23.黒き英雄と女神の壁
「大英雄、ってのは。
――ニホンの者、なのか?」
震える声。ゆっくりと、老人は頷く。
「……その通りじゃ。
この国の始祖、大英雄は――ニホンから、女神の力によって召喚された」
「に、日本人……ってこと!?
で、でも――大英雄って、金髪……なんじゃ」
「……ソータよ。
彼の残した手記は、その全てがここに収蔵されておる」
コツッ、コツッ
杖を突き、静かにその書物たちへと歩み寄る。
「言い換えるなら、それは――
大英雄の存在自体が」
そっと、背表紙に触れて。
「この国においては、『禁忌』とされるからじゃ」
「ど、どういう――」
「大英雄は」
リアムが、確かめるように呟く。
「その黒髪を。
染めて、いたんだな」
老人は、答えようとはしない。
けれどその物憂げな目線が――全てを、物語っていた。
「な、なんで黒髪……なの?」
「あの塔――『黒い塔』だよ。
言っただろ、あの建造物は大英雄時代から存在する」
ソータの手元の書物を見つめながら、静かに続ける。
「古より、黒を忌み嫌うこの国が――どうして、王宮の中にあんなものを作ったのか。
どうして、それがこの禁書庫へと繋がっているのか」
一つ一つ、丁寧に読み解くように。
「そして――
一年前まで、その場所に閉じ込められていた『存在しない王女』」
(なぜなら、それは。
最も禁忌とされる――黒髪だから)
必死に、王家が隠そうとした『罪の証』である彼女。
「この国では、髪色は遺伝だ。
そうだろ?」
「……そのとおりじゃな」
「おかしいだろ?
金髪の聖女と、金髪の国王――どうしてそこから、黒が生まれるんだ」
目を瞑る老人に向け、リアムは確かめるように問いかける。
「……染めた金が落ち、本来の黒髪となった大英雄を幽閉したのが『黒い塔』。
そう考えれば、王宮の最深部であるここに繋がるのも全て説明がつく」
沈黙。
やがて、老人が静かに口を開き――
「……正解じゃ」
老人は、ゆっくりと目を開ける。
「数百年。
誰一人、そこへ辿り着けなかった」
コツッ
杖をついて立ち上がり、二人をまっすぐに見つめる。
「今こそ、話そうぞ。 数百年前――この国で……いや」
ソータの手元の書物が、ぺらりと音を立てる。
「この世界で、起こったことの真実を」
◇◇
「っく、黒髪――
っぐはぁ゙っ!!!」
「た、助けてくれ――っぐ」
ボウッ!!!
燃え上がる炎が、その場を一瞬にして焼き尽くす。
「……おい」
「っひ!!!」
「答えろ、勇者はどこだ」
赤い光。まるで、血のような。
「っあ、あ……!!!」
ドサッ
恐怖で尻もちをつく兵。
「……はぁ。
ノワ、それで答える兵などいませんよ」
炎の背後から、涼やかな氷が現れる。
「こんにちは、フォルテの回復術師の皆様。
これから皆様を、この氷で冷やして差し上げようと思うのですが――」
キンッ!!
炎が消え、その地面の全てが氷で覆われる。
恐怖の表情を浮かべる全員に、優しく微笑んで。
「有用な情報をくださった優しい方は、お礼の気持をこめて。
少しだけ、温めて差し上げるかもしれませんよ」
――さあ
「早いもの勝ちです、どなたかお優しい方は――」
「っ勇者は、勇者は!!!」
「待て、俺が先だ!!
あいつは既に――」
「勇者は、壁の内側で回復しながら少しずつ勢力を広げて!!
既に」
――魔王を倒しに、魔国に旅立った
「……そうですか、ありがとうございます」
それを聞いたハクは、笑みを深くして。
「騒がしいですね。
頭でも、冷やして差し上げましょうか」
ガキッ!!!!
沈黙。
凍った人型の像だけが、その場に無惨に散らばっていた。
「……ほう、助けてやるのではなかったのか?」
「死なない程度には、加減しましたよ。
一週間も経てば元通り、と言ったところでしょうか」
「ははっ、それでこそ『白の氷王』よ。
――それで」
静かに、ノワは歩みを進める。
「既に、勇者は旅立ったか。
……間に合わなかったな」
「ノワ、お気をつけなさい。そこは――」
「わかっている」
ゆっくりと、指を前に出す。
なにもない、と思った次の瞬間――
バチッ!!
激しい音とともに、そこから真っ赤な血が溢れ出た。
「……『壁』だな。
俺達だけを拒む、か」
「なぜ、勇者は――人は通り抜けることができるのに!!
これでは、私達が攻められるだけではありませんか!!」
「ブラン。
俺達魔族を拒むのは、精霊の――女神の力だ」
傷ついた指を見つめ、ノワは呟く。
「『女神の壁』が、もしもフォルテ王国を守るためだけのものならば。
……魔族と人の双方を拒んだ以前の『壁』でなく、これこそが」
――本来、あるべき姿なのではないか?
「何を――」
否定しようとして開かれた口は、しかし――
(……『壁』によって、救われたのは。
むしろ、我々の方だったのかもしれません)
荒廃した魔国。ほとんどの魔族が滅び、もはや『国』と言えない状態だった。
(あの状態で、もしもフォルテ王国が攻めてきたなら――)
――魔国は、本当の意味で滅びていた
「……っ」
どこかで、分かっていた。
この数百年間の平和は、この『壁』によるもので。
(――だからこそ)
自らを阻むものであるはずの、それを――
彼は最も願い、そして頼っていたのだ。
「……まあ、考えたところでどうにもならんことだ。
勇者は行ってしまった、俺達に出来ることは――」
「……ええ。
少しでも、こちらの戦力を削ることです」
そう言って、踵を返そうとして。
「……っう」
ドサッ
壁の外側――魔国から、何かが中へと侵入する。
「……戦闘で傷ついた兵か?
何か情報を得られるやもしれん。ブラン、治療できるか?」
「無理でしょう。あれほどの傷、もう助からない。
……それに、今のフォルテでの治癒魔法の行使は――」
難しい、と言いかけて。
ハクの声が、一気に緊迫感を帯びる。
「……っ白髪!?
まさか!!」
駆け寄る二人。そこに倒れ込んでいたのは。
「……なぜ、お前がここにいる。
――リスタ」




