音が、一瞬乱れた。


「どこへ行った!」


「右だ! 獣道に入った!」


「ちっ、面倒な!」


 追手はまだ諦めない。


 こちらはリリアを背負っている。

 しかも俺自身、旅に出たばかりの素人だ。


 長くは走れない。


 呼吸が荒くなる。

 足が重くなる。

 背中に汗がにじむ。


 リリアは軽い。

 軽すぎる。


 けれど、疲労は確実に溜まっていく。


 その時、前方に小さな沢が見えた。


推奨:沢沿いに移動

効果:足跡攪乱、追跡難度上昇


 なるほど。


 俺は沢へ降りた。


 冷たい水が靴に入り、思わず声が出そうになる。


「冷たっ……いや、我慢」


「……あなた、本当に大丈夫?」


 背中でリリアが小さく尋ねる。


「正直、あまり大丈夫ではないです」


「なのに、走ってるの?」


「止まったら捕まりそうなので」


「変な人」


「今日だけで三回目です」


 こんな状況なのに、リリアがほんの少しだけ息を漏らした。


 笑ったのかもしれない。


 表示が変わる。


好感度:−3 → 2

状態:警戒、困惑

備考:恐怖の中で少しだけ緊張が緩みました


 マイナスを抜けた。


 いや、喜ぶような数字ではない。


 でも、悪くはない。


 沢沿いにしばらく進むと、岩陰に小さな空間があった。


 人が二人、身を隠すには十分な広さ。


推奨:一時隠蔽

注意:会話音量を下げること


 俺はそこへ身を滑り込ませ、リリアを慎重に降ろした。


 彼女は立っていられず、そのまま岩壁にもたれかかる。


「ごめん、乱暴じゃなかったですか」


「……平気」


 平気には見えない。


 顔色は悪い。

 唇は乾いている。

 肩で息をしている。


 俺は水袋を渡した。


 リリアは迷ったあと、それを受け取る。


「飲んで。まだ追手は近いけど、少し休めます」


「あなたは」


「俺も飲みます。別の水袋があるので」


 と言っても、もう残りは少ない。


 でも、今は彼女優先だ。


 リリアは少しずつ水を飲んだ。


 その仕草はどこか上品だった。


 泥だらけで、服も傷んでいて、追われている。

 それでも、生まれ持った気品のようなものがある。


 この子が本当に聖女だったのなら、多くの人々の前で祈りを捧げていたのだろう。


 そんな人が、なぜ処分対象になっているのか。


 聞きたいことは山ほどある。


 けれど、今はそれどころではない。


 教会騎士たちの声が近づいてきた。


「足跡が沢で消えている!」


「周囲を探せ!」


「遠くへは行っていないはずだ!」


 俺はリリアに唇の前で指を立てた。


 リリアは小さくうなずく。


 岩陰の奥に、二人で身を寄せる。


 ……近い。


 いや、仕方ない。


 隠れるためだ。

 他意はない。


 他意はないのだが、俺は前世から数えて、女子とこれほど近い距離になった経験がほぼない。


 リリアの白銀の髪が、俺の手に触れる。


 淡い花のような香りがした。


 いや、こんな時に何を意識しているんだ俺は。


 相手は衰弱している。

 命を狙われている。

 緊急事態だ。


 邪念を捨てろ。


 そう自分に言い聞かせていると、リリアが小声で言った。


「……顔、赤い」


「気のせいです」


「赤い」


「走ったからです」


「今、止まってる」


「余熱です」


 リリアが少しだけ目を細めた。


 疑っている顔だった。


 表示がまた変わる。


好感度:2 → 5

備考:緊張感のない反応に少しだけ毒気を抜かれています


 毒気を抜いている場合ではない。


 しかし、リリアの表情がほんのわずかでも柔らかくなるなら、それでいい気もした。


 足音が近づく。


 岩陰のすぐ外を、鎧の男が通り過ぎた。


 俺は息を止める。


 リリアも、俺の袖を掴んだまま動かない。


 騎士が沢の水音に紛れて何かを呟く。


「面倒な女だ。おとなしく処分されればいいものを」


 リリアの指が強張った。


 俺の袖を掴む力が強くなる。


 処分。


 その単語に、胸の奥で何かが軋む。


 人を物みたいに言うな。


 そう思った。


 前世で何度も飲み込んだ言葉が、喉元まで上がってくる。


 だが、今は動けない。


 ここで飛び出せば、リリアを危険に晒す。


 騎士たちはしばらく周囲を探していたが、やがて一人が声を上げた。


「下流を探すぞ!」


「まだ近くにいるかもしれん」


「暗くなる前に見つけろ。あの女を逃がしたとなれば、我々の首が飛ぶ」


 足音が遠ざかっていく。


 完全に消えるまで、俺たちは動かなかった。


 ようやく周囲が静かになったところで、俺は息を吐いた。


「……行ったみたいです」


 リリアは俺の袖を掴んだままだった。


 そのことに気づいたのか、彼女は慌てて手を離す。


「ごめんなさい」


「いや、大丈夫です」


「……怖かっただけ」


「それは怖いですよ」


 俺がそう言うと、リリアは少し驚いたような顔をした。


「怖いって言ってもいいの?」


「え?」


「聖女は、怖がってはいけないと言われていたから」


 それは、あまりにも静かな声だった。


 俺は返事に詰まる。


 怖がってはいけない。


 泣いてはいけない。

 弱音を吐いてはいけない。

 失敗してはいけない。


 そういう言葉は、前世でもあった。


 男なんだから。

 社会人なんだから。

 大人なんだから。


 形は違うが、似ている。


 俺は少し考えてから言った。


「怖い時は、怖いって思っていいと思います」


「……」


「俺なんて、さっきからずっと怖いです」


「あなたが?」


「はい。正直、足も震えてます」


「でも、逃げてくれた」


「怖くても、逃げるくらいはできます」


「私を背負って?」


「置いていく方が、あとで怖いので」


「あとで?」


「後悔するのが」


 リリアは黙った。


 彼女の瞳が、俺の顔をじっと見つめる。


 綺麗な青だった。


 澄んでいるのに、深いところに傷が沈んでいるような目。


「あなたは……変な人」


「四回目です」


「数えてるの?」


「はい。記録なので」


 リリアは今度こそ、わずかに笑った。


 本当に小さな笑みだった。

 すぐに消えてしまいそうな、頼りない笑み。


 でも、笑った。


好感度:5 → 11

状態:警戒、疲労

備考:会話によって恐怖が少し緩和されています


 よかった。


 ほんの少しでも、彼女の恐怖が薄れたなら。


 俺は荷物から、ボルドの干し肉を取り出した。


「少し食べますか?」


 リリアはそれを見て、迷うように喉を鳴らした。


 空腹なのだろう。


 でも、すぐには手を伸ばさない。


「毒は入ってません」


「さっきもそう言った」


「言ってないです。たぶん」


「言ってないけど、顔に書いてあった」


「俺、そんなに分かりやすいですか」


「分かりやすい」


 リリアはそう言って、今度は自分から干し肉を受け取った。


 小さく噛む。


 硬かったのか、少し眉を寄せる。


「硬い」


「ボルド……あ、うちの料理長が作ってくれた保存食なので」


「保存食」


「旅用です。味はいいと思います」


「……おいしい」


 ぽつりとリリアが言った。


 その言葉に、少しだけ嬉しくなる。


 ボルドが聞いたら喜ぶだろう。


 俺も一切れ食べる。


 香草の香りが強い。

 味覚感知のおかげで、塩加減までやけに鮮明に分かる。


 しばらく二人で黙って食べた。


 水の音。

 森の葉擦れ。

 遠ざかった追手の気配。


 少しだけ、時間が緩む。


 だが、リリアの状態はまだ悪い。


状態:聖力枯渇、疲労、軽度発熱

対処法:聖力循環の修復

注意:放置した場合、夜間に高熱


 聖力循環の修復。


 神殿でミーナを助けた時は、魔力循環の補助だった。


 似ているのだろうか。


 俺はリリアに尋ねる。


「体、かなり辛いですよね」


「……慣れてる」


「慣れちゃ駄目なやつです」


 リリアは干し肉を持ったまま、俺を見る。


「君の中の聖力……えっと、力の流れがかなり乱れてるみたいです」


 リリアの表情が一気に硬くなった。


「見えるの?」


「少しだけ」


「あなた、やっぱり教会の」


「違います。俺のスキルで、状態が見えるんです」


 言ってから、しまったと思った。


 相手は人間不信だ。

 自分の状態が見えるなどと言われて、気味悪がらないはずがない。


 案の定、リリアは身を引いた。


「私の何を見たの」


「体調と、危険な状態だけです」


「心も?」


「……少し、本音みたいなものが出る時もあります。でも、全部じゃないです。勝手に見えてしまうだけで、覗きたいわけじゃありません」


 必死に言うほど怪しい。


 俺なら信用しない。


 リリアも信用していない顔だった。


 表示が少し下がる。


好感度:11 → 8

状態:警戒上昇


 ああ、やっぱり。


 俺はすぐに両手を上げた。


「ごめん。嫌なら何もしません」


「……」


「ただ、このままだと夜に熱が上がるかもしれない。だから、何かできるかもしれないと思っただけです」


「あなたに、聖力が分かるの?」


「正直、分かりません」


「分からないのに?」


「表示には、聖力循環の修復って出ています」


「表示……」


 リリアは俺を見つめた。


「あなたのスキルは何?」


「【好感度限界突破】です」


 言った瞬間、自分でも少し恥ずかしくなった。


 名前が名前だ。


 リリアも一瞬、きょとんとした。


「……好感度?」


「はい」


「それで、私を助けたの?」


「違います」


 俺は即答した。


「好感度を上げたいから助けたわけじゃありません」


「でも、見えるのでしょう?」


「見えます。でも、だからって好かれたいから助けるわけじゃないです」


「どうして分かるの」


「俺が一番分かります」


 少しだけ、自分の声が強くなった。


「前世でも今世でも、俺は誰かに好かれるために上手く動ける人間じゃありません。そんな器用だったら、たぶんもっと違う人生でした」


「前世……?」


「あ」


 言ってしまった。


 まあ、異世界転生者だと今ここで説明するのは、さすがに重すぎる。


「昔、です。昔からそういうのが苦手で」


 リリアは不思議そうに俺を見た。


 でも、深く追及はしなかった。


「好かれるためじゃないなら、どうして?」


「死んでほしくないから」


「……それだけ?」


「それだけです」


 リリアは黙った。


 長い沈黙だった。


 沢の音だけが続く。


 やがて、彼女は視線を落とした。


「教会の人たちは、いつも理由を言った」


「理由?」


「聖女だから。民のためだから。神のためだから。役目だから。使命だから」


 リリアの声は淡々としていた。


 でも、その奥に疲れがある。


「私はずっと、誰かのために祈るように言われた。笑うように言われた。泣かないように言われた。怖がらないように言われた。痛くても、疲れても、聖女なのだから耐えなさいって」


 俺は黙って聞いていた。


「でも、力が出なくなったら、偽物と言われた」


 リリアは自分の胸元に手を当てる。


 そこには、首飾りのようなものがあった。


 銀色の細い鎖。

 中央には小さな青い石。


 綺麗な装飾品に見える。

 けれど、俺のスキル表示は赤く点滅した。


警告:聖力吸収呪具

効果:装着者の聖力を外部へ流出

状態:継続吸収中

危険度:高


 これか。


 リリアの聖力が枯渇している原因。


 俺は思わず、その首飾りを見つめた。


 リリアが気づき、手で隠す。


「見ないで」


「ごめん。でも、その首飾り、危ないです」


「……これは、教会から授かった聖具」


「聖具じゃない」


 口から出ていた。


 リリアの瞳が揺れる。


「何を言っているの」


「それ、君の聖力を吸い取っています」


「そんなはずない」


「でも表示が」


「そんなはずない!」


 リリアの声が鋭くなった。


 岩陰に反響して、すぐに彼女自身が口を押さえる。


 俺も周囲を警戒した。


 追手の気配は、今のところない。


 リリアは肩を震わせていた。


「そんなはず、ない……。これは、大司教様が、私に……聖女の力を安定させるためだと……」


 言葉が途中で途切れる。


 信じたいのだろう。


 自分を育てた場所。

 自分に役目を与えた人たち。

 自分が信じてきたもの。


 それが、自分を壊していたなんて、すぐに受け入れられるはずがない。


 俺はゆっくり言った。


「今すぐ信じなくていいです」


「……」


「でも、外した方がいいと思う」


「外せない」


「え?」


「外そうとすると、痛いの」


 リリアは首飾りから手を離した。


 細い首元に、うっすら赤い痕がある。


 無理に外そうとした跡かもしれない。


「何度も外そうとした。でも、触ると胸が焼けるみたいに痛くなる。だから……」


 彼女は俯いた。


「私の信仰が足りないからだと言われた」


 胸の奥が、静かに熱くなる。


 怒りだった。


 ただし、大声を上げるような怒りではない。


 もっと冷たい怒り。


 人の弱さにつけ込んで、苦しみに理由を押しつける。

 そのやり方に、どうしようもなく腹が立った。


「リリア」


 初めて、彼女の名前を呼んだ。


 リリアは少しだけ顔を上げる。


「触ってもいいですか」


 彼女の身体が硬くなる。


「首飾りにだけです。無理ならしません」


「……外せるの?」


「やってみないと分かりません」


「痛かったら?」


「すぐやめます」


「失敗したら?」


「別の方法を考えます」


「どうして、そこまでするの」


「さっきも言いました」


 俺は彼女をまっすぐ見た。


「死んでほしくないから」


 リリアは目を伏せた。


 しばらくして、小さくうなずいた。


「……少しだけ」


「はい」


 俺はゆっくり手を伸ばす。


 リリアの首元に近づく。


 距離が近い。


 この状況で変に意識するな、と自分に言い聞かせる。


 彼女の白い肌に触れないよう、慎重に首飾りの石へ指を伸ばす。


 その瞬間、青い石が黒く濁った。


警告:呪具反応

防衛機構作動

推奨:治癒魔力と自然感知による流路確認


 何それ。


 説明が専門的すぎる。


 だが、やるしかない。


 俺は治癒魔力を指先に集めた。


 神殿でミーナを助けた時の感覚。

 ボルドの腰を治した時の感覚。

 ハンクの手を癒した時の感覚。


 それらを思い出しながら、首飾りに触れる。


「っ……!」


 リリアが小さく呻いた。


「痛い?」


「少し……でも、前よりは」


「すぐやめますか」


「……続けて」


 彼女の手が、俺の袖を掴む。


 俺は集中した。


 首飾りから、細い黒い糸のようなものが伸びている。


 それがリリアの胸の奥から、聖力らしき光を吸い上げている。


 見える。


 見たくないくらい、はっきりと。


 俺はその黒い糸に治癒魔力を流し込んだ。


 すると、糸が焼けるように震える。


 リリアの身体が大きく揺れた。


「リリア!」


「だ、大丈夫……」


 大丈夫じゃない声だ。


 でも、彼女は袖を離さなかった。


 俺は自然感知で流れを読む。

 聖力の本来の流れ。

 呪具に奪われている流れ。

 詰まっている場所。


 分からないなりに、スキル表示が補助してくれる。


流路確認

吸収点:首飾り中央石

解除方法:外部魔力による逆流、装着者の拒絶意思が必要


 拒絶意思。


「リリア」


「……何」


「これ、君が拒まないと外せないみたいです」


「拒む?」


「その首飾りを、いらないって。自分の力を返せって。そう思ってください」


「……」


 リリアの瞳が揺れる。


「でも、これは聖具で」


「君を苦しめるものを、聖具とは呼ばないと思います」


「でも、教会が」


「教会が何と言っても、痛いものは痛いでしょう」


「……」


「君の力は、君のものです」


 その言葉を言った瞬間、リリアの表情が崩れた。


 泣きそうな顔だった。


「私の……もの?」


「はい」


「聖女の力は、神と民のためのものだって」


「それでも、君の中にある力です」


「私が、持っていていいの?」


「当たり前です」


 リリアの唇が震えた。


「当たり前なんて、言われたことない」


 袖を掴む手に力が入る。


 彼女は目を閉じた。


 そして、小さく、けれど確かな声で言った。


「返して」


 首飾りが震える。


「私の力を……返して」


 青い石に亀裂が入った。


 黒い糸が暴れ出す。


 俺は魔力を逆流させる。


 正直、どうやっているのか自分でも分からない。

 スキル表示と感覚だけを頼りに、必死に流れを押し返す。


 リリアの身体から白い光があふれた。


 まぶしい。


 岩陰の中が、昼のように明るくなる。


 そして――。


 ぱきん、と乾いた音がした。


 首飾りの石が割れた。


 同時に、リリアの身体が俺の方へ倒れ込んでくる。


「わっ……!」


 俺は慌てて受け止めた。


 リリアの額が、俺の胸に当たる。


 細い肩。

 柔らかな髪。

 近い呼吸。


 いやいやいやいや。


 違う。


 これは倒れたのを支えているだけだ。


 ラッキースケベとかそういう場面ではない。

 そもそも全年齢向けだ。

 落ち着け、俺。


 リリアは俺の胸元で浅く息をしていた。


「リリア、大丈夫ですか?」


「……あたたかい」


「え?」


「身体の中が……久しぶりに、あたたかい」


 彼女の周囲に、白い光がふわりと広がる。


 傷が塞がっていく。

 顔色が少しずつ戻っていく。

 聖力が、彼女の中を巡り始めている。


 表示が変わった。


聖力吸収呪具:破壊

破滅フラグ:一時回避

状態:聖力循環回復中

隠し才能:大聖女の加護

好感度:8 → 43


 上がりすぎでは?


 いや、命を救ったならこれくらい普通なのか?


 前世で恋愛経験ゼロの俺には、好感度の相場が分からない。


 リリアはゆっくり顔を上げた。


 青い瞳に、涙が浮かんでいる。


「……本当に、戻ってる」


「よかった」


「私、偽物じゃなかった」


「はい」


「捨てられるほど、壊れてたわけじゃなかった」


「はい」


 リリアの涙がこぼれた。


 俺は何と言えばいいか分からなかった。


 前世でも、泣いている女の子を慰めた経験なんてない。


 ハンカチ。

 そうだ、ハンカチだ。


 俺は荷物から布を探し、リリアに差し出した。


「これ、使ってください」


 リリアは布を受け取り、少しだけ泣いた。


 声を殺すような泣き方だった。


 それが余計に痛々しい。


 どれだけ我慢してきたのだろう。


 怖いと言えず、痛いと言えず、偽物だと責められ、それでも聖女であろうとした。


 そんな彼女が、今ようやく泣いている。


 しばらくして、リリアは涙を拭った。


「ごめんなさい」


「謝らなくていいです」


「あなたの服、濡れた」


「服くらい乾きます」


「……また、そういうことを言う」


「変ですか」


「変」


「五回目です」


 リリアは目元を赤くしたまま、少し笑った。


 その笑顔は、さっきよりもずっと自然だった。


好感度:43 → 51

状態:安心、疲労

備考:初めて自分を役目ではなく一人の人間として扱われたと感じています


 好感度が五十を超えた。


 すると、俺の身体の中に淡い光が流れ込んできた。


能力還元:聖属性耐性・微

能力還元:浄化魔力・微


 また微だ。


 でも、聖女由来の力らしい。


 ありがたい。


 リリアは割れた首飾りを見つめていた。


 その目には、まだ痛みがある。


「教会は……私を騙していたのね」


「たぶん」


「私の力を、奪っていた」


「はい」


「それなのに、力を失った私を、偽物だと」


 彼女の声が震える。


 俺は何も言えなかった。


 下手な慰めは、今は薄っぺらくなる。


 リリアは割れた首飾りを握りしめようとして、やめた。


「……もう、いらない」


 彼女は首飾りを沢に投げ捨てた。


 水の中で、小さな音がする。


 その瞬間、リリアの表示が変わった。


破滅フラグ:本日深夜、教会騎士に発見され殺害 → 回避条件更新

新たな破滅フラグ:教会上層部による再捕縛

推奨:王都冒険者ギルドへの避難、身分偽装


 まだ終わりではない。


 むしろ、ここからが本番らしい。


 教会上層部。


 再捕縛。


 面倒な単語しか並んでいない。


 俺は小さく息を吐いた。


「リリア」


「……はい」


「このままだと、また教会に狙われます」


「でしょうね」


「王都に行きませんか」


 リリアが俺を見る。


「王都?」


「俺も王都へ行く予定でした。冒険者になるか、仕事を探すか、まだ決めてませんけど。人が多い場所なら、身を隠す方法もあるかもしれません」


「私が一緒だと、危険よ」


「今さらです」


「本当に危険なの。教会を敵に回すことになる」


「俺、家から追い出されたばかりなので、失うものは少ないです」


「命はある」


「それは大事ですね」


「軽く言わないで」


 リリアが少し怒った顔をした。


 その表情を見て、俺はなぜか安心した。


 さっきまで死にそうだった少女が、怒る元気を取り戻している。


 それは良いことだ。


「軽く言ったつもりはありません。でも、一人で置いていくつもりもありません」


「……どうして」


「六回目になりますけど」


「まだ言ってない」


「死んでほしくないからです」


 リリアは黙った。


 長く、俺を見つめる。


 やがて、静かに目を伏せた。


「私は、あなたをまだ信用していない」


「はい」


「あなたのことも、ほとんど知らない」


「はい」


「でも……」


 リリアは少しだけ手を伸ばした。


 俺の袖を、また控えめに掴む。


「今、一人になるのは、怖い」


 その言葉は、たぶん彼女にとって大きな勇気だった。


 聖女として怖がるなと言われ続けた少女が、怖いと口にした。


 俺はできるだけ普通にうなずいた。


「じゃあ、一緒に行きましょう」


「……いいの?」


「はい」


「迷惑じゃない?」


「追放されたばかりの無職が、元聖女を迷惑扱いするほど偉くないです」


「無職……」


「はい。現在、堂々たる無職です」


 リリアは目をぱちぱちさせたあと、小さく笑った。


「聖女も無職になったわ」


「じゃあ、無職同士ですね」


「嫌な仲間ね」


「かなり」


 二人で少しだけ笑った。


 森の中、追手から逃げている最中で、笑っている場合ではない。


 でも、その短い笑いが、妙に大切なものに思えた。


 リリアの表示がまた変わる。


好感度:51 → 58

状態:疲労、安心

備考:同行を望んでいます


 同行を望んでいます。


 それを見た瞬間、俺は少しだけ顔が熱くなった。


 いや、分かっている。

 これは恋愛的な意味ではない。


 命を助けた相手と一緒にいた方が安心というだけだ。


 勘違いするな、俺。


 前世非モテの悪いところだ。

 少し優しくされると、すぐ心がバグる。


 リリアはまだ俺の袖を掴んでいる。


 俺は視線を逸らしながら言った。


「とりあえず、暗くなる前に森を抜けましょう」


「歩けると思う」


「無理なら言ってください」


「……背負ってもらうのは、恥ずかしい」


「さっき背負いましたけど」


「さっきは必死だったの」


「今もまあまあ必死です」


「でも、今は……」


 リリアは頬を少し赤くした。


「意識してしまうから」


 俺は固まった。


 やめてほしい。


 前世から数えて、そういう言葉への耐性がゼロなのだ。


「あ、あの、無理はしない方向で……!」


「あなたの方が動揺している」


「してません」


「声が裏返った」


「森の湿気です」


「湿気で?」


「はい」


 リリアは少しだけ笑った。


 さっきより自然な笑顔だった。


 俺はその笑顔を見て、胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。


 この子を助けてよかった。


 たとえ面倒事が増えたとしても。


 たとえ教会に追われるとしても。


 少なくとも今、彼女は笑った。


 それだけで、俺にとっては十分な理由だった。


 俺たちは岩陰を出た。


 森の空は、少しずつ夕方に近づいている。


 王都まではまだ遠い。


 追手も完全には諦めていないだろう。


 だが、リリアは自分の足で立っていた。


 ふらつきながらも、前を向いていた。


「行きましょう、レン」


 初めて、彼女が俺の名前を呼んだ。


 その瞬間、視界に文字が浮かぶ。


リリア・セレスティア

好感度:58 → 63

状態:信頼の芽生え

備考:名前を呼ぶことに少し勇気を使いました


 俺は思わず目を逸らした。


「はい。行きましょう、リリア」


 彼女は小さくうなずいた。


 森の奥で、まだ追手の気配が残っている。


 それでも俺たちは歩き出した。


 追放された俺と、追放された聖女。


 どこにも居場所がなくなった二人が、王都へ向かう。


 前世で誰にも選ばれなかった俺が、異世界で最初に選んだのは、目の前で震えていた一人の少女だった。


 そして、俺はまだ知らない。


 この選択が、俺の人生を大きく変えることを。


 彼女の好感度が、これから俺の想像をはるかに超える速度で上がっていくことを。


 そして、教会という巨大な組織を敵に回すことになることを。


 ――この時の俺は、まだ何も知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ