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26.温もりの違和感

「家族、かぁ」


 豪華な寝台の上をごろごろしながら、ぽつりと呟く。


「……ずっと、欲しかったはずなのに」


 いざ、それが手に入るという時に。


『リーナ』


 声が響く。


「……っう」


 思わず、胸を抑える。


(……どうして)


 その声も、笑顔も、温かさも。


(知らない、はずなのに)


 ふと、窓の外を見る。


 その瞬間。


ボウッ!!!


 脳裏によぎるのは――燃え盛る炎。


 それを映す、赤い瞳。


『リーナ』


 大きな手。


「……だれ、なの」


 思い出せない。


ポトッ


 けれど何故か、涙だけがこぼれ落ちていき。


「……せっかく、掃除したのにな」


 ハンカチを取りに行こうと、地面に足をつけた途端――


バコッ!!!


「っはぁ、はぁ……!!

や、焼け死ぬかと思った……っ!!」


(……は?)


 一瞬、状況が理解できずにフリーズする。


 なぜか下から開いている、私の部屋の地面。


 鼻を刺激する、何かが焦げるような匂い。


(そんでもって――)

「……うん。


うぎゃぁぁぁぁ不審者ぁぁぁ!!!!助けてぇ゙ぇ゙ぇ゙!!!」

「ち、違うってばーーー!!!」


 全身すすだらけの、怪しい少年。


「いやあああ誘拐されるぅ゙ぅ゙ぅ゙!!」

「ほ、本当に違うんだって……!」


 助けを求め、部屋の重い扉を叩こうとして。


「ま、待ってよ……!

――リーナ!」


(……ん?

なんか、聞き覚えある声だな)


 それに、リーナ――とな?


「……うーん」


(もしかして、この子)


ガシッ!!


 シーツを引っ掴み、そのまま少年の顔に――


「う、うわぁぁぁ!!

い、痛いよリーナ!!そんな勢い良く拭かないで……!!」

「やっぱり、そうだったのか。

すすだらけで気づかなかったけど……」


 黒髪の少年。


 おどおどとした瞳が、私を泣きそうな表情で見つめていた。


「なんだ。

ソータかぁ……!!」

「な、なんだ。じゃないって!

ここに来るの、大変だったんだよ……」

「うん、見ればわかる。なんかごめん」


 はい、と言ってそこらへんにあった服を渡す。


 遠慮がちに受け取った彼は、真っ黒な全身をそれで拭き始めた。


「ッゲホ、ゲホッ!すごい量のすすだな……。

んで、何しに来たの?」

「な、何しに……って!!

も、もちろんリーナを助けに!!」

「助けに?

そりゃまた、なんでさ」

「なんで……?

だって、『聖女』って勘違いされて連れ去られたから――」


 ふと、ソータの目が私を見つめる。


(……ああ)


 その目は、戸惑いに満ちていた。


「……な、なんかリーナ変だよ!?

どうしちゃったの、前までは――」

「……リーナ。

そっかぁ、そんな名前だったね」


 曖昧に笑って、自分の長い金髪を撫でる。


「な、何言って――」

「勘違い、って言うけど。

……私、決めたんだ」


 立ち上がって、彼を見下ろす。


(……もう、遅いよ)


 ちくり、と痛む胸の奥。


 けれど――そんなもの。


「私は、聖女。

聖女として、生きていくの」

「……なっ――」

「何も、聞かないで」


 黙り込む彼に、私は微笑みかける。


「……ようやく見つけた、私の居場所。

もう、誰にも邪魔させない」


 固く固く、閉じていく何か。


コンコンッ!


 扉を叩く音。


「……ちょっと待ってて」


 そう言って、私はシーツを手に取る。


「リ、リーナっ――!」

「私のことは――

『リーナ』のことは、もう忘れなよ」


バサッ!!!


 それを、勢い良く彼に被せて。


 そっと口を近づけ、彼の耳元で囁く。


「……理奈さん、だっけ?

会えるといいね」

「待って、なんで……!!

理奈さんは、もう――」


ボコッ!!!!!


「――っかはぁっ!」


 力いっぱい、シーツを蹴りつけた。


「……ごめんね」


 呟いて、静かになったそれを寝台の影へと追いやる。


「いいよ、入ってきて」


ガチャリ


 重い扉の錠が外され、鎖が解ける。


「聖女様!!

王太子殿下が、いらっしゃいましたよ!!」

「お通しして」


コツッ、コツッ


「聖女殿、失礼するよ。

先日のことは、考えてくれたかい?」

「……ルーグ殿下」

「勿論、まだ待ってほしいというのならいつまでも待とう!

時間はたっぷりある、君の心が決まるまで――」

「……いえ」


 微笑んで、彼の近くへ寄る。


 彼の目が、私の動きをゆっくりと追う。


「……ふふっ」


 上目がちに、その瞳に自分を映す。


「せ、聖女殿……!?」


 彼の頬が、紅潮していく。


 対する私の心は、どこまでも冷たく閉ざされていて。


(そう、それでいい。

そのまま、私だけを見ていなさい)


 それでも、私は微笑みを崩さない。


 決して彼が、その奥の――寝台の影にあるものなど、見ないように。


「……王太子殿下。

私の心は、決まっております」

「それは、どういう……」


 返事の変わりに、私はそっと彼の肩へ顔を埋める。


「……王太子殿下。

これから――」


――末永く、よろしくお願いします


 見開かれる彼の目。色づく頬。


(……ああ、まただ)


 同じことを、私は以前――誰かに言った気がする。


「……っ」


 吐き気がする。誤魔化すために、ますます私の笑顔は深くなっていく。


「聖女、殿……!

いや、我が妃よ!」


パチパチパチ!!


 遠くに見える兵が、侍女が、神官が。


 その拍手が、いやに近くで聞こえてくる。


「さあ!」


 目の前に、手が差し出される。


(綺麗な手、だな)


 苦労なんか、微塵も見えない。


 何か守るために戦う苦しさも、虐げられる辛さも――きっと彼には、理解できない。


(……何思ってるんだ、私。


私だって――こっち側、なのに)


 首を振って、その手に自分の手を重ね合わせる。


 温かい。


 けれど、その温もりはどこか薄くて。


 私の指先は、無意識に別の誰かを探していた。


「さあ、行こう!

僕達のことを、民が祝福している!」


 引っ張られる感触。


 その温もりに、大きさに――心に。


「……ああ」


――違う


 そう思わずには、いられなかった。

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