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25.王家の禁忌

「数百年前、人と魔族が争い続けていた頃。

大英雄は、女神の儀式により――『楽園』ニホンから召喚されたのじゃ」


 老人は、書物の森の中で静かに語り始める。


「……もちろん、簡単にできることではない。

この召喚のためにこの国は、とある――」


――『犠牲』を、払った


 目を伏せたままに、震える声で呟く。


「……差し出したのじゃよ。

『生贄』として、その全ての――黒髪を」

「い、いけにえって。

っまさか、命……を?」


 その意味に気づいたソータは、恐怖に目を見開く。


 それに応え、静かに頷く老人。


「……そうじゃ。

この国に今、黒髪が生まれないのは――その時に、全員が命を奪われたからなのじゃよ」


――けれど。


 召喚された勇者――金の髪を持つ大英雄もまた。


「始めは、良かったのじゃ。

女神の光の力で、大英雄はその名に相応しい活躍を見せた」


 強まった精霊の力により、魔族側はフォルテ王国への侵攻すら困難な状況。


 そんな中、彼らは魔王軍を討ち滅ぼし、どんどんと勢力を拡大していった。


「……そのまま、魔王を倒した――というのが、この国での大英雄伝説じゃろう。

だが、真実は異なる」


ゴトッ


 壁の本から、真っ黒に煤けた一冊を取り出す。


「大英雄の手記には、こうあるのじゃよ」


 ぺらり、とページがめくられる。


「『魔王城に迫る直前、満月の夜。

黒き業火に、俺は焼かれた』」


 手も足も出なかった。


 瞬く間に瀕死に追い込まれ、膝をついた勇者を――


『……』


 その真っ赤な瞳が、ただ静かに見下ろしていた。


「……っちょっと待って!

大英雄は――魔族に、負けたってこと!?」


 叫ぶソータ。その後ろで、リアムは口を強く引き結び考え込んでいる。


「な、なら魔王を倒すなんてできないんじゃ」

「待つのじゃ。

すぐにでも、わかる」


 ソータを制し、ゆっくりと老人は続ける。


「『炎の剣が、俺を捉えた。

ゆっくりと、脳天に向けてそれが降ろされ――』」


――パキッ!


 いともやすやすと、兜が割れたと思った次の瞬間。


「『……世界が、壊れた』」


 震える筆跡。困惑と、恐怖とが溢れ出す。


「『……俺は逃げた。

逃げている途中、ずっと声が聞こえた』」


――騙された

――騙したな

――許さない

――救われると思ったのに

――許さない


「『――壊してやる』」


 やがて、英雄は命からがらフォルテの国内へ逃げ帰る。


「『薔薇の文様が見えた。

……帰ってきたんだ』」


 安心した彼は、そこで意識を失った。


 敗北。その汚名を背負って生きていくと、そう思ったのに。


「『目覚めたときには、全てが終わっていた。

俺は、大英雄と言われ――魔王もまた、斃れていた』」


 魔国は崩壊し、フォルテとの国境にはその侵入を妨げる『壁』が作られていた。


 何もが理解できない状況で、彼は見てしまった。


 まばゆく光る世界に映る、()()()姿()を。


「『……髪の色が、抜け落ちて。

黒髪が、あらわになっていた』」


 瞬時に理解した。


 彼は、自分はもう。


「『英雄などでは、ない。

偽りの勇者、その罪の証の黒髪を抱えて――』」


 一生を、罪人として生きるのだと。


「『……俺は、国王となった。

金髪の聖女と婚約し、彼女はまた金髪の王子を生み――』」


 大英雄と、国王と呼ばれて。


 けれどやがて、その真実を隠し通せなくなったのだ。


「『王子が成長した頃。

俺は、退位させられた』」


 わけもわからない、突然の出来事。


 けれどどこかで、覚悟していたのかもしれない。


「『無抵抗の俺は、そのまま。

城の端に新たに作られた、真っ黒な塔に連れて行かれた』」


 そのまま彼は、一生をそこで過ごした。


 手記を残し、帰れない故郷の――『ニホン』を、懐かしみ続けて。


「……これ以上先は、字が乱れて読めんのじゃ。

きっと、あの塔の中で何年も一人で――気が、狂ってしまったのじゃろう」


 暗い表情で、老人はそう締めくくる。


 なんと言えば良いかわからず、ソータがただ佇んでいると――


「……なるほどな。

そういう、ことだったのか……っ!!」


 リアムが叫ぶ。 


 髪色を偽った英雄、騙された精霊。


 満月の夜、その明かりの元にそれは暴かれた。


「……あの商人と、同じだ!!

英雄の偽りに怒った精霊は、その周囲の命全てを奪い――」


 魔国を、破壊し尽くした。


(きっと、魔王も――フォンセ様も!!)


 ぎゅ、と拳を強く握りしめる。


「……大英雄は、魔王を倒してなんかいない。

魔王のガキも、役目を果たしてたんだ……!」


 ぽたり、と。


 彼の瞳から、涙が流れ落ちた。


「リ、リアムさん……?」

「っすまねえ。

エー爺さんよ、話してくれてありがとな」


 しばらく、彼は静かに泣いていた。


 やがて、その手でゴシゴシと涙を拭こうとして―― 


「……待てよ」


 はたと、動きが止まる。


「おい、ソータ」

「ど、どうしたの?」

「お前、選ばれた方の勇者――確か、エイジとか言ったか?」

「う、うん」

「そいつも。


ニホンから、来たんだよな」


 リアムの顔色が、急に青ざめる。


「それなら」


 選ばれた勇者。


 その手に剣を握り、魔国を滅ぼすべく既に立ち上がった。


「……なんで、そいつ。


金髪なんだ?」


 ニホンから来たのに。


 幼い頃から、ソータの知る仲なのに。


「なんで、って」


 さも当たり前のことのように、ソータは答える。


「お兄さんと同じで。


染めたから、だよ」

「……っ!!!!」


 満月。


 黒髪。


 精霊の怒り。


 そして――勇者。


「まずい……!!」


 早鐘を打つ心臓。


「同じだ!!


このままじゃ、また――」


――魔国が、滅びる!!!!


ガタッ!!


 走り出すリアム。


「ま、待って――」

「……ソータ」


 理解できずに後を追おうとするソータを、老人が呼び止める。


「……ご、ごめんなさいエー爺!!

僕、リアムさんの後を――」

「進むべきは、そちらではない」


 ゆっくりと首を振って、彼が指差す先は――


「……あれ、って」


(扉?)


 禁書庫の中、ひときわ輝く一つの巨大な扉。


 金の薔薇が施されたそれは、ここが確かに王宮の中であることを実感させる豪華なもの。


「王宮の最深部に繋がっておる。

つまりは――」


――聖女の部屋、『祈りの間』じゃ


 静かに呟く彼に、ソータは驚いて叫ぶ。


「な、なんで僕が聖女を。

リーナを、追ってるってわかったの!?」

「ニンジャたるもの、それくらいは分かって当然じゃろ?」


 いたずらっぽくウインクして、ソータをその扉へと促す。


「で、でも僕こんなにしてもらって。

何も、返せないのに」


 申し訳なさそうに言うソータを、柔らかに微笑んで見つめる老人。


「……ならば、ちと頼みがあるのじゃ。

なに、そう時間はかからぬわい」


 そう言って、老人はソータの手元のページをめくる。


 何ページか進んでから、その手は動きを止めて。


「これ、じゃな」


 はらり、と。


 何かが、ページの隙間から落ちた。


「……?

これって」


 そっと拾い上げたソータは、不思議そうに呟く。


「……折り紙?

手裏剣の形、してる」

「オリガミ。そう、言うらしいのう。

それを――その、英二というもう一人の勇者に届けてほしいのじゃ」


 優しく笑って、その紙をソータの手に握らせる。


「……?

大英雄の手記、なんでしょ?大事なものなんじゃ」

「……頼む」


 髭を揺らし、ソータの目をまっすぐに見つめる。


 やがて、ソータはそっと頷いて。


「……わかった。

必ず、英二くんに会って――これを渡して」


――いっしょに、元の世界に戻るよ


 強い眼差し。


 それを見た老人は、微笑んで扉の方へソータを促す。


「行くのじゃ。

そなたの大事なものを、しっかり守るのじゃぞ」

「……エー爺」

「もう、戻ってはこれまい。

久しぶりに人と話せて、儂は楽しかったぞい」


ギィィィィ……


 低い音を立てて、扉が開く。


「感謝するぞ、ソータ。

……楽園から来た、真の勇者よ」


 進んでいく、少年の背中を見つめて。


バタンッ!!


 老人の目の前で、扉は閉まった。


 しばらくそこに立ち、見えない背中を見送ってから。


「……さて。

これで儂も、ようやく救われるわい」


カツッ


 老人は、小さな机に向かう。


 その上にあるのは、弱々しく火を灯す短いろうそく。


「儂は、一つ嘘をついた」


コトッ


 ろうそくを手に持ち、老人はひとりごつ。


「大英雄の手記には、続きがあるのじゃ」


 静かに、ゆっくりと歩みを進める。


「王家に稀に生まれる、『あの色』を受け継ぐ者。

それを閉じ込めていたのが、かの『黒い塔』なのじゃが――」


 ぴたり、と。


 中央の大きな本棚の前で、老人は歩みを止めた。


「大英雄は、そんな黒髪の男児にある名前をつけるように言い遺した」


 ろうそくの火が、風でゆらりと揺れる。


「――『エイジ』とな」


 数百年前から伝わる、一人の『英雄』の遺志。


「……いつか、『ニンジャ』の仕掛けを突破し。


ここにたどり着いたものがいたのなら」


――もし、その者の名が。


 禁忌の、黒髪の王子と同じ名だったのなら。


「この紙を、渡してほしい――と」


カタッ


 老人は、手記を棚に戻す。


 その背表紙に、薄く書かれていたのは――


()()  ()()


「……全く、厄介な遺言を残してくれたものじゃのう」


 笑って、老人はその炎を本にかざす。


ボッ!!!!!!


 激しく燃え上った炎は、やがて書庫を覆い尽くしていく。


「……さて。

楽園に、旅立つとしようぞ」


ジュッ!!


 老人の白髪が、黒く焦げる。


 それを見て、彼はどこか懐かしそうに笑った。


ガラガラガラッ!!


 あちこちで、木が崩れ落ちる音。


 老人の姿もまた、炎に包まれていき。


「……おお、そうじゃった」


 炎の中、老人はふと目を細める。


「あやつは――ゲオルグは」


――元気に、しておるかのう


ガタッ!!!!!


 その音を最後に――


 王家の『禁忌』は、静かにその幕を下ろした。

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