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明日やろうと思ったのに  作者: 井桁ライク


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15/17

お母さんをお預かりしております

 春休みのショッピングセンターでは迷子の放送が多い。

私自身も対応することがあるけれど、幼稚園児より小さい子なんて、パニックになると名乗ることすらままならない。

だから、各売り場担当者は服の色、髪型の特徴、年頃を見た上で、上手くインフォメーションセンターの係と連携をとる必要があるのだ。

 ただ、今回目の前にいる客は、自分が呼び出されていたことを知らずに買い物をしている三十歳前後の女性だ。

つまり、焦って会話にならない相手ではない。

この女性客は私のいるレジに、初夏向けの爽やかな色合いのカーディガンと白っぽいボトムスを持ってきたところだ。

先ほど呼び出された女性の特徴に酷似しているが、一応、確認しておいた方がいいだろう。


「すみません。もしかして、ゆいちゃんのお母さんでしょうか?」

「あ、え、はい。お知り合いでしたっけ?」


やはり、彼女は呼び出されていたことに気づいていなかったようだ。

少し首を傾げて、何か思い出そうとしているような所作をとっている。

そんな柔らかな動作から、おっとりした性格なのだろうなと思った。


「いえ、さっき放送で呼び出されている方の特徴に似ていたもので」


その言葉を聞くと、彼女の表情は強張り、血の気が引いているといった顔色になっていく。

やっと自分の置かれた状況を理解し始めたようだ。


「もしかして、ゆいが迷子に?」

「そうです。でも、ゆいちゃんはインフォメーションセンターに自力で向かってお母さまの呼び出しをお願いしたみたいです」

「ごめんなさい。すぐに迎えに行きます」


それだけ言い残すと、彼女は商品二点をカウンターに置き去りにして、走っていってしまった。

私はすぐに内線でインフォメーションに、「ゆいちゃんのお母さん」がそちらに向かった旨の一報を入れる。

その後、レジが空いている時間で良かったと思いながら、会計途中の商品を軽く畳んで取り置きとして保管しておいた。

 それにしても、と考える。

いつ「ゆいちゃん」とはぐれたのかは知らないが、ついさっきまで服を選んで、試着していた時は、子どもの心配なんてなかったはずなのに、迷子の放送をされていたのを知った途端に血相を変えて走っていくのだから、彼女の内心の忙しさたるや、如何許りか。

でも「ゆいちゃん」が自らインフォメーションに向かえるのだから、こういう状況は初めてでもないのかもしれない。

そんなことを考えていたら、また館内放送が流れ始める。


「お客様へのご案内です。

ただいま、婦人服売り場にて、ゆいちゃんのお母さんをお預かりしております。

お心当たりのあるお客様は、インフォメーションセンターまでお越しください」


あら、と思わず低い声が漏れてしまった。

これじゃあ放送事故だ。

まるで、うちの部門で拾得物のようにお母さんを預かっているみたいだ。

しかも預かっているのはうちなのに、インフォメーションセンターに取りにいくように指定している。

恐らく別の放送内容と混ざってしまったのだろう。


 しばらくして、あの母親が三、四歳くらいの女の子の手を引いて売り場に現れた。


「先程はありがとうございました。無事に再会できました」


母親はぺこぺこと頭を下げている。

「再会」だなんて大袈裟な、と思ってしまうが、どこかでほっとしている自分もいる。


「良かったです。

あ、購入される途中の商品お預かりしたままなのですが、どうされますか?」

「あ!」


母親は甲高い声を上げる。

どうやら完全に失念していたようだ。

じゃあ、ここに来たのは会計を済ますのではなく、ただお礼を言いにきただけのつもりだったのだろうか。


「取っておいてくださったんですね。ありがとうございます」


そう言って財布を取り出す母親の隣に立った女の子が、どうにも怪訝そうな顔でこちらを見ていた。


「この人がお母さんを預かってた人?」


母親の服の裾を引きながら、女の子は顰めたつもりの声で尋ねている。

あの放送を聞いていたらそう思うかもしれない。


「違うよ。放送が間違っていただけだよ」


私はそう訂正したが、母親はそれを聞いて吹き出した。


「……すみません」


母親は謝っているが、笑いを隠しきれていない。

そんな風に謝られると、私の一報がおかしかったみたいじゃないか。


「インフォメーション係が変な放送をしてしまったようで、申し訳ありません。

お母さんもびっくりされましたよね」


その言葉を聞いた母親は、一瞬虚を突かれたような顔をして、意味を咀嚼するほど笑いが抑えられないという感じで声を殺して笑っていた。


「この度はご迷惑をおかけしました」


母親と女の子はもう一度頭を下げると、帰って行った。

最初は恥ずかしそうにしていた女の子だったが、最後にはこちらに手を振って、小さな声で「バイバイ」と言ってくれた。


 その一部始終を売り場から見ていた主任が、こちらに駆け寄ってくる。

その顔には隠しきれない笑みが漏れている。

何について言わんとしているのか、察しはついているので、私は先手で話し始める。


「さっきの放送、やっちゃってましたね。忙しいから仕方ありませんけど」


主任は吹き出しながら、


「うん、あれは仕方ない」


と相槌を打っている。


「釣られて『お預かりしております』って言っちゃったんだろうね」


私の顔を見ながらにやにやしている。

これでは私のミスで言い間違いが起こったみたいに聞こえる。

私の表情が笑顔から困惑に変わったように見えたのか、主任は笑いを抑えて説明しようとしている。


「だって、あなたったら、『ゆいちゃんのお母さんの商品、婦人服売り場でお預かりしています』って言った上に、『うちでお預かりしています』って言ってたじゃない?」


そう言われて振り返ってみるが、自分があの時なんて言ったのか、覚えていなかった。


「私が焦ってどうするのよ」


その声は迷子の泣き声と同じくらい無力だったかもしれない。

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