レターセットと五日間
「気になる人」と一口に言っても色々だ。
こういう言葉を使うと、すぐに色恋に結び付けられるし、酷ければ橋渡し役を買って出られてしまう。
だから、シフトに入る度に会う変なお客さんのことを、私は「気にかかる人」と呼ぶことにしている。
「気にかかる」なら、マイナスなイメージが入ることで雑なラベリングを防げるし、あくまでも私は心配している側として線を引けるような気がしている。
私が働いている文具店は、地方都市のデパートに入っている。
デパート内とは言えチェーンの店舗だから、学生や若い女性がメインターゲットだ。
メイン層以外なら、今流行の商品も取り揃えているので、子ども連れ客やカップル、お上品なマダムが店内を見て回る光景もお馴染みだ。
だからこそ、と言って良いのか、若い会社員らしきスーツの男性は妙に目に付く。
ここ毎日来ていれば尚のこと、気にかかる。
この「毎日」というのが変わっていて、私がシフトに入っている日に限っていえば「毎日」という意味だ。
こう言ってしまうと、やはり「意識し過ぎ」とか「ちょっと自意識過剰じゃない?」って言われかねない。
これではまるで、私が、少し接触が続いた程度で、好意を寄せられていると思ってしまう勘違い女のようじゃないか。
私はそんな単純な鋳型に入れられるような恋愛主義者ではない。断じて、違う。
その「気にかかる人」は毎回私のシフト終わり頃にやってくる。
元々、よく見る常連客だった。
——単におひとり様の男性客だから目に付くだけかもしれないが。
それが最近は四日連続でレターセットを買っていくのだ。
最初は薄ピンク色の花柄だった。
客足が減って暇になったレジにそれを持ってきて、彼はこんなことを言った。
「女性に渡すとしたら、どんなのが良いのですかね?
僕にはやっぱり、こういうのは分かりませんし、母や姉に聞くのもなんか違うなって思っちゃって」
おずおずといった調子で財布を取り出しながら聞かれる。
私は話しかけられると思っていなかったので、
「恋人さんに渡されるのですか?」
と聞いてしまった。
「いや、まあ。
そうなれば良いかなって」
相手は、私から視線を逸らして、件のレターセットとカルトンの間をじっと見つめている。
彼の鼻筋がすっと通っているのに気付いたのはその時が初めてだった。
その時、彼が目線を上げたので、私はレジを開けてお釣りを数えることにした。
「——ちょっと子供っぽい気がするんです」
自分の声が少し感じ悪く聞こえた。
その所為か相手にどう捉えられたか、無性に気になる。
「子供っぽい、ですか?」
「ええ、多分。
もう少し落ち着いたデザインの方が、大人の方には良いのかな、と」
「そうですか」
それは溜息に似た音だと思った。
反射的に悪いことを言ってしまったのか、と考えそうになったが、商品を受け取った彼の目が私の顔をじっと見ていたことに気づく。
私はというと、今度は意識して目を逸らした気がする。
「ありがとうございます。参考にします」
「いえ、こちらこそありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております」
二日目は、エアメール柄だった。
レジに持ってきた彼は少し、得意そうだった。
「今回は、大人っぽくないですか?」
なんだか声が弾んでいる。
勝ち誇っているようにすら聞こえてきて、ちょっと意地悪を言いたくなる。
「どうぶつの森……」
「え?」
「エアメールっぽい便箋なんて、ゲームでしか見たことないですよ」
そこまで指摘すると、見る見るうちに先程までの元気が衰えていく。
「難しいですね。
大人っぽさって」
そう呟いて商品を受け取った彼は、明らかに肩を落として帰って行った。
三日目は、ゴシック調だった。
しかも、封蝋セットも一緒だ。何故だ。
大人っぽさの解釈が、時代がかったものに傾いている。
「これなら、大人っぽいですよね。
アンティーク感ありますし」
彼は昨日より元気がない。
俯き加減で、ちらりと私を伺うような目が、迷子の子犬のような様相を帯びつつあった。
「いえ。『アンティーク≠大人っぽい』です。
ゴシック式のロリータファッションをされても大人っぽいとは思いませんよね?」
「ああ、確かに」
彼は自分の道を見失っているようだ。
四日目は和紙と筆ペンだった。
彼は最早、自信など微塵もなさそうに見える。
レジで購入するというより、課題を恐る恐る教授に提出するような空気感だ。
「これは、どうでしょうか?」
「却下です」
「何故?」
「証券マンからのお礼の手紙みたいです」
彼はふっと頬を緩めた。
「変わった例えをされますよね?」
「そうですか?」
私は相変わらずぶっきらぼうなバイトという雰囲気の返事をしていたように思う。
「またどうぞ」
「明日も挑戦します」
そして今日は五日目だ。
彼が今日はどんなものを提出してくるのか、少し気にしている自分に気付く。
だけど、これは、ただの好奇心だ。
気になっているのではなく、気にかかっているだけだ。
「今日で最後です」
その言葉を聞いた時、「やっと解放された」ではなく「寂しいかもしれない」という思考が浮かんだことに少しだけ驚いた。
彼が持ってきたのは、ミント色のレターセットと、茶色いペンだった。
「——チョコミントですね」
咄嗟に出たのはそんな言葉だった。
この組み合わせなら自然な感想だろう。
「お嫌いじゃないでしょ?」
彼は少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「書き味を試したいので、向こうで試してきますね」
彼が遠ざかっていくのを、私はいつも通りに、
「またどうぞ」
と言って見送った。
少し、時間を開けて、彼が戻ってきた。
手には先程のレターセット。
ペンは手元になく、鞄に仕舞ったのだろう。
「書けました」
「添削しましょうか?」
そうではないと思いつつも、意地張りの胸の奥がそんな言葉を吐き出させた。
「違います。あなたに、です。
LINEのID書いています。
勿論、迷惑でしたら捨てていただいて構いませんから」
真っ直ぐに見つめられて、目を合わせられない。
私はどうにも怒ったような声しか作れなかった。
「手渡すくらいなら最初から口で言えば良いのに」
彼は脱力したように笑っていた。
無性に話題を逸らしたくて仕方なくて、選んだ言葉は責めるような内容だった。
「というか、昨日までのレターセットはどうなったんですか?」
「練習用に使い切りました」
そんなことを聞いて、私はどんな反応をすれば良いのか分からず、ただチョコミントな配色のポップな丸文字を見ていた。




