第24話 白灯商会、証拠隠滅に動く
教会使節が去った後の会議室には、しばらく誰も言葉を発しなかった。
重い沈黙だった。
マルクス・グレイ。
教会聖務監察官。
穏やかな声で、リリアを「保護」と言い、ミュレアを「管理」と言い、俺を「異端容疑者」と呼んだ男。
言葉の表面は丁寧だった。
でも、その奥にははっきりとした線引きがあった。
教会が正しい。
教会が判断する。
教会が管理する。
その前提から、一歩も動いていなかった。
「……怖い相手ですね」
俺が小さく言うと、セリカさんが腕を組んだまま頷いた。
「ええ。剣を抜いてくる相手より厄介だわ」
「セリカさんがそれを言うと重いですね」
「剣なら受けられるもの。ああいう言葉は、受けたつもりがないところに刺さる」
セリカさんは、ちらりとリリアを見た。
リリアは静かに椅子に座っている。
手は膝の上で重ねられていた。
顔色は悪くない。
けれど、疲れているのは分かる。
あれだけ正面から教会と向き合ったのだ。
平気なはずがない。
「リリア」
俺が呼ぶと、彼女は少し遅れて顔を上げた。
「はい」
「休んだ方が」
「大丈夫です」
即答だった。
でも、すぐに自分でも言い直した。
「……大丈夫ではないかもしれません。でも、今はまだ休みたくありません」
「どうして?」
「逃げたくないからです」
その言葉は静かだった。
「マルクス監察官の声を聞いていると、昔のことを思い出しました。聖堂の石の床。冷たい部屋。聖具をつけられた時の痛み。祈りなさいと言われた声」
リリアは、自分の指先を見つめた。
「怖かったです。でも、私は今、ここにいます。教会の中ではなく、ギルドの会議室に。レンと、セリカさんと、皆さんのいる場所に」
彼女は顔を上げた。
「だから、もう少しだけ、ここにいたいです」
俺は何も言えなかった。
セリカさんも黙っていた。
代わりに、ギルド長ダリウスさんが低く言った。
「無理はするな。だが、ここにいたいならいろ」
「はい」
「ギルドは逃げ場所にもなるが、戦う場所にもなる。どちらを選ぶかは本人が決めろ」
リリアは小さく頷いた。
「ありがとうございます」
ダリウスさんはそれ以上、優しい言葉を重ねなかった。
それがかえって、この人らしかった。
その時、俺の頭の奥にミュレアの声が響いた。
『白き治癒師は、なかなか芯が強いのう』
「聞いていたんですか」
『当然じゃ。妾は退屈が嫌いじゃからな』
「その理由で会議を覗かないでください」
『覗いてはおらぬ。聞こえただけじゃ』
「同じでは?」
『細かい男じゃ』
ミュレアはいつもの調子だった。
ただ、その声には少しだけ真面目な響きが混じっていた。
『だが、あの監察官とやら。気に入らぬな』
「ミュレアが言うと、少し意外ですね」
『妾は偉そうな者が嫌いではない。妾自身が偉いからな』
「はい」
『だが、己の正しさを疑わぬ者は嫌いじゃ。あれは退屈で、危険じゃ』
退屈で危険。
ミュレアらしい言い方だが、妙に納得できた。
マルクスは怒鳴らなかった。
剣も抜かなかった。
悪人らしい笑い方もしなかった。
だからこそ危ない。
自分が正しいと信じている人間は、自分の行動を悪だと思わない。
たぶん、鎖をつける時でさえ。
ダリウスさんが俺を見る。
「またミュレアか」
「はい。マルクスが気に入らないそうです」
「気が合うな」
ギルド長の返答が早かった。
会議室の空気が少しだけ緩む。
だが、それも長くは続かなかった。
廊下から足音が近づいてくる。
扉が開き、斥候のニルさんが入ってきた。
いつもの軽い表情ではない。
「ギルド長。白灯商会のベリオが動きました」
部屋の空気が一気に変わった。
ダリウスさんの目が鋭くなる。
「どこへ」
「表通りの本店ではなく、南倉庫街です。白灯商会名義の倉庫に入りました。中には、魔術師が数名。荷を運び出す準備をしているように見えます」
「証拠隠滅か」
「おそらく」
俺のスキルが反応した。
白灯商会南倉庫
状態:証拠隠滅進行中
対象:封印石取引記録、聖具試作品、迷宮搬出品
危険:火災偽装、魔力爆発
推奨:即時介入
来た。
早い。
教会使節が帰った直後に、もう証拠を消しに動いている。
「ギルド長」
「見えたな」
「はい。南倉庫で証拠隠滅中です。火災偽装か魔力爆発の可能性があります」
ダリウスさんは即座に立ち上がった。
「ガルム、ニル、動ける者を集めろ。白灯商会南倉庫を押さえる」
「了解」
ニルさんがすぐに部屋を出る。
ガルムさんも続く。
セリカさんが立ち上がった。
「私も行きます」
「当然だ」
ダリウスさんは次に俺を見る。
「レン、お前もだ。危険察知がいる」
「はい」
リリアも立ち上がる。
「私も」
ダリウスさんは一瞬だけ考えた。
リリアの安全を考えれば、ここに残す方がいいのかもしれない。
だが、彼女は引かなかった。
「白灯商会の倉庫なら、聖力を使った呪具があるかもしれません。私が見た方が分かることもあります」
ダリウスさんは短く頷いた。
「分かった。ただし、前には出るな」
「はい」
セリカさんがリリアの横に立つ。
「私が守る」
「お願いします」
「レンもね」
「俺も入るんですね」
「当然」
もう慣れてきた。
守られることに慣れすぎるのもよくない気がするが、今はありがたく受け入れる。
俺たちは、白灯商会南倉庫へ向かうことになった。
◇
南倉庫街は、王都の商業区から少し外れた場所にあった。
大きな石造りの倉庫が並び、荷馬車の車輪跡が泥に残っている。
昼間でも人通りは少なく、倉庫番や荷運びの男たちが行き交うくらいだ。
その一角に、白灯商会の紋章がついた建物があった。
白い灯火をかたどった紋章。
表向きは清廉で、教会御用達にふさわしい印象だ。
だが、俺の視界にはまったく別の表示が浮かんでいた。
白灯商会南倉庫
外装:通常倉庫
内部:封印石片、聖力吸収呪具部材、違法取引記録
現在状態:証拠移送中
罠:火災偽装用魔法陣、爆裂符三枚
嫌なものが見えた。
俺はすぐにダリウスさんへ伝える。
「内部に爆裂符が三枚あります。火災偽装用の魔法陣も」
「場所は分かるか」
「正面入口の内側に一枚、二階倉庫の奥に一枚、地下への階段付近に一枚です」
ダリウスさんは手で合図を出した。
ギルド職員たちが素早く配置につく。
ニルさんはすでに裏口側へ回っていた。
セリカさんが剣を抜かずに、いつでも動ける姿勢を取る。
「レン、近づきすぎないで」
「分かっています」
「本当に?」
「今は本当に」
リリアが小さく言う。
「レンは、本当にと言う時ほど少し怪しいです」
「リリアまで」
「経験上です」
なぜかこういう時だけ、二人の連携が鋭い。
ダリウスさんが前に出た。
「王都冒険者ギルドだ。白灯商会南倉庫に対し、古代迷宮封印石不正取引容疑で立ち入り確認を行う。扉を開けろ」
中がざわついた。
数秒の沈黙。
そして、扉の向こうから声がした。
「お待ちください。ただいま責任者を――」
その直後、俺の視界が赤く光る。
警告:火災偽装魔法陣起動準備
起動まで:十秒
「まずい、火をつけます!」
ダリウスさんの判断は早かった。
「突入!」
ガルムさんが盾を構え、正面扉を体当たりで破る。
木と鉄の扉が大きく軋み、内側へ吹き飛んだ。
中にいた白灯商会の男たちが驚愕する。
その奥で、灰色のローブを着た魔術師が床の魔法陣に手をかざしていた。
「セリカさん、魔法陣!」
「任せて!」
セリカさんが踏み込む。
剣を抜く。
赤い光が一閃し、床に描かれた火災偽装用の魔法陣の一部が断ち切られた。
魔法陣がぼうっと赤く光り、すぐに消える。
「くっ!」
魔術師が後退する。
俺の表示が出る。
魔術師A
目的:火災偽装
次行動:爆裂符起動
弱点:左袖内の符
「左袖に爆裂符!」
セリカさんがその言葉に反応し、魔術師の左腕を剣の腹で叩いた。
袖から小さな符が落ちる。
リリアが白い光で包み込むと、符は煙を上げて沈黙した。
「無効化しました」
「助かるわ」
セリカさんが短く答える。
その間に、ダリウスさんとガルムさんが商会員たちを押さえていく。
中は混乱していた。
木箱が積まれ、荷車が置かれ、書類束がいくつも袋に詰められている。
床には、急いで燃やそうとした紙の束。
壁際には、黒い布で覆われた魔道具。
俺の視界に次々と表示が浮かぶ。
証拠品:封印石取引台帳
証拠品:白灯商会・黒蛇金融商会間契約書
証拠品:対聖女用呪具試作記録
証拠品:王立学園旧研究棟搬入記録
最後。
王立学園旧研究棟。
新しい名前が出た。
「ギルド長、王立学園旧研究棟への搬入記録があります!」
俺が叫ぶと、ダリウスさんの顔色が変わった。
「王立学園だと?」
セリカさんも反応する。
「学園まで繋がってるの?」
俺は台帳の一部を拾い上げる。
文字は読める。
だが、表示の方が早い。
搬入先:王立学園旧研究棟
名目:聖属性魔道具共同研究
実態:封印石片、聖力吸収素材の保管および実験
関連者:白灯商会、教会監察部、学園内協力者
まずい。
思った以上に広い。
教会と商会だけではない。
王立学園。
王都の貴族子弟や魔術師候補が集まる場所。
そこに、封印石と聖力吸収素材が入っている。
「これは、かなりまずいです」
俺が言うと、ダリウスさんは短く答えた。
「分かっている。全部押さえろ」
その時、倉庫の奥で叫び声が上がった。
「火をつけろ! 全部燃やせ!」
白灯商会の顧問魔術師ベリオだった。
教会使節に同行していた男。
先ほどの会議で、証拠隠滅を考えていると表示された相手。
彼は二階へ続く階段の上に立ち、手に魔法具を持っている。
表示が出る。
ベリオ
状態:焦燥、逃走準備
目的:二階証拠品焼却、地下資料室爆破
所持:起爆魔道具
弱点:魔道具の赤い制御石
「起爆魔道具を持ってます! 赤い石が制御!」
俺が叫ぶ。
ベリオが俺を睨む。
「また貴様か、レン・クロフォード!」
「俺も好きで来てるわけじゃありません!」
本音が出た。
ベリオは魔道具を掲げる。
その瞬間、リリアの白い光が走った。
直接攻撃ではない。
光が魔道具の周囲を包み、起動を一瞬遅らせる。
「今です!」
セリカさんが階段を駆け上がる。
速い。
赤い髪が炎のように揺れた。
ベリオは慌てて後退しようとするが、遅い。
セリカさんの剣が、赤い制御石を正確に叩き割った。
魔道具が火花を散らし、沈黙する。
「ぐあっ!」
ベリオが手を押さえて膝をつく。
セリカさんは剣を彼の喉元に突きつけた。
「証拠隠滅は失敗ね」
ベリオは歯を食いしばった。
「何も分かっていない……これは教会のため、王国のためだ!」
またそれだ。
正しさの名。
王国のため。
教会のため。
秩序のため。
セリカさんの目が冷える。
「人を縛る道具を作っておいて、よく言うわ」
「力ある者は管理されなければならない! 聖女も、魔族も、異能者も!」
ベリオの視線が俺を刺す。
「お前のような者が野放しになれば、秩序が崩れる!」
怖い。
正直、まだ怖い。
そう言われると、自分の力が本当に危険なのではないかという不安が戻ってくる。
でも、リリアが前へ出た。
「力ある者を管理するために、苦しめてよい理由にはなりません」
ベリオが彼女を見る。
「逃亡聖女が何を」
「私は逃亡聖女ではありません」
リリアの声は、迷いがなかった。
「ギルド所属の治癒師リアです」
セリカさんが剣を構えたまま言う。
「聞こえた?」
ベリオは悔しそうに顔を歪めた。
その時、俺の視界に別の警告が出た。
地下爆裂符:遠隔起動準備
起動元:ベリオの靴底魔石
起動まで:五秒
まだある。
「靴底に起動魔石!」
セリカさんが反応するより早く、俺は杖を握って階段を駆け上がった。
「レン!」
リリアの声。
自分でも前に出すぎだと分かっている。
でも、五秒しかない。
ベリオの右足を狙う。
表示に従って、杖を振った。
靴底の側面。
硬い感触。
ぱきん、と小さな音がした。
遠隔起動魔石:破壊
地下爆裂符:停止
止まった。
だが、その直後、ベリオが俺へ掴みかかってきた。
「貴様!」
まずい。
距離が近い。
俺は体勢を崩した。
ベリオの手が胸倉に伸びる。
だが、その手は届かなかった。
セリカさんの剣の柄が、ベリオの腹に叩き込まれたからだ。
「ぐっ……!」
ベリオが崩れる。
セリカさんは俺の襟首を掴み、後ろへ引っ張った。
「前に出るなって言ったでしょう!」
「すみません!」
「でも、止めたのは偉い!」
「怒るか褒めるかどっちですか!」
「両方よ!」
理不尽だが、ありがたい。
リリアが駆け上がってきて、俺の腕を掴む。
「怪我は?」
「ありません」
「本当に?」
「少し襟を掴まれかけただけです」
「後で確認します」
「はい」
完全に逃げ場がない。
しかし、地下爆裂符は止まった。
倉庫は燃えていない。
証拠も残っている。
ダリウスさんが階段の下から指示を飛ばす。
「ベリオを拘束しろ! 倉庫内の書類、魔道具、封印石片、すべて押収! 地下も確認する!」
ギルド職員たちが動き出す。
白灯商会の男たちは次々と拘束され、魔術師たちも魔法封じの縄をかけられた。
倉庫の中には、まだ多くの証拠が残っていた。
燃やされる前に、間に合った。
◇
地下資料室は、さらにひどかった。
石造りの小部屋に、木箱がいくつも並んでいる。
その中には、封印石片。
黒い結晶。
聖具と称された呪具の部品。
そして、名前の書かれた名簿があった。
名簿には、治癒院、孤児院、貧民街の救護施設、借金を抱えた人々の名前が並んでいる。
エマさんの名前もあった。
リリアの顔が、静かに青ざめる。
「これは……」
俺の表示が出る。
名簿:聖力適性者および債務者候補一覧
用途:実験対象選定、労働契約誘導、聖具適合確認
関連:白灯商会、黒蛇金融商会、教会監察部一部
俺は読み上げながら、声が詰まりそうになった。
エマさんは、ただの借金被害者ではなかった。
候補として見られていた。
リリアもそうだ。
彼女ほど強い聖力ではなくても、誰かがまた同じように利用されようとしていた。
「……本当に、何なんですか」
俺は思わず呟いた。
怒りなのか、呆れなのか、自分でも分からない。
リリアが名簿を見つめる。
「私だけではなかったのですね」
「リリア」
「分かっていました。きっと、他にもいると。でも、名前を見ると……」
彼女はそこで言葉を切った。
セリカさんが静かに言う。
「ここで止められてよかった」
「はい」
リリアは頷いた。
「でも、まだ全部ではありません」
その通りだ。
白灯商会の倉庫一つで、これだけ出てきた。
なら、王立学園旧研究棟には何があるのか。
俺の視界に、また表示が浮かぶ。
重要関連地点:王立学園旧研究棟
状態:一部証拠移送済み
関連:聖属性魔道具共同研究、封印石保管、学園内協力者
注意:接近には王国許可または学園関係者身分が必要
学園関係者身分。
嫌な予感がする。
非常に嫌な予感がする。
ダリウスさんも、その表示内容を聞いて眉を寄せた。
「王立学園か。面倒な場所に出たな」
「入れないんですか?」
「普通の冒険者は無理だ。貴族子弟、王国認定の研究者、学園関係者、特別許可を持つ者だけだ」
セリカさんが言う。
「私の家の名前を使えば入れるかもしれないけど、できれば使いたくないわ」
「使わなくていい」
ダリウスさんはすぐに言った。
「別の手を考える。王国側への報告も必要だ」
俺は表示を見て、嫌な予感がさらに強くなる。
推奨対応:王立学園特別調査生制度
備考:外部人材を一時的に学園へ受け入れる制度あり
特別調査生。
来た。
学園ルートが、確実に来ている。
「ギルド長」
「また見えたか」
「王立学園特別調査生制度、というものがあるみたいです」
ダリウスさんの表情が、わずかに変わった。
「……よくそんなものまで見えるな」
「あるんですか」
「ああ。王国やギルドが、特別な能力を持つ者を短期間学園へ送り込む制度だ。滅多に使われないが」
セリカさんが俺を見た。
「まさか」
リリアも俺を見る。
「レン」
俺は頭を抱えた。
「俺、もしかして学園に行く流れですか」
ダリウスさんは少しだけ沈黙した。
その沈黙が答えだった。
「状況次第だ」
「その言い方は、だいたい行くやつです」
「否定はしない」
否定してほしかった。
心から。
その時、頭の奥でミュレアが楽しそうに笑った。
『ほう。学園か。若き人間たちが集う場所であろう?』
「あなたまで反応しないでください」
『妾も行けるのか?』
「無理です」
『つれない』
「封印管理中の魔王令嬢が学園に来たら大騒ぎです」
『退屈せずに済みそうじゃが』
「俺が胃痛で倒れます」
リリアが小さく言う。
「ミュレアさんは、しばらく迷宮かギルド管理施設です」
『白き治癒師まで厳しい』
セリカさんも続ける。
「当然ね」
『赤き剣姫もか。妾の味方はおらぬのか』
「いません」
俺が答えると、ミュレアはわざとらしくため息をついた。
『仕方ない。ではレン、甘いものを持ってこい』
「話が急に戻った」
『大事じゃ』
この状況でもブレない。
ある意味すごい。
◇
白灯商会南倉庫の制圧は、夕方まで続いた。
押収品は馬車三台分にもなった。
封印石片。
呪具部材。
取引台帳。
名簿。
王立学園旧研究棟への搬入記録。
教会監察部との連絡文書らしきもの。
ベリオは拘束され、ギルド地下へ送られた。
白灯商会本店にもギルドと王都警備隊が向かったらしい。
証拠隠滅は、完全には止められたわけではないかもしれない。
だが、大きな山は押さえた。
ダリウスさんは倉庫前で、押収品を積む職員たちを見ながら言った。
「これで教会も、簡単にはしらを切れん」
「マルクスはどう出ますか」
俺が聞くと、ダリウスさんは目を細めた。
「切り捨てるだろうな。白灯商会が勝手にやったと」
「そんな」
リリアが声を漏らす。
「だが、そのためにも証拠がいる。白灯商会と教会監察部の直接の繋がりだ」
「それが王立学園旧研究棟にあるかもしれない」
「ああ」
ダリウスさんは俺を見る。
「レン。今日はよくやった」
「俺は見えたことを言っただけです」
「またそれか」
セリカさんが呆れる。
リリアも小さく笑った。
ダリウスさんまで、少しだけ口元を緩めた。
「その“見えたこと”で倉庫が燃えずに済んだ。地下の爆裂符も止まった。十分だ」
「……はい」
俺は素直に頷いた。
少しずつ、認める練習をしている。
自分のしたことを、全部「たまたま」や「見えただけ」で片付けない練習。
まだ難しい。
でも、周りに何度も言われるうちに、少しずつ分かってきた。
俺の力は怖い。
でも、使い方を間違えなければ、誰かを助けられる。
その時、リリアが俺の袖を軽く引いた。
「レン」
「はい」
「今日は、胸を張っていいと思います」
その言葉が、妙に深く届いた。
「……ありがとうございます」
セリカさんも言った。
「ただし、前に出すぎた件は後で説教ね」
「やっぱりありますか」
「あるわよ」
「胸を張った後で説教」
「それとこれとは別」
厳しい。
でも、これも日常になりつつある気がした。
王都の夕暮れの中、押収品を積んだ馬車がギルドへ向かって動き出す。
俺たちもその後を追う。
白灯商会の倉庫は押さえた。
だが、次の舞台は王立学園旧研究棟。
貴族子弟と魔術研究者が集まる、王国の表の顔。
そこに、教会と商会の不正の続きが眠っている。
俺は小さく息を吐いた。
「学園か……」
セリカさんが横で言う。
「制服とかあるのかしらね」
「そこですか?」
「潜入するなら必要でしょう」
リリアが少し首を傾げる。
「私も着るのでしょうか」
セリカさんがリリアを見た。
「似合いそうね」
「そうですか?」
「ええ。白い制服とか」
リリアが少し照れたように目を伏せる。
俺は思わず想像しかけて、慌てて視線を逸らした。
セリカさんが即座に気づく。
「レン」
「はい」
「今、想像した?」
「してません」
「嘘ね」
「少しだけ」
リリアの頬が薄く赤くなる。
セリカさんも、なぜか少しだけむっとした。
「私の制服姿は?」
「え?」
「何でもない!」
自分で言って照れたらしい。
俺は返事に困る。
リリアが小さく笑った。
そこへ、頭の奥からミュレアの声が飛んでくる。
『妾の制服姿も想像してよいぞ』
「お願いですから会話に割り込まないでください!」
夕暮れの倉庫街に、俺の声が響いた。
ギルド職員たちが何事かと振り返る。
セリカさんは額を押さえ、リリアは口元を隠して笑っていた。
ミュレアは楽しそうに笑っている。
問題は山積みだ。
教会。
白灯商会。
王立学園。
ミュレアの監視。
リリアの安全。
セリカさんの実家。
それでも、少しだけ笑える時間がある。
だから俺は、まだ歩けるのだと思った。




