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リネアと皇帝

帝国の空は、王国よりも低く見えた。


雲が厚いわけではない。

この国に来てから、ただ“答えが見つかっていない”という感覚だけが、空そのものに染みついている。


リネアは帝国に潜入していた。


誰からの指示でもない。


ただ、自分の中に残り始めた“断片”が、ここへ来いと告げていた。



帝国はすぐに彼女を見つけた。


まるでこのタイミングで見つけることが決まっていたかように。


「確保しろ」


どこかから聞こえる短い命令。


次の瞬間、視界が揺れた。



気がついたとき、リネアは石造りの部屋にいた。


鎖も拘束具もない。


ただ、“逃げられないと理解させる構造”だけがそこにあった。



扉が開く。


足音は一つだけ。


そして彼が現れた。



帝国皇帝。


二十代の青年。


しかしその目は、およそ二十代とは思えないような、年齢という概念に適していなかった。


何度も終わりを見た者の目だった。



しばらく、沈黙が続いた。


皇帝はリネアを見て、ようやく口を開く。


「やっと来たか」

「ここに来るべきではない理由は、自分でも分かっているはずだ」



リネアはまっすぐ彼を見返した。


恐怖はなかった。


代わりにあったのは、奇妙な既視感だった。


この部屋も、この声も、この空気も――どこかで“経験している”。



「私は……何度も、ここに来たことがある?」


皇帝の表情が、ほんのわずかに変わる。


それは驚きではなかった。


確認だった。



「そうだ」


短く答えたあと、彼は続けた。


「そしてそのたびに、お前は死んだ」



その言葉に、空気が揺れた。


リネアの心の中で何かが軋む。



「どうして」

「どうして私は死ぬの?」


「どうして私は生まれるの?」



皇帝はしばらく黙っていた。


そして、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。



「この世界は壊れている、それはよくある言い方だ。だが意味は違う、この世界は“維持されている”こと自体が異常なんだ」



リネアは言葉を挟まない。


皇帝は続ける。



「お前がいるから、世界は繋がっている」


「お前が死ねば、現実は少しずつ“意味”を失っていく」



「意味……?」


「そうだ。物理法則のことではない。因果でもない」


「“世界が世界として理解されるための前提”だ」



リネアの喉が乾く。


それは理解できないはずの言葉なのに、なぜか理解できてしまう。



皇帝は静かに言った。


「王国はそれを“守る”と言う」


「だが俺は、それを“呪い”だと考えている」



リネアの記憶の断片が、また浮かび上がる。


燃える都市。

崩れる地平。

名前の消えた人々。


そしてそのすべての中心に、自分がいた。



「じゃあ……私は、何のために存在しているの?」


皇帝は即答しなかった。


しばらくして、ようやく言葉を選ぶように口を開いた。



「お前は、世界が壊れないための“継ぎ目”だ。だが同時に、その継ぎ目そのものが歪みの原因でもある」



「だから俺は終わらせたい、この循環ごと」



リネアは目を伏せる。


理解してしまうのが怖かった。


それが正しいと、どこかで思ってしまう自分がいることが。



「でも……」


彼女の声はかすかだった。


「それじゃ、私は何のために生まれ続けているの?」



皇帝は初めて、わずかに視線を逸らした。


その表情は、冷酷ではなかった。


むしろ疲弊に近い。



「それが分かっているなら、俺はとっくにこのイタチごっこから手を引いている」



沈黙。



外では、帝国の風が吹いていた。


どこかで戦争が続いている音がする。そこでは、同じ問いが繰り返されているのだろう。



リネアはゆっくりと息を吐いた。



「私は……まだ終わってないんですね」


皇帝は頷く。


「俺は終わるかどうかを決める権利は、お前にしかない」



その言葉は、救いではなかった。


むしろ重さだった。



リネアは初めて、自分が“選ぶ”のではなく、“選ばされる立場にいる”ことを理解する。



王国は守るために縛る。

帝国は終わらせるために突きつける。



そしてその中心に、ただ一人“自分”がいる。



「私は……どうすればいいの?」


その問いに、皇帝は答えなかった。



答えられる者はいない。


だからこの世界は、何度も繰り返している。



リネアは目を閉じる。

軋む心の奥に何か答えがないかと祈る。

その奥で、また断片がひとつだけ繋がる。



――私は、終わらせるためでも、守るためでもない。



――“選び直すために存在している”



ゆっくりと、目を開ける。



その視線の先で、世界の形がわずかに揺れた。

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