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『前世で陰キャ非モテだった俺、異世界転生したら【好感度限界突破】で美少女たちが勝手に惚れてくるんだが!?〜外れスキル扱いされた俺、実は触れただけで才能覚醒させる最強チートでした〜』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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12/15

第12話 美少女パーティーが勝手に結成された件

 朝から、ギルドの空気が重かった。


 いつもの冒険者たちの笑い声はある。

 食堂からは焼いた肉とスープの匂いもしている。

 受付では依頼書を受け取る者、報酬を精算する者、仲間と今日の予定を相談する者が行き交っている。


 けれど、その奥に、いつもと違う緊張が混じっていた。


 掲示板の中央に貼られた赤い依頼書。


 王都北東・古代迷宮異常反応調査。


 危険度、未定。


 未定という言葉ほど、冒険者にとって嫌なものはないらしい。


 高いなら高いで、覚悟ができる。

 低いなら低いで、気楽に行ける。

 だが未定は違う。


 何が出るか分からない。

 どこまで危ないか分からない。

 だからこそ、ギルド内の腕利きたちも軽口を叩きながら、目だけは真剣だった。


「……本当に行くんですよね」


 俺は掲示板の前で、小さく呟いた。


 隣に立つセリカさんが腕を組む。


「今さら何を言ってるの」


「いえ、昨日までは薬草採取の初心者だったので」


「その初心者が災害級魔物を倒したでしょう」


「俺一人じゃないです」


「分かってるわよ。私とリアもいた」


 セリカさんは当然のように言った。


 その「私とリアもいた」という言い方が、少しだけ自然になっている。


 昨日の朝までは、セリカさんとリリアはほぼ初対面だった。

 なのに、グラウルベア戦、宿の魔物騒ぎ、そして朝の訓練を経て、もう同じ側にいる人間のような空気になっている。


 まあ、命の危険を何度も共有すれば、距離も縮まるのかもしれない。


 普通はそんなに何度も共有しないと思うが。


 リリアはフードを深くかぶり、俺の少し後ろに立っていた。


 王都では、彼女はリアと名乗っている。


 けれど、ギルド長ダリウスさんには事情をある程度察されているようだった。

 詳しくは聞かれていない。

 ただ、「ギルド所属の治癒師として保護する」と言われた。


 その言葉を聞いた時のリリアの表情は、今でも少し胸に残っている。


 教会に追われ、偽物と呼ばれ、力を奪われていた少女が、ようやく別の場所に立てるかもしれない。


 そう思うと、この調査依頼を簡単に断る気にはなれなかった。


「レン」


 リリアが小声で呼ぶ。


「はい」


「また、怖い顔をしているわ」


「怖い顔ですか?」


「考え込みすぎてる顔」


「それは怖い顔なんですか」


「少し」


「気をつけます」


 俺が頬を軽く揉むと、リリアが小さく笑った。


リリア・セレスティア

好感度:123

状態:緊張、信頼

備考:迷宮への不安はあるが、レンとセリカがいることで落ち着こうとしています


 相変わらず好感度は高い。


 もう百を超えていることに驚く段階は過ぎた。

 いや、慣れてはいない。

 慣れてはいないが、いちいち固まっていたら身がもたない。


 俺は表示をそっと流し見て、掲示板へ視線を戻した。


 その横で、セリカさんの表示も浮かぶ。


セリカ・ヴァンブレイド

好感度:84

状態:集中、少し高揚

備考:古代迷宮調査で自分の剣を試せることに緊張しています


 この人は緊張と高揚が同居している。


 怖くないわけではないのだろう。

 だが、自分の剣で何かを成せるかもしれないという期待もある。


 昨日、セリカさんは自分の剣を信じ始めたばかりだ。


 それを試したい気持ちは分かる。


 ……分かるが、危険度未定の古代迷宮で試すのは、できれば遠慮してほしい。


「今、失礼なことを考えていたでしょう」


 セリカさんが俺を睨む。


「いえ」


「顔に出てる」


「最近、俺の顔は信用されなさすぎでは」


「顔じゃなくて、分かりやすすぎる心が悪いのよ」


 セリカさんはそう言って、掲示板の依頼書を指で叩いた。


「それで、どうするの?」


「どうする、とは」


「正式にパーティーを組むかどうか」


 俺は固まった。


「パーティー」


「そうよ。調査隊に同行するなら、臨時でも組んだ方がいい。連携もしやすいし、報酬処理も楽になる」


「なるほど」


「なるほどじゃないわよ。昨日から実質組んでるようなものじゃない」


「言われてみれば」


 東の森で一緒に戦い、宿の魔物も一緒に倒し、訓練もした。


 確かに、すでにパーティーのようなものだ。


 ただ、俺の中ではまだ整理が追いついていなかった。


 前世では、誰かと昼飯を食べるだけでも緊張していた男である。


 異世界に転生して、元聖女と女騎士と冒険者パーティーを組むなど、あまりにも人生の振れ幅が大きすぎる。


「俺がリーダーとか、そういうのは無理ですよ」


 先に言うと、セリカさんは少し呆れた。


「誰もまだそんな話してないわよ」


「でも、こういう流れだと何となく俺が」


「まあ、実質的にはあなたが中心になるでしょうね」


「今、無理って言いました」


「危険が見えるのはあなた。異常を察知できるのもあなた。リアは支援と治癒、私は前衛。なら判断の中心はあなたになる」


「聞いてません」


「聞きなさい」


 強い。


 理屈も強い。


 俺はリリアを見る。


「リリア……リアはどう思います?」


「私も、セリカさんと同じ意見」


 味方がいない。


 いや、味方ではある。

 味方だからこそ言ってくれているのだろう。


「レンは、自分が中心になるのが苦手でしょう?」


「かなり」


「でも、危険が見えるのなら、レンが言ってくれないと私たちは困る」


「それは……そうですね」


「リーダーという名前が重いなら、案内役でもいいわ」


「案内役」


「うん。危ない道を教えてくれる人」


 少しだけ軽くなった気がした。


 リーダーと言われると荷が重い。

 だが案内役なら、まだ受け入れられる。


 前世でも、地図アプリを見ながら道を教えるくらいなら何とかできた。

 ……いや、比較対象が小さすぎる。


 セリカさんが言う。


「じゃあ、決まりね。レンが案内役。私は前衛。リアは治癒と支援」


「決まるのが早い」


「迷っても、やることは変わらないわ」


「それはそうですが」


 リリアが少しだけ微笑んだ。


「よろしくお願いします、レン」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 セリカさんも手を差し出す。


「よろしく、案内役」


「その呼び方、定着するんですか」


「嫌ならリーダーにする?」


「案内役でお願いします」


 俺はセリカさんの手を握った。


 しっかりした手だった。

 剣を振ってきた人の手。

 細いのに、力がある。


 続いて、リリアも手を差し出した。


 俺は一瞬だけ躊躇してから握る。


 柔らかく、温かい手だった。


 何となく、三人の間で小さな約束が結ばれた気がした。


 表示が浮かぶ。


臨時パーティー結成条件を満たしました。

対象:レン、リリア、セリカ

パーティー補正:危険察知共有・微

パーティー補正:聖属性支援効率上昇・微

パーティー補正:前衛連携補助・微


 また微が多い。


 しかし、確かに何かが繋がった感覚があった。


 リリアが目を瞬かせる。


「今、少しだけ何か感じた」


 セリカさんも眉を動かした。


「私も。背筋が軽くなったような」


「パーティー補正らしいです」


「本当に何でもありね、あなたのスキル」


「俺もそう思います」


 その時、背後から声がした。


「話はまとまったようですね」


 振り返ると、受付嬢のエマさんが立っていた。


 昨日よりは少しだけ顔色がいい。

 だが、まだ不安は消えていない。


エマ・リント

好感度:14

状態:緊張、決意

破滅フラグ:悪徳金融業者による連行まで残り二日

備考:ギルド長へ相談済み。証拠確認待ち


 昨日の相談後、エマさんはギルド長に借用証書の件を話したらしい。


 ギルド側も動いてくれることになった。

 ただ、証拠として初回契約控えが必要で、今日の夕方に彼女の家へ取りに行く予定だ。


 古代迷宮調査の準備と、エマさんの件。


 予定が詰まりすぎている。


 前世の俺なら、スケジュール帳を見ただけで帰りたくなるやつだ。


「エマさん、何かありましたか?」


「ギルド長から、正式な調査隊の説明があります。レンさんたちも上の会議室へ来るようにとのことです」


「分かりました」


 俺たちはエマさんに案内され、二階の会議室へ向かった。


     ◇


 会議室には、すでに数人の冒険者が集まっていた。


 大盾を背負った大柄な男。

 弓を持つ細身の女性。

 ローブ姿の魔法使い。

 短剣を二本腰に下げた斥候らしい青年。


 その中心に、ギルド長ダリウスさんが立っている。


 俺たちが入ると、全員の視線が向いた。


 俺は反射的に一歩下がりたくなったが、リリアとセリカさんが隣にいたので何とか踏みとどまる。


 ダリウスさんが口を開いた。


「そろったな。これより、王都北東古代迷宮の異常調査について説明する」


 机の上に地図が広げられる。


 王都の北東。

 城壁の外にある古い遺跡。

 地上部分は神殿跡のような構造で、その地下に何層にも迷宮が広がっているらしい。


「この迷宮は、古代王国時代の遺構だ。現在は王国とギルドが共同管理しており、上層部のみ低ランク冒険者の訓練場として使われている。下層部は封鎖済みだった」


 ダリウスさんの指が地図の下層部分を叩く。


「だが昨日の夜、下層封印扉が内側から開いた形跡が見つかった」


 部屋の空気が重くなる。


 内側から。


 つまり、何かが中にいる。


「魔物か?」


 大盾の男が聞く。


「不明だ。通常の魔物反応ではない。だが、昨日の東の森のグラウルベア、宿に出たナイトグリムは、この迷宮から漏れた異常魔力に引かれた可能性が高い」


 弓の女性が眉をひそめる。


「放っておけば、王都近郊に魔物が集まる?」


「その可能性がある」


 ローブの魔法使いが言った。


「王国魔術院は?」


「調査員を派遣する準備中だが、遅い。迷宮の魔力変動は今も続いている。まずはギルド側で浅層から中層まで確認し、異常地点を特定する」


 ダリウスさんは俺を見る。


「レン。お前には異常反応の感知を頼む」


「はい。どこまでできるか分かりませんが」


「分からないことは分からないと言え。無理に断言するな」


「分かりました」


 それはありがたい指示だった。


 俺のスキルは確かに便利だが、万能ではない。

 表示される情報の意味が分からないこともある。

 危険が見えても、回避できるとは限らない。


 断言しなくていいと言われるだけで、少し肩が軽くなった。


 ダリウスさんは次にリリアを見る。


「リア。お前には後方支援と治癒を任せる。ただし、目立つ大規模治癒はできるだけ避けろ」


「はい」


 たぶん、リリアの正体を隠すためでもある。


 リリアは静かに頷いた。


「セリカ。お前は前衛補佐。無理に突っ込むな」


「分かっています」


「昨日覚醒したばかりの力に酔うな」


「……はい」


 セリカさんは少しだけ悔しそうにしたが、素直に頷いた。


 ギルド長はよく見ている。


 セリカさんが今、自分の剣を試したがっていることも分かっているのだろう。


 俺は地図を見る。


 その瞬間、スキルが反応した。


古代迷宮

表層:魔力乱れ・小

中層:魔力乱れ・中

下層:未知反応

深部:好感度測定不能

危険度:MAX

関連対象:???


 深部。


 好感度測定不能。


 危険度MAX。


 昨日も見えた表示だ。


 俺の背筋に冷たいものが走る。


 リリアが小声で聞いた。


「また、見えた?」


「はい」


「危ない?」


「深部は危険度MAXです。でも、そこまで行く予定は?」


 俺がダリウスさんを見ると、彼はすぐに答えた。


「今回は行かん。目的はあくまで異常地点の特定と、封印扉周辺の確認だ。深部突入は王国側の準備が整ってからだ」


 少し安心した。


 ただ、こういう時は予定通りにいかない気がする。


 俺の人生、ここ数日で予定通りにいったことの方が少ない。


 ダリウスさんは説明を続けた。


「出発は一刻後。必要な装備、薬、食料を揃えろ。報酬は危険度に応じて増額する。撤退判断は俺が下すが、レンの感知も参考にする」


 大盾の男が俺を見る。


「その新人、本当に使えるのか?」


 部屋の空気が少し硬くなった。


 俺は答えに困る。


 使える、と自分で言うのは嫌だ。

 使えない、と言うと調査に支障がある。


 すると、セリカさんが先に口を開いた。


「使えるわ」


 短い言葉だった。


 大盾の男が眉を上げる。


「セリカがそこまで言うのか」


「東の森で、私はレンの指示に助けられた。あの感知がなければ、グラウルベアを倒すどころか、怪我人を守れなかった」


 セリカさんはまっすぐ言った。


「実戦で役に立つ。それは私が保証する」


 俺は少し驚いた。


 セリカさんが、俺を保証してくれた。


 リリアも続ける。


「レンは、危険を見つけるだけではありません。見つけた危険から、人を助けようとします」


「リア……」


「だから、私は信じます」


 部屋の視線が、今度は別の意味で俺に集まった。


 やめてほしい。

 嬉しいが、やめてほしい。


 顔が熱くなる。


 大盾の男はしばらく俺を見て、それから肩をすくめた。


「分かった。なら期待させてもらう」


「ほどほどにお願いします」


 俺がそう言うと、ローブの魔法使いが少し笑った。


「自信満々じゃないところが逆に信用できるな」


「自信はあまりありません」


「正直だ」


 ダリウスさんが短く手を叩いた。


「話は以上だ。各自、準備に入れ」


     ◇


 会議室を出た後、俺たちはギルドの購買窓口へ向かった。


 簡単な保存食。

 水袋。

 包帯。

 ランタン。

 予備の火打ち石。

 迷宮内で使う簡易ロープ。


 リリアは治癒用の布と薬草を見ている。

 セリカさんは俺の装備を見て、眉をひそめた。


「防具が薄すぎる」


「貧乏なので」


「胸当てくらい買いなさい」


「お金が」


「昨日の仮報酬があるでしょう」


「あれは宿代と生活費に」


「死んだら宿代も生活費もいらないわ」


 強い正論だった。


 結局、簡易の革胸当てを買わされた。


 セリカさんが俺の肩や脇の留め具を調整する。


「きつくない?」


「大丈夫です」


「腕を上げて」


「はい」


「動きにくいところは?」


「少し肩が」


「ここね」


 彼女は慣れた手つきで革紐を緩めた。


 距離が近い。


 昨日の装備トラブルを思い出して、少し緊張する。


「何で固まってるの」


「昨日のことを思い出して」


 言った瞬間、セリカさんの手が止まった。


 そして顔が赤くなる。


「忘れなさい!」


「すみません!」


「何で正直に言うのよ!」


「嘘が下手なので!」


 リリアが少し離れたところから、じっと見ている。


リリア状態:静かな観察

備考:セリカがレンの装備を整えている距離感が気になっています


 まただ。


 またこの空気だ。


 俺は慌てて言った。


「リ、リアも何か必要なものはありますか?」


「私は大丈夫」


「本当に?」


「でも、レンがそこまで聞くなら、予備の聖布を少し買います」


「買いましょう」


 リリアは少しだけ満足そうに頷いた。


 セリカさんが俺の革胸当てを整え終える。


「これで最低限はまし」


「ありがとうございます」


「迷宮では、私の後ろにいなさい。勝手に前に出ない」


「はい」


「危険が見えたらすぐ言う」


「はい」


「無理はしない」


「はい」


 リリアが横から言う。


「その約束は、私も聞いています」


「はい」


「レンは、約束が増えましたね」


「守れる範囲で頑張ります」


「範囲を広げて」


 リリアの声は優しいが、内容は厳しい。


 セリカさんが笑った。


「リア、いい監督役ね」


「セリカさんも」


「じゃあ二人体制で見張るわ」


「見張られる前提なのが納得いかない」


「日頃の行いよ」


「出会って二日くらいですよね」


「十分だったわ」


 ひどい。


 だが、否定しきれない。


 準備を終えた頃、エマさんがやってきた。


 彼女は少しだけ緊張した顔をしている。


「レンさん」


「はい」


「古代迷宮調査が終わった後で構いません。今日の夕方、もしお時間があれば、契約控えの確認に付き合っていただけますか」


「もちろんです」


「ありがとうございます」


 エマさんは深く頭を下げた。


 リリアが優しく言う。


「一人で抱えなくて大丈夫です」


 エマさんは少し目を潤ませた。


「はい」


エマ好感度:14 → 26

状態:安堵

備考:相談できる相手ができたことに救われています


 エマさんの破滅フラグも、少しずつ変わり始めているのかもしれない。


 ただ、今は古代迷宮が先だ。


 やることが多すぎる。


     ◇


 出発の時間になると、ギルド前には調査隊が集まっていた。


 ダリウスさんを隊長に、上位冒険者が四人。

 俺たち三人。

 それから補助役のギルド職員が一人。


 合計九人。


 セリカさんは前衛寄り。

 リリアは俺の近く。

 俺は中央やや後ろ。


 完全に守られる位置である。


「俺、本当にここでいいんですか」


 小声で言うと、セリカさんが即答する。


「いいの。あなたが倒れたら感知役が消える」


「言い方」


 リリアが言う。


「レンが怪我をしない位置がいい」


「それはありがたいです」


「でも、危ない時はまた前に出るでしょう?」


「……状況によります」


「顔」


「すみません」


 すぐばれる。


 ギルド前には、見送りという名の野次馬が集まっていた。


「測定不能の新人も行くのか」


「白髪の治癒師もいるぞ」


「セリカ、昨日からずいぶん目立ってるな」


「古代迷宮か……嫌な予感がするな」


 嫌な予感。


 それはこちらも同じだ。


 俺のスキルは、迷宮方面を向くだけで微かに反応している。


方角:北東

未知反応:継続

声なき呼び声:微弱

内容:未解析


 声なき呼び声。


 昨日見えた「ようやく来た」という文字。


 それが頭から離れない。


 リリアが俺の袖を軽く引いた。


「レン」


「はい」


「怖い?」


 少し迷った後、正直に答えた。


「怖いです」


「私も」


「セリカさんは?」


 セリカさんは少し考えた。


「怖くないと言えば嘘ね。でも、怖いからこそ準備した。怖いからこそ油断しない」


「強いですね」


「強くなりたいだけよ」


 その言葉は、妙にまっすぐだった。


 リリアも静かに頷く。


「私も、強くなりたい」


「十分強いと思います」


「まだ。自分の力を怖がらずに使えるようになりたい」


「俺も、危険を見るだけじゃなくて、ちゃんと判断できるようになりたいです」


 俺たちは三人で、少しだけ黙った。


 別々の場所から追い出され、ここにいる。


 外れスキル。

 偽物聖女。

 落ちこぼれ騎士。


 周りからそう呼ばれた者たちが、今は同じ調査隊にいる。


 妙な話だ。


 でも、悪くない。


 ダリウスさんが声を上げた。


「出発する!」


 調査隊が動き出す。


 王都の北東門を抜け、古代迷宮へ続く道へ入る。


 道中は比較的穏やかだった。


 だが、目的地に近づくにつれて空気が変わっていく。


 草の色が少し鈍い。

 鳥の声が少ない。

 風が、どこか湿っている。


 自然感知がざわつく。


魔力乱れ:中

周辺魔物:接近なし

迷宮入口:異常反応あり


 やがて、古代迷宮の入口が見えた。


 朽ちかけた石柱。

 蔦に覆われた壁。

 半ば崩れた古い神殿のような構造。


 その中央に、地下へ続く黒い階段が口を開けていた。


 地上は昼なのに、階段の奥は異様に暗い。


 ランタンの明かりを向けても、光が吸い込まれていくように見える。


 俺は思わず足を止めた。


「レン?」


 リリアが声をかける。


 セリカさんも剣に手を置いた。


「何か見えた?」


「……入口の奥に、反応があります」


 表示が浮かぶ。


古代迷宮入口

封印痕:破損

魔力流出:継続

下層扉:開放状態

深部反応:増大


 その下に、またあの文字が出た。


声なき呼び声:近い

内容:ようやく来た

対象:レン


 対象、レン。


 俺は息を呑んだ。


 今までは「ようやく来た」という曖昧な表示だった。


 だが、今回は違う。


 対象が俺になっている。


 迷宮の奥の何かが、俺を待っている。


 そう表示されている。


「……俺を呼んでる」


 思わず呟くと、セリカさんの顔つきが変わった。


「誰が?」


「分かりません」


 リリアがそっと近づく。


「危ないなら、戻っても」


「いや、まだ入口です。調査だけなら」


 その時だった。


 迷宮の奥から、かすかな声が聞こえた。


 耳で聞いたのか、頭の中に響いたのか分からない。


 甘く、低く、どこか笑っているような声。


『ようやく来たか』


 俺だけではなかった。


 リリアが身を震わせる。


 セリカさんが剣を抜く。


 ダリウスさんも目を細めた。


「今の声、聞こえたか」


 大盾の男がうなずく。


「ああ。女の声に聞こえた」


 ローブの魔法使いが青ざめる。


「迷宮深部からの精神干渉かもしれません」


 俺の視界に、赤黒い表示が浮かんだ。


未知対象:???

推定属性:魔族、王位血統、封印対象

好感度:測定不能

危険度:MAX

備考:宿主を認識しています


 魔族。

 王位血統。

 封印対象。


 俺は喉を鳴らした。


 迷宮の奥にいるのは、ただの魔物ではない。


 そして次の瞬間、声がもう一度響いた。


『妾の運命の男よ』


 空気が凍った。


 リリアが、ゆっくり俺を見る。


 セリカさんも、ゆっくり俺を見る。


 調査隊の冒険者たちまで俺を見た。


 やめてほしい。


 俺が一番分かっていない。


「レン」


 リリアの声が静かだった。


「説明できますか?」


「できません」


 セリカさんの声も静かだった。


「運命の男って言われてたけど」


「俺にも心当たりはありません」


「本当に?」


「本当に!」


 心から叫んだ。


 前世でも今世でも、運命の男などと呼ばれる人生ではなかった。


 むしろ真逆だ。


 しかし、迷宮の奥の声は楽しそうに笑う。


『ふふ。照れるでない。そなたを待っておったぞ』


 待つな。


 知らない相手に待たれても困る。


 表示がさらに変わる。


新章関連対象を確認

対象名:ミュレア・ノクターン

身分:魔王令嬢

状態:封印中

好感度:測定不能

初期感情:興味、退屈、期待

警告:接触により好感度限界突破イベント発生の可能性


 魔王令嬢。


 封印中。


 好感度限界突破イベント発生の可能性。


 情報量が多すぎる。


 俺は額を押さえた。


「……普通の日が、遠すぎる」


 リリアは小さく息を吐き、俺の隣に立った。


「レン。事情は後で聞きます」


「俺も聞きたい側です」


「でも、危険なら一人で前に出ないで」


「はい」


 セリカさんも反対側に立つ。


「そうよ。あなたは案内役なんだから、勝手に運命の男にならないで」


「なりたくてなってません」


「なら、私たちから離れないこと」


「はい」


 リリアが静かに頷く。


「一緒に行きましょう」


 セリカさんも剣を構えたまま言う。


「三人でね」


 その言葉に、少しだけ心が落ち着いた。


 迷宮の奥には、未知の存在がいる。


 魔王令嬢ミュレア・ノクターン。


 俺を運命の男と呼ぶ、封印された魔族の姫。


 どう考えても厄介事だ。


 それでも、今の俺は一人ではない。


 リリアがいる。

 セリカさんがいる。

 ギルドの調査隊もいる。


 俺は杖を握り直した。


 ダリウスさんが低く言う。


「予定変更だ。慎重に進む。レン、何か見えたら即座に言え」


「分かりました」


 俺たちは、古代迷宮の階段を下り始めた。


 暗闇の奥で、また小さく笑い声が聞こえた気がした。


『来るがよい。そなたの力、妾が見極めてやろう』


 こうして、追放された元貴族三男の静かな冒険者生活は、始まる前から完全に崩壊した。


 元聖女と女騎士と共に組んだばかりの臨時パーティー。


 その最初の本格任務は、古代迷宮の奥に封印された魔王令嬢との遭遇へ向かっていく。


 俺は階段を下りながら、心の底から思った。


 神様。


 もし見ているなら、次の転生者にはもう少し穏やかなチートを渡してあげてください。


 好感度限界突破は、たぶん心臓に悪すぎる。

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