27.傍観者の選択
「聖女様!!ああ、神々しいお姿……!
どうか、我らをお導きください!」
「王太子殿下、ご婚約おめでとうございます!!」
「おめでとうございます!!」
歓声で溢れる王都。
色とりどりに飾られた街の影で、それは起こる。
「……っあ、助け――」
「あ?
お前ら茶髪に、生きてる価値なんてねえんだよ!!」
ドカッ!!
殴られ、腹を押さえて崩れ落ちる茶髪の男性。
「……ねえ見て、茶髪よ。
いやね、早くいなくなってくれないかしら」
ヒソヒソ。別の場所でも、静かにそれは始まっていた。
――『一体、誰を犠牲にするのだろうな』
魔王が言った、その通りに。
虐げるものが消えたなら、また新しく作ればいい。
(……本当に)
「醜いな、人ってのはさ」
呟いて、リアムはそれを見下ろす。
「さーて、どうすっかな」
(勢いで出てきちまったは良いが……
魔王のガキ共、ここで呼ぶわけにはいかねえよな)
ドゴッ!!
下から聞こえてくるのは、鈍い音。
「な、なんで俺達を、
同じ、国民じゃ――」
「あ?何いってんだよ、茶髪なんかと一緒にすんじゃねえ!!」
(ついこの間まで、仲良く白髪を虐げてきたってのに)
悲鳴。
無表情のまま、リアムは踵を返す。
「付き合ってらんねーな。
……俺は、単なる『傍観者』に過ぎねえ」
その場から、静かに立ち去ろうとして。
「……っぁぁ!!た、助け――
女神、様!!」
ぴたり、と。
その歩みが、途中で止まった。
「女神、か」
人の歴史において、救いの女神とされる彼女。
楽園に、希望に、太陽の昇る――『真実の』地に導くとされる者。
(……俺は、ずっと待ってた)
誰かが救ってくれる日を。
何も選ばずに済む日を。
けれど――
『救う』
あいつらは、そう言った。
ためらいもなく、迷いなく――まっすぐに。
「あーー、もう!
……ほんっと、遺言ってのは厄介だぜ」
舌打ちする彼の脳裏によぎるのは、静かな声。
――『見届けてほしい。
この世界の、あの子の行く末を』
傾く魔国で、彼は一人佇んでいた。
――『君はきっと、介入を恐れるだろう』
それでいい。今は、それで十分だ。
けれど、と彼は続けた。
――『もし、僕の後に。
その力を貸してもいいと思える存在が、現れたのなら』
その時は。
「『自分の心に、従え』……か。
あんた以外に、現れるはずがねえと思ったけど」
揺れる黒い耳飾りに、そっと片手を伸ばす。
「……案外、悪くねえな」
それを、軽く握って。
バサッ!!!
「?なんだ……
って、わぁぁぁぁ!!!」
「ひ、ひぃぃぃ!!!
お、狼だ!!!逃げろ、逃げろ……!!」
あっという間に、その場に人はいなくなる。
「……ふう」
首を振って、その狼――リアムは人の姿へと戻る。
「さて、魔王のガキ共に伝えねえとな。
ブラン様からもらったやつは――」
「あはははっ!お見事!!
本当に、魂までも変化させるのかぁ」
コツッ、コツッ
歩み寄ってくる少年を見て、リアムは嫌そうに顔をしかめる。
「あー、どなたですかい?
魂?存じませんね、俺は単なる旅の――」
「大英雄ぶりだね、『空音の証人』アミル。
……いや、今はリアムって呼ぶべきかな?」
「……あー、まあ。
そこまでバレてんなら、今更か」
諦めた表情で、リアムは耳飾りに軽く触れる。
ブワッ!!!
溢れ出る魔力、その中心にいるのは――
「……『時の番人』ネロ。
今更、何しにきたってんだ」
黒髪に、夢の世界を思わせる紫の瞳。
顔には赤く文様が施され、その手には一冊の本が。
「んわ、覚えててくれたんだね!
嬉しいなぁ……!」
「忘れられるかよ、つい直近にあんだけの事件を起こしといて。
……ほら、見つかる前にさっさと要件だけ話せって」
「君も君で、気が早いなぁ。
ま、許してあげる。僕は今とっても機嫌が良いからね」
懐中時計をブラブラさせながら、ネロはリアムの方へと歩み寄る。
「ねえ、君はさ。
あの裏切り者のこと、どう思う?」
「裏切り者?
さあ、覚えがありすぎて俺には――」
「ノワだよ。
……わかるでしょ?」
カチッ
時計が止まった。
小さくため息をついて、リアムはネロを見つめる。
「……お前、まだ魔王のガキに負けたこと引きずってんのか。
いい加減諦めろ。実力・人望・人格――なにを取っても、お前はあいつに勝てねえよ」
「あははっ、手厳しいなぁ。
安心してよ、僕はもうあいつを倒す気はない」
「そりゃよかった。
んじゃ、俺は用事があるからこれで――」
「でもね。
偽りの魔王に、フォンセ様の玉座をやるつもりもないんだ」
かちり、と。
時計の針が、不自然に逆行を始める。
「ねえ、『空音の証人』。
君さ――これから、ノワのところに行こうとしてるでしょ」
「……っ」
「図星だね。
何するのかは聞かないし、別に君を止めはしないけど――」
ぐるりぐるりと、逆光は早さを増していく。
「君は。
『証人』――だ。介入してはいけない」
その動きに、魅入られる。
(……そうだ)
俺は、『見るだけ』の存在だ。
世界が滅ぼうが、
誰かが泣こうが、
手を出してはならない。
それなのに。
「歴史に介入するなど。
あろうことか、どちらかに肩入れするなど」
――あっては、ならないことだ
それは、数百年ずっと――彼自身が、言い聞かせてきたこと。
「だけど君は、今日。
偽りの魔王に、協力するつもりだろう?」
それは、魔国を手助けすることにほかならない。
「それだけじゃない。
君はもう、勇者を導いている」
聖女のところへ。世界の――『鍵』へ。
「ルール違反だ。
違うかい?」
――だから。
「僕の方にも、力を貸してくれるよね?
あははっ、そうすれば――」
笑顔のまま、耳元で何かを囁く。
見開かれるリアムの目。数歩下がって、
「……っお前!!
そんなことが、許されると思って――」
「これは、君の望みでもあるはずだ。
……良い返事を、期待しているよ」
笑って、ネロは立ち去っていく。
「……あー、参ったなこりゃ」
力なく笑って、壁にもたれかかる。
「『証人』――か」
手の中の本が、ぱらぱらと開いていく。
数分ほど、そうして空を見上げていると。
「……っな、なんだ!!」
「黒髪!?
飛んで――っわぁぁぁ!!」
「聖女様だ!!聖女様と、王太子殿下をお守りしろ!!」
何やら、表が騒がしい。
「……始まったか。
俺も、そろそろ決めなきゃな」
耳飾りに触れる。
次の瞬間、そこにいるのは――旅の青年、リアム。
「ま、見せてもらおうじゃねえか」
表に向けて、歩き出す。
「偽りの魔王が。
どうやって、本物になるのかをな」




