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24.灰は還る

「なぜ、お前がここにいる。


――リスタ」


 問いかけに応じるのは、荒い息遣いのみ。


「……ブラン」

「少しの延命にしかならないかと」

「構わん。

……何か、伝えたいことがあるのだろう」


 必死に口を動かそうとする彼女を見て、ノワは静かにハクを見やる。


「……わかりました、下がっていてください」


 白い手袋が、そっと地面へ落ちる。


 頷いたハクは、リスタの上へと手をかざし――


ポウッ!


 光が、彼女を包みこんだ。


「……っう」


 しばらく経って、その血だらけの目が薄く開かれ――


「ブラン、さま……

へい、か?」

「ええ。

気が付きましたか、リスタさん」


 光を弱めることなく、少し目を伏せて呟く。


「……申し訳ありません。

今の私では、あなたを治し切ることはできない」

「ブラン、さま」

「聞かせてくれ。

……何があった、リスタ」


 苦しそうな息をしながらも、リスタはそっと天を見上げて――


ポタリ


 その目から、透明な光がこぼれ落ちた。


「……もう、しわけ……ありま、せん」


ポタッ、ポタッ


 かすかに交じるのは、ヒューヒューと鳴る喉の音。


「……わたし、は。

あなたさま、を――」

「……良いのです。

分かっていますから」


 優しく微笑んで、リスタの涙を拭いてやるハク。


「私達が国内に入ってから、帰還を拒むように現れた壁。

勇者の出立と同時に、私達を阻むように現れた足止めの兵」


(……この分では。

魔王城の方でも、きっと襲撃が起こっていることでしょう)


 あまりにも、彼らにとって出来すぎたこの状況。


 魔族側の――魔王側の情報が、漏れているとしか思えない。


「……あなただったのですね。

リスタさん」


 一瞬、目を瞑って。


「……っ」


 そっと、彼女は頷いた。


「……『月桂冠ローリエト』に。

情報を、流していた……のは。

私、です」


 魔力の探知に優れ、気配を消すことも可能なリスタ。


 しかし、彼女は人間だ。すなわち――


(――壁を、自由に行き来できる)


 それを、『月桂冠ローリエト』は利用した。


 壁で分断された幹部の連絡と、魔王側の情報収集に――彼女を使ったのだ。


「なぜだ。

なぜお前が、そのようなことを」

「……なにを、言ったところで――

許されない、ことです……が」


 空に向けて、弱々しく手を伸ばす。


「……アリオト様、は、言った……のです。

あの人、を。夫を――」


 途切れ途切れの息の中、必死にリスタは言葉を紡ぐ。


「――蘇らせて、くれると」


 息を呑む音。


「……ありえません。

死者を蘇らせるなど、不可能です。それは――」


――神の領域


 隣のノワも、小さく頷く。


「ああ、出来るとすれば創世二柱くらいなものだろうな。

……それでリスタ、どうなったのだ?」

「何を言うのです、当然そんなことできるはず――」

「……い、いえ」


 リスタは、首を横に振って答える。


「でき、たのです」


 リスタの脳裏に浮かぶのは、蘇った夫の姿。


 生前と変わらぬままのその姿に、思わず涙を流し――


「――抱きしめようと、して。

……気づい、た」


 これは。


――夫じゃ、ない


「……感じられ、なかったのです。

姿は完璧なのに、それでもそこには」


 心が、なかった。


 それに気づいた途端、それはぐにゃりと歪んで。


「……あれは、きっと。

『虚像』――だったのです」


 必死に夫の形をしたそれを振りほどき、逃げようとして。


「声……が。

聞こえ、ました」


 『あれ、やっぱりバレちゃったかぁ』


 あはははっ、という笑い声。


 『あいつも、すぐに見破ってたし。

やっぱり――』


――魂が、足りない


 それを聞いたハクの背筋が、ぞくりと凍る。


「なんとか、逃げ……て。

魔王城に、行こうとして――」


 国境付近で、彼女は襲われた。


「襲われた、とな。

口封じのため、『月桂冠ローリエト』にか?」

「……いい、え」


 伸ばした手が、力なく落ちる。


「この、国の……

フォルテの、人間に」


 黒髪はいない。白髮も死んだ。


 だからもはや、彼らにとってこの二つの色は――


「魔族でしか、ない……のでしょう。

憎むべき、倒すべき敵」


 虚空を見つめ、小さく呟く。


「……けれど。

そんなのは、昔だって……同じ、です」


 そこには、幼い頃から積み重ねられた疲弊と――諦めとが、滲んでいた。


「……最後に、お会いできて。

――よかった」


 微笑んで、リスタは二人を見上げる。


 その顔は、血と泥で汚れているのに――とても、美しくて。


「……リスタ」


 思わず息を飲むノワに向け、リスタは必死に言葉を紡ぐ。


「敵、は。

勇者では、ない」


 最期の時が、近づいている。


「……気を、つけて」


 荒い息の中、必死に声を絞り出して。


「リーナちゃん、は。

今……魔王城に、いない、のです」

「っな……!!」


 目を見開くハク。その背後で、ノワは目を瞑って静かに佇む。


「……この、まま……では。

魔国は、また――滅び、る」


 彼女の口の端から、血の塊が流れ落ちる。


「……っ」


 必死にハクが治癒を試みるも、その光はもう届かない。


「……どう、か。

みんな、を――」

「……リスタ」


カツッ


 歩み寄ったノワは、リスタの目を見て言い放つ。


「安心しろ、魔国は滅びん。

絶対に、だ」


 屈んで、目線を合わせる。


「この俺が。


魔王だからだ」


 見つめ返すリスタは、安心したように微笑んで。


「……へい、か。ブラン、さま……」


 そっと、目を閉じる。


「……リーナ、ちゃん」


 その光に、救いを求めて――手を伸ばす。


 徐々に、苦しみが消えていき。


「……あな、た。

今――」


――そっちに、行くわ


 ぱたり、と。


 その手が、動かなくなる。


 微笑みを浮かべたその表情に、もはや生の影はない。


「……ノワ」

「ああ。

丁重に、葬ってやろう」


 手が汚れるのにも構わず、そっとリスタを抱えあげる。


「お嬢様が、魔王城にいない……というのは」

「……確信が持てた。

城にいる、金髪の聖女は――」


――リーナだ


 優しく揺れる樹の下に、リスタを下ろす。


「フォルテでは、人は埋めるのだったか。


……だが、ここはお前の国ではなかろう」


 彼女を虐げ、心に傷を負わせた者たち。


 はるか昔から、ずっと――そうやって、この国は続いてきた。


「……魔国では。

魂は、巡るものとされている」


 信仰の少ない魔族の中で、昔から続く唯一の伝統。


 ノワもまた、こうして――幾千万という同胞を、弔ってきた。


「『太陽の導きにより、汝またこの地に生を受けん』」


 そっと、ハクが離れる。


「『汝の罪を、日のもとに浄化せん』



――『炎の輪廻(サイクラス・フランマ)』」


ボウッ!!!


 勢い良く、真っ赤な炎が燃え上がる。


 それは木ごと、彼女を飲み込んで――


フワッ


 風に乗って、その灰は飛んでいく。


 籠から解き放たれた鳥のように、どこまでも自由に。


「……気が向いたら、また戻って来るが良い。

待っているぞ」


 呟いて、ノワはその木に背を向ける。


 そっとその後をついていくハクは、薄っすらと優しく微笑んで。


「……『黒の業火(ランフェール)』ノワール」


 その炎は、多くを焼き尽くしてきた。


 壁を壊し。


 悪を焼き。


 多くを奪って。


 その二つ名のとおりに、彼の通る後に残ったのは――地獄。


(……けれど)


 魔族にとっては――その炎は。


 確かに、救いの太陽だったのだ。


「何をしている、ブラン。

置いていかれたいのか?」


 そう言う彼は、けれどその場でハクを待っていて。


「……っふふ。

やはり、良く似ている」

「何がだ。無駄口を叩くならば本当に置いていくぞ」

「ひどいですね、主の無茶振りで疲労が溜まっているのです。

少しは、労ってください」

「元はと言えば、お前があの城を――」


 言い合いを始める二人。そのまま、近くの村に入ろうとして――


「……いつになく、騒がしい。

何が起こっている?」


 歓声で湧く村。人々の顔が、希望を歓喜とで満ち溢れている。


 軽く眉をひそめ、周囲を見渡しながら答えるハク。


「……教会の派手な装飾に、王家の紋章で溢れる村。まるでお祭り騒ぎですね。

一体何が――」

「そろそろだぞ!!!」


 走っていくのは、笑顔の少年の姿。


 彼はその手に、金のバラが描かれた小さな旗を持ち――


「王太子・ルーグ=フォルテ様と――




聖女様の、ご婚礼だ!」

今気づいたのですけれど、100話達成してました……!!!

読んでくださる皆さんのおかげです、本当にありがとうございます!m(_ _)m

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