22.楽園の爪痕
「『禁書庫』――だ!!」
リアムの声は、柔らかく書物の森へと吸収されていく。
目を輝かせ、その様子を見つめるソータもまた本棚へと走っていき――
「す、すごい古そうな本……!
リアムさん、どれを探してるの?」
「……あーっと。
……わかんねえ」
「え?」
固まるソータ、気まずそうに目を逸らすリアム。
「しょーがねえだろ、こんなに多いと思ってなかったんだ。
一応――」
そう言って、懐からハクにもらった地図を取り出すリアム。
「壁の壊し方、勇者召喚について、聖女、あとは――
ん、大英雄伝説……も探せって書いてあるぜ」
「お、多くない?」
「まだまだあるぜ。
……ほら、つべこべ言ってねえで探すぞ」
「え、ええ!?
こ、この中から!?」
そう言って、壁一面を埋め尽くす書物を呆然と見上げるソータ。
どこを見ても背表紙、優に数百冊はありそうである。
「さ、流石に無理なんじゃ――」
その時だった。
書物の森、その奥。
誰もいないはずの暗がりから――
「ふぉっふぉっふぉっ。
実に、人と話すのは80年ぶりかのぅ」
突然聞こえる声。驚いて振り返ると――
「だ、だれっ……!?」
「お、おい。白髪!?」
「年老いて色が抜けただけじゃよ、元は違う色じゃ。
この国の多くの人間は、こうなる前に皆寿命で死んでしまうからのぅ」
楽しそうに笑って、長く白い髭を撫でる老人。
「さ、お客人。
何か、お困りかな?」
「っちょ、おい待てよ!!
何だお前、なんでこんなところに人がいるんだ!?」
「おお、そうじゃったのう。
自己紹介をせねば」
コツッ
杖をつきながら、ゆっくりと二人の前に歩み寄る。
「儂はのう――」
不思議と、安心するような声。
「この場所で、長いこと本を守っておる者じゃ。
まあ、案内人とでも思うが良かろう。ふぉっふぉっふぉっ」
杖を鳴らし、老人は笑う。
「よ、よろしくお願いします!
ソータ、です!」
「……リアムだ。案内人、聞いたことねえが。
そもそも、どうしてこんな王宮の最深部に白髪が入れる?」
「ふぉふぉふぉ、儂のことは信用できんか。
それも良い、じゃが――」
カタッ
手を伸ばし、一冊の本を取る。
「儂は案内人。この書庫にある書物のことならば、全てを知っておる」
「す、全て……!?
この量を!?」
「ふぉふぉふぉ、暇じゃったからのう。
……それで――」
カンッ!
杖が、甲高く床を突く。
細められた目の奥、鋭い眼光が二人を貫いた。
「禁書庫に入りし者よ。
そなたは、何を望む?」
試すような光。その威圧感に、思わず一歩下がる。
「ここには、過去フォルテ王国で起こったその全てが収蔵されておる。
使い方次第で、莫大な富を得ることも――この国を滅ぼすことも、できようぞ」
カタッ
書物を戻し、静かに問いかける。
「そなたらは、何を望むか」
沈黙。
ごくり、と唾を飲み込んで。
「……じ、じゃあ僕から」
「ソータ、じゃったか?
ふぉっふぉっふぉっ、若いのう」
「え、えっと!
表の仕掛け――どうやって作ったんですか!?」
きらきら輝く目。期待に満ちたその視線を受け、老人は拍子抜けしたように固まって――
「ふぉふぉふぉ!
なんじゃ、ふぉふぉふぉふぉ……!!」
「だ、だめ……ですか?」
「いや、そうではないのじゃ。
なんじゃ、そんなことか」
コツッ、コツッ
笑いながら、老人は一つの棚に歩み寄る。
「あれを作ったのは、儂ではないのじゃよ。
はるか昔――初代国王、すなわち大英雄の作ったものじゃ」
「だ、だいえいゆう!?
す、すっごい昔なんじゃ……!」
老人が手に取ったのは――薄汚れた、黒い本。
「大英雄は、多くの書物を残した。
その中の一つに、『ニンジャ』に関するものがあってのぅ」
ぺらり、とページを開いてソータに渡す。
「こ、これって……!!
本当に、僕の知ってる忍者だ!!」
興奮してページをめくるソータ。その様子を見て、老人は驚いたように問いかける。
「まさか、そなたは。
――『ニホン』の者か?」
「は、はいっ!
な、なんでわかったんですか……!?」
「ニンジャ、を知っている様子だったからのぅ。
……なるほど、だからあの仕掛けが破れたのじゃな」
しかし、と髭を撫でながら続ける。
「それなら、なぜ。
――そなたは、赤い髪色をしておるのじゃ」
「……あ。
は、話したら……ダメ、だよね」
そっと後ろの方を見るソータ。
目線を受けたリアムは、少し迷うように目を伏せたあと――
「……わかった」
静かにソータに歩み寄るリアム。
トンッ
その指が、軽くソータの額を小突いた。
「な、何したの!?」
「……ほら、もう話す必要はねえよ」
「え……?」
老人の目が、大きく見開かれる。
「……黒髪、じゃったのか!!」
その両目から、大粒の涙がぽろぽろと流れ落ちる。
「ならば、楽園は――
『ニホン』は、実在するのじゃな!!」
「エ、エー爺?」
「っすまぬぅ……。
年を取ると、どうも涙もろくて困るわい」
よっこらせ、と近くの小さな木の椅子に座る。
「大英雄の書物には、こうかかれておってのう。
『ニホンの民は、その殆どが白や黒、茶の髪をしている』と」
「う、うん。そう……だと思うよ」
「なっ――!
全部、この国で虐げられてる色じゃねえか!」
叫んだリアムは、しかしすぐにハッとしたように顔色を変え――
「……おい。
さっきから話を聞いてると、大英雄ってのはニホンに詳しすぎねえか?」
「た、確かに。
リアムさんでも、忍者とか知らなかったのに――」
「……エー爺さんよ、まさか」
震える声。
「……コイツと同じ」
リアムの喉が、小さく鳴る。
「数百年前に召喚された大英雄ってのは――」
ゆっくりと、ソータの黒髪へ目を向けた。
「ニホンの者、なのか?」




