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『前世で陰キャ非モテだった俺、異世界転生したら【好感度限界突破】で美少女たちが勝手に惚れてくるんだが!?〜外れスキル扱いされた俺、実は触れただけで才能覚醒させる最強チートでした〜』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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10/22

第10話 宿が一部屋しか空いていないのは絶対おかしい

 宿の部屋に、ベッドが二つある。


 それだけで、俺はかなり救われた気持ちになっていた。


 銀の小鹿亭の二階。

 通りに面した小さな部屋。

 窓の外では、王都の夜が少しずつ深まっている。


 ランプの明かりは柔らかく、壁には木製の棚と小さな机。

 床は少し軋むが、野宿に比べれば天国のようなものだった。


 昨日は森の中だった。

 焚き火の番をして、教会騎士に追われ、リリアの呪具残滓を取り除いて、ほとんど眠れなかった。


 それを考えれば、屋根があって、扉があって、ベッドがある時点で贅沢すぎる。


 ……問題は、同じ部屋にリリアがいることだ。


「レン」


「はい」


「さっきから、ベッドを見て固まっているけど」


「いえ、文明のありがたみを噛みしめていました」


「文明?」


「あ、いえ。屋根と寝具のありがたみです」


 危ない。

 前世っぽい言い方をしてしまった。


 リリアはフードを外し、白銀の髪を手櫛で軽く整えている。

 外では「リア」と名乗っているが、この部屋の中ではリリアと呼んでいいと言われている。


 その特別扱いが、地味に心臓へ悪い。


 リリアはベッドの一つに腰を下ろし、少しだけ息を吐いた。


「柔らかい」


「よかったです」


「森の地面とは違うわね」


「だいぶ違いますね」


「昨日は、よく眠れた?」


「正直、あまり」


「私も」


 リリアはそう言って、少し気まずそうに視線を伏せた。


「私のせいで、レンはあまり休めなかった」


「それは違います」


「違わないわ。私が追われていたから」


「俺が勝手に助けました」


「その言い方、ずるい」


「ずるいですか?」


「そう言われると、ありがとうしか言えなくなる」


 リリアは困ったように笑った。


 その笑顔が自然になってきたのが、少し嬉しい。


 彼女の頭上には表示が浮かんでいる。


リリア・セレスティア

好感度:120

状態:疲労、安心、軽い緊張

備考:同室であることを意識しています


 俺は即座に視線を逸らした。


 見なかった。

 見ていない。


「レン?」


「はい」


「また何か見た?」


「見てません」


「今のは見た顔」


「見てません」


「二回言うと怪しい」


「……少しだけ見ました」


 俺が白状すると、リリアは自分の表示を想像したのか、頬を薄く染めた。


「変なこと?」


「疲れてるって」


「それは普通ね」


「安心してるって」


「……それも、まあ」


「軽く緊張してるって」


「そこは言わなくていい」


「すみません」


 リリアは両手で頬を軽く押さえた。


 俺もたぶん赤くなっている。


 このスキル、本当に便利なのか不便なのか分からない。


 いや、戦闘や人助けでは便利だ。

 ただし、こういう場面では心臓に悪すぎる。


 俺は部屋の隅に荷物を置き、床の広さを確認した。


 ベッドとベッドの間には小さな机。

 窓際に椅子。

 入口横に水差し。


 床で寝るなら、扉の近くがよさそうだ。


「俺はここで寝ます」


 そう言って床を指差すと、リリアは即座に眉を寄せた。


「だめ」


「早いですね」


「床は冷える」


「外套を敷きます」


「だめ」


「二回目も早い」


「昨日もほとんど寝てないでしょう」


「リリアもでしょう」


「私はベッドで寝る」


「それはもちろん」


「レンもベッドで寝る」


「それはさすがに」


「ベッドは二つあるわ」


「ありますけど」


「なら問題ないでしょう」


 言われてみれば、確かにベッドは二つある。


 問題ない。

 理屈の上では。


 しかし、同じ部屋でそれぞれベッドに寝るというだけで、前世非モテの俺にはかなり高難度のイベントである。


「俺の精神的な問題が」


「精神?」


「いえ、何でもありません」


「レンは変なところで真面目ね」


「よく言われます」


「セリカさんにも言われていたわ」


「あの人には明日から鍛えられる予定です」


「逃げる?」


「少し考えています」


「顔に出るから無理だと思う」


 リリアが真顔で言った。


 俺は諦めて、もう一つのベッドの端に座る。


 柔らかい。


 疲れた身体が、一気に沈みそうになる。


「……寝られそうです」


「よかった」


 リリアは少し安心したように笑った。


 その時、扉が強めに叩かれた。


 俺とリリアは同時に身構えた。


 昨日から今日にかけて、追手だの災害級魔物だのが続きすぎている。

 扉のノック一つにも反応してしまう。


「誰でしょう」


 俺が小声で言うと、扉の向こうから聞き覚えのある声がした。


「私よ」


「……セリカさん?」


「開けて」


 俺はリリアと顔を見合わせた。


 リリアの表示が一瞬で変わる。


状態:警戒

備考:セリカの来訪理由が気になっています


 俺も気になる。


 扉を開けると、そこには赤髪の女騎士セリカさんが立っていた。


 昼間と同じ軽装鎧ではなく、簡素な旅装に着替えている。

 だが剣は腰にある。


 彼女は少し気まずそうに視線を逸らした。


「……空いてなかった」


「え?」


「私が取っていた宿。部屋が勝手に別の客に回されてたの。グラウルベア騒ぎで冒険者が流れ込んで、宿がどこもいっぱいになってる」


「それは大変ですね」


「他人事みたいに言わないで」


「いや、どう反応すれば」


 セリカさんは俺の肩越しに部屋を覗き、ベッドが二つあるのを見た。


 そして、微妙な表情になる。


「……二人部屋」


「はい」


「ベッド二つ」


「はい」


「あなたたち、ここに泊まるのよね」


「その予定です」


 リリアが静かに立ち上がった。


「セリカさんも、部屋がないのですか」


「そうよ。銀の小鹿亭の女将に聞いたら、この部屋なら床に一人追加できるって言われたわ」


「床」


 俺は思わず反応した。


 セリカさんが俺を睨む。


「何よ」


「いえ、俺が床で寝る予定だったので」


「だめ」


 リリアが即答する。


「だめって言われました」


 俺が説明すると、セリカさんは少し呆れた顔をした。


「あなた、初対面に近い女の子と同室なのに、床で寝ようとしてたの?」


「それが一番安全かと」


「真面目すぎる」


「セリカさんにも言われた」


 リリアが小さく言う。


 セリカさんはリリアを見る。


「あなたもそう思うでしょう?」


「思います」


「ですよね」


「二人とも急に結託しないでください」


 なぜか俺を挟んで、意見が一致している。


 セリカさんは部屋の中へ入ると、扉を閉めた。


「一応言っておくけど、変なことしたら斬るから」


「しません」


「レンはしないわ」


 リリアが静かに言った。


 俺はその信頼に少し感動したが、次の瞬間、セリカさんがにやりと笑った。


「ずいぶん信用してるのね」


「はい」


 リリアは迷わず答えた。


 セリカさんの眉が少し上がる。


「ふうん」


「セリカさんは信用していないのですか?」


「してないわけじゃないけど、今日会ったばかりだし」


「私は昨日会いました」


「一日差じゃない」


「でも、私の方が少し長いです」


 ん?


 今、何か微妙な張り合いが発生しなかったか?


 俺は二人を見る。


リリア

状態:穏やかな牽制

備考:レンとの時間の長さを少し主張しています


セリカ

状態:対抗心

備考:なぜか負けた気分になっています


 見えてしまった。


 見えなくていいやつだ。


 俺はそっと目を逸らす。


 セリカさんは部屋の椅子に腰かけ、腕を組んだ。


「とにかく、今夜だけここに置いて。床でいいわ」


「セリカさんが床は」


「私は騎士よ。野宿も訓練で慣れてる」


「でも、災害級と戦った後ですよね」


「あなたもね」


「俺は床で」


「だめ」


 今度はリリアとセリカさんが同時に言った。


 俺は口を閉じた。


 完全に勝ち目がない。


 結局、話し合いの結果、ベッド二つをリリアとセリカさんが使い、俺は椅子と外套を使って仮眠を取ることになった。


 ……はずだった。


 しかし、リリアは納得していない顔だった。


「レンも休むべき」


「椅子でも休めます」


「休めない」


「前世……じゃなくて、昔は椅子で寝落ちしたこともありますし」


「それは休んだとは言わないわ」


 セリカさんも腕を組んだまま頷く。


「明日訓練するのに、寝不足だと困る」


「訓練前提なんですね」


「当然」


「俺の睡眠は訓練のためですか」


「生存率向上のためよ」


 正論が強い。


 俺はしぶしぶ椅子に座った。


 せめて最初は見張りをすると言うと、二人からまた反対された。


「ここは宿よ」


 セリカさんが言う。


「一応、外に見張りの冒険者もいる。森の中じゃないんだから、少しは休みなさい」


「でも教会が」


「教会の連中が王都の宿に夜襲を仕掛けたら、それはそれで大問題よ。簡単には動けないはず」


 それは確かにそうだ。


 俺はリリアを見る。


 彼女も頷いた。


「レン。今日は寝て」


「……分かりました」


 俺はようやく受け入れた。


 ただし、問題は寝る前に発生した。


 風呂、というほど立派なものではないが、宿には湯で身体を拭ける簡単な洗い場があるらしい。


 先にリリアとセリカさんが使うことになり、俺は部屋で待つことになった。


 待つだけ。


 何も問題はない。


 ……はずだった。


 しばらくして、廊下の方から小さな悲鳴が聞こえた。


「きゃっ」


 リリアの声だった。


 俺は反射的に立ち上がる。


「リリア!?」


 扉を開けかけたところで、セリカさんの声が飛んだ。


「開けるな!」


「はい!」


 俺は全力で手を止めた。


 危なかった。


 いや、何も見ていない。

 絶対に見ていない。


 廊下の向こうから、ばたばたと足音がする。


「違うの、桶が滑っただけ」


 リリアの声。


「だから言ったでしょ、床が濡れてるって」


 セリカさんの声。


「ごめんなさい」


「謝らなくていいわ。怪我は?」


「平気」


「本当に?」


「……少し足をぶつけた」


「ほら」


 俺は扉越しに声をかける。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫!」


 リリアの声が少し高い。


 セリカさんが続ける。


「レン、そこから動かないで」


「はい」


「絶対よ」


「はい!」


 俺は扉の前で直立した。


 この状況、非常に心臓に悪い。


 しばらくして、リリアとセリカさんが戻ってきた。


 二人とも外套を羽織っている。

 髪が少し濡れていて、普段とは雰囲気が違った。


 リリアの白銀の髪は、ほどけるとさらに長く見える。

 セリカさんの赤髪も、普段の結い上げた姿とは違い、少し柔らかい印象になっていた。


 俺は即座に視線を机へ向けた。


「お、お帰りなさい」


「なぜ机を見ているの?」


 リリアが聞く。


「安全確認です」


「何の?」


「俺の精神の」


 セリカさんが呆れたように言った。


「本当に変なところで真面目ね」


「何度も言われています」


 リリアは足を少し引きずっていた。


 俺はすぐに気づく。


「足、ぶつけたんですか?」


「少しだけ」


「見てもいいですか? 治癒魔力を流せば」


 言いかけて、俺は止まった。


 足を見る。

 女性の足。


 いや、治療だ。

 治療なのだが、俺が言うと変な感じになりかねない。


 セリカさんがじっと俺を見る。


「何で途中で止まるの」


「言い方を考えています」


「治療なら治療って言えばいいでしょう」


「そうなんですけど」


 リリアが小さく笑った。


「レンなら大丈夫。お願いしてもいい?」


「はい」


 リリアはベッドに腰を下ろし、足首を少しだけ見せた。


 薄く赤くなっている。


 大した怪我ではないが、放っておくと明日歩く時に痛むかもしれない。


 俺は膝をつき、なるべく意識しないように治癒魔力を流す。


 白い光が足首を包む。


「痛みますか?」


「もう平気」


「よかった」


 セリカさんが横から言った。


「あなた、そういう時だけ妙に落ち着いてるわね」


「怪我を見ると、治療に集中できるので」


「じゃあ普段は?」


「普段はだいたい動揺しています」


「自覚があるなら直しなさい」


「難しいです」


 リリアの足首の赤みが引いていく。


治療完了

リリア好感度:120 → 122

状態:安心、少し照れ

備考:丁寧に扱われることに慣れていません


 だから表示。


 やめてほしい。


 俺は治療を終え、すぐに距離を取った。


「終わりました」


「ありがとう」


 リリアは微笑んだ。


 セリカさんがその様子を見て、なぜか少しむっとする。


セリカ状態:対抗心

備考:自分も昼間の打撲を治してもらえばよかったと思っています


 俺は思わずセリカさんを見る。


「セリカさんも、どこか痛めてますか?」


「えっ」


 セリカさんが目を見開いた。


「な、何で分かるのよ」


「何となく」


「またスキル?」


「少し」


「……別に、大したことないわ」


「大したことなくても、明日訓練するなら治しておいた方が」


 セリカさんは少し迷った。


 それから、腕を差し出す。


「昼間、グラウルベアの衝撃で少し」


 見ると、前腕に青あざがある。


 鎧の上からでも衝撃が残ったのだろう。


「痛かったんじゃないですか」


「騎士ならこのくらい普通よ」


「普通でも痛いものは痛いです」


 俺がそう言うと、セリカさんは一瞬黙った。


 リリアが静かにこちらを見る。


 俺はセリカさんの腕にそっと手をかざし、治癒魔力を流した。


 青あざが薄くなっていく。


「……本当に器用ね」


「最近、色々できるようになりました」


「外れスキルって聞いたけど」


「外れ扱いでした」


「扱いだけだったみたいね」


「そうだといいです」


 セリカさんの表示が変わる。


好感度:76 → 82

状態:照れ、安堵

備考:強がりを見抜かれて治療されたことに戸惑っています


 八十二。


 早い。


 セリカさんの方も上がるのが早い。


 俺は内心で頭を抱えた。


 リリアの表示も同時に変わる。


リリア状態:静かな観察

備考:レンがセリカにも丁寧に接していることを複雑に受け止めています


 複雑。


 これはどうすればいいのか。


 治療しないわけにはいかないし、かといってこの空気をどう処理すればいいのか分からない。


 俺は治療を終え、手を離した。


「これで大丈夫だと思います」


「……ありがと」


 セリカさんは小さく言った。


 その声が素直すぎて、俺は一瞬返事に困る。


「どういたしまして」


「何で少し驚いてるのよ」


「いえ、素直にお礼を言われたので」


「失礼ね!」


「すみません!」


 セリカさんが頬を赤くする。


 リリアが小さく笑った。


 少しだけ、空気が和んだ。


 このまま平和に夜が過ぎるなら、それでよかった。


 しかし、そうはいかなかった。


     ◇


 夜半。


 俺は椅子に座ったまま、うとうとしていた。


 リリアとセリカさんは、それぞれのベッドで休んでいる。


 ランプの火は小さく、部屋は薄暗い。


 窓の外からは、王都の夜のざわめきが遠く聞こえる。

 酔客の声。

 馬車の車輪。

 どこかの犬の鳴き声。


 安全なはずだった。


 宿の中。

 王都の中。

 ギルド提携の宿。


 だが、俺のスキルが突然赤く光った。


警告:敵性反応接近

対象:小型魔物三体

侵入経路:屋根裏、窓側外壁

目的:魔力反応への誘引

危険度:中


 俺は目を開けた。


 同時に、天井裏でかさりと音がした。


「起きてください」


 声を低くして言う。


 セリカさんは一瞬で起き上がった。


 さすが騎士だ。


 リリアも少し遅れて目を覚ます。


「レン?」


「魔物です。屋根裏に三体」


「宿の中に?」


 セリカさんが剣へ手を伸ばす。


 寝起きとは思えない動きだった。


「小型ですが、魔力反応に引き寄せられているみたいです」


「グラウルベアの残滓?」


「たぶん。それか、リリアの聖力か、俺のスキルか」


 リリアが表情を引き締める。


「私も戦える」


「無理は」


「しない。でも支援はできる」


 今度は俺が頷く番だった。


 セリカさんが窓側に立つ。


「来るわ」


 その瞬間、窓の外から黒い影が飛び込んできた。


 小型魔物。


 猫ほどの大きさだが、背中に蝙蝠のような羽があり、口には鋭い牙が並んでいる。


魔物:ナイトグリム

危険度:中

特性:魔力吸収、集団飛行

弱点:光属性、翼膜


 三体。


 速い。


 セリカさんが一体目を叩き落とす。


 さすがに剣が鋭い。


 だが、二体目がリリアへ向かう。


「リリア!」


「リア、でしょう?」


 こんな時に訂正された。


 リリアは手をかざし、白い光の壁を作る。


 ナイトグリムが弾かれた。


 俺は杖を取り、翼膜を狙って打つ。


 命中。


 魔物が床に落ち、じたばたする。


 セリカさんが即座に仕留めた。


 残り一体が天井近くを飛び回る。


「速い!」


 セリカさんが舌打ちする。


 俺の表示が走る。


行動予測:ランプの光を避け、暗所から急降下

推奨:光量増加


「リリア、光を!」


「分かった!」


 リリアが両手を広げる。


 部屋全体に柔らかな白い光が満ちた。


 ナイトグリムが嫌がるように羽ばたきを乱す。


「セリカさん、右上!」


「見えてる!」


 セリカさんの木剣……ではなく、鞘ごとの剣が振られる。


 宿の中で真剣を抜くわけにはいかない。

 それでも十分だった。


 ナイトグリムが叩き落とされる。


 俺は浄化魔力を込めた杖で最後の一撃を入れた。


 魔物は黒い霧になって消えた。


 静かになった。


 ……と思った直後、隣の部屋から悲鳴が聞こえた。


「まだいる!」


 セリカさんが扉へ向かう。


 俺も続く。


 リリアがランプを手に取る。


「私も」


「離れないでください」


「うん」


 廊下に出ると、別のナイトグリムが二体、宿の客を脅かしていた。


 どうやら屋根裏から侵入してきたらしい。


 セリカさんが一体を受け止め、俺がもう一体の進路を塞ぐ。


 リリアの光が廊下を照らす。


 宿の客たちは女将さんに誘導されて階下へ避難していた。


「何で宿に魔物が出るんだい!」


 女将さんが叫ぶ。


「俺も知りたいです!」


 思わず答えてしまった。


 ナイトグリムがこちらへ突っ込んでくる。


攻撃:牙突進

回避:左

反撃:翼膜


 俺は左へ避け、杖で翼を打つ。


 動きは読める。


 でも速い。


 完全には避けきれず、袖が裂けた。


「レン!」


 リリアの声。


 白い支援光が飛ぶ。


 身体が軽くなる。


 俺は二撃目で魔物を落とした。


 セリカさんも一体を仕留める。


 廊下が静かになった。


 宿の客たちが、ぽかんとこちらを見ている。


 女将さんも口を開けていた。


「……あんたたち、何者だい?」


 昨日も似たようなことを商人に聞かれた気がする。


 俺は答えに迷った。


 セリカさんが代わりに言う。


「冒険者よ。今日登録したばかりの新人と、治癒師と、落ちこぼれ女騎士だけどね」


「落ちこぼれ?」


 女将さんが首を傾げる。


「どこがだい?」


 セリカさんが一瞬黙った。


 表示が揺れる。


セリカ状態:動揺

備考:何気ない否定に不意を突かれています


 女将さんは続けた。


「宿の客を守ってくれたんだ。立派な騎士じゃないか」


 セリカさんは少しだけ目を伏せた。


「……どうも」


 素直ではないが、声は柔らかかった。


 リリアがそっと微笑む。


「よかったですね」


「うるさいわよ」


「何も言っていません」


「顔が言ってる」


 二人のやり取りを見て、俺は少し笑ってしまった。


 その瞬間、二人が同時にこちらを見る。


「何?」


「何ですか?」


「いえ、仲良くなってきたなと」


 二人は同時に顔をそらした。


「なってないわ」


「まだ、そこまででは」


 否定の仕方が似ていた。


 俺はまた少し笑った。


     ◇


 魔物騒ぎは、ギルドへの連絡でひとまず収まった。


 ナイトグリムは魔力の強い場所に引き寄せられる小型魔物で、王都内に侵入するのは珍しいらしい。


 原因はおそらく、東の森の異常魔力。

 グラウルベアの暴走と関係している可能性が高いとのことだった。


 宿の客に大きな怪我人はいなかった。

 リリアが軽い傷を治し、セリカさんが宿の屋根裏を確認し、俺が残留魔力の気配を追った。


 完全に新人冒険者の初日ではない。


 ようやく部屋に戻った時には、夜もだいぶ深くなっていた。


 俺は椅子に座ろうとして、リリアとセリカさんに止められた。


「もう椅子はだめ」


 リリアが言う。


「さっき戦ったばかりでしょう」


 セリカさんも言う。


「でも、ベッドは二つで」


「詰めればいいわ」


 セリカさんが当然のように言った。


 俺は固まった。


「詰める?」


「私は端で寝る。リアも端で寝る。あなたは……」


「俺は床で」


「だめ」


 二人同時だった。


 結局、かなり揉めた末、俺はベッドの片方を使い、リリアはもう一つのベッド、セリカさんは外套を敷いて床……ではなく、女将さんが持ってきてくれた簡易寝台を使うことになった。


 最初からそれを出してほしかった。


 ただ、宿が混んでいて簡易寝台も最後の一つだったらしい。


 セリカさんは簡易寝台に腰を下ろしながら言った。


「これで解決ね」


「最初から解決してほしかったです」


「色々あった方が思い出になるわよ」


「なりすぎです」


 リリアがベッドに座り、少し笑った。


「でも、今日も生き延びました」


「そうですね」


「王都初日なのに」


「濃すぎますね」


「明日はどうなるのかしら」


「普通の日がいいです」


 俺が心から言うと、セリカさんが即座に言った。


「朝から訓練よ」


「普通の日ではない」


「普通の冒険者なら訓練するわ」


「俺は今日登録したばかりの新人です」


「災害級を倒した新人ね」


 言い返せない。


 リリアが布団に入りながら、穏やかに言った。


「私は、午前はギルドで治癒の仕事を探してみます。午後は訓練に参加します」


「リアまでやる気ですね」


「自分の力を、自分で使う練習をしたいから」


 その言葉は、以前のリリアなら言えなかったものだ。


 セリカさんもそれを感じ取ったのか、少しだけ表情を緩めた。


「いい心がけね」


「ありがとうございます」


「ただ、レンの監視もお願い」


「はい」


「リア、即答しないでください」


「レンは放っておくと無理をするから」


「そうね」


「二人の認識が一致しすぎている」


 俺は深くため息をついた。


 けれど、悪い気はしなかった。


 部屋の中は、ようやく静かになった。


 ランプの火を小さくする。


 窓の外には王都の夜。


 同じ部屋に、リリアとセリカさんがいる。


 昨日の俺なら、想像もできなかった状況だ。


 いや、前世の俺ならもっと想像できない。


 女子と同じ空間で夜を過ごすなど、妄想の中でも挙動不審になっていたはずだ。


 でも今は、少し違う。


 もちろん緊張はしている。

 心臓も落ち着かない。


 だが、それ以上に、安心していた。


 一人ではない。


 それが、こんなにも心強いとは知らなかった。


「レン」


 暗がりの中で、リリアの声がした。


「はい」


「おやすみ」


「おやすみなさい、リリア」


 少し離れた簡易寝台から、セリカさんの声も聞こえた。


「明日、寝坊したら叩き起こすから」


「おやすみの挨拶がそれですか」


「おやすみ」


「はい。おやすみなさい、セリカさん」


 静寂。


 しばらくして、二人の呼吸が少しずつ落ち着いていく。


 俺は天井を見上げた。


 家を追放された。

 元聖女を拾った。

 女騎士の才能を覚醒させた。

 王都で冒険者になった。

 宿で魔物まで倒した。


 普通に生きたいだけなのに、普通からどんどん遠ざかっている。


 けれど、今夜は不思議と嫌ではなかった。


 隣のベッドで眠るリリア。

 簡易寝台で剣を抱くように眠るセリカさん。


 二人とも、まだ出会って間もない。


 それなのに、俺の人生にもう深く入り込んでいる。


 視界の端に、スキル表示が浮かんだ。


リリア・セレスティア

好感度:123

状態:安心、睡眠


セリカ・ヴァンブレイド

好感度:84

状態:疲労、睡眠

備考:明日の訓練を楽しみにしています


 セリカさん、寝ながら訓練を楽しみにしているのか。


 怖い。


 俺は静かに目を閉じた。


 明日こそは、普通の日になるといい。


 そう願いながら眠りについた。


 ……もちろん、そんな願いが簡単に叶うほど、この世界は甘くないのだが。

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