第36話 王宮審問、マルクス・グレイは笑っていた
王宮へ向かう馬車の中は、妙に静かだった。
揺れる車輪の音。
窓の外を流れる王都の街並み。
遠くで鳴る鐘の音。
どれもいつも通りのはずなのに、今日は全部が少し遠く聞こえる。
俺は膝の上で両手を組み、何度も息を整えていた。
午前中、ギルド前で教会声明に対する説明をした。
リリアが自分の意思でギルドにいると語り、エマさんが黒蛇金融商会と白灯商会の不正を証言し、セリカさんが俺の力を仲間の力だと言ってくれた。
そしてミュレアが、短時間だけ声を外へ響かせた。
魔王令嬢本人が、俺を「危険ではあるが、愚かなくらい人を助けようとする男」と保証した。
いや、保証になっているのかは怪しい。
だが、あの一言で場の空気が変わったのは確かだった。
今でも少し恥ずかしい。
「レン」
向かいに座るセリカさんが、じっとこちらを見ていた。
「はい」
「また考え込みすぎ」
「王宮ですよ」
「知ってるわ」
「王宮で審問ですよ」
「知ってる」
「相手は教会監察官ですよ」
「それも知ってる」
セリカさんは呆れたようにため息をついた。
「だからって、今ここで頭の中だけで百回負ける必要はないでしょ」
「百回も負けてません」
「何回?」
「……二十回くらい」
「多いわ」
正論だった。
隣のリリアが、少しだけ笑った。
彼女も緊張している。
それは分かる。
でも、午前中に自分の言葉で民衆の前に立ったからか、今のリリアはどこか静かだった。
怖くないわけではない。
ただ、怖さに飲み込まれてはいない。
「私も、何度も考えました」
リリアが言った。
「教会の人たちに何を言われるか。マルクス監察官が、私をどう呼ぶか。私はちゃんと返事ができるのか」
「リリア……」
「でも、午前中に一度言えました。私は戻らないと。だから、王宮でも同じことを言います」
彼女は自分の胸元にあるギルド治癒師章へそっと触れた。
「私は、私の言葉を繰り返すだけです」
その姿は、強かった。
セリカさんが頷く。
「そうね。向こうは難しい言葉で来るでしょうけど、こっちは単純でいい。戻らない。渡さない。証拠がある。それだけ」
「分かりやすいですね」
「分かりやすい方が強い時もあるわ」
セリカさんらしい言葉だった。
馬車の反対側には、ダリウスさんが腕を組んで座っている。
ギルド長は、いつもよりさらに険しい顔だった。
その横にはオルフェさん。
資料箱を膝に乗せ、封印付きの記録水晶を何度も確認している。
もう一台の馬車には、王立学園長エルドリッジ先生、アリシア王女、ノエル、ミリア先生が乗っているはずだ。
王宮への正式報告。
白灯商会の不正。
ラゼル教授の証言。
旧研究棟地下魔力炉。
聖女再現計画。
教会監察部特務班によるリリア奪還未遂。
証拠は揃っている。
それでも不安は消えない。
相手は、教会聖務監察官マルクス・グレイだ。
言葉で相手を縛ることに慣れた男。
正しさの顔をして、他人の意思を疑い、力を管理しようとする男。
今日、あの男と王宮で向き合う。
胃が痛くならない方がおかしい。
その時、頭の奥に声が響いた。
『レン』
ミュレアだ。
「はい」
『腹を括れ』
「急に厳しい」
『そなた、ぐるぐる考えても結局は言う時に言うであろう。ならば、ぐるぐるする分だけ損じゃ』
「ミュレアに正論を言われると、妙に悔しいですね」
『妾は高貴なる魔王令嬢じゃからな。正論も似合う』
「それはどうでしょう」
『失礼な男じゃ』
いつものやり取り。
少しだけ、肩の力が抜けた。
ミュレアの声は、今は俺たちにしか聞こえない。
だが、彼女もまたこの件の当事者だ。
教会は、ミュレアを危険な魔族として移送しようとしている。
白灯商会と教会監察部は、彼女の封印を利用しようとしていた。
彼女にとっても、今日の審問は他人事ではない。
『白き娘にも伝えよ』
「何をですか」
『己の名を他人に渡すな、とな』
俺がリリアを見ると、彼女は少しだけ首を傾げた。
「ミュレアさんですか?」
「はい。自分の名を他人に渡すな、と」
リリアは目を伏せた。
そして、ゆっくり頷いた。
「ありがとうございます、と伝えてください」
『聞こえておる』
ミュレアの声が少し柔らかくなる。
『今日は鎖をかける者どもに、少しばかり恥をかかせてやるがよい』
「それは少し物騒です」
『言葉の戦で済むなら、まだ上品じゃ』
確かに。
剣や呪具よりはいい。
馬車が王宮の外門へ近づく。
白い石壁。
高い塔。
王国旗。
王立学園も立派だったが、王宮はさらに別格だった。
俺は窓から見上げ、思わず小さく呟いた。
「……場違い感がすごい」
セリカさんが即座に言う。
「堂々としてなさい」
「二回目ですね、その台詞」
「何度でも言うわ」
リリアが微笑む。
「私も、少し場違いに感じます」
「リリアも?」
「はい。でも、行きます」
彼女がそう言うなら、俺も行くしかない。
馬車が止まった。
王宮審問の時間が、始まろうとしていた。
◇
王宮の審問室は、玉座の間ではなかった。
もっと実務的な場所だ。
高い天井。
厚い壁。
中央に長い机。
左右に席が並び、奥には王国の紋章が掲げられている。
正面奥に座るのは、国王本人ではない。
王国宰相ベルナルト・レイヴン公爵。
白髪混じりの黒髪を後ろで束ねた、細身の男だった。
静かな目をしているが、そこには刃物のような鋭さがある。
ベルナルト・レイヴン
役職:王国宰相
状態:冷静、警戒、真相把握優先
備考:教会とギルドの双方を簡単には信用していません
当然だ。
この場では、ギルド側の主張も教会側の主張も、まずは証拠で判断される。
宰相の右側には王宮記録官。
左側には王都警備隊長らしき人物。
少し離れた位置に、アリシア王女と王立学園長が座っている。
アリシア王女は、昨日とは違い、完全に王族としての装いだった。
白と青を基調とした外套。
胸元には王家の紋章。
表情は静かだが、目は強い。
ノエルとミリア先生は学園関係者席にいる。
ノエルは緊張しているのかと思いきや、記録水晶を抱えたまま妙に目が冴えていた。
たぶん、場の重さより証拠の保全の方に意識が行っている。
そして、対面の席。
そこに、マルクス・グレイが座っていた。
白い法衣。
銀縁の眼鏡。
整った淡い金髪。
薄い笑み。
昨日ギルドへ来た時と、ほとんど変わらない。
追い詰められているはずなのに、彼は笑っていた。
マルクス・グレイ
状態:冷静、計算、敵意隠蔽
目的:責任の切り離し、リリア保護名目の確保、レン危険指定
備考:ラゼル教授と白灯商会を切り捨てる準備をしています
やはり切り捨てる気だ。
俺はその表示を、すぐダリウスさんへ小声で伝えた。
「マルクスは、ラゼル教授と白灯商会を切り捨てるつもりです」
「予想通りだ」
ダリウスさんは表情を変えずに答えた。
宰相が静かに口を開く。
「これより、王立学園旧研究棟における違法魔力炉事件、白灯商会の封印石不正取引、ならびに教会監察部の関与疑惑について審問を行う」
声は大きくない。
だが、部屋全体が静まった。
「関係者は虚偽を慎むこと。この場の発言は王宮記録として残される」
マルクスは穏やかに頭を下げた。
「承知しております、宰相閣下」
ダリウスさんも短く頷く。
俺たちも礼をした。
宰相の視線が、まずアリシア王女へ向かう。
「アリシア殿下。学園旧研究棟で発見された地下魔力炉について、あなた自身が現場にいたと報告を受けています」
「はい」
「あなたが対象候補とされていた記録もあると」
「あります」
アリシア王女は、ノエルから受け取った写しを机に置いた。
「聖女再現計画。その副目的として、王族系聖属性保持者への適用可能性調査。対象候補、A.L.V.と記されています。これは私、アリシア・ルミナス・ヴァレンティアを指すものと判断しています」
審問室に低いざわめきが起こる。
王族を実験対象に。
さすがに重い。
マルクスは眉を寄せた。
「恐れながら、殿下。その略号が必ずしも殿下を示すとは限りません」
来た。
否定ではなく、曖昧化。
アリシア王女は静かに答えた。
「ラゼル教授の研究記録には、王家結界術の適性を持つ学園生、金髪、青眼、王族系統、と記述があります」
マルクスは少し困ったように眉を下げた。
「ラゼル教授の記録が事実であるかどうかも、まだ検証が必要です。彼は追い詰められ、自身の罪を軽くするために他者を巻き込んだ可能性もあります」
予想通り。
ラゼル教授を切り捨てながら、その証言の信頼性も落とす。
宰相は表情を変えない。
「では、順に確認する。ギルド長ダリウス。証拠を」
ダリウスさんが立ち上がった。
押収品の一覧が並べられる。
白灯商会南倉庫から押収された封印石取引台帳。
黒蛇金融商会との契約書。
対聖女用呪具の試作記録。
王立学園旧研究棟への搬入記録。
旧研究棟地下魔力炉の記録水晶。
教会監察部特務班が昨夜使用した対聖女用拘束具と転移札。
オルフェさんが魔術的な封印を解き、記録水晶を映し出す。
光の中に、地下魔力炉の映像が浮かぶ。
拘束具のような椅子。
聖力測定器。
封印石炉心。
記録帳。
そしてラゼル教授の声。
『全部、私ひとりでできるはずがないでしょう。計画の大枠を作ったのは教会監察部です。聖務監察官マルクス・グレイ。彼が言ったのです――』
審問室の空気が一気に重くなる。
映像の中のラゼル教授は、確かにマルクスの名を出していた。
マルクスは、静かに目を閉じた。
そして、ゆっくり開く。
「非常に残念です」
彼は言った。
「ラゼル教授が、自らの罪を逃れるために私の名を出したことに、深い悲しみを覚えます」
予想通りすぎて、逆に怖い。
「私は、旧研究棟での違法研究を認可しておりません。白灯商会が教会御用達の一商会であったことは事実ですが、その不正取引まで教会監察部が把握していたわけではありません」
マルクスは、落ち着いた声で続ける。
「むしろ、教会監察部はそのような不正を正す立場にあります。ラゼル教授や白灯商会が、教会の名を騙っていた可能性を調べる必要があるでしょう」
切り捨てた。
完全に。
セリカさんが隣で小さく呟く。
「本当に切ったわね」
俺は頷いた。
だが、表示はまだ続く。
マルクス・グレイ
状態:想定内
次話法:リリアの証言の信頼性攻撃、レンの能力危険視
次はリリアと俺だ。
マルクスは、静かにリリアへ視線を向けた。
「それに、この事件で忘れてはならないのは、元聖女リリア・セレスティアの状態です」
リリアの肩が、少しだけ強張った。
でも、逃げない。
「彼女は現在、レン・クロフォード殿という詳細不明の異能者の近くにいます。さらに魔王令嬢ミュレア・ノクターンとも接触している。精神的、霊的な影響を受けていないと、誰が断言できるでしょうか」
来た。
リリアの意思を疑う。
俺は拳を握った。
だが、リリアは自分で顔を上げた。
「私が断言します」
声は大きくない。
けれど、よく通った。
マルクスは穏やかに言う。
「リリア。あなた自身が影響下にある場合、自覚はできません」
「では、教会にいた頃の私は、教会の影響下になかったと断言できますか?」
マルクスの笑みが、ほんの少し止まった。
リリアは続ける。
「私は、苦しいことを信仰が足りないせいだと思っていました。聖具の痛みも、祈りが足りないからだと。教会の言葉を信じていました」
審問室が静かになる。
「でも、私に使われていた聖具は、私の聖力を奪うものでした」
オルフェさんが、解析資料を机に置く。
対聖女用呪具の構造。
聖力循環妨害。
吸収機構。
長期使用による聖力失調。
マルクスはすぐに言った。
「その聖具が、教会公式のものかは」
「公式かどうかを、私は知りません」
リリアは遮った。
「ですが、それをつけられて苦しんだのは私です。偽物と呼ばれたのも私です。戻りたくないと決めたのも私です」
彼女は息を吸う。
「私は、誰かに惑わされているからここにいるのではありません。もう、自分を物のように扱われたくないから、ここにいます」
審問室に、短い沈黙が落ちた。
アリシア王女が、静かに頷いた。
ノエルも、何かを堪えるように唇を結んでいる。
宰相はリリアを見ていた。
その視線は厳しいが、否定的ではなかった。
マルクスは、少しだけ息を吐いた。
「痛ましい経験をされたことには同情します。しかし、個人の苦痛と、教会全体の正当性は分けて考える必要があります」
嫌な言い方だった。
リリアの言葉を、個人の感情に押し込めようとしている。
次に、彼は俺を見た。
「レン・クロフォード殿。あなたにも伺いたい」
「はい」
「あなたの異能は、人の好意や状態を読み取ると聞いています」
審問室の視線が俺に集まる。
喉が乾いた。
「はい。見えることがあります」
「人の心を覗く力、と言い換えることもできますね」
心を覗く。
その言葉は重かった。
「全部が見えるわけではありません」
「しかし、相手の状態や感情を知り、それを利用することは可能では?」
「利用しようと思えば、できるかもしれません」
俺は正直に答えた。
審問室がざわつく。
セリカさんが少しこちらを見る。
だが、俺は続けた。
「だから、怖いと思っています」
マルクスの眉が少し動いた。
「怖い?」
「はい。俺の力は便利です。でも、扱い方を間違えれば危険です。だから、見えたことを全部正しいと決めつけないようにしています。ギルドにも、分からないものは分からないと伝えるよう言われています」
ダリウスさんが短く頷く。
「事実だ」
俺は続ける。
「でも、危険だから誰かに渡して管理されたいとは思いません。俺はこの力を、人を縛るためではなく、危険を知らせるために使います」
マルクスの目が細くなる。
「あなたの善意を、誰が保証するのですか」
その問いは痛い。
善意なんて、証明できない。
俺が言葉に詰まりかけた時、セリカさんが一歩前へ出た。
「私が保証するわ」
マルクスが彼女を見る。
「あなたはレン殿の仲間でしょう。身内の保証にどれほどの意味が」
「身内だから意味があるのよ」
セリカさんははっきり言った。
「私は、レンの指示で命を拾ったことがある。彼が危険を見る力を、自分のためではなく、誰かを守るために使うところを見ている」
次に、エマさんが立ち上がった。
「私も証言します」
声は震えていた。
でも、彼女は立った。
「レンさんが不正契約を見抜いてくれなければ、私は黒蛇金融商会に脅され続けていました。白灯商会との繋がりも、見つからなかったかもしれません」
ノエルも手を上げた。
「私も。旧研究棟の地下炉を止める時、レンは見えた危険を全部共有した。独占して利用したんじゃなくて、皆が動けるように言葉にした」
アリシア王女も、静かに言った。
「私も証言します。レン様の感知がなければ、私は自分が対象候補にされていたことを知らないままでした」
審問室の空気が変わっていく。
マルクスは、それでも表情を崩さない。
「皆様が彼を信頼していることは分かりました。しかし、信頼は証拠ではありません」
宰相が口を開いた。
「では、マルクス殿。あなたは何を求める」
マルクスはゆっくり頭を下げた。
「レン・クロフォード殿の一時的な異能封印と、教会・王国共同での検査を求めます。また、リリア・セレスティアについては、教会外の施設で保護し、精神影響の有無を確認すべきです」
言葉は整っている。
だが中身は変わらない。
俺を封じ、リリアを隔離する。
管理の名を変えただけだ。
その時、俺の視界に赤い表示が浮かんだ。
マルクス・グレイ
所持品:白銀の懐中聖印
隠し機能:発言記録の改竄用微弱術式
目的:審問記録における一部語句の印象操作
弱点:聖印裏面の黒点
待て。
記録改竄?
俺は思わずマルクスの胸元を見た。
白銀の小さな聖印。
法衣の内側に半分隠れている。
審問記録を改竄するほど強いものではない。
だが、語句の印象操作。
たとえば「保護」をより正当に見せ、「異能」をより危険に見せる。
小さな誘導。
まさに、彼らしい。
「宰相閣下」
俺は声を上げた。
全員の視線が集まる。
「マルクス監察官の胸元の聖印に、記録へ干渉する術式があります」
審問室が凍った。
マルクスの目が、初めて明確に冷えた。
「……何を言い出すのですか」
「白銀の懐中聖印です。裏面に黒点。発言記録の一部語句の印象を操作する微弱術式が入っています」
宰相の目が鋭くなる。
「王宮記録官」
「はい」
記録官がすぐに動く。
マルクスは静かに手を上げた。
「これは教会の正式聖印です。無礼な扱いは」
「提出せよ」
宰相の声は低かった。
「この場で記録干渉の疑いが出た以上、確認する」
マルクスの笑みが消えた。
ほんの一瞬。
でも確かに。
彼はゆっくり聖印を外し、記録官へ渡した。
オルフェさんも確認役として呼ばれる。
聖印の裏面。
黒点。
表示通りだ。
オルフェさんが魔力を流した瞬間、聖印がかすかに震えた。
「……あります」
オルフェさんの声が、審問室に響いた。
「微弱ですが、記録水晶に干渉する術式です。内容改竄まではできませんが、特定語句の魔力印象を強める働きがあります。保護、異能、危険、封印、管理……このあたりの言葉に反応するようです」
審問室が騒然となった。
マルクスはすぐに言う。
「それは教会儀礼用の補助術式です。聖句の印象を整えるためのもので」
「王宮審問の場に、記録干渉術式を持ち込んだのは事実か」
宰相の声が鋭くなる。
マルクスは一瞬だけ黙った。
それだけで十分だった。
空気が変わる。
さっきまで彼が作っていた正しさの空気が、崩れた。
セリカさんが小さく呟く。
「やったわね」
リリアも、静かに息を吐いた。
俺は膝から力が抜けそうになったが、必死で立っていた。
マルクスは、まだ終わっていない。
彼は深く息を吸い、再び表情を整える。
「誤解です。ですが、疑念を招いたことは遺憾に思います」
まだ立て直そうとする。
すごい精神力だ。
いや、嫌な意味で。
その時、扉の外が騒がしくなった。
王宮警備兵が慌ただしく入ってくる。
「宰相閣下、緊急報告です!」
「何事だ」
「教会監察部の一部が、王都東門から移動を開始。白灯商会残党の護送名目で、複数の証拠品を運び出そうとしています!」
審問室に、また緊張が走った。
マルクスの表示が赤くなる。
マルクス・グレイ
状態:計画前倒し失敗、焦燥
目的:証拠品の王都外搬出
注意:東門の護送部隊が最後の証拠隠滅手段
やっぱり。
審問の裏で動かしていた。
「東門です!」
俺が叫ぶ。
「証拠品を王都外へ出すつもりです。最後の証拠隠滅です!」
宰相が即座に立ち上がった。
「王都警備隊、東門を封鎖。ギルド長ダリウス、協力を」
「任せろ」
ダリウスさんも立ち上がる。
マルクスは、まだ座っていた。
だが、その手はわずかに震えている。
宰相は彼を見る。
「マルクス・グレイ。あなたには、この場に留まっていただく」
「私は関与しておりません」
「それを判断するためにも、留まれ」
マルクスは何も言えなかった。
俺は、リリアとセリカさんを見る。
セリカさんはもう動く準備をしている。
リリアも、静かに頷いた。
「行くんですね」
「行きます」
セリカさんが言う。
「今度も一人じゃないわよ」
「分かっています」
リリアが続ける。
「一緒に」
「はい」
頭の奥で、ミュレアが笑った。
『王宮審問から東門封鎖か。実に忙しい男じゃ』
「笑いごとじゃありません」
『だが、これで尻尾は見えた。逃すでないぞ、レン』
「はい」
俺は杖を握った。
王宮審問は、マルクスの正しさの仮面にひびを入れた。
だが、決着はまだついていない。
次は東門。
証拠を持ち出そうとする教会監察部を止めなければならない。
俺の静かな生活は、また遠ざかった。
でも今回は、そんなことを嘆く暇もなかった。




