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『前世で陰キャ非モテだった俺、異世界転生したら【好感度限界突破】で美少女たちが勝手に惚れてくるんだが!?〜外れスキル扱いされた俺、実は触れただけで才能覚醒させる最強チートでした〜』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第2話 このスキル、相手の人生が見えるんだが

 鑑定式の帰り道、馬車の中は妙に静かだった。


 行きと同じ馬車。

 同じ座席。

 同じ家族。


 けれど、空気だけがまるで違っている。


 向かい側に座る父は、窓の外を見たまま口を開かない。

 母は何度か俺を見たが、声をかけるきっかけを探しているようで、結局何も言わなかった。


 カイル兄上だけが、ずっと不機嫌だった。


 腕を組み、足を組み、こちらを見ようともしない。


 だが俺には、見えていた。


名前:カイル・クロフォード

好感度:−48

状態:苛立ち

隠し本音:なぜレンが人前で注目された


 ……いや、見えなくていい。


 人の本音なんて、見えると普通にしんどい。


 前世でも、俺は人の顔色ばかり見ていた。

 声の調子、目線、間の取り方。

 相手が退屈していないか。

 自分が余計なことを言っていないか。

 そういうことばかり気にして、結局まともに会話できなくなる。


 それが今世では、文字になって見える。


 便利といえば便利だ。


 ただし、精神にはあまり優しくない。


「レン」


 父がようやく口を開いた。


「はい」


「神殿でのあれは、どういうことだ」


「俺にも、まだよく分かりません」


 正直に答えるしかなかった。


 すると、カイル兄上が鼻で笑う。


「分からない、か。便利な言葉だな」


「兄上」


「外れスキルだと思われた直後に、あんな真似をして見せた。ずいぶん都合のいい偶然じゃないか」


 兄の声には棘があった。


 俺は何も言い返さない。


 いや、言い返せない。


 実際、俺自身も分かっていないのだ。


 あの時、俺は神官見習いのミーナが倒れる未来を見た。

 水を飲ませ、休ませ、魔力を流した。

 すると破滅フラグが消え、彼女の治癒術適性が少し覚醒し、俺にも治癒魔力が還元された。


 説明しろと言われても困る。


 スキルがそう表示したから、そうしただけだ。


「神殿の者から報告を聞く必要があるな」


 父は低く言った。


「レン、お前はしばらく勝手な行動を控えろ」


「……はい」


 勝手な行動。


 俺は倒れそうな人を助けただけのつもりだったが、父から見ればそうなるらしい。


 前世の会社を思い出した。


 誰かの仕事を手伝ったら、なぜか「勝手に進めないで」と言われたことがある。

 善意が全部正しいわけじゃない。

 分かってはいる。


 でも、少しだけ胸が重くなった。


 屋敷に戻る頃には、空は夕暮れ色に染まっていた。


 馬車を降りると、使用人たちが並んで頭を下げる。


「お帰りなさいませ」


 その瞬間、俺の視界に大量の文字が浮かんだ。


好感度:34

状態:疲労


好感度:41

状態:腰痛


好感度:22

状態:不安


好感度:15

破滅フラグ:三日後、調理場で火傷


 多い。


 多すぎる。


 思わず目を閉じた。


 情報量が暴力だった。


「どうした、レン」


 父の声に、俺は慌てて首を振る。


「いえ、少し疲れただけです」


「今日はもう部屋へ戻れ」


「はい」


 それはありがたかった。


 正直、これ以上人の頭上に浮かぶ情報を見続けたら、目より先に心が疲れそうだった。


 俺は屋敷の廊下を歩き、自室へ向かう。


 途中、メイドの少女が壁際で小さく咳き込んでいた。


 名前はたしか、アンナ。


 俺より二つ年上で、昔から屋敷で働いている。

 控えめだが仕事は丁寧で、俺が子どもの頃に階段で転びそうになった時、助けてくれたことがあった。


 彼女の頭上に表示が出る。


名前:アンナ

好感度:37

状態:過労、睡眠不足

破滅フラグ:翌朝、階段で転倒

対処法:今夜の夜番交代、温かい食事、休息


 俺は足を止めた。


 アンナは俺に気づき、慌てて姿勢を正す。


「レン様。お見苦しいところをお見せしました」


「いや……大丈夫?」


「はい。少し喉が乾いただけです」


 大丈夫じゃない人ほど、よく大丈夫と言う。


 前世の俺もそうだった。


「夜番、今日も君なの?」


「はい。カイル様のご用命で」


 カイル兄上の名前が出た瞬間、少しだけ嫌な予感がした。


「昨日も夜番だったよね」


「え? あ、はい。ですが、仕事ですので」


 表示の赤い文字が消えない。


 俺は迷った。


 父からは勝手な行動を控えろと言われたばかりだ。


 ここで余計なことをすれば、また面倒になるかもしれない。


 でも、見えてしまっている。


 翌朝、階段で転倒。


 それがどれほどの怪我につながるかは分からない。

 小さな打撲で済むかもしれない。

 あるいは、もっと悪い結果になるかもしれない。


 俺はため息を飲み込んだ。


「アンナ、今日は休んで」


「えっ」


「夜番は他の人に代わってもらう。俺からメイド長に言う」


「そ、そんなことをされたら、カイル様に叱られます」


「俺が勝手に頼んだことにすればいい」


「ですが……」


 アンナは困った顔をした。


 俺の中の陰キャ部分が叫ぶ。


 やめろ。

 これ以上踏み込むな。

 相手が困ってるぞ。

 善意の押し売りだと思われるぞ。


 けれど、表示は変わらない。


 俺はなるべく穏やかに言った。


「倒れてからじゃ遅いから」


 アンナの目がわずかに揺れた。


「……レン様は、どうして分かるのですか」


「顔色が悪いから」


「それだけですか?」


「それだけ」


 嘘ではない。

 表示が見えるとは言えないだけだ。


 アンナは少しだけ俯いた。


「実は、昨日から少しふらついていました。でも、私より若い子たちも疲れていますし、私だけ休むわけにはいかないと思って」


「それで君が倒れたら、他の人の仕事がもっと増える」


「……はい」


「だから、休むのも仕事だと思う」


 自分で言って、前世の上司に聞かせてやりたい台詞だと思った。


 俺自身、前世ではそれができなかった。


 無理ですと言えなかった。

 休みたいと言えなかった。

 限界ですと口にする前に、全部飲み込んでいた。


 だからこそ、目の前のアンナを放っておけなかったのかもしれない。


 俺はメイド長のマルタを呼び、事情を説明した。


 マルタは五十代の厳格な女性で、使用人たちから恐れられている。

 俺が頼むと、最初は眉をひそめた。


「レン様。使用人の配置は私の管轄でございます」


「分かっています。だからお願いしています」


「カイル様より、アンナを夜番にとのご指示がありました」


「俺が体調不良に気づいて休ませた。そう伝えてください」


「……」


 マルタの頭上に文字が浮かぶ。


名前:マルタ

好感度:29

状態:警戒

隠し本音:レン様は普段控えめなのに、なぜ今日は引かないのか


 たしかに、自分でもそう思う。


 普段の俺なら、ここで引いていた。


 でも今日は、引けなかった。


 マルタはアンナの顔色を確認し、小さく息を吐いた。


「たしかに、良い状態ではありませんね」


「では」


「今夜は別の者に代えます。アンナ、あなたは下がりなさい」


「メイド長……」


「これは命令です」


 アンナは深々と頭を下げた。


「ありがとうございます、レン様」


 表示が変化する。


破滅フラグ:回避

好感度:37 → 58

才能覚醒:整理整頓適性・中

能力還元:作業効率補正を獲得しました


 作業効率補正。


 何だそれは。


 いや、名前からして便利そうではある。


 同時に、頭の中が少しすっきりした。

 視界に浮かぶ情報の整理が、さっきより楽になる。


 なるほど。

 これが能力還元か。


 助けた相手の才能や性質の一部が、自分にも反映されるらしい。


 アンナが休んだことで、翌朝の事故は回避された。


 俺はそれだけで十分だった。


 けれど、それはまだ始まりにすぎなかった。


     ◇


 翌朝。


 食堂へ向かう途中、俺は厨房の前で立ち止まった。


 中から怒鳴り声が聞こえたからだ。


「だから、焦がすなと言っただろう!」


「す、すみません!」


 料理長のボルドが、若い料理人を叱っていた。


 ボルドは大柄で髭の濃い男だ。

 腕はいいが口が悪い。

 ただ、使用人たちの食事にも手を抜かないので、嫌われてはいない。


 そのボルドが、腰に手を当てて顔をしかめていた。


名前:ボルド

好感度:24

状態:慢性的な腰痛

破滅フラグ:一週間後、腰を痛めて調理場離脱

対処法:腰部の治癒、作業台の高さ調整、休憩時間の確保

隠し才能:味覚補正・大


 まただ。


 俺は厨房の入口で迷った。


 さすがに料理長に口を出すのはどうなんだ。


 俺は料理の専門家ではない。

 前世では自炊といっても、炒めるか茹でるかレンジで温めるかの三択だった。


 だが、破滅フラグが見えている。


 しかも一週間後、調理場離脱。


 それは屋敷全体に影響するはずだ。


「ボルド」


 声をかけると、料理長は振り向いた。


「これはレン様。朝食でしたら、すぐに」


「いや、そうじゃなくて。腰、大丈夫?」


 ボルドは一瞬、目を見開いた。


「……腰、ですか」


「痛めてるんじゃないか」


「いや、まあ、年ですからな。料理人なら誰でも多少は」


「多少じゃないように見える」


 ボルドは苦笑した。


「レン様は、今日はよく人の体調にお気づきになりますな」


「昨日から少し、そういう日みたいだ」


 自分で言って意味が分からない。


 ボルドは豪快に笑ったが、その笑い方も少し無理をしているようだった。


 俺は昨日得た治癒魔力を思い出す。


「少しだけ治癒を試してもいい?」


「レン様が、私にですか?」


「嫌なら無理にはしない」


「いえ。貴族の方に腰を診ていただくなど恐れ多いですが……正直、ありがたいですな」


 ボルドは椅子に座った。


 俺は背中に手を当て、魔力を流す。


 昨日よりもずっと自然にできた。


 淡い光が、ボルドの腰の辺りを包む。


「おお……」


 ボルドが低く唸った。


「痛みが引いていく」


「無理はしないで。あと、作業台の高さが少し低いんじゃないか?」


「作業台?」


「前屈みになる時間が長いから、腰に負担がかかってる。台の脚を少し足して高くした方がいい」


 前世の職場で、腰痛対策の資料を読まされたことがある。

 まさか異世界で役立つとは思わなかった。


 ボルドは顎に手を当てた。


「なるほど。たしかに若い頃から同じ高さで使っておりましたが、体格の違う者も増えましたからな」


「あと、休憩も」


「それは難しいですな」


「倒れたらもっと難しくなる」


 俺がそう言うと、ボルドは口を閉じた。


 しばらくして、にやりと笑う。


「レン様。今日の朝食、少しだけ楽しみにしておいてください」


「え?」


「腰が軽くなると、腕も振るえますので」


 表示が変わった。


破滅フラグ:回避

好感度:24 → 49

才能覚醒:味覚補正・大

能力還元:味覚感知を獲得しました


 その日の朝食は、やたら美味かった。


 いや、正確に言えば、いつも美味しい。

 けれど、その日はスープの塩加減、焼き魚の火の通り、パンの香ばしさまで、細かく感じ取れるようになっていた。


 これが味覚感知か。


 すごい。


 すごいが、戦闘にはたぶん関係ない。


 俺がそんなことを考えながら食べていると、父が眉を動かした。


「今日のスープは、いつもより良いな」


 ボルドが控えめに頭を下げる。


「恐れ入ります」


 カイル兄上は黙っていた。


 だが、彼の頭上には表示が出ている。


状態:不機嫌

隠し本音:なぜ使用人たちがレンを見ている


 言われてみれば、使用人たちの視線が少しだけ俺に向いていた。


 昨日、神殿でミーナを助けた。

 夜にはアンナを休ませた。

 今朝はボルドの腰を治した。


 俺にとっては、目の前の赤い表示を消しただけだ。


 だが使用人たちから見れば、何かが変わり始めているように見えるのかもしれない。


 カイル兄上がフォークを置いた。


「レン」


「はい」


「ずいぶん使用人に気を遣っているようだな」


「体調が悪そうだったので」


「お前は医師にでもなったつもりか?」


「そんなつもりはありません」


「なら、余計なことをするな。使用人には使用人の仕事がある。貴族には貴族の立場がある」


 食堂の空気が冷える。


 父は黙っていた。

 母も困った顔をしている。


 俺は視線を落とした。


 言い返すべきか。

 黙るべきか。


 前世なら黙っていた。

 今も、できれば黙っていたい。


 でも、アンナが階段から落ちる未来も、ボルドが腰を壊す未来も、俺には見えていた。


 それを避けることが余計なことなのか。


 俺には分からない。


「……すみません」


 結局、口から出たのは謝罪だった。


 カイル兄上が鼻を鳴らす。


「分かればいい」


 俺は何も言わず、スープを口に運んだ。


 美味しいはずのスープが、少し苦く感じた。


     ◇


 その日の午後、俺は庭に出た。


 屋敷の中にいると、どうにも息が詰まる。


 庭師の老人、ハンクが花壇の手入れをしていた。


 彼は無口だが、俺が幼い頃からよく庭にいるのを知っていて、時々果物を分けてくれた。


 ハンクの頭上にも表示が浮かぶ。


名前:ハンク

好感度:46

状態:右手の震え

破滅フラグ:二週間後、剪定中に怪我

対処法:作業内容の変更、手首の治癒、若手への技術伝承

隠し才能:植物成長促進・中


 俺は苦笑しそうになった。


 どこを見ても、破滅フラグばかりだ。


 この屋敷、意外と危ない。


「ハンク」


「レン様」


 老人は静かに頭を下げる。


「手、痛む?」


 ハンクは少しだけ目を細めた。


「年寄りですからな」


「それ、みんな言うな」


「年を取ると、言い訳が似るのでしょう」


 思わず笑ってしまった。


 ハンクもわずかに口元を緩める。


「少し見てもいい?」


「レン様のお手を煩わせるほどでは」


「俺が気になるだけだから」


 俺はハンクの手首に治癒魔力を流した。


 完全に治るわけではない。

 けれど震えは少し落ち着いた。


 ハンクは自分の右手を開いたり閉じたりした。


「これは……不思議ですな」


「無理はしないで。細かい剪定は若い人に教えて任せた方がいい」


「教える、ですか」


「ハンクの手入れは綺麗だから。誰かが覚えた方がいいと思う」


 ハンクはしばらく黙った。


 やがて、小さく言った。


「私のような老いぼれの技など、若い者は退屈がるかと思っておりました」


「少なくとも俺は、昔からこの庭、好きだよ」


 それは自然に出た言葉だった。


 ハンクの表情が少しだけ変わった。


 前世でも、誰かの仕事をきちんと褒めるのは苦手だった。

 わざとらしいと思われるのが怖かったからだ。


 でも、今の言葉は本心だった。


 この庭は静かで、屋敷の中で唯一、俺が息をしやすい場所だった。


破滅フラグ:回避

好感度:46 → 64

才能覚醒:植物成長促進・中

能力還元:自然感知を獲得しました


 風の匂いが変わった。


 土の湿り気。

 花の状態。

 木々の呼吸のようなもの。


 うまく説明できないが、庭全体が少しだけ近く感じる。


 ハンクは深く頭を下げた。


「レン様。ありがとうございます」


「いや、こちらこそ。いつも庭を綺麗にしてくれてありがとう」


 そう言うと、ハンクは驚いたように目を見開いた。


 その時、背後から低い声がした。


「また使用人か」


 振り返ると、カイル兄上が立っていた。


 いつから見ていたのか分からない。


 彼の後ろには、取り巻きの若い騎士見習いが二人いる。


「兄上」


「お前はずいぶん暇らしいな。神殿で妙な真似をしたと思えば、今度は庭師の手当てか」


「ハンクの手が震えていたので」


「だから何だ」


 兄の声が冷たい。


「使用人が多少怪我をしようと、代わりはいくらでもいる」


 ハンクの肩がわずかに強張った。


 俺の胸の奥に、嫌な熱が生まれる。


 代わりはいくらでもいる。


 前世でも聞いたことがある。


 会社で、体調を崩して辞めた先輩について、上司が似たようなことを言っていた。


 人は部品じゃない。


 そう思ったのに、俺は何も言えなかった。


 その日からずっと、その言葉は胸のどこかに刺さったままだった。


 俺は小さく息を吸う。


「代わりがいるかどうかと、怪我を放っておいていいかは別だと思います」


 言った。


 言ってしまった。


 カイル兄上の目が細くなる。


状態:怒り

隠し本音:レンが反論した


 ああ、まずい。


 でも、もう遅い。


「ずいぶん偉そうな口を利くようになったな」


「そんなつもりはありません」


「外れスキルで少し人目を引いたから、自分が特別にでもなったつもりか?」


「違います」


「なら、身の程を知れ」


 兄は腰の剣に手をかけた。


 取り巻きたちが薄く笑う。


 庭の空気が張り詰めた。


「ちょうどいい。鑑定式で浮かれている弟に、兄として稽古をつけてやろう」


「……ここでですか」


「何か問題があるか?」


「庭が荒れます」


 俺がそう言うと、兄は一瞬黙り、それから怒ったように笑った。


「心配するのはそこか。どこまでも使用人目線だな」


 別に、使用人目線のつもりはない。


 ただ、ハンクが長年手入れしてきた庭を、兄の八つ当たりで荒らされたくなかった。


 兄は木剣を持ってこさせた。


 俺にも一本投げてよこす。


「構えろ」


「兄上、俺は」


「構えろと言っている」


 逃げられない。


 俺は木剣を握った。


 前世なら絶対にありえない状況だ。

 兄弟で剣を持って向き合うなんて、ゲームか漫画の中だけだった。


 しかし、この世界では違う。


 剣の稽古は貴族男子の嗜み。

 それを理由にされれば、拒む方が不自然になる。


 カイル兄上の頭上に表示が出る。


スキル:【烈火剣】

状態:優越感

弱点:踏み込み時、右肩がわずかに上がる

危険行動:初撃で相手の木剣を弾き飛ばす


 弱点まで見えるのか。


 俺は内心で驚いた。


 兄が踏み込む。


 表示通り、右肩が上がった。


 初撃。


 木剣が鋭く振り下ろされる。


 俺は半歩だけ横へずれた。


 兄の木剣が空を切る。


「……何?」


 兄が目を見開く。


 俺自身も驚いていた。


 見えた。


 動きが読めた。


 身体が勝手に反応したわけではない。

 表示された情報と、相手の動きがぴたりと重なったのだ。


 兄はすぐに二撃目を放つ。


次撃:横薙ぎ

弱点:左足への重心移動が遅い


 また見える。


 俺は木剣で受けず、後ろへ下がった。


 兄の剣が届かない。


「逃げるな!」


 怒声と共に、兄の剣筋が荒くなる。


 俺は受け流す。

 避ける。

 半歩ずれる。


 攻撃はしない。


 できない、というより、したくなかった。


 ここで兄に一撃でも入れれば、面倒になる。

 ただでさえ怒っている兄が、さらに何をするか分からない。


 しかし、周囲から見れば違ったらしい。


 取り巻きの一人が呟いた。


「カイル様の剣が……当たらない?」


 その声が聞こえた瞬間、兄の顔が赤くなった。


状態:屈辱

危険行動:【烈火剣】発動寸前


 まずい。


 木剣の稽古でスキルを使うつもりか。


 カイル兄上の木剣に、赤い魔力が宿り始める。


 あれは危ない。


 俺がどうするべきか迷った、その瞬間。


「そこまでです」


 凛とした声が庭に響いた。


 父だった。


 いつの間にか、屋敷の入口に立っている。


 カイル兄上は慌てて剣を下ろした。


「父上、これは稽古で」


「スキルを使う寸前だったな」


「……」


「木剣での稽古に【烈火剣】を使えば、怪我では済まん」


 父の声は静かだった。


 だが、その静けさが逆に怖い。


 カイル兄上は唇を噛んだ。


 父は俺を見る。


「レン」


「はい」


「今の動きは何だ」


「……兄上の動きが、少し見えました」


「少し、か」


 父の目が鋭くなる。


 俺はそれ以上、何も言わなかった。


 嘘をついているわけではない。


 ただ、全部を説明できないだけだ。


 父はしばらく俺を見ていたが、やがてカイル兄上に向き直った。


「今日の稽古は終わりだ。カイル、頭を冷やせ」


「……はい」


 カイル兄上は木剣を地面に投げ捨て、足早に去っていった。


 その背中に表示が浮かぶ。


好感度:−48 → −62

状態:強い嫉妬

隠し本音:レンをこのまま屋敷に置いておけない


 俺は、その文字を見てしまった。


 冷たいものが背筋を滑る。


 このまま屋敷に置いておけない。


 兄がそう思った。


 つまり、次に何かが起きる。


 俺は木剣を下ろし、静かに息を吐いた。


 ハンクがそっと近づいてくる。


「レン様、お怪我は」


「大丈夫」


「……ありがとうございます。庭を気にかけてくださって」


「本当に荒れなくてよかった」


 俺がそう言うと、ハンクは困ったように笑った。


 父はまだ俺を見ていた。


 その頭上には、表示が浮かんでいる。


好感度:12 → 18

状態:困惑

隠し本音:レンの力をどう扱うべきか判断できない


 少し上がった。


 けれど、それは好意というより、利用価値を見直しただけのようにも見えた。


 俺は自室に戻った。


 扉を閉め、椅子に座る。


 今日一日で分かったことを整理する。


 このスキルは、好感度を見るだけではない。


 相手の状態が見える。

 破滅フラグが見える。

 対処法が見える。

 隠し才能が見える。

 助ければ相手の才能が覚醒する。

 そして、その力の一部が俺に還元される。


 アンナを助けて作業効率補正。

 ボルドを助けて味覚感知。

 ハンクを助けて自然感知。

 ミーナを助けて治癒魔力。


 そして、カイル兄上との稽古では、相手の弱点と次の動きまで見えた。


 もしこれを使いこなせば、たしかに強い。


 とんでもなく強いかもしれない。


 でも、同時に嫌なことも分かった。


 この力は、目立つ。


 誰かを助ければ助けるほど、周囲の見方が変わる。

 使用人たちの好感度は上がり、兄の嫉妬は深まった。


 俺はただ、目の前の赤い表示を消しただけなのに。


 気づけば、屋敷の中の立場が少しずつ変わり始めている。


 それは、前世の俺が一番苦手だったものだ。


 注目。

 嫉妬。

 対立。


 逃げたい。


 正直、逃げたい。


 でも、表示される破滅フラグを見なかったことにはできない。


 俺は机に肘をつき、頭を抱えた。


「……なんで、こうなるんだ」


 小さく呟いた時、扉が控えめに叩かれた。


「レン様。アンナです」


「どうぞ」


 扉が開き、アンナが入ってきた。


 手には小さな包みを持っている。


「昨日のお礼です。大したものではありませんが」


「そんな、気にしなくていいのに」


「私が気にします」


 珍しく、アンナは少し強い口調で言った。


 包みを開けると、中には焼き菓子が入っていた。


「ボルド料理長に頼んで、少し分けていただきました」


「ありがとう」


「それから……使用人の皆が、レン様に感謝しております」


「俺は別に、大したことは」


「大したことです」


 アンナはまっすぐ俺を見た。


「私たちは、体調が悪くても、なかなか言えません。仕事ですから。でも、気づいていただけるだけで、救われることがあります」


 俺は返事に困った。


 誰かにそんなふうに言われることに、慣れていない。


 アンナの頭上の表示が穏やかな色になっている。


好感度:61

状態:感謝

備考:レン様を以前より近い存在として感じています


 いや、近い存在って何だ。


 俺は内心で慌てた。


 すると、アンナは少しだけ微笑んだ。


「レン様は、昔からお優しい方でした。でも、今日は少し違います」


「違う?」


「はい。今までは、優しいけれど、遠慮している方でした。今日は……手を伸ばしてくださる方でした」


 その言葉が、胸に残った。


 手を伸ばす。


 前世の俺は、それができなかった。


 でも今は、できたのだろうか。


「……ありがとう、アンナ」


「お礼を言うのは私の方です」


 アンナは一礼して部屋を出ていった。


 扉が閉まる。


 俺は焼き菓子を一つ口に入れた。


 甘かった。


 味覚感知のせいか、バターの香りや焼き加減までやたら鮮明に分かる。


 前世のコンビニ菓子も好きだったけど、これはこれでいい。


 少しだけ気持ちが落ち着いた。


 その夜。


 俺は眠る前に、自分のステータスを確認しようとした。


 この世界では、自分のスキル名を意識すると、簡易的な情報が浮かぶことがある。


 目を閉じ、【好感度限界突破】を意識する。


 すると、半透明の文字が現れた。


スキル:【好感度限界突破】

効果一:好感度表示

効果二:状態看破

効果三:破滅フラグ予見

効果四:才能開花補助

効果五:能力還元

効果六:好感度上限突破

現在の還元能力:治癒魔力、作業効率補正、味覚感知、自然感知、戦闘予測・微


 戦闘予測・微。


 カイル兄上との稽古で得たのかもしれない。


 さらに下に、小さな文字が続いていた。


注意:好感度が一定値を超えた対象は、宿主に対して強い関心を抱きます。

注意:才能開花対象が増えるほど、宿主への依存度が上昇する場合があります。

注意:好感度上限突破後の感情変化には個人差があります。


 俺は顔をしかめた。


「依存度って何だよ……」


 嫌な予感しかしない。


 前世で誰にもモテなかった俺に、なぜこんなスキルが与えられたのか。


 神様がいるなら、少し性格が悪いと思う。


 だが、それ以上考える前に、別の表示が浮かんだ。


警告:カイル・クロフォードの敵意が上昇しています。

予測:三日以内に、宿主の追放イベントが発生する可能性があります。


 追放イベント。


 イベントって何だ。


 人生をゲームみたいに言うな。


 俺はベッドの上で固まった。


 三日以内に、追放。


 カイル兄上の「このまま屋敷に置いておけない」という本音。

 昼間の嫉妬。

 使用人たちの態度。


 全部が繋がる。


 俺は天井を見上げた。


 この屋敷に、居場所があったとは言いにくい。

 けれど、出ていけと言われるのは、やはり怖い。


 前世でも、俺はどこにも強く根を張れなかった。

 今世でも、また同じなのか。


 けれど。


 もし追い出されるとしても、今の俺には少しだけ違うものがある。


 誰かを助けられる力。

 誰かに感謝された記憶。

 そして、外れではないかもしれないスキル。


 俺は目を閉じた。


「……三日か」


 短い。


 でも、何もしないには長い。


 俺は決めた。


 追放されるならされるでいい。

 ただ、その前に、見えてしまった破滅フラグだけは消しておこう。


 それが屋敷に残る人たちへの、せめてもの置き土産になる。


 そう思った時点で、自分でも少し笑ってしまった。


 前世でも今世でも、俺は本当に損な性格をしている。


 翌朝から、俺はさらに使用人たちの小さな破滅フラグを消していくことになる。


 その行動が、兄の怒りを決定的なものにするとも知らずに。

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