第26話 王立学園、初日から目立つ気配しかしない
王立学園から受理通知が届いたのは、翌日の朝だった。
早い。
あまりにも早い。
普通、こういう手続きというものは、もっと時間がかかるものではないのか。
前世の役所でも、書類を出してから返事が来るまで数日かかったり、窓口をたらい回しにされたり、必要書類が一枚足りないと言われたりしたものだ。
それに比べて、王立学園の返事は早すぎた。
俺はギルドの会議室で、封筒を見つめながら小さく呟いた。
「……もう少し悩んでくれてもよかったのに」
隣のセリカさんが呆れた顔をする。
「受理されたのに、何で残念そうなのよ」
「心の準備期間が短すぎます」
「昨日からずっと準備してたでしょ」
「昨日は制服採寸で精神力の大半を使いました」
「そこ?」
セリカさんが眉を上げる。
だって仕方ない。
王立学園の制服を着たリリアとセリカさんを見て、平然としていろという方が無理である。
もちろん本人たちには言わない。
言うと、会話が妙な方向に転がるのは昨日で学んだ。
リリアは、白いケープの仮制服を膝の上に置いたまま、受理通知を読んでいた。
表情は緊張している。
けれど、昨日ほど青ざめてはいない。
「特別調査生として、三名の受け入れを認める……期間は暫定二週間。必要に応じて延長あり。初日は学園長面談、身分登録、適性確認、そして……実技適性試験」
最後の言葉で、俺は肩を落とした。
「やっぱり試験あるんですね」
セリカさんはむしろ当然という顔をする。
「あるでしょうね。学園側からすれば、よく分からないギルド推薦者をいきなり中に入れるんだから」
「俺、試験とか苦手なんですが」
「実技なら大丈夫じゃない?」
「それが一番大丈夫じゃなさそうなんです」
前世でも体育は苦手だった。
いや、この世界に来てから少しずつ鍛えられてはいる。
セリカさんの訓練のおかげで、逃げ足と受け身は多少ましになった。
だが、王立学園で実技試験と言われると、どう考えても貴族子弟や天才魔術師たちが出てくる。
その中で俺が何をするのか。
杖を握って危険を見ます、では地味すぎる。
いや、地味でいい。
地味に終わりたい。
しかし、スキル表示は昨日からずっと不吉だった。
初日イベント:実技適性試験
レンの外れ扱い発生率:高
ざまぁ発生率:高
ざまぁ発生率、高。
そんな発生率はいらない。
普通に平穏に終わってほしい。
会議室の奥で、ギルド長ダリウスさんが受理通知を確認していた。
「想定より早いが、悪くない。学園側も旧研究棟の件を無視できなかったのだろう」
「学園には、白灯商会のことも伝わっているんですか?」
俺が尋ねると、ダリウスさんは頷く。
「最低限はな。ただし、どこまで伝えるかは絞ってある。学園内に協力者がいる可能性がある以上、全部話せば証拠を隠される」
「疑いながら入るんですね」
「そうだ」
重い。
ただの転校イベントではない。
潜入調査だ。
表向きは特別調査生。
実際は、旧研究棟に隠された封印石関連の証拠を探る。
しかも、教会監察部と白灯商会、学園内協力者が絡んでいるかもしれない。
俺は改めて、自分がとんでもない場所に放り込まれようとしていることを実感した。
ダリウスさんは俺たち三人を見る。
「今日のうちに最低限の資料を頭に入れろ。明朝、学園へ入る」
「明朝……」
「早い方がいい。白灯商会が倉庫を押さえられた以上、学園側の証拠も動く可能性がある」
それは確かにそうだ。
嫌だが、正しい。
リリアが静かに聞いた。
「ミュレアさんは、どうなりますか」
「封印区画からギルド地下の仮封印室へ移送する準備を進めている。だが、完全移送にはもう少しかかる。学園初日は、迷宮側で監視を継続する」
「レンとの距離は大丈夫なんですか?」
セリカさんが聞く。
ダリウスさんはオルフェさんへ視線を向けた。
オルフェさんが資料をめくる。
「昨日の状態確認では、一定距離を離れても急激な不安定化は起きませんでした。ただ、一日に一度はリンク確認が必要です。レンさんが学園へ行く場合、夜には状態確認を行うのが望ましいです」
「つまり、学園に行って、帰ってきて、ミュレアの確認もする」
「そうなります」
「……労働時間が長くないですか?」
思わず言うと、ダリウスさんが短く答えた。
「休息は確保する」
「信用していいですか」
「努力する」
「そこは断言してほしかったです」
セリカさんが横から言う。
「倒れる前に止めるわ」
リリアも頷く。
「私も見ています」
なぜか俺の体調管理チームが発足している。
ありがたいが、少し情けない。
その時、頭の奥にミュレアの声が響いた。
『レン、聞こえるか』
「聞こえます」
『学園へ行くのじゃな』
「はい」
『妾を置いて』
「その言い方やめてください」
『寂しいではないか』
声だけ聞くと、少し本気にも聞こえる。
だが、次の瞬間には調子が戻った。
『土産は甘いものと、学園の制服じゃ』
「制服は無理です」
『なぜじゃ』
「あなた、まだ封印管理中ですし、採寸もできません」
『リンク越しに測れ』
「そんな機能ありません」
『作れ』
「無茶です」
リリアが小さく笑う。
「ミュレアさん、まずは体調を安定させてください」
『白き治癒師は今日も厳しいのう』
セリカさんも言う。
「学園のことは戻ってから報告するわ」
『赤き剣姫も行くのか』
「当然。レンとリアを放っておけないもの」
『ふふ。監視者を監視する者か。面白い』
「面白がらないで」
ミュレアの笑い声が遠ざかる。
なんだかんだで、彼女の声が元気になっているのは安心した。
ただ、甘いものの要求は本気で忘れない気がする。
◇
その日の午後は、ほとんど学園準備に費やされた。
制服の正式版はまだ仕上がっていないが、仮制服は調整済みだった。
俺の制服は濃紺の上着に白シャツ、銀の縁取り。
胸元にはギルド推薦調査生の小さな徽章がついている。
リリアは白いケープ付きの治癒術研修生服。
完全に顔を隠すことはできないが、柔らかな布が肩から胸元を覆い、落ち着いた印象になっていた。
セリカさんは剣術課程用に調整された女子制服。
濃紺の上着に動きやすい外套、腰には訓練用の剣を提げられる帯。
三人で並ぶと、思った以上にそれらしく見えた。
ギルドの廊下で、エマさんが目を輝かせる。
「皆さん、とてもお似合いです」
「ありがとうございます」
俺が答えると、エマさんは俺を見て少し笑った。
「レンさんは、学園生に見えますね」
「それは喜んでいいんでしょうか」
「はい。少し真面目そうで」
「少し」
「とても、です」
言い直してくれた。
リリアは少し落ち着かなさそうにケープの端を握っている。
エマさんは彼女を見ると、やわらかく微笑んだ。
「リアさん、本当に綺麗です」
「あ……ありがとうございます」
「治癒術研修生というより、学園の神聖術科の首席みたいです」
「首席は困ります」
リリアが本気で困った顔をする。
俺は少し笑ってしまった。
するとリリアがこちらを見る。
「レン」
「すみません。似合いすぎているという意味です」
「……それなら、いいです」
頬が少し赤い。
セリカさんが横で咳払いする。
「私の方は?」
自分から聞いて、すぐに少し照れた顔をする。
エマさんは即答した。
「セリカさんは格好いいです。学園の剣術大会で優勝しそうです」
「優勝までは」
「できますよ」
俺が言うと、セリカさんがこちらを見る。
「本気で言ってる?」
「はい。セリカさんの剣は、すごいですから」
セリカさんは、一瞬で目を逸らした。
「……そういうの、不意打ちで言わないで」
「すみません」
リリアが静かに微笑む。
エマさんも口元を押さえている。
セリカさんは耳まで少し赤かった。
これ以上言うと怒られそうなので黙った。
準備の最後に、ダリウスさんから学園内での注意事項が伝えられた。
「まず、目的を忘れるな。旧研究棟と聖属性魔道具研究室の調査だ。学園生活を満喫しに行くわけではない」
「分かっています」
「次に、目立つな」
俺は思わず目を逸らした。
セリカさんとリリアが同時にこちらを見る。
ダリウスさんも見る。
「なぜ全員俺を見るんですか」
「一番怪しいからだ」
ギルド長に断言された。
「俺、目立ちたいと思ったことないんですが」
「思っていないのに目立つから厄介なんだ」
反論できない。
ダリウスさんは続ける。
「レン。お前の能力は、学園では魔力感応と危険察知として扱う。好感度、破滅フラグ、才能開花、封印干渉については不用意に話すな」
「はい」
「リア。教会関係者に近づかれたら、単独で会うな」
「はい」
「セリカ。実家関係者が接触してきた場合も同じだ。単独で対応するな」
「……分かっています」
セリカさんの声が少しだけ硬い。
ヴァンブレイド家。
学園には貴族子弟が多い。
彼女の実家と繋がる者もいるだろう。
外れ扱いされた自分の剣が認められ始めた今、実家がどう動くのか。
彼女自身も不安なのだと思う。
リリアがそっと言った。
「セリカさんも、一人で抱えないでくださいね」
セリカさんは少し驚いたようにリリアを見る。
それから、ふっと笑った。
「あなたに言われる日が来るとはね」
「私も言う側になってみました」
「悪くないわ」
二人のやり取りに、俺は少しだけ安心した。
この三人で行くなら、何とかなるかもしれない。
……いや、何とかなると信じたい。
◇
王立学園へ向かったのは、翌朝だった。
馬車に揺られながら、俺は窓の外を見ていた。
王都の中心部から北へ進むにつれ、街並みが少しずつ整っていく。
商店の看板は上品になり、道行く人々の服も質がよくなっていく。
やがて、広い並木道の先に巨大な門が見えた。
王立学園。
白い石壁。
鉄と銀で作られた門。
その奥に見える、尖塔を持つ本校舎。
前世の学校とはまったく違う。
大学のキャンパスとも違う。
貴族の城と研究施設と魔術学院を合わせたような場所だった。
馬車の中で、俺は小さく呟いた。
「……場違い感がすごい」
セリカさんが隣で言う。
「堂々としていなさい。場違いだと思うと、余計にそう見えるわ」
「セリカさんは慣れてますよね」
「貴族家の式典には出たことがあるから。でも、ここは私も初めてよ」
「そうなんですか」
「ええ。私は魔法適性が低かったから、学園に送られる話なんてなかった」
言い方は軽い。
でも、その奥に少しだけ痛みがあった。
リリアが静かに言う。
「今は、ギルド推薦の剣術研修生です」
セリカさんは少し驚いたようにリリアを見る。
そして、頷いた。
「そうね」
リリア自身も、自分のケープに触れた。
「私も、教会の聖女ではなく、治癒術研修生」
「俺は……魔力感応調査生」
言ってから、自分で少し笑う。
「全員、前とは違う肩書きですね」
セリカさんが言う。
「悪くないでしょ」
「はい」
リリアも頷く。
「悪くありません」
馬車が門の前で止まった。
門番の制服を着た学園警備兵が近づき、ギルドの紹介状を確認する。
その間にも、門の内側では学園生たちが行き交っていた。
華やかだ。
男子も女子も、きちんとした制服を着ている。
胸元の徽章やマントの色で、所属課程や学年が分かるのだろう。
数人がこちらの馬車を見て、興味深そうに囁いている。
ギルド推薦の特別調査生。
普通の入学生ではない。
そりゃ目立つ。
俺は早くも胃が痛くなりかけた。
門を通り、馬車が学園内へ入る。
庭園を抜け、本校舎前で降りることになった。
扉を開け、最初にセリカさんが降りる。
続いてリリア。
白いケープが朝の光を受けて、柔らかく揺れた。
近くにいた男子学生が、思わず見とれているのが分かった。
リリアは少しだけ身を固くした。
俺は彼女の横に立つ。
「大丈夫です」
「はい」
俺も降りる。
その瞬間、周囲から視線が集まった。
好奇心。
値踏み。
警戒。
そして、少しの軽蔑。
表示がちらちら出る。
学生A
状態:興味
備考:ギルド推薦者を珍しがっています
学生B
状態:軽視
備考:冒険者上がりを下に見ています
学生C
状態:好奇心
備考:白い治癒術研修生に注目しています
やめてほしい。
見えすぎる。
俺はなるべく視線を落ち着かせ、前を向いた。
そこへ、学園の案内役らしい女性教師が歩いてきた。
眼鏡をかけた、背筋の伸びた女性だ。
「王都冒険者ギルド推薦の特別調査生ですね。私は王立学園教務局のミリア・フォスターです」
表示が出る。
ミリア・フォスター
役職:王立学園教務局員
状態:業務的、慎重
備考:ギルド推薦者に対して警戒しつつも、公平に扱うつもりです
公平。
ありがたい。
俺たちは順に名乗った。
「レン・クロフォードです」
「リアです。治癒術研修生として参りました」
「セリカです。剣術研修生です」
ミリア先生は書類と照合し、頷いた。
「確認しました。まずは学園長室へご案内します。その後、身分登録、施設説明、午後に実技適性試験となります」
午後。
思っていたより早い。
「実技試験、今日なんですね」
俺が言うと、ミリア先生は淡々と答えた。
「特別調査生の能力確認は初日に行う規定です」
「なるほど」
逃げられない。
門の方から、数人の学生がこちらへ近づいてきた。
先頭にいるのは、金髪の男子学生だった。
制服の仕立てが明らかに上等で、胸元には上級貴族を示す徽章がついている。
彼は俺たちを見ると、にこりと笑った。
ただし、目は笑っていない。
「ギルド推薦の特別調査生というのは、君たちか」
ミリア先生が少し眉を寄せる。
「レオン・バルツァー君。今は案内中です」
「少し挨拶をするだけですよ、先生」
レオンという男子学生は、俺を見た。
「君が特殊感知能力者? 見たところ、普通の平民……いや、没落貴族かな」
初手から嫌な感じだ。
表示が浮かぶ。
レオン・バルツァー
身分:侯爵家分家子息
状態:優越感、興味、軽視
備考:ギルド推薦者を試すつもりです
試すな。
頼むから試すな。
俺は無難に答える。
「レン・クロフォードです。ギルド推薦で参りました」
「クロフォード? ああ、あの外れスキルで追放された三男か」
空気が止まった。
セリカさんの手が、ほんの少し剣帯へ動く。
リリアの表情が静かに変わる。
俺は息を止めた。
早い。
外れ扱い、初日どころか到着直後に来た。
表示は正しかった。
レオンは笑みを深める。
「なるほど。外れスキルでも、ギルドでは珍しがられることがあるらしい。実技試験、楽しみにしているよ」
言葉は丁寧だ。
だが、完全に見下している。
俺の胸に、古い痛みが少しだけ戻ってきた。
兄の声。
家の廊下。
外れだと笑われた日。
でも、今は一人ではない。
リリアが静かに言った。
「レンの力は、人を助ける力です」
レオンが彼女を見る。
その瞬間、彼の表示に別の色が混じった。
状態:興味
備考:リアの容姿と聖属性気配に強く関心を持ちました
嫌な表示だ。
セリカさんが一歩前へ出た。
「実技試験で分かるわ。言葉で決めつける必要はないでしょう」
レオンはセリカさんを見て、さらに笑う。
「赤髪の剣士か。ギルド推薦は随分と華やかだね」
「華やかさで来たわけじゃないわ」
「それは失礼」
全然悪いと思っていない顔だった。
ミリア先生が強めに言う。
「レオン君。下がりなさい」
「はい、先生。では、また試験場で」
レオンは取り巻きたちを連れて去っていった。
俺は息を吐く。
「……初日からこれですか」
セリカさんが低く言う。
「斬りたくなるわね」
「斬らないでください」
「分かってる」
リリアが俺を見る。
「大丈夫ですか」
「少し古傷に来ました。でも大丈夫です」
「外れではありません」
リリアははっきり言った。
「レンの力は、外れではありません」
セリカさんも頷く。
「証明すればいいわ。実技試験で」
「そういう流れ、やっぱり来るんですね」
俺は小さく笑うしかなかった。
その時、少し離れた回廊から視線を感じた。
振り向くと、一人の少女が立っていた。
淡い金色の髪。
澄んだ青い瞳。
上品な白い制服外套。
周囲の学生たちが、彼女に一歩距離を置いている。
ただの生徒ではない。
表示が浮かぶ。
アリシア・ルミナス・ヴァレンティア
身分:王女
状態:興味、観察
備考:レンたちギルド推薦者に強い関心を持っています
王女。
来た。
俺は目を逸らしたくなった。
だが、王女アリシアは、こちらを見て静かに微笑んだ。
その笑みは、レオンのものとは違う。
値踏みではなく、何かを確かめるような笑みだった。
そして彼女の視線が、俺の胸元のギルド徽章で止まる。
表示がもう一つ浮かぶ。
接触イベント:王女アリシア
発生条件:実技適性試験後
注意:王立学園旧研究棟の鍵を握る人物
鍵を握る人物。
また重要人物だ。
俺は心の中でつぶやいた。
神様。
せめて学園初日くらい、普通に教室案内だけで終わらせてください。
もちろん、そんな願いが叶う気配はまったくなかった。




