21.再会の刻
「やあノワ、久しぶりだね。
魔王ごっこは――」
――楽しいかい?
幼さの残る、心底楽しそうな声。
笑みを浮かべたその表情には、けれどもどこか狂気が秘められていて。
(……やはり)
「ネロ。
お前だったのか」
ノワの瞳に、鋭く赤い光が灯る。
「あははっ!
本当、あの時は良くもやってくれたよね」
バッ!!!
マントを脱いだ中に現れるのは――
「……ほう、傷だらけではないか。
時を操る旧き魔族ともあろうものが、その程度すら治せないのか?」
包帯に覆われたその身体をひと目見て、冷ややかに言い放つノワ。
対するネロは、一瞬だけ顔を歪めるが――すぐに、その表情は笑顔の下へと隠れる。
「『大罪・憤怒』。
裁いた相手が――『罪人』が死ぬまで、永遠にその生命を蝕む神代の魔法さ」
マントを再び羽織りながら、ネロは静かに続ける。
「僕の魔法といえども、流石に干渉はできないよ。
だって、それは」
唇に指をあて、ノワの耳元で囁く。
「かの二柱の。
創世神の、魔法なんだからね」
そんな彼に、ノワは軽く肩をすくめて答える。
「くだらんな。
それで、目的は何だ?もし、またあの時のように俺とリーナの邪魔をするようなら――」
ボワッ!!!!
ノワの背後に現れるのは、巨大な炎の龍。
真っ赤に燃え盛りながら、その目はまっすぐにネロを見つめている。
「すごいなぁ!今のフォルテ、それも僕の支配下でこれほどの魔法を!
……ああ、それなのに――君って、本当に性格悪いよね」
「ほう?何故だ、リーナとの関係のためにもぜひ理由を聞かせてほしいものだな」
「あははっ、相変わらずあの半魔の子が大好きだね。
んー、理由かぁ」
そうだなー、と言いながらマントの中に手を入れ、そっと取り出したのは。
チッ、チッ、チッ
規則正しいリズム。回り続ける針。
(――時計、か)
銀に光るその長い鎖を、ぶらぶらと左右に揺らしながらネロは続ける。
「君さ、あれだけ『過去に縛られた』とか僕のことを罵っておいて」
カチッ!!
突然、針が止まる。
「結局、僕がここにいるってことは」
ピキッ
黒い笑みを浮かべながら、ネロはその時計を強く握りしめ――
「また、あの時みたいに。
僕のことを」
――生かしたんだね
ネロの顔が、屈辱と怒りとで歪んだ。
パキパキッ――
――バキッ!!
時計の残骸が、ぱらぱらと地面に落ちていく。
「……ああ、でも安心してよ!」
首を少し傾けて、満面の笑み。
「僕の魔法では、君には勝てない。
戦うつもりはないんだ」
「ふむ。
どういう心境の変化だ?あれほど俺を殺したがっていたというのに」
「あははっ!全く、言い方が悪いなぁ」
――でも
ずしり、と空気が重くなる。
「……勘違いするな。
僕は今でも、裏切り者のお前を認めてはいない」
グシャッ!!
足元に落ちた時計の残骸を、無表情で踏み潰す。
「あのお方に――フォンセ様に相応しいのは。
この、僕だ」
低い声。そこに込められているのは、積もり続けた憎悪と嫉妬。
「君に再び負けてから、僕は自分の魔法と――『時』と、向き合い続けてきた。
……それでね」
――気づいたんだよ
次の瞬間には、その表情には笑顔が戻っていて。
「別にね、僕が君を倒す必要はない。
僕が魔王になる必要だって、ないんだってね」
「……どういう意味だ」
「あははっ、どうだろうね!
いずれ、わかるさ」
笑って、ネロは軽く左手を出す。
その中に現れるのは、針の止まった小さな時計。
「そうそう、忘れるところだった。
僕がここに来たのは――」
ふっ、とその時計に息を吹きかける。
カチッ
「……っ!
ネ、ネロ……様」
「やあ、フェクダ。
お勤めご苦労さま」
「ネロ様!?
ノワ、これは一体……!!」
流れ出す雲、鳥のさえずり、人々の声。
(……時が、動き出した)
目を細め、ネロを見つめるノワ。
「た、助けに来てくれた……くださったのですね!
ありがと――」
「んー。
違うかな」
「……え――」
ザシュッ!!!
――首が、落ちた。
ゴトッ、と。
石畳を転がっていく。
「……っ」
一歩下がるハク。
無表情でそれを見つめるネロの足元に、まだ口をパクパクと動かすそれが転がっていき――
「ネ、ロ……さ、」
「あーもう。
――うるさいな」
グシャッ!!!
赤黒いものが、靴底からじわりと広がる。
「……あーあ」
ネロは困ったように眉を下げた。
「だから口が軽い子って、嫌なんだよね」
顔をしかめながら、フェクダだったものを見下ろして。
「さーて、これで口封じは完了っと!
……ああ、そうだ」
くるり、と笑顔のネロが振り返る。
「ねえ君たち、あの魔族を。
『空音の証人』を、覚えているかい?」
「『空音の証人』……アミルか。
知らんな、俺の即位後姿を消したそうだが」
「あははっ、やっぱり君を魔王とは認められなかったんだろうね。
何しろ、フォンセ様と最も親しかった大魔族で――」
彼の笑顔が、黒く歪んでいく。
「当代一の、幻影魔法の使い手」
そんな彼を見て、ノワは静かに問いかける。
「今度は、何を企んでいる?
『時の番人』ネロよ」
「あははっ!
……実はね、その彼がこの国に来ているらしいんだよ」
「アミルが?
何の目的で――」
「きっと、僕と同じさ。
偽物の魔王を、この手で倒し――再び、あるべき形に戻すんだ」
目を細め、まっすぐにノワを見つめる。
「ねえ、君も知っているでしょ?
幻影魔法は、本来『ハズレ』だ」
「……ああ」
「それでも『空音の証人』だけは違った。
彼の魔法は、全てを上書きする」
ネロの笑みが、ゆっくりと歪む。
「――魂でさえも」
あははっ、という笑い声。
「強力すぎるよね。
それは、存在ごと書き換えることに等しい」
「……何が言いたい」
「そんな彼が、僕と志を同じくしているのなら。
もし、僕と共に歩んでくれるなら――」
――君は、確実に負けるだろう
バサッ!!
マントを翻し、ネロは歩き去ろうとする。
「ネロ。
……このまま、お前を逃がすとでも?」
「君は、そうせざるを得ないはずだよ。
だって、そろそろ――」
振り返って、ネロは嗤う。
「勇者が、君の大事なもののところに」
(……リーナ?)
「――魔王城へ、進軍を始める頃さ」




